また昨日の続きです。
「でも……あの……おじいさんは、息を、してなくて……」
「雛歩ちゃんは、動揺してたから、はっきり確認できなかったんじゃないかな」
飛朗さんが、雛歩の顔をのぞき込むようにして言った。(中略)
(コサカさんは)
「ご親戚は(中略)むしろおじいさんのことを押し付けて、悪かったとおっしゃっとる。(中略)家庭内で話し合うのが最善でしょう」
女将さんの手が、雛歩の肩に置かれた。
「なので、いまからご親戚のお宅へ帰りましょう。わたしが送っていきます。飛朗さなんもついてきてくれるそうです」(中略)
わたしは、人を殺していなかった……それを知ったのに、雛歩の心は少しもはれない。(中略)
「ここに置いてください。さぎのやにいさせてください。なんでもします。どんなことでも我慢します。だから、ここにいることを許してください。お願いです、お願いします」(中略)
「みぃんな、そう思うんよなぁ、女将さん」
コサカさんの声だ。(中略)
雛歩は、両肩にぬくもりを感じた。女将さんの手だと、いままでの感触からわかる。
「雛歩ちゃん、頭を上げて」
雛歩は、いやいやと首を横に振った。(中略)
昨日の午後、雛歩は、女将さんと飛朗さんと一緒に伯父の家へ行った。(中略)
話が一段落したところで、雛歩はあらためて今回の件を謝罪し、いままでお世話になったことのお礼を述べたあと、これからは、さぎのやで暮らしたい、と申し出た。
「雛歩ちゃんが、さぎのやを気に入ってくれただけでなく、さぎのやの者もみな、雛歩ちゃんのことが大好きになったのです。(中略)もしも雛歩ちゃんがしばらくさぎのやにいてくれるのなら、わたしたちにとっても大変嬉しいことです。学校も歩いて通える距離にありますし、責任を持ってお預かりいたします」(中略)
さぎのやへの信頼もあり、伯父たちは、雛歩がそこまで言い、女将さんたちも受け入れてくださるのなら、と承知した。ただし……、
「やはり、雛歩に一番近い者の許しも必要だろう」
雛歩の兄のことだった。
伯父たちは、雛歩の捜索願を出した時点で、自衛隊にいる兄に連絡していた。兄は、訓練中だったため、すぐには動けず、(中略)あらためて連絡をしあて、道後温泉駅のバスターミナルで降りれば、そこで雛歩が待っていると伝えた。
低く太いクラクションの音が響き、雛歩は顔を起こした。(中略)雛歩はベンチから立った。(中略)
「ヒナ、雛歩、何やってんだ」
背後から呼びかけられた。
兄の声に間違いなく、振り返ると、一番先に降りた男の人が雛歩のほうを見ている。(中略)
「そんな立派になってんなら、どうして迎えに来てくれなかったの。一人前になったら、絶対迎えに来るって約束したでしょ」(中略)
「いやぁ、まだ全然一人前じゃないんだなそれが……訓練についていくのでいっぱいいっぱいだし、ヒナを迎えたい気持ちはあっても、ずっと寮住まいだしな」(中略)
「雛歩、おまえ、大丈夫なのか。ずいぶんひどい目にあったんだって」(中略)
「違う」(中略)
「何が違うんだ」
「素晴らしい目だよ……とっても素敵な目にあったの。とにかく来て。歩きながら話す」(中略)
雛歩は、鹿雄の顔を横から見て、さぎのやにこのままいられることを確信した。(中略)
(さぎのやに着いた鹿雄は、ショウコさんの作ってくれた朝食を、腹一杯食べた。)
女将さんが、バスでの長旅を気づかい、空いている部屋で眠ることを勧めてくれた。だが鹿雄は、どこでも眠れる訓練を受けていますし、快適なバスだったので大丈夫です、と答えた。
「だったら、雛歩ちゃん、お兄さんに道後の町を案内して、一緒に温泉にも入ってらっしゃい」
と女将さんは、(中略)浴衣とはきもの、温泉の入浴券まで用意してくれた。
雛歩は、(中略)道後温泉の本館に入った。(中略)
「先に来ちゃったね」
「うん? 何が先に来たって?」
「みんなで来ようねって話したでしょ……家族四人で、道後温泉へ行こうねって。(中略)お父さんとお母さんもきっとじきに帰ってくるから、今度は四人で入ろう、ね」
鹿雄の返事がない。(中略)
「いや……そうだな……先に来ちゃったけど、いつか四人で入りたいな」(中略)
さぎのやに戻ったあと、申し訳ないけれど、少し寝させていたあけませんか、と鹿雄が女将さんに申し出た。(中略)
食いしん坊の鹿雄が、昼食もとらずに客室の一つを借りて眠りつづけ、日が傾きかけた頃、一階に下りてきた。さわやかな顔で、制服に着替え、制帽を手にしていた。(中略)
「妹が心配で、訓練中なのに無理を言って休みをもらってきました。ですが、みなさんにお任せすれば、妹はもう何の心配もいりません。安心して隊へ戻れます。それに……」(中略)「もう一日ここにいささえてもらったら、隊に戻れなくなるんじゃないかと心配なんです」
(また明後日へ続きます……)
