団塊世代おじさんの日常生活

夏 日本で二番目に気温が高く、陶器と虎渓山と修道院で知られる多治見市の出身です。

恐怖の電話?

2016-01-21 05:58:45 | 日記
 今週の火曜の朝 7時半過ぎに電話のベルが鳴りました。
居間にある電話がなっているのにかみさんが電話に出ないのです。
私は部屋から出て居間へ行きましたら、かみさんが居間のソファーに座っていましたので、
「電話が鳴っている!」と言って、私の方が早いので電話に出ようとしましたら切れてしまいました。
再度かかってきましたので、電話のディスプレイを見ますと息子の嫁さんからでした。
かみさんは「電話が聞こえなかった」と言っていましたが、耳が聞きたくなかったかも。(苦笑)

先週の土曜日 息子から末っ子の小2の孫を預かってほしいと電話がありました。
息子の嫁さんはパートへ行き、息子は長男の小6の孫がサッカーの試合があるので連れて行くので
午前中預かってほしいとのことでした。

息子の嫁さんがパートへ行く前に連れてきました。
なんでも37度2分の熱があるということでしたので、布団を用意しましたが
布団に入らずゲームをしていました。
37度2分ぐらいですと、子供は布団に入らないですね。(苦笑)

 息子が11時すぎに帰ってきましたので、午後から病院へ連れて行くようにと言いました。

 翌日の日曜日の夕方 息子と孫3人がやってきました。
長男の孫は今日のサッカーの試合は負けたとのことでした。
次男は朝早くからの野球の練習で疲れ切っていました。
一番下の孫は熱が下がったということで息子が連れてきましたが、
自宅でゆっくりしていた方がいいのにと思いました。

 火曜日の電話は、末っ子小2の孫が熱がぶり返したので看てほしいとに恐怖の電話でした。(苦笑)
かみさんに「うちへ連れて来ようか?」と訊きましたら「いや」と
言うので、私が息子の嫁さんがパートへ出る時間前に行くことにしました。

本当は整形外科へ行くつもりでしたが、どうしようもないです。
息子の家へ行くと末っ子の孫はゲームをしていました。
熱は夜中に出たとのことで37度2分あるようでした。

 息子の嫁さんが出かけると、末っ子の孫が「おばあちゃんの家へ行く!」と
ぐずり始めました。「おばあちゃんは風邪の菌がばらまかれるので、来るな!」と言っていると
言っても「行きたい!」と、2、30分ぐずりました。

 私とゲームで対戦しようということで次男の孫のゲーム器を借りて、
末っ子の孫とゲームをしましたが、こちらは要領がわからず負けてばかりで
止めることにしました。
まぁ、なんとか午前中面倒を看て、かみさんと交代しました。

 昨日は大雪の中 学校へ出かけたようです。
今朝 また恐怖の電話が息子の嫁さんからかかって来なければ良いんですが。(苦笑)






山崎まさよし / One more time,One more chance
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私はヒャ~としました。(苦笑)

2016-01-20 05:16:02 | 日記
 一昨日 夕食を終えてかみさんが食器を洗い終わったので、洗い終わった食器を
拭きに台所へ行きました。
食器を拭いていると、かみさんが歯を磨きに洗面所へ向かいました。
「毎日三度三度ご飯を作らなければいけない! 私ゃ、飯炊きばばあか!」と言って。

私はヒャ~としました。(苦笑)
最近何となくかみさんが不機嫌なのは、食事のことだとは気付いていました。
いくら食事作るのが嫌いでも、ここまでストレスだとは思いませんでした。
「離婚」という言葉が目の前に浮かんできました。

これはいくらなんでも放っておけない。
考えた結果、とりあえずは簡単な朝食の用意だけでもしようと思いました。

昨日の朝 ブログ作業を一旦6時10分頃止めて、
朝食の準備をしました。
まだかみさんは寝ていました。
音を出すのはまずいので、
ヨーグルトに蜂蜜を入れ、私はトーストを1枚食べますが、
かみさんは半分だけですので、包丁でトーストを半分にしました。
ティ・バッグも準備したので、かみさんが起きたら湯を沸かそうと思いました。
準備完了です。
いつもなら果物がありますが、今日はなかったので助かりました。(笑)
ここ当分朝食の準備くらいは、私がしようと思っています。

