ロイターが12月24日に、「ポスト金融危機」のテーマで著名人4人にインタビューし、その中で、コンサルティング会社を経営する出井ソニー元会長が次のように述べております。
1.金融だけでなく世界中であらゆるゆがみが噴出してきた。
2.ドル崩壊のハードランディングをいかに防ぐかが重要。
3.今回は1ドル=79円の1995年の円高水準を超えるだろう。
4.現在のゆがみは自然のメカニズムでは治らない。
5.日本は業態転換しなくては生き残れない。
6.これからは大量生産型ではなくテーラーメイド型の産業が有望。
まず、このゆがみの問題ですが、自然のメカニズムでは治らないと言っております。これは重要な指摘です。
彼はここまで言っておりませんが、公的資金を大量に使っての需要喚起策も、自然のメカニズムに委ねての、景気サイクルをより早く元の軌道へと引き戻すためのものである限り、あまり有効ではないと言えます。
そして、このゆがみはドル・円の為替相場にも影響し、過去最高の79円を越えて円高が進むと出井氏は予想しております。ハードランディングを避けるために各国が集まって新システムを作る以外にはないとしながらも、いろいろな国が好き勝手なことを言うからIMFなどの国際機関がうまく機能するのは難しくなっているとも指摘しております。
この基本的な認識は筆者も同感です。
ところが、こうした事態に直面した日本は、テーラーメイド型への業態転換をしなければ生き残れないとは、ソニーという製造業にいた立場からの提言でしょうが、このテーラーメイド型への業態転換としか言い得ていないのには、筆者にはいささか失望しました。
出井氏は、テーラーメイド型をどのように定義しているのかは定かではありませんが、「これでは最新設備を使って低賃金でモノを作れる中国に負けてしまう」と言っていること、そして、従来の大量生産型の対極にあるものと位置付けていることから、均一志向のマスプロダクションでの低廉な製品作りでは駄目で、品質と消費者嗜好を重視したマスカストマイゼーションのことを、テーラーメイドと言っていることは確かでしょう。
話は変わりますが、実はトヨタはこのマスカストマイゼーションを極めてうまくやり遂げた会社です。英語で恐縮ですが、まさに「Quality and Variety Driven Lean Mass Customization」を世界で一番上手にやってきたのがトヨタです。
そのトヨタがまさかの最高益更新からの赤字転落です。このことを出井氏は一体どう見ているのでしょうか?
マスプロダクションの弱点にかつて挑戦したのが、スウェーデンのボルボです。工場の労働者の自主性や自律性を重んじて、8人ほどのチームで自動車の全行程を担うという生産方式を実践しました。
しかし、この先進的な試みもうまく行かなかったのです。従業員は自らの自律性(オートノミー)に任されるあまり、何をどうやれば良いのか分からなくなってしまったようです。
筆者が目先の株の値動きに翻弄され、何時売買して良いか分からなくなったのと同じことです。人間はたった8人の叡知を集めてもたかが知れております。
トヨタはボルボの失敗を踏まえて、マスカストマイゼーションを磨いてきたとも言えます。
このトヨタとボルボの例を踏まえて、出井氏ぐらいの経験ある経営者であれば、これからの日本の製造業のあるべき姿を提言して欲しかったと思います。
まさか、テーラーメイド型とは、マスカストマイゼーションではなく個別の顧客のニーズに限りなく合わせた生産方式のことを意味している訳ではないでしょうが、仮にそれに近いなら、これは中世の職人技に依拠したクラフトマンシップに限りなく近くなってしまいます。これは現代では無理です。
何故ボルボ方式も、そして今回はトヨタ方式も変化に追随できなかったのでしょうか?
理由はそれぞれに異なりますが、ボルボの「たったの8人だけの孤島での仕事」がすぐに限界に突き当たったのは当然ですが、トヨタの場合の「究極の専門特化の仕事のこなし方」さえもが、結果として今回のような急激な変化に対応できなかったのです。それは何故か?
