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私の今年の10大ニュース

2012-12-31 08:43:00 | ノンジャンル
 私事ながら、今年も私個人の10大ニュースを書き残しておきたいと思います。
 第1位「多額の寄付の実践」 ユニセフや国境なき医師団へのマンスリーサポートを続ける傍ら、それらから送られてくる臨時の寄付要請に対して、これまで事実上黙殺していたのを改め、最低千円は寄付するようにし、また神奈川ナショナルトラスト運動や日本野鳥の会に正式に入会するなど、積極的に参加するようにしました。年間収入に対する寄付金額の割合の多さは、日本国中でもかなり高い方になるのではと思います。
 第2位「3年連続で仕事を1ヶ月以上休む(8月下旬~9月)」 今年もやってしまいました。オリンピック観戦で生活のリズムを崩したことが直接の原因だと思います。来年こそ、通年で働けるように、万全の対策を練っているところです。
 第3位「東京工芸大学・ジャズ研究会発表会を楽しむ(10月20・21日)」 父の法事でここ数年行けなかった東京工芸大・ジャズ研の演奏を2日間にわたって楽しみ、2日目には母も連れていきました。母は「踊りたくなっちゃう!」と漏らすほどの楽しみようでした。来年の工芸祭、今から楽しみです。
 第4位「ロバート・オルドリッチ監督『カルフォルニア・ドールズ』再見(11月28日)」 閉館間際のシアターN渋谷で久しぶりに見て、ラスト号泣してしまいました。映画を見てこれほど泣いたのは、本当に久しぶりだと思います。旧ユーロスペースの最後の姿を見ることができたのも、何かの縁だと思いました。
 第5位「岡田茉莉子『女優 岡田茉莉子』を読む」 蓮實重彦先生の偉大さを改めて痛感した1册でもありました。この本を読んだ後、「聖=死』と「俗=生」という対立軸がマイブームになって今に至っています。
 第6位「足尾銅山跡&秋の奥日光訪問(11月6・7日)」 わたらせ渓谷トロッコ鉄道に乗ったことによってその存在を知った足尾銅山跡の訪問(かなり無気味な体験でした)と、素晴らしい紅葉の中での奥日光への1泊(湯の元の「釜屋湯元」ガーデンハウスでの贅沢な時間)は、忘れがたい旅の記憶となりました。
 第7位「フリオ・リャマサーレス『無声映画のシーン』を読む」 “記憶を読む”という希有な体験をさせてもらった本でした。一生の本がまた1册増えました。
 第8位「光市事件弁護団報告会(5月26日)&『死刑弁護人』上映会参加」 “冤罪”がいかに日本で横行しているかを知り、また死刑に対するマスコミの報道がいかに偏っているかも知らされる1年でした。死刑反対の意思をより固くした1年でもありました。
 第9位「法橋和彦『古典として読む「イワンの馬鹿」』を読む」 トルストイの思想に触れることができた貴重な体験でした。稲刈りの初体験(10月14日)とともに、農業への思いが強まった1年でもありました。
 第10位「尾瀬への2泊3日の旅(7月17~19日)」 念願の尾瀬訪問が実現。万全を期して行きと帰りに1日ずつ当てて、中の1日で夏の尾瀬ケ原を踏破しました。今度は秋に訪れたいと思います。

 その他にも、G・ガルシア=マルケス『百年の孤独』&飴村行『粘膜人間』との出会い、アキ・カウリスマキ監督『ル・アーヴルの靴みがき』&ジェイムズ・マンゴールド監督『ナイト&デイ』との出会い(『ル・アーヴル』との出会いによって、アキ・カウリスマキDVD-BOXを高額で買うはめとなり、年末に銀行の普通口座の残高がマイナスになるという前代未聞の事態を招いてしまいました)、奥七沢の散策(11月13日)、母と同僚とともに秋の昇仙峡再訪(11月21日)、小田原ガイド協会主催のイベント参加(12月8日)、アーサー・ビナードさんの講演会参加(12月9日)などなどがあり、そして年末最後を飾る、市原康さん率いるTRIO'ライヴ(12月13日、代官山の“レザール”にて。市原さんは10年前の私のネット上の名前“ごっち”を覚えていてくださり、ツーショットの写真まで写してくださいました)で、今年はお開きと相成りました。来年は実際に河原や田んぼに出ていく年になるような気がしています。そこでいろいろな方と会えることを今から楽しみにして、このブログの締めとさせていただきます。今年1年、こちらを読んでいただいた方、本当にありがとうございました!