これで少しはかみさんの機嫌が和らげばいいんですが。(苦笑)






明日に架ける橋  サイモン&ガーファンクル
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まずは老人よりも若者達に普通の生活を送れる社会になってほしいです。

2016-01-19 05:11:31 | 日記
 最近「下流老人」が話題になりますが、昨日の中日新聞を読みますと、
『非正規2割食事回数減 生活苦切り詰め』という表題の
記事が載っていました。

 連合は派遣などの非正規労働者が主な稼ぎ手の世帯のうち、
二割程度が生活苦のため食事の回数を減らしているとの
調査結果をまとめた。

 男性の九割近くが未婚で、担当者は「働き方の違いが、
生活の根幹に大きな影響を与えている」と分析している。

調査は昨年十月にインターネットで実施。
首都圏と中部、関西の計12都道府県に住む
パートや派遣、契約社員として民間企業で働く
二十~四十九歳の男女約二千人から回答を得た。

 自身が世帯収入の半分以上を稼ぐ非正規労働者は33.9%いた。
 このうち52.7%が世帯貯蓄に関し「ない」
「百万円未満」と答えた。
生活苦のため過去一年間で切り詰めたことを複数回答で尋ねたところ
「食事の回数を減らした」が20.9%、
「医者にかかれなかった」
「税金や社会保険料を支払えなかった」がそれぞれ13%だった。
 未婚だったのは全体の53.5%、男性では89.6%に上った。
年収が低いほどその割合が高い傾向だった。
正社員を希望しても職がないため派遣などで働く「不本意非正規」は32.3%いた。
 担当者は「賃上げのほか、企業が正社員への転換を進めていくことが重要だ」と指摘した。

 これって「下流老人」以上に悲惨な状況で、涙が出てきます。

私の若い頃は高望みしなければ正社員の職につけましたし、
どこのご家庭でも中流の生活が送れたように思います。
今は下流生活を送らざるを得ない方が多くなってきています。

 私の偏見と独断で言いますと、あの人気が高かった小泉内閣が
非正規社員の増加を招きました。

『「派遣村」に象徴される「使い捨て」労働の深刻な広がりは「構造改革」の名によるリストラの促進や労働法制の規制緩和がもたらしたものです。

 この十年間で正規労働者が四百九万人も減り、その代わりに、非正規労働者が六百六万人も増えました。』

6年前の資料でこのありさまです。
安倍首相も派遣社員化政策を進めていますので、さらに深刻な状況でしょう。
なんでも去年の11月現在で1971万人もの非正規社員の方がいるようです。
これで消費税を10%に上げても日本経済は大丈夫。
なんて言っているのは、政治家、官僚、大企業の重役、医者など恵まれた一部の人達でしょうね。

派遣社員の方と仕事をしたことがありますが、大多数が真面目な青年でした。
正規社員になれなかった要因は、運が主でしょうね。
なにしろ日本は新卒しか採らないですから。
やり直しの文化が乏しいですね。

それにしても病気になっても医者にかかれない!
結婚出来ない非正規社員の男性が9割もいる。
こんな日本に誰がした!

若者たちはフランス・アメリカの若者たちのようにもっと怒るべきだと思います。
まずは非正規社員同士で団結すべきでは。
ストライキをするのも一つの手段ですし、非正規社員同士集まって会社を
起こすのもありでしょうし。
政治家なんて、たよりに出来ない現状です。
日々の生活で大変なことはわかりますが、なんとか現状を打破する為に団結してほしいです。

私の娘も就職氷河期にあたって1年間就職できなかったです。
その当時は私も現役でしたし、いざとなったら女の子だから東京から戻り
地元でパートでもすればいいと開き直っていましたが。(苦笑)