これをトヨタを例に取って更に考えてみます。
究極の専門特化の仕事と言いましたが、当然ながらトヨタも、例えば設計段階での工場と取引先を巻き込んだ取り組み、またマーケティングについてのディーラーやモニターユーザーを巻き込んだ取り組みはしてきたでしょう。
しかし、今回のような危機的状況を事前に回避するには、これらの取り組みだけでは不足でした。自社と利害を持つグループのみの関与で、個別ユーザーに最善であろう手法を磨き尽くしても何故対処できなかったのか、これをこの際考えてみるべきなのです。
何も専門特化が悪いと言っている訳ではありません。その市場ターゲットに対して正しく収斂している場合は問題は生じません。しかし、今回の金融・経済危機のように、市場ターゲットそのものが変質してしまった時には、変質前の市場ターゲットに特化していた分だけ脆弱であったということが言えそうです。いわゆる冗長性まで削ぎ落としているためという面もありますが、もっとも重要な欠陥は、それに参画している社員や協力企業が、市場ターゲットから与えられた自らの守備範囲たるミッションの内側でしか、専門特化を遂げ得なかったことにあると筆者は見ております。
これを打開する方法論をせめて出井氏には期待したかったところです。
1つヒントになる考え方が、既にフィンランドの学者によって示されております。それは、「知識とイノベーションによって駆動される生産」という考え方です。最後の「生産」というのは製造工場での話であって、「生産」を「マーケティング」や「開発」、或いは「医療」や「教育」などに置き換えても同じことです。この考え方により、これまでのマスカストマイゼーションに比して、遙かに高い「生産性」を得る端緒が開かれると期待できます。
トヨタは、例えば、新車の企画(基礎的な構想)段階で、世界経済やクルマ社会の先行きと、近い将来のクルマのあり方について、異なる意見を持つ社内外の人々を参画させてきたのでしょうか? あるいは、クルマの販売拠点を展開するに際して、ゲーム理論から導き出された成果を上手に取り込んできたでしょうか?
目先の売れるクルマ造りのために、宣伝会社のディレクターや工業デザイナー、或いはクルマの専門コンサルタントなど、いわば仲間内のグループだけとの協業しかやってこなかったのではないでしょうか?
そして、そうした上流のグループが出した企画・開発方針に沿って、下流の設計・製造・販売部門が効率よく、しかし非自律的に、そのターゲットとする市場セグメントでの利潤最大化を目指して一心不乱に働いてきたのではないでしょうか?
こうした、いわばこれまでの成長を支えてきた、良い意味での日本的なビジネスのやり方そのものまでをも乗り越えることが、これからの日本の企業に課されている限りなく重たい課題だと思うのです。
1.金融だけでなく世界中であらゆるゆがみが噴出してきた。
2.ドル崩壊のハードランディングをいかに防ぐかが重要。
3.今回は1ドル=79円の1995年の円高水準を超えるだろう。
4.現在のゆがみは自然のメカニズムでは治らない。
5.日本は業態転換しなくては生き残れない。
6.これからは大量生産型ではなくテーラーメイド型の産業が有望。
まず、このゆがみの問題ですが、自然のメカニズムでは治らないと言っております。これは重要な指摘です。
彼はここまで言っておりませんが、公的資金を大量に使っての需要喚起策も、自然のメカニズムに委ねての、景気サイクルをより早く元の軌道へと引き戻すためのものである限り、あまり有効ではないと言えます。
そして、このゆがみはドル・円の為替相場にも影響し、過去最高の79円を越えて円高が進むと出井氏は予想しております。ハードランディングを避けるために各国が集まって新システムを作る以外にはないとしながらも、いろいろな国が好き勝手なことを言うからIMFなどの国際機関がうまく機能するのは難しくなっているとも指摘しております。
この基本的な認識は筆者も同感です。
ところが、こうした事態に直面した日本は、テーラーメイド型への業態転換をしなければ生き残れないとは、ソニーという製造業にいた立場からの提言でしょうが、このテーラーメイド型への業態転換としか言い得ていないのには、筆者にはいささか失望しました。
出井氏は、テーラーメイド型をどのように定義しているのかは定かではありませんが、「これでは最新設備を使って低賃金でモノを作れる中国に負けてしまう」と言っていること、そして、従来の大量生産型の対極にあるものと位置付けていることから、均一志向のマスプロダクションでの低廉な製品作りでは駄目で、品質と消費者嗜好を重視したマスカストマイゼーションのことを、テーラーメイドと言っていることは確かでしょう。
話は変わりますが、実はトヨタはこのマスカストマイゼーションを極めてうまくやり遂げた会社です。英語で恐縮ですが、まさに「Quality and Variety Driven Lean Mass Customization」を世界で一番上手にやってきたのがトヨタです。
そのトヨタがまさかの最高益更新からの赤字転落です。このことを出井氏は一体どう見ているのでしょうか?