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アーサー・ビナード『日本語ぽこりぽこり』

2012-12-30 10:19:00 | ノンジャンル
 クリント・イーストウッド監督・共同製作・音楽、レオナルド・ディカプリオ主演の'11年作品『J・エドガー』をWOWOWシネマで見ました。FBIを創設したエドガー・フーヴァーの半生を描く映画でしたが、様々な時制が平行して進む、くすんだ色調の不思議な映画でした。

 さて、アーサー・ビナードさんの'05年作品『日本語ぽこりぽこり』を読みました。'05年に講談社エッセイ賞を受賞した本です。
 この本を読んで学んだことは、英語にはだれかがくしゃみをしたら、周りの人が必ずいってあげる言葉「Bless you」という慣用句があり、これは「God bless you 」の短縮形で、昔々、人々はくしゃみを不吉の前兆、あるいは悪魔が体内に入ってくるスキというふうに捉えたらしく、身を守るために発したマジナイだということ、沖縄にもくしゃみの後には「クスクェーヒャー」、標準語に訳すと「糞食らえ」という言葉があること、くしゃみの古語「くさめ」については『広辞苑』に「くしゃみが出たとき唱えるまじないの語。〈休息(くそく)万病〉を早口で言ったものという」という説明が出ていること、「われ以外は皆わが師なり」という吉川英治が作った格言があること、ビナードさんに会う多くの日本人は「一期一会」という言葉を教えたがり、それは比率でいうと女性のほうがやや多いのですが、それに対し中年男性がよくトイレで教えようとするのに「つれション」があるということ、ビナードさんの義父が教えてくれた“戦争責任早解り法”は「地図を広げ、どこで、だれがやっているか、それさえ見れば大体、戦争責任の所在は明らかだ」ということ、トルーマンが残した名言に「この世で新しいのは、お前らが知らない歴史だけだ」というものがあり、要するに、今、世界各地で行われていることはみんな過去の二番煎じにすぎないが、過去を見抜いていない連中が、新しい動きだと思い込む、というわけであること、人間が宇宙へ出かけて、実際に得られるものはといえば、下痢と不眠、長期滞在すれば骨がスカスカ、筋肉も心臓も衰え、免疫力が低下、うつ病にもかかりかねない、いわば実験動物としてミールにのった宇宙飛行士たちが、そういった人体への影響を詳しく調べてくれたけれど、それ以外の研究成果はゼロといっていいほど得るものがなかったこと、ならば国際宇宙ステーションはなぜ作るのかというと、箱物行政を軌道にのせるためと、勇敢な人間が宇宙から生還すればマスコミが騒いでくれ、それが予算の確保にかかせないからであること、昭和12年から14年にかけて『都新聞』(現『東京新聞』の前身)に痛烈なコラムを執筆していた小熊秀雄が書いた童話『焼かれた魚』に著者が魅せられたこと、著者はおもしろい詩に出会うと、その詩が載っている本をリュックに入れて何日も持ち歩いたり、コピーを取ってセロテープで部屋の壁に貼ったり、それでももの足りないときは、翻訳してみたりすること、現在の鉄道の左右のレール間の最短距離は、英国の鉄道の軌道が最初から4フィート8.5インチという標準になっていたからで、それは鉄道以前の「木製軌道」のときの車両のホイールの間がその幅であったためであり、古い街道には馬車による深い轍があり、車輪がその轍の幅に合わなければ、壊れたり馬車がひっくり返ったりしかねなかったためで、ではその轍の幅はというと、これはローマ軍の標準「2頭立て二輪戦車」に由来し、それは馬の臀部×2というサイズで作られたのだということ、日本には血液型対応コンドーム『ABOBA』というものが存在し、それについてくる「どっきん栞(しおり)」には、自分の血液型と相手の血液型に応じた相性とアドバイスが印刷されていること、陰毛かつらというものも存在し、無毛症の大半はしもの毛だけが欠如していて、結婚間近の女性や修学旅行間近の女性が両親と一緒に買いに来ることが多いこと、“ヒバチ”は英語では七厘(しちりん)の意味で使われていること、普通の煮炊きはたった七厘ほどの炭で間に合うところからシチリンの名がついたこと、飛行機に乗る際、スーツケースを預けると、行方不明になったり、ぶっ壊されたり取っ手がもがれたり、また、中身が物色されたり掻き回されたりすることがよくあること、などなどでした。
 全体的に言葉遊びを含むユーモアにあふれるとともに、鋭い批評眼も持ってらっしゃって、読んでいて楽しくもあり、痛快でもありました。リベラルな考え方を持ってらっしゃる方には、特にお勧めの本です。

