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山田風太郎『戦中派動乱日記』

2009-06-30 18:21:00 | ノンジャンル
 山田風太郎さんの「戦中派動乱日記」を読みました。昭和24年1月 1日から25年12月31日までの山田さんの日記を載せたものです。
 ほとんどのものが一日について数行のメモのようなものです。書かれていることは、1、天気 2、誰がいつ訪ねてきて、何をしたか(常連客でない場合には住所まで克明に書かれています) 3、どこへ行き、誰と会い、何を話したか 4、誰からいくらの稿料をもらったか、またどこで飲んでいくら使ったか 5、何を書いたか 6、何の本を読んだか(まれに「感服感服」「愚作なり」などの感想が付け加えられます) 7、まれに社会評論のような文章が突然現れます 8、著者あるいは著書に関する評(おそらく著者が雑誌や新聞から切り張りしたものと思われます)。驚くのは書くスピードと読むスピードです。書くことについては一日に一章を書きあげ、一つの小説に関する構想も一日で終えています。読むのに関しても一日で一冊読むというスピードで、これは短編ではなく、例えば谷崎潤一郎の「細雪」の上中下巻をそれぞれ一日で読破するという速さです。また酒を頻繁に飲みに出かけることにも驚きます。ほとんど毎日のように、三軒茶屋にある自宅に来る客と飲み、時にはそのまま新宿に出かけてまた飲み、そこに泊まるということを繰り返しています。著者が酒好きだということもあるのでしょうが、当時の作家同士の間での交流が盛んであった様子が垣間見られます。
 作家の私生活に触れられる本としては貴重でしょう。そうしたことに興味のある方にはオススメです。

マーティン・スコセッシ監督『グッドフェローズ』

2009-06-29 13:35:00 | ノンジャンル
 WOWOWで、マーティン・スコセッシ監督の'90年作品「グッドフェローズ」を見ました。
 「この映画は事実に基づいている」「ニューヨーク 1970年」の字幕。トランクの中で物音をたてる男に3人で止めを刺し、ギャングに憧れていたと語るヘンリーの声。「ブルックリン 1955年」の字幕。ギャングのポールが経営するピザ屋でバイトを始めたヘンリーは、強盗の大物・ジミー(ロバート・デ・ニーロ)と知り合い、ギャングの道をひたすら歩んでいきます。「アイルドワイルド空港 1963年」の字幕。エールフランスから42万ドルの現金をジミーらと共に盗んだヘンリーはカレンと結婚しますが、家に帰らない日々が続きます。「1970年6月11日 クイーンズ」の字幕。仲間のトミーを侮辱した大物のバッツを皆で殴り殺して埋める一方、ヘンリーは愛人を作ったことでカレンと大げんかしますが、最後にカレンはヘンリーに銃口を突き付けられます。「フロリダ州タンバ 2日後」の字幕。男をライオンの檻に投げ込もうとして脅迫しますが、その男の妹がFBI関係者だったことから仲間とともに刑務所に入れられます。そこでも優雅な食生活を送りますが、愛人が面会に来ていることにカレンが怒り、ヘンリーは2度と愛人と会わないことを誓います。「4年後」の字幕。出所するヘンリーを出迎えるカレン。ピッツバーグに逃げて麻薬で大金を儲け、ルフトハンザから600万ドルを強奪しますが、ジミーは分け前を減らそうと仲間を殺し始めます。トニーは幹部になる儀式に呼ばれて、バッツの件で殺されます。「1981年5月11日 日曜日 午前6時55分」の字幕。朝からヘリに追尾されたヘンリーは仲間のトジで夜に麻薬の件で逮捕されます。「余波」の字幕。関係者全員が逮捕され、証拠も見つかりますが、ヘンリーとカレンは保釈され、カレンはジミーに殺されかけ、ヘンリーもジミーに殺しを依頼されて殺される気配を感じます。ヘンリーは自分の命を守るために司法取引に応じ、ジミーとポールを売って二人を刑務所に送り込み、自分は記録を消され、平凡な生活を終生送ることになります。そして最後に、ヘンリーは今も政府保護下にいて、ジミーはまだ刑務所に収監され、ポールは刑務所で死んだことが字幕で示されるのでした。
 軽快な音楽に乗せて残虐なドラマが展開していきます。ショーレストランの裏口から客席に至るまでを前進移動のワンシーンワンカットで見せるなど、かなり実験的な試みも見られ、またラストでカレンがジミーに殺されかかるシーンの湯気の中で逆光の中に見える男たちの姿など、印象的なカットも多々ありました。エンディングロールでは、「マイウェイ」の後にピンク・フロイドの音楽が続くなど、音楽的な素養の深さにも感心しました。スコセッシ監督の作品としては「私のイタリア旅行」に次いで、すばらしい出来だったと思います。映画好きの方にはオススメです。