マスプロダクションの弱点にかつて挑戦したのが、スウェーデンのボルボです。工場の労働者の自主性や自律性を重んじて、8人ほどのチームで自動車の全行程を担うという生産方式を実践しました。
しかし、この先進的な試みもうまく行かなかったのです。従業員は自らの自律性(オートノミー)に任されるあまり、何をどうやれば良いのか分からなくなってしまったようです。
筆者が目先の株の値動きに翻弄され、何時売買して良いか分からなくなったのと同じことです。人間はたった8人の叡知を集めてもたかが知れております。
トヨタはボルボの失敗を踏まえて、マスカストマイゼーションを磨いてきたとも言えます。
このトヨタとボルボの例を踏まえて、出井氏ぐらいの経験ある経営者であれば、これからの日本の製造業のあるべき姿を提言して欲しかったと思います。
まさか、テーラーメイド型とは、マスカストマイゼーションではなく個別の顧客のニーズに限りなく合わせた生産方式のことを意味している訳ではないでしょうが、仮にそれに近いなら、これは中世の職人技に依拠したクラフトマンシップに限りなく近くなってしまいます。これは現代では無理です。
何故ボルボ方式も、そして今回はトヨタ方式も変化に追随できなかったのでしょうか?
理由はそれぞれに異なりますが、ボルボの「たったの8人だけの孤島での仕事」がすぐに限界に突き当たったのは当然ですが、トヨタの場合の「究極の専門特化の仕事のこなし方」さえもが、結果として今回のような急激な変化に対応できなかったのです。それは何故か?
これをトヨタを例に取って更に考えてみます。
究極の専門特化の仕事と言いましたが、当然ながらトヨタも、例えば設計段階での工場と取引先を巻き込んだ取り組み、またマーケティングについてのディーラーやモニターユーザーを巻き込んだ取り組みはしてきたでしょう。
しかし、今回のような危機的状況を事前に回避するには、これらの取り組みだけでは不足でした。自社と利害を持つグループのみの関与で、個別ユーザーに最善であろう手法を磨き尽くしても何故対処できなかったのか、これをこの際考えてみるべきなのです。
何も専門特化が悪いと言っている訳ではありません。その市場ターゲットに対して正しく収斂している場合は問題は生じません。しかし、今回の金融・経済危機のように、市場ターゲットそのものが変質してしまった時には、変質前の市場ターゲットに特化していた分だけ脆弱であったということが言えそうです。いわゆる冗長性まで削ぎ落としているためという面もありますが、もっとも重要な欠陥は、それに参画している社員や協力企業が、市場ターゲットから与えられた自らの守備範囲たるミッションの内側でしか、専門特化を遂げ得なかったことにあると筆者は見ております。
これを打開する方法論をせめて出井氏には期待したかったところです。
1つヒントになる考え方が、既にフィンランドの学者によって示されております。それは、「知識とイノベーションによって駆動される生産」という考え方です。最後の「生産」というのは製造工場での話であって、「生産」を「マーケティング」や「開発」、或いは「医療」や「教育」などに置き換えても同じことです。この考え方により、これまでのマスカストマイゼーションに比して、遙かに高い「生産性」を得る端緒が開かれると期待できます。
トヨタは、例えば、新車の企画(基礎的な構想)段階で、世界経済やクルマ社会の先行きと、近い将来のクルマのあり方について、異なる意見を持つ社内外の人々を参画させてきたのでしょうか? あるいは、クルマの販売拠点を展開するに際して、ゲーム理論から導き出された成果を上手に取り込んできたでしょうか?
目先の売れるクルマ造りのために、宣伝会社のディレクターや工業デザイナー、或いはクルマの専門コンサルタントなど、いわば仲間内のグループだけとの協業しかやってこなかったのではないでしょうか?
そして、そうした上流のグループが出した企画・開発方針に沿って、下流の設計・製造・販売部門が効率よく、しかし非自律的に、そのターゲットとする市場セグメントでの利潤最大化を目指して一心不乱に働いてきたのではないでしょうか?
こうした、いわばこれまでの成長を支えてきた、良い意味での日本的なビジネスのやり方そのものまでをも乗り越えることが、これからの日本の企業に課されている限りなく重たい課題だと思うのです。