まずは老人よりも若者達に普通の生活を送れる社会になってほしいです。






Marni Nixon 映画「マイ・フェア・レディ」 踊り明かそう I Could Have Danced All Night
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このCMを見ますと、昔の出来事を思い出します。

2016-01-18 06:10:03 | 日記
今日はネタもないので、競馬の話でお茶を濁そうと思っていましたが、負けてしまったので、
無理やり書くことにします。(笑)
尚 今回は1100円の負けでした。


【KFCケンタッキーCM】未浜杏梨 山下礼 綱島恵里香 えびぷりぷりフライ「気になるぷりぷり」篇


「おい、なにプリプリしてんだよ!」と彼女の手をつかむ彼氏 「プリプリなんてしてないよ!」と彼女
「してるよプリプリ プリプリしまくって…」


 このCMを見ますと、昔の出来事を思い出します。
たしか私が25歳でかみさんと1年位付き合っていて、世間的に言えば恋人同士だったと思います。(笑)
名古屋駅で待ち合わせて栄まで地下鉄で行き、栄から100メートル道路に向かい歩いてそろそろ目的の美味しいケーキ屋さんへ着く頃でした。
かみさんが何で怒ったのか忘れてしまいましたが、このCMの彼女のように怒り出し、目的のケーキ屋さん近くまで来てたのに
振り返って、栄の地下鉄の方へ戻り始めたのです。
追いかけたのですが、怒ったままその日は帰ってしまいました。
唖然としました。(苦笑)
何で怒ったのかは忘れました。

このCMのように二人仲良く食べることが出来なかったです。(苦笑)
今でもかみさんは、怒り出すと手がつけられないです。
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ラジオを聴いて、昔の光景が目に浮かびました。

2016-01-17 04:51:42 | 日記
 一昨日の朝 車に乗ってスーパーへ向かいながら地元のラジオを聴いていました。
司会の66歳のおばちゃんアナウンサーさんが、相手を務める男性アナウンサーに洗濯物の干し方に
ついて話をされていました。

 「私の子供の頃は今のようにハンガーを使わず、物干し竿に直接洗濯物を通して干していた。
ズボンなんかも物干し竿に直接通して干していた、今から思うと不思議な風景だね」と、言われました。

私も昔の光景を思い出しました。
たしかにハンガーなどなかった。
直接下着やズボンを物干し竿に通したものだ。
それも1つの物干し竿では足らなくて、二段になって干したものだと回想しました。
昔は洗濯機もないので今ほどたくさんの洗濯物はなかったような気がしますが、
子供なのでそのあたりはわかりません。

 このおばちゃんアナウンサーさんが、「その頃はフンドシが干してあったね」と男のアナウンサーに
話しかけられました。

私は「嘘だ!」と声を発しました。
私の家には風呂がなく、近くの銭湯へ行っていましたが
大人の男性のフンドシ姿を見たことはなかったです。
農家のおじいさんがフンドシを着用されているという話は聞いたことがありますが。(笑)
まだブリーフというものはなかったですが、皆さん猿股や白いパンツを履いていたように思います。
私より2歳も年下なのに、「いい加減なことを言うな!」と腹が立ちました。

よくテレビで昔の歌謡番組の年代別ベストテンを放送しますが、
発売された年が違うのに、同じ年に混ざってベストテンに入っていることが多々あります。
昔のことだから気付かないだろうと思っていて放送するでしょうが、
「昔のことでもその時代を生きていた連中は知っているんだぞ」と、言いたいです。

昔は歌のベストテンなんて番組もなく、各レコード会社の発売枚数を調べる機関もなかったので、
ベストテンを出すのが無理かもしれないです。
ただし、昔は誰もが知っている大ヒット曲というものがありました。

私の記憶で言えば、
「憧れのハワイ航路」、「リンゴ追分」、「愛ちゃんはお嫁に」、
「お富さん」、「有楽町で逢いましょう」などなど、
大人も子供も歌えましたね!(笑)






風のささやき [日本語訳付き] ダスティ・スプリングフィールド
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