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アーサー・ビナード『釣り上げては』

2012-12-29 08:41:00 | ノンジャンル
 アーサー・ビナードさんの講演を聞くこととなり、ビナードさんの作品を立続けに4册読むことにしました。1册目は'00年作品『釣り上げては』。'01年に中原中也賞を受賞した詩集です。
 本の題名にもなっている詩『釣り上げては』は以下のようなものです。(改行は無視させていただきました。)「父はよく 小さいぼくを連れてきたものだ ミシガン州 オーサブル川のほとりの この釣り小屋へ。そして或るとき コーヒーカップも ゴムの胴長も 折りたたみ式簡易ベッドもみな 父の形見となった。 カップというのは いつも欠ける。古くなったゴムは いくらエポキシで修理しても どこからか水が沁み入るようになり、簡易ベッドのミシミシきしむ音も年々大きく 寝返りを打てば起こされてしまうほどに。 ものは少しずつ姿を消し 記憶も いっしょに持ち去られて行くのか。 だが オーサブル川には すばしこいのが残る。新しいナイロン製の胴長をはいて ぼくが釣りに出ると 川上でも 川下でも ちらりと水面に現れて身をひるがえし 再び潜って 波紋をえがく――  食器棚や押入に しまっておくものじゃない 記憶は ひんやりした流れの中に立って 糸を静かに投げ入れ 釣り上げては 流れの中へまた 放すがいい。」
 社会的な詩も多く見受けられます。例えば「バナナ」と題された詩。「屋上で バナナを食べた 半分ずつ    遠い南国のこと 搾取のこと 農薬、死んでいく愛のこと 一つも 考えないで 霞んだ街 見下ろしながら バナナを頬張った」 「もんじゃ」と題された詩はこうです。「――朝鮮仏教徒連盟中央委員会は言う、日本の高速増殖原型炉「もんじゅ」、文殊菩薩を冒涜――と。それを読んでぼくは悟りを開いた。四月の臨界からずっと あれはいつか月島の方で食べた お好み焼きのぐしゃぐしゃしたやつ、うまい名前をつけたな と。」
 私が特に魅かれたのは、数々の散文詩でした。例えば「父と現場」と題された詩。「テレビにゲストとして出ることになって その前夜遅くまで資料を読み直したり何をしゃべるか考え込んだり 朝起きてみると 顔が何だか腫れぼったい 目の下には立派なくま。慣れないネクタイをしめ しめ直して いざスタジオへ。 『まずメイクを』とディレクターにいわれ 彼が指さす部屋に入ると 大きな鏡の前で 髪をワインレッドに染めた女の子が 道具箱を開いて待機している。こっちが座るなり 彼女は カステラの一切れにも似たスポンジで塗り出す。ほっぺから目のふち それから額に移り そこでぼくは目をつむることに。何をしゃべるか‥‥。ほぼ済んだかと 再び目を開けて ギョッとした――父の死に顔だ。 『死に顔』といっても 子どものぼくが 見せてもらえたのは『故人との対面』という 通夜のときに棺桶の中の父。事故の傷を隠すために 厚く塗られた化粧 それでも右耳のそばに 隠し切れない隆起が‥‥ 瞼は 開かないように接着剤でとめてあった‥‥  メーキャッパーはぼくの髪をブローし始める。父の頭皮が剥がれたのを 貼りつけ直したらしいところもあったっけ。まるで蝋人形を眺めているようで 思えば 葬儀屋はずいぶん苦労をしただろう。どうやって死体を洗ったのか‥‥ 子どもながらぼくは想像をめぐらし だいぶ大きくなってからも 何かの拍子で あの場面がふと再現されたものだった。でも こんなところで対面するなんて。ハンカチで顔をぬぐいたい衝動を抑え リハーサル。 正面と右手と左手 三台のモニターに映る自分を 必死で見ないようにし てもつい見てしまいゾクッとし 顔には出さないようにしていると体内で ゾクッとが増幅する感じだ。本番がどうなるか と思っていたら オンエアのときにはもう ほとんど何も――慣れとはこういうことか。 画面の中で 死んだ父が何やかや 日本語でしゃべっている。」

 詩は本来、読むのが苦手なのですが、この詩集は味わい深く読むことができました。具体的なイメージが大切にされているからだと思います。ビナードさんは現在、関東圏のAMラジオ「文化放送」の“吉田照美 ソコダイジナトコ”の木曜日コメンテーターとして出演されているとのこと。要チェックの方です。

