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辻村深月『鍵のない夢を見る』

2013-09-26 10:20:00 | ノンジャンル
 朝日新聞の特集記事で紹介されていた、辻村深月さんの'12年作品『鍵のない夢を見る』を読みました。5つの短編が収められた本です。
 『仁志野町の泥棒』では、母と参加したバスツアーのガイドが“りっちゃん”であることに私は気付きます。律子は小3の時に転入してきたのですが、やがて彼女の母が空き巣狙いで、これまで1年ごとに引越してきたことを仲間から知らされます。そしてある日、私が母と帰宅すると、律子の母が空き巣をしている最中でした。翌日弟と我が家に現れた律子は、「ごめんなさい」と言って体を折り、涙を流します。そしてまたしばらくして私と律子は仲間と一緒に文房具を買いに行きますが、そこでも私は律子が万引きをしようとしているのを発見し、私は物事をはっきりさせようと思って、律子にお金を払わせます。それから私は律子と疎遠になりましたが、高校生になって彼女と偶然再会し、小学生の頃の思い出が胸に膨らむのでした。
 『石蕗南地区の放火』では、公有物件の保険事業を仕事としている私は、消防団の詰め所が放火された現場に行くと、そこでは大林が張り切って指揮を取っていました。大林は役人で、以前合コンで知り合い、しつこく横浜へのデートに誘われ、つい一回だけ付き合ったことのある男でした。私は大林のしつこさを思い出し、私に会いたいために彼が放火したのではと疑います。そしてその一ヵ月後、公民館への放火容疑で大林は逮捕されます。私への会いたさで放火したと動機を話すのではとと心配した私でしたが、翌日の朝刊では「ヒーローになりたかった」と供述していると書いてありました。私はつまらない男にしか会えない自分に嘆息するのでした。
 『美弥谷団地の逃亡者』では、私はご近所サイトで知り合った男に相田みつをの詩を教えてもらうなどして親しくなりましたが、やがて男がストーカー的行為とDVをするようになり、それを知った母は警察に被害届を出します。ある日、男は