小松左京『日本アパッチ族』

2009-06-28 15:02:00 | ノンジャンル
 北尾トロさんが推薦していた、小松左京さんの'64年作品「日本アパッチ族」を読みました。
 失業罪で大阪城の東にある、高圧電流の通る鉄条網に囲まれた陸軍工廠の空襲跡に追放された私は、以前に追放された山田とともに野犬を食べ、水たまりの汚水を飲んで生き延び、新しい追放者のためにゲートが開いた時に脱出を試みますが、山田は殺されます。野犬の群れに襲われているところを、私はアパッチ族に助けられます。彼らはこの地が鉄条網で囲まれた時に取り残されたため、くず鉄を食べガソリンを飲み、体が鋼になった新人類でした。私たちの脱走未遂事件が原因で追放地が整地されることになり、軍隊と重機が侵入してきますが、アパッチ族は奇襲によって一個大隊を殲滅します。その夜一部の守備隊を除いて私たちは追放地を脱出し、知合いの記者に事実を暴露し、それが新聞に大々的に報じられます。そして私たちはテレビの人気番組を乗っ取って声明を発表し、各地の鉄食いたちと連帯すると、やがて市民の間で人気者となり、参考人として国会に招かれた大酋長は正式に居留地を要求します。私たちの排泄物である銑鉄から利益を得ようと考えた民間人が居留地を提供し、私たちはそこに集結しますが、やがて私たちから生産される鉄は鉄鋼業全体を圧迫し始め、それが原因でクーデターが起こり、居留地への軍による全面攻撃が開始されます。事前にそこを脱出していた私たちは、鉄塔を食い倒して停電を起こし、通信施設も食べ、ガス管も食べ、都市機能をマヒさせます。夜営地を襲って武器を奪い、軍との全面戦争が生じた結果、京都を始め大都市は灰燼と帰し、アパッチが望む総廃墟化が実現します。避難民に足を止められた軍はアパッチの餌食となり、政府の要人は国外への脱出に失敗して死亡。最後の軍との決戦では核が使用されますが、結局アパッチの全面勝利となります。廃墟となった大阪を前に郷愁から涙する私に向かって、大酋長はアパッチの建国への希望を語るのでした。
 長編処女作とは思えない完成度の高さで、楽しく読めました。同じ戦争ものでも打海文三さんのものとは比較にならないほどの充実ぶりでした。やはり人間(アパッチ?)がしっかり描かれているからでしょう。ぐいぐい話に引き込んで行く力強さは並み大抵のものではありませんでした。ユーモアもあり、また終始無表情なアパッチが死ぬ時だけ声を上げて笑うという設定なども、琴線に触れるものがありました。小松さんの小説を読むのは初めてでしたが、今後は積極的に読んでいきたいと思います。文句無しにオススメです。

マイケル・ジャクソンとファラ・フォーセットの死

2009-06-27 15:49:00 | ノンジャンル
 昨日報道されたマイケル・ジャクソンの急死には私も驚きました。報道ではもっぱら80年代での活躍の様子を紹介していましたが、私にとってのマイケルはクインシー・ジョーンズの秘蔵っ子として'79年に「Don't Stop Till You Get Enough」と「Rock With You」でビルボード年間チャート第一位を2年連続で取ったことが一番印象に残っています。20才の大学生であった当時の私は、毎週土曜の夜にはラジオ関東で湯川れい子さんの「全米トップ40」を聞いていて、年末にやる年間トップ100の放送はテープに録音して何度も聞き返していたのですが、その貴重なテープも年月を経て再生不能となってしまいました。人生に迷っていた時代に、外の世界を垣間見ることのできた大切な時間だったことを覚えています。そしてマイケルが私とほぼ同じ年齢であることを初めて知りました!(私よりずっと年下だと思っていました。)
 そしてファラ・フォーセット。私にとっては'78年から'83年にかけて日本テレビの日曜10時30分から放送されていたテレビドラマ「チャーリーズ・エンジェル」に出演していたファラ・フォーセット・メジャーズ(当時彼女は俳優のリー・メジャーズと結婚していました)として記憶に残っています。はでな顔だちと見事なロングの金髪でセックスシンボルとしての扱いを世間では受けていましたが、私は「チャーリーズ・エンジェル」の中では彼女よりも黒髪の短髪の女性(名前、忘れました)の方が好きでした。日テレのこの時間帯はアメリカの帯ドラマを当時放映していて、'76年から'78年には「バイオニック・ジェミー」という、事故で命を落としそうになった時に人体改造を受け、その特殊能力を使って様々な事件を解決していくという、今考えると何とも荒唐無稽なドラマも放送され、主演していたリンゼイ・ワグナーにほのかな恋心を燃やしていて、最終回を知らされた時にショックを受けたことを覚えています。考えてみると「バイオニック・ジェミー」の時、私は16~19才、「チャーリーズ・エンジェル」の時が19~24才。前者の時は次の日に週末明けの学校を控え、沈み行く気持ちの中でこの番組に光明を見ていた気がしますが、後者では途中から東京に住むようになるなど、それほど熱心に見てはいなかったような気もします。いずれにしても、私の青春を彩ってくれた番組でした。ファラがライアン・オニール(私の若い頃はかなりの二枚目俳優でした)と子供までもうける仲であったことは知りませんでしたが、ニュースで見たファラが死の直前まで美しかったのに対し、最近のライアンは太ってしまい別人のようになってしまっていたのがショックでした。
 いずれにしても'70年代の終わりに明るく輝いていた二人だったことは確かだと思います。ご冥福をお祈りいたします。