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相米慎二監督『ションベン・ライダー』

2012-12-28 04:05:00 | ノンジャンル
 川上未映子さんの'12年作品『水瓶』を読みました。9編の散文詩からなる本でしたが、ほとんど理解不能でした。

 さて、相米慎二監督の'83年作品『ションベン・ライダー』をスカパーのイマジカBSで再見しました。
 極龍会のヤクザ・ヤマ(桑名将大)とマサ(木之元亮)を捕えてカメラが道と壁を超えてプールに行くと、そこではデブナガが川崎ジョー(永瀬正敏)と辞書(坂上忍)を虐めていて、それをブルース(河合美智子)が止めると、今度はデブナガが導き入れた数台のバイクがアラシ先生(原日出子)の制止を聞かず、校庭を乗り回します。やがて校門から入ってきた車から突き出された網に頭を被されたデブナガ(ここまで冒頭からワンカット)は、拉致され、ヤマとマサもそれを車で追っていきます。デブナガを拉致した男(寺田農)は連れの女性とともにヤマとマサに殺され、ドブ川に浮かびます。
 デブナガに復讐するため、彼が監禁されているらしい極龍会の横浜本部を訪れたブルースら3人は、銭湯でのヤクザらの会話からデブナガが熱海の別荘にいることを知ります。警官の田中(伊武雅刀)からヤクザのゴンベイ(藤竜也)を紹介された3人でしたが、拳銃で自分を撃てと挑発するゴンベイに3人は追い払われます。捜索願が出ていると田中らに保護された3人でしたが、ブルースがトイレに行きたいと言って、公衆便所に立寄らせ、そこで一芝居打って、船で逃げ出します。ゴンベイは熱海にいますが、デブナガは名古屋に連れていかれたことを知る3人。花火の上がる熱海のホテルの一室でゴンベイに同行すように3人は言いますが断られます。朝に1人で海辺に出たブルースは自分に陰毛が生えているのを発見すると、全身を海に浸けます。
 名古屋に着いた3人でしたが、辞書が研修会に出ているアラシ先生に会いたいと言い出し、ブルースとともに先生に会うと、先生は警察に出頭するように言います。それを無視して逃げ出す2人。デブナガが載せられた、ヤマとマサの運転するトラックに自転車から飛び乗るジョー。彼らにゴンベイとアラシ先生も加わって、木場で追跡劇が演じられます。(ここの長いワンシーンワンカットは見事の一言!)ケガをした3人とゴンベイの元に、島田組の金太がゴンベイの姐さん(倍賞美津子)を連れてきますが、姐さんは旅に出ると言い、ゴンベイの死に目には会えないかもしれないと言います。手下に制服を着させ、ハッパをかける島田(財津一郎)は、トンネルにトラックを通す知恵を3人に授けられ、3人は島田の宴会で近藤正彦の歌を熱唱します。デブナガの居所へ金太とアラシ先生が向かいますが、ヤマは島田からデブナガをいいように処分しろと言われていると言い、翌日金太の死体をゴンベイは発見します(ここも時間経過も含めてワンカット)。先生が拉致され、ゴンベイと3人はゴンドラに乗り、ブルースは先生が歌っていた「雨降りお月」を歌い、その後、雨降る中、ゴンベイは立ち去り、3人は彼に拳銃を返します。
 横浜に戻り、冷蔵庫に詰まっているヤクとデブナガを使って、極龍会の親分を誘い出そうと企むヤマとマサ。田中は3人にヤマとマサが幼稚園にいることを告げると、船に火をつけ、自分はそこに留まります。デブナガとシャブ浸けになった先生を救出した3人は、その後、酔っ払っていたヤマの足に縄をかけて、デブナガの体重を使って電柱にぶらさげます。マツを射殺するゴンベイ。3人とデブナガはヤクをまき散らして真っ白となり、歌いまくります。やがてパトカーの音が鳴り、拡声器で出頭を命じられ、白旗を掲げて出て行こうとするゴンベイに辞書が思いとどまらせようと拳銃を構えると、放水が始まり、全員びしょ濡れになります。「残念でした!来年の夏にまた会えるといいな!」と言いながら1人出ていき、機動隊員に逮捕されるゴンベイ。デブナガは田中に「手柄を立てたなんて思うなよ」と掴みかかり、3人に取り押さえられるのでした。

 ブルースのポップな言葉による字幕をはさみながら、ほとんどのアクションシーンが見事なワンシーンワンカットで撮られ、音や音楽の使い方も対意的な使われ方をしていて、存分に楽しませてもらいました。間違いなく相米慎二監督の代表作の1本でしょう。