「でも……あの……おじいさんは、息を、してなくて……」
「雛歩ちゃんは、動揺してたから、はっきり確認できなかったんじゃないかな」
飛朗さんが、雛歩の顔をのぞき込むようにして言った。(中略)
(コサカさんは)
「ご親戚は(中略)むしろおじいさんのことを押し付けて、悪かったとおっしゃっとる。(中略)家庭内で話し合うのが最善でしょう」
女将さんの手が、雛歩の肩に置かれた。
「なので、いまからご親戚のお宅へ帰りましょう。わたしが送っていきます。飛朗さなんもついてきてくれるそうです」(中略)
わたしは、人を殺していなかった……それを知ったのに、雛歩の心は少しもはれない。(中略)
「ここに置いてください。さぎのやにいさせてください。なんでもします。どんなことでも我慢します。だから、ここにいることを許してください。お願いです、お願いします」(中略)
「みぃんな、そう思うんよなぁ、女将さん」
コサカさんの声だ。(中略)
雛歩は、両肩にぬくもりを感じた。女将さんの手だと、いままでの感触からわかる。
「雛歩ちゃん、頭を上げて」
雛歩は、いやいやと首を横に振った。(中略)
昨日の午後、雛歩は、女将さんと飛朗さんと一緒に伯父の家へ行った。(中略)
話が一段落したところで、雛歩はあらためて今回の件を謝罪し、いままでお世話になったことのお礼を述べたあと、これからは、さぎのやで暮らしたい、と申し出た。
「雛歩ちゃんが、さぎのやを気に入ってくれただけでなく、さぎのやの者もみな、雛歩ちゃんのことが大好きになったのです。(中略)もしも雛歩ちゃんがしばらくさぎのやにいてくれるのなら、わたしたちにとっても大変嬉しいことです。学校も歩いて通える距離にありますし、責任を持ってお預かりいたします」(中略)
さぎのやへの信頼もあり、伯父たちは、雛歩がそこまで言い、女将さんたちも受け入れてくださるのなら、と承知した。ただし……、
「やはり、雛歩に一番近い者の許しも必要だろう」
雛歩の兄のことだった。
伯父たちは、雛歩の捜索願を出した時点で、自衛隊にいる兄に連絡していた。兄は、訓練中だったため、すぐには動けず、(中略)あらためて連絡をしあて、道後温泉駅のバスターミナルで降りれば、そこで雛歩が待っていると伝えた。
低く太いクラクションの音が響き、雛歩は顔を起こした。(中略)雛歩はベンチから立った。(中略)
「ヒナ、雛歩、何やってんだ」
背後から呼びかけられた。
兄の声に間違いなく、振り返ると、一番先に降りた男の人が雛歩のほうを見ている。(中略)
「そんな立派になってんなら、どうして迎えに来てくれなかったの。一人前になったら、絶対迎えに来るって約束したでしょ」(中略)
「いやぁ、まだ全然一人前じゃないんだなそれが……訓練についていくのでいっぱいいっぱいだし、ヒナを迎えたい気持ちはあっても、ずっと寮住まいだしな」(中略)
「雛歩、おまえ、大丈夫なのか。ずいぶんひどい目にあったんだって」(中略)
「違う」(中略)
「何が違うんだ」
「素晴らしい目だよ……とっても素敵な目にあったの。とにかく来て。歩きながら話す」(中略)
雛歩は、鹿雄の顔を横から見て、さぎのやにこのままいられることを確信した。(中略)
(さぎのやに着いた鹿雄は、ショウコさんの作ってくれた朝食を、腹一杯食べた。)
女将さんが、バスでの長旅を気づかい、空いている部屋で眠ることを勧めてくれた。だが鹿雄は、どこでも眠れる訓練を受けていますし、快適なバスだったので大丈夫です、と答えた。
「だったら、雛歩ちゃん、お兄さんに道後の町を案内して、一緒に温泉にも入ってらっしゃい」
と女将さんは、(中略)浴衣とはきもの、温泉の入浴券まで用意してくれた。
雛歩は、(中略)道後温泉の本館に入った。(中略)
「先に来ちゃったね」
「うん? 何が先に来たって?」
「みんなで来ようねって話したでしょ……家族四人で、道後温泉へ行こうねって。(中略)お父さんとお母さんもきっとじきに帰ってくるから、今度は四人で入ろう、ね」
鹿雄の返事がない。(中略)
「いや……そうだな……先に来ちゃったけど、いつか四人で入りたいな」(中略)
さぎのやに戻ったあと、申し訳ないけれど、少し寝させていたあけませんか、と鹿雄が女将さんに申し出た。(中略)
食いしん坊の鹿雄が、昼食もとらずに客室の一つを借りて眠りつづけ、日が傾きかけた頃、一階に下りてきた。さわやかな顔で、制服に着替え、制帽を手にしていた。(中略)
「妹が心配で、訓練中なのに無理を言って休みをもらってきました。ですが、みなさんにお任せすれば、妹はもう何の心配もいりません。安心して隊へ戻れます。それに……」(中略)「もう一日ここにいささえてもらったら、隊に戻れなくなるんじゃないかと心配なんです」
(また明後日へ続きます……)