また昨日の続きです。
「捜査の一員?」
ロッシは一瞬黙りこんだ。ライムの質問の意図を計りかねたらしい。「ああ、そういうことか。たしかアメリカでは事情が違うんでしたね。イタリアの検事は、部分的に警察官の役割も果たします。コンポーザー事件では、スピロ検事(プロクラトーレ)と私が捜査の指揮を執っているんですよ。二人で」(中略)
しかし部屋を出る直前、ライムは車椅子を止め、くるりと向きを変えた。「一つ二つ、気づいたことがある。関心はあるかね?」
スピロは冷ややかな表情を崩さなかったが、ロッシはうなずいた。(中略)
「“フェッテ・ディ・メタッロ”は、“金属の細片”という意味で合っているかな?」ライムは一覧表に目を注いで尋ねた。
スピロとロッシが顔を見合わせた。「ええ、正確には“スライス”ですが」
「“フィブレ・ディ・カルタ”は“紙の繊維”?」
「そうです」
「ふむ。そうであれば━━コンポーザーは外見を変えている。山羊髭を剃り落とした。十中八九、頭髪もきれいに剃っている。被害者はひじょうに古い建造物、しかも地中深くに隠されている。田園地帯ではなく、おそらく都市部だろうね。現在は一般に公開されていない建物、過去には出入りできたが、何年も前に立ち入りが禁じられた建物だ。かつて街娼が商売していた地区だろう。いまもいるかもしれないが、そこまでは断言しかねる」
エルコレは陶然とライムを見つめていた。
ライムは続けた。「もう一つ。やつはもうYouVidを使わないだろう。IPアドレスを隠すのにプロキシを利用したが、そういったことは本来あまり得意ではないようだ。だが、そのことに気づかないほど愚かではない。イタリア警察のIT系技術者やYouVidの監視員が目を光らせていることを予想しているだろう。だから、YouVid“以外”の動画投稿サイトを見張るべきだ。それから、戦術チームにすぐ出動できるよう待機しろと伝えたほうがいい。被害者にはもうあまり時間が残されていない」(中略)
(中略)
誰かと一緒だったのか?
次に思い出せるのはバス停留所だ。バス停留所で何かが起きた。
いまいるのはどの国だろう。リビアか?
違う。リビアではないだろう。
だが、ここは間違いなく地下墓所だ……
静かだった。聞こえるのは、室内のどこかで水がしたたっている音だけだ。
口に布きれが押しこまれ、そのうえからテープでふさがれていた。それでも助けてくれと叫んでみた━━アラビア語で。ここがリビアではなく、別の言語を話す土地だったとしても、声の調子で意図は伝わって、誰かが救助に駆けつけてくるだろう。(中略)
聞こえるのは、ぽたり、ぽたり、ぽたり、古びたパイプからしたたった水滴がバケツに落ちる音だけだった。
首吊り縄がまた上に引っ張られた。助けを求めるアリ・マジークのくぐもった声は、彼の地下墓所に頼りなく反響した。
(中略)
「実はですね、コンポーザーが動画を投稿したんです。おっしゃるとおりでした。YouVidではなく、NowChatにアップロードされました」
「いつ?」ライムは訊いた。
「タイムスタンプによれば、二十分前」(中略)
(中略)
エルコレはイーゼルを並べて一覧表を広げ、イタリア語を英語に翻訳しながら書き直していた。ラボとの出入り口に、ぽっちゃり体型の生真面目なベアトリーチェ・レンツァが立って、あれこれ助言していた。(中略)
今回の音楽もワルツだ。前回と同じく、三拍子の一拍目が男性が息を吸いこむ音になっていて、画像が暗くなるのに合わせ、音楽のテンポと呼吸音もゆっくりになっていった。(中略)
壁か天井から砂か小石が落ちて、被害者が身動きをしたが、目は覚まさなかった。映像はさらに暗くなり、音楽はいっそうテンポを落とした。ついに画面が真っ暗になって音楽も途切れた。(中略)
「さっき話した推論をどこから引き出したか?」(中略)
(中略)ライムは言った。「もちろん、微細証拠からだよ。まず、プロピレングリコールとの組み合わせで見つかった物質は、シェービングクリームだ。そこに血が混じっているわけだから、容疑者はひげ剃りをしていて肌を切ってしまったと考えるのが合理的だろう。(中略)
次に、インドール、スカトール、チオール。これは糞便だ」一覧表をまた一瞥する。「クソだよ。そこに紙繊維が混じっている。人間の大便でしかありえない。(中略)古い大便だ。かなり古くて、からからに乾燥している。これは写真を見ればわかる━━複数のタイプのものが混在していることも見て取れる。色や質感が違うだろう。それを考えに入れると、近くに下水道があるようだ。おそらくしばらく使われたことのない下水道だ。
(また明日へ続きます……)
「捜査の一員?」
ロッシは一瞬黙りこんだ。ライムの質問の意図を計りかねたらしい。「ああ、そういうことか。たしかアメリカでは事情が違うんでしたね。イタリアの検事は、部分的に警察官の役割も果たします。コンポーザー事件では、スピロ検事(プロクラトーレ)と私が捜査の指揮を執っているんですよ。二人で」(中略)
しかし部屋を出る直前、ライムは車椅子を止め、くるりと向きを変えた。「一つ二つ、気づいたことがある。関心はあるかね?」
スピロは冷ややかな表情を崩さなかったが、ロッシはうなずいた。(中略)
「“フェッテ・ディ・メタッロ”は、“金属の細片”という意味で合っているかな?」ライムは一覧表に目を注いで尋ねた。
スピロとロッシが顔を見合わせた。「ええ、正確には“スライス”ですが」
「“フィブレ・ディ・カルタ”は“紙の繊維”?」
「そうです」
「ふむ。そうであれば━━コンポーザーは外見を変えている。山羊髭を剃り落とした。十中八九、頭髪もきれいに剃っている。被害者はひじょうに古い建造物、しかも地中深くに隠されている。田園地帯ではなく、おそらく都市部だろうね。現在は一般に公開されていない建物、過去には出入りできたが、何年も前に立ち入りが禁じられた建物だ。かつて街娼が商売していた地区だろう。いまもいるかもしれないが、そこまでは断言しかねる」
エルコレは陶然とライムを見つめていた。
ライムは続けた。「もう一つ。やつはもうYouVidを使わないだろう。IPアドレスを隠すのにプロキシを利用したが、そういったことは本来あまり得意ではないようだ。だが、そのことに気づかないほど愚かではない。イタリア警察のIT系技術者やYouVidの監視員が目を光らせていることを予想しているだろう。だから、YouVid“以外”の動画投稿サイトを見張るべきだ。それから、戦術チームにすぐ出動できるよう待機しろと伝えたほうがいい。被害者にはもうあまり時間が残されていない」(中略)
(中略)
誰かと一緒だったのか?
次に思い出せるのはバス停留所だ。バス停留所で何かが起きた。
いまいるのはどの国だろう。リビアか?
違う。リビアではないだろう。
だが、ここは間違いなく地下墓所だ……
静かだった。聞こえるのは、室内のどこかで水がしたたっている音だけだ。
口に布きれが押しこまれ、そのうえからテープでふさがれていた。それでも助けてくれと叫んでみた━━アラビア語で。ここがリビアではなく、別の言語を話す土地だったとしても、声の調子で意図は伝わって、誰かが救助に駆けつけてくるだろう。(中略)
聞こえるのは、ぽたり、ぽたり、ぽたり、古びたパイプからしたたった水滴がバケツに落ちる音だけだった。
首吊り縄がまた上に引っ張られた。助けを求めるアリ・マジークのくぐもった声は、彼の地下墓所に頼りなく反響した。
(中略)
「実はですね、コンポーザーが動画を投稿したんです。おっしゃるとおりでした。YouVidではなく、NowChatにアップロードされました」
「いつ?」ライムは訊いた。
「タイムスタンプによれば、二十分前」(中略)
(中略)
エルコレはイーゼルを並べて一覧表を広げ、イタリア語を英語に翻訳しながら書き直していた。ラボとの出入り口に、ぽっちゃり体型の生真面目なベアトリーチェ・レンツァが立って、あれこれ助言していた。(中略)
今回の音楽もワルツだ。前回と同じく、三拍子の一拍目が男性が息を吸いこむ音になっていて、画像が暗くなるのに合わせ、音楽のテンポと呼吸音もゆっくりになっていった。(中略)
壁か天井から砂か小石が落ちて、被害者が身動きをしたが、目は覚まさなかった。映像はさらに暗くなり、音楽はいっそうテンポを落とした。ついに画面が真っ暗になって音楽も途切れた。(中略)
「さっき話した推論をどこから引き出したか?」(中略)
(中略)ライムは言った。「もちろん、微細証拠からだよ。まず、プロピレングリコールとの組み合わせで見つかった物質は、シェービングクリームだ。そこに血が混じっているわけだから、容疑者はひげ剃りをしていて肌を切ってしまったと考えるのが合理的だろう。(中略)
次に、インドール、スカトール、チオール。これは糞便だ」一覧表をまた一瞥する。「クソだよ。そこに紙繊維が混じっている。人間の大便でしかありえない。(中略)古い大便だ。かなり古くて、からからに乾燥している。これは写真を見ればわかる━━複数のタイプのものが混在していることも見て取れる。色や質感が違うだろう。それを考えに入れると、近くに下水道があるようだ。おそらくしばらく使われたことのない下水道だ。
(また明日へ続きます……)