また昨日の続きです。
「当時の人々は、領土を巡る争いに明け暮れ、平和に暮らすことを忘れていたという。統治者は、自らの創った人間の愚かすぎる所業に怒り、砂漠で分断してしまったのだ」(中略)
「それが、大噴砂(だいふんさ)とも呼ばれる、最初の大地の苦難だ」(中略)
「だが、人々は時が経つにつれ、統治者が砂漠で街を分断した戒めすら忘れてしまった。兵を育成し、砂漠を渡る術を覚えて、大挙して他の街を襲って制圧するという愚行を始めてしまった。再び、領土を巡る争いが活発化したのだ」(中略)
「お前も経験しただろう。歪みの嵐を。あんなやっかいなものが、砂漠に跋扈(ばっこ)するようになった。それが、二度目の大地の苦難だ。我々人間は、砂漠に押し込められて、逼塞(ひっそく)するしかなくなったのだ」(中略)
「二度の大地の苦難を経て、人々はようやく分をわきまえ、それぞれの街ごとに小さな秩序の中で、細々と暮らして来たのだ」
「それなのに今は、大地の秩序を失ってしまっている点……。つまりは、三度目の大地の苦難が、統治者から与えられたということですか?」
「いや、(中略)今回の大地の秩序の崩壊には、統治者の意思は介在していない。(中略)五年前まで、この世界には地図があり、その地図の存在によって、大地の秩序はかろうじて保たれていたのだ」(中略)
「地図とは、大地の秩序を一枚の図面に書き写したものでしょう?」
とんでもないというように、書記官が両手を激しく振った。
「そんな恐れ多いことを……。この世界では、地図は書き記されることは決してありませんのです。ただ一人の女性の頭の中に納められておるのですよ」
書記官の話によると、地図を記憶する「ネハリ」と呼ばれる女性がいて、この地の道や大地の起伏、森や畑、公共建造物から個人の家に至るまで、すべてを記憶し、記憶することによって大地の秩序を保っていたのだという。
「ネハリは代々、一人の女性から新たな女性へと受け継がれていっておりました。(中略)」
「八年前のことであります。継承者も二十歳になり、地図の受け継ぎも、通例より時間がかかってはおりましたが、問題なく進んでおりました。ですが、もうまもなくすべての継承を終えるという頃に、継承者が忽然と姿を消してしまったのです」(中略)
「ネハリが年老いていくに従い、徐々に大地の秩序は失われていったのであります。(中略)」
「しかし今の皆さんは、秩序が失われた世界で、その制約を克服して生活していらっしゃいますよね?」
「ええ、我々を救う救世主が現れてくれたのですからな」
書記官は、隣に座る施政官を頼もしげに見やった。(中略)
「私は救世主などではない。この世界の辺境に住む種族の一人に過ぎない」(中略)
「私の種族が代々暮らしてきた場所は、ネハリの記憶の地図の外側……。つまり、もともと大地の秩序の存在しない辺境の地なのだ」(中略)
「施政官は……いやいや、当時はまだ、ただのオリスという名の辺境の若者でしたな。オリス殿は、秩序の崩壊を前にしてなすすべもない我々に、様々なことを伝授してくれましのです。砂の導きによる目的地への歩行方法や、食物の栽培方法など、秩序を失った世界での暮らしの知恵のすべてを……」(中略)
「私はあくまで、この世界が秩序を失った間の、かりそめの施政官に過ぎない。(中略)」
「この世界のすべての本は、『本を統(す)べる者』が独占している」(中略)
「この世界は、『本を統べる者』との確執によって、本を奪われてしまった。それにより我々は、本から知識を得ることも、先人の記憶を継承することもできなくなってしまったのだ」(中略)
「渡来人よ。今は非常時だ。我々には、お前一人に時間を割いている暇はない。元の世界に戻りたいなら、自分で考えることだ。(中略)」
立ち上がった施政官は、エナさんの前に一つのガラス瓶を置いた。
「近いうちに、渡来人をクロダ博士の所へ連れていけ」(中略)
「視察に向かうぞ!」
施政官が壁の伝声管に向けて告げた。(中略)
「施政官はああ言いましたが、あなたのこの背景での身の安全、および生活に関しては、施政官庁として保障いたします」(中略)
「この世界には何か所か、バス停が存在することがわかっております。ですがあのバス停にとまるバスはあ、いったいいつ来るのかわかりませんでしてな。しかも、バスが来ても、乗ることができる人間は決まっておるのです。(中略)」
「いずれにしろ、まずはこの世界のことをしっかりと学んで、生活の基盤をつくることでしょうな。その上で、あなたが元の世界に戻れるよう、私たちが最大限の援助をいたしましょう」(中略)
(また明日へ続きます……)
→サイト「Nature Life」(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)
→FACEBOOK(https://www.facebook.com/profile.php?id=100005952271135)
「当時の人々は、領土を巡る争いに明け暮れ、平和に暮らすことを忘れていたという。統治者は、自らの創った人間の愚かすぎる所業に怒り、砂漠で分断してしまったのだ」(中略)
「それが、大噴砂(だいふんさ)とも呼ばれる、最初の大地の苦難だ」(中略)
「だが、人々は時が経つにつれ、統治者が砂漠で街を分断した戒めすら忘れてしまった。兵を育成し、砂漠を渡る術を覚えて、大挙して他の街を襲って制圧するという愚行を始めてしまった。再び、領土を巡る争いが活発化したのだ」(中略)
「お前も経験しただろう。歪みの嵐を。あんなやっかいなものが、砂漠に跋扈(ばっこ)するようになった。それが、二度目の大地の苦難だ。我々人間は、砂漠に押し込められて、逼塞(ひっそく)するしかなくなったのだ」(中略)
「二度の大地の苦難を経て、人々はようやく分をわきまえ、それぞれの街ごとに小さな秩序の中で、細々と暮らして来たのだ」
「それなのに今は、大地の秩序を失ってしまっている点……。つまりは、三度目の大地の苦難が、統治者から与えられたということですか?」
「いや、(中略)今回の大地の秩序の崩壊には、統治者の意思は介在していない。(中略)五年前まで、この世界には地図があり、その地図の存在によって、大地の秩序はかろうじて保たれていたのだ」(中略)
「地図とは、大地の秩序を一枚の図面に書き写したものでしょう?」
とんでもないというように、書記官が両手を激しく振った。
「そんな恐れ多いことを……。この世界では、地図は書き記されることは決してありませんのです。ただ一人の女性の頭の中に納められておるのですよ」
書記官の話によると、地図を記憶する「ネハリ」と呼ばれる女性がいて、この地の道や大地の起伏、森や畑、公共建造物から個人の家に至るまで、すべてを記憶し、記憶することによって大地の秩序を保っていたのだという。
「ネハリは代々、一人の女性から新たな女性へと受け継がれていっておりました。(中略)」
「八年前のことであります。継承者も二十歳になり、地図の受け継ぎも、通例より時間がかかってはおりましたが、問題なく進んでおりました。ですが、もうまもなくすべての継承を終えるという頃に、継承者が忽然と姿を消してしまったのです」(中略)
「ネハリが年老いていくに従い、徐々に大地の秩序は失われていったのであります。(中略)」
「しかし今の皆さんは、秩序が失われた世界で、その制約を克服して生活していらっしゃいますよね?」
「ええ、我々を救う救世主が現れてくれたのですからな」
書記官は、隣に座る施政官を頼もしげに見やった。(中略)
「私は救世主などではない。この世界の辺境に住む種族の一人に過ぎない」(中略)
「私の種族が代々暮らしてきた場所は、ネハリの記憶の地図の外側……。つまり、もともと大地の秩序の存在しない辺境の地なのだ」(中略)
「施政官は……いやいや、当時はまだ、ただのオリスという名の辺境の若者でしたな。オリス殿は、秩序の崩壊を前にしてなすすべもない我々に、様々なことを伝授してくれましのです。砂の導きによる目的地への歩行方法や、食物の栽培方法など、秩序を失った世界での暮らしの知恵のすべてを……」(中略)
「私はあくまで、この世界が秩序を失った間の、かりそめの施政官に過ぎない。(中略)」
「この世界のすべての本は、『本を統(す)べる者』が独占している」(中略)
「この世界は、『本を統べる者』との確執によって、本を奪われてしまった。それにより我々は、本から知識を得ることも、先人の記憶を継承することもできなくなってしまったのだ」(中略)
「渡来人よ。今は非常時だ。我々には、お前一人に時間を割いている暇はない。元の世界に戻りたいなら、自分で考えることだ。(中略)」
立ち上がった施政官は、エナさんの前に一つのガラス瓶を置いた。
「近いうちに、渡来人をクロダ博士の所へ連れていけ」(中略)
「視察に向かうぞ!」
施政官が壁の伝声管に向けて告げた。(中略)
「施政官はああ言いましたが、あなたのこの背景での身の安全、および生活に関しては、施政官庁として保障いたします」(中略)
「この世界には何か所か、バス停が存在することがわかっております。ですがあのバス停にとまるバスはあ、いったいいつ来るのかわかりませんでしてな。しかも、バスが来ても、乗ることができる人間は決まっておるのです。(中略)」
「いずれにしろ、まずはこの世界のことをしっかりと学んで、生活の基盤をつくることでしょうな。その上で、あなたが元の世界に戻れるよう、私たちが最大限の援助をいたしましょう」(中略)
(また明日へ続きます……)
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