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法橋和彦『古典として読む「イワンの馬鹿」』その2

2012-12-27 08:46:00 | ノンジャンル
 ルネ・クレール監督・脚本の'52年作品『夜ごとの美女』をWOWOWシネマで再見しました。さえない音楽教師ジェラール・フィリップが、夢の中でオペラの作曲家、アルジェリア戦争のラッパ兵、革命家などになり、現実での自動車修理工の娘マデリーヌ・キャロル、レストランの女主人ジーナ・ロロブリジーダが貴族の娘やアルジェリアの姫らに扮し、最後、自動車で大昔から現在までを遡るという荒唐無稽なコメディでした。

 さて、昨日の続きです。
 本篇の後、著者による訳注、解説、参考資料1「トルストイと悪魔について」、参考資料2「トルストイのキリスト教的無抵抗主義(非戦・非暴力の思想)と現代」が収録されています。
 それらの中で、著者は、社会的不平等は生産手段(土地を含む)の私的所有から生まれるというプルードンの思想にトルストイが若くして影響されていたこと、マルクスは「自然は労働と同程度に使用価値の源泉である」と考えていたこと、トルストイはまた「都市と農村間の分業が消滅する」ことに期待をよせていたこと、トルストイは驚くべきことに、今から150年も昔にこの作品において、空飛ぶ独身女性部隊を登場させていること、トルストイはガンディーと書簡のやりとりをしていて、大衆的非暴力抵抗運動について共闘関係にあったこと、ライト兄弟の飛行理論の完成はペノーの模型飛行機から生まれていて、その関係については、ロバート・オルドリッチ監督の『飛べ!フェニックス』が言及していること、パイロットたちは今も昔も不時着に備えて、できるだけ海岸線に沿ったり、砂漠を利用するフライトを心がけていること、マルクスは人間独自の知力(創造力)をも人間の労働力からけっして除外してはいないこと、トルストイは晩年の日記で「人間社会の最高の物質的富は平和である。個人の最高の物質的富が健康であるように」と書いていること、トルストイは『イワンの馬鹿』を書いた9年後に、原典からの老子『道徳経』の翻訳を思い立っていること、ヴラジオストークの『極東新聞』が1908年3月1日に「トルストイが高齢であるにもかかわらず、訪日するのではないか。また日本以外では韓国をも訪問するのではないか、韓国は今回の訪問先としてもっともふさわしい国である。そこでは悪にたいする無抵抗という伯の高尚な学説がもっとも役立つにふさわしい土壌を提供することになろう」と報じたことをトルストイが知り、感激していたこと、日本でもっとも早くトルストイを師匠として学び、特にその思想活動に深く共鳴するところがあった徳冨盧花が、大逆事件にふれ、いまは亡きトルストイにかわって一高講堂壇上で熱涙あふれる講演「謀叛論」をなし、日本近代史上、反権力的な最初の思想闘争として大きな社会的反響をよびおこしたこと、水上勉は大逆事件に連座して享年27歳に充たずして絞殺死させられた同郷、若狭小浜出身の『古河力作の生涯』を書いていること、その古河が獄中で書き込みをしていた聖書を水上は入手していたこと、トルストイは「キリスト教は、もしそれが真剣に受け入れられさえすれば、すべての古いものを粉砕し、新しい無限の地平線を啓示するダイナマイトのような強力な作用をするものである」と書いていること、啄木は死の直前、大逆事件の資料の整理に没頭し、「平民新聞」に掲載された『トルストイ翁の日露戦争論』の筆写を行なっていたこと、夏目漱石も『吾輩は猫である』執筆中に内田魯庵訳の『イワンの馬鹿』を贈られ、いたく感激していたこと、そして『猫』の中の“馬鹿竹”の一挿話で『イワン』を取り上げていること、ユダヤの律法とその解説であるタルムードの中に「すべての肉体労働は人間を高貴にする。子供に肉体労働を教えないのは――子供を将来掠奪者にする準備をしているようなものである」という文があること、などなどを教えてくれています。
 私は途中までこの本を読んで、この本は常に手許に置いておきたい本の一冊であることを確信しました。また、私の住む厚木市、それに隣の愛川町に配布されている“市民かわら版”という地域情報誌に、“野良の芸術”というコラムがあり、これを執筆されれいる小嶋冨五郎さんが、最新号において地域の芸術文化の意義について力説されていて、その考え方も、トルストイと共通するものだと感じました。この本、皆さんも是非一読されることをお勧めします。

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