LIVE!清水ミチコのお楽しみ会『リップサービス』

2009-06-26 18:10:00 | ノンジャンル
 前から見たいと思っていた清水ミチコさんのライヴを、ソニーCDクラブで買ったDVD「LIVE!清水ミチコのお楽しみ会『リップサービス』」で見ました。
 タイトルの後、会場でのマナーがライス元国務大臣のマネでスクリーンにおいてなされ、オープニングの歌(早回しでカット)に続いてMC。次の「私のフォーク・メドレー」と題されたコーナーでは、中島みゆきの「時代」、チェリッシュの「白いギター」、憂歌団の「嫌んなった」、忌野清志郎の「スローバラード」、研ナオコの「かもめはかもめ」、森山良子の「さとうきび畑」、秋川雅史の「千の風になって」のモノマネ。パーカーのフードを頭に被って紐をしぼり目だけを出す「目マン」になった話。アンケート紹介。英単語を元にモノマネを紹介する「LIP SERVICE」のコーナーでは、演技指導する桃井かおり、本当は悪い山口もえ、フジコ・ヘミングウェイともう一人のピアニストの会話、えなりかずきの台詞でえなりかずき・哀川翔・倖田來未・ファックスの出て来る音、加賀美幸子・小宮悦子・杉本彩のニュースキャスター、広東語・英語・日本語を話すアグネス・チャン、黒柳徹子と田中真紀子のクロストーク、「エクトプラズム」と題された岸田今日子のモノマネがされていました。(「SHUT UP」「RIVAL」にちなんだモノマネは倫理規定などによりカットされたということでした)。親子で九九を覚える歌詞でシャンソンの曲。以上が前半。尿もれパットの自作CMの後、楽屋風景があって後半スタート。黒木瞳のマネでオリジナルソング「MY BLACK EYES」。松任谷由美のマネで「リキュールの恋人」。やはり松任谷由美の「シャングリラ3」のエンディングでサーカスのメンバーを感動的に紹介するところのモノマネで、ソ連・ロシアの歴代書記長・大統領の紹介。矢野顕子のモノマネで「みっちゃんみちみち~いもむしごろごろ」。桃井かおり・大竹しのぶ・吉田日出子のモノマネで「プカプカ」。スピッツ風オリジナルソング。「歌姫メドレー」と題して、安藤裕子・元ちとせ・Chara・YUKI・UA・笹川美和・宇多田ヒカル・中島みゆきのモノマネ。チャリティーコンサートの舞台に立ちたいと歌うオリジナルソング「A SONG FOR ME」そして、エンディングタイトルに目マンの姿で各地で写した写真が披露されます。
 圧倒的に面白く、才能の溢れる清水さんは本当に魅力的で、感動的ですらありました。中でも「歌姫メドレー」は見ながら思わず声を出してしまう素晴らしさで、子供のまんまのYUKI、あくびをしながら歌うUA、声を不自然に震わせる宇多田ヒカルは絶品でした。なぜ私がここまで清水さんに惹かれるのか考えたのですが、ご自分をも笑ってしまうその大らかさと優しさなのかなと思いました。とにかく文句無しにオススメです。特にお笑いのお好きな方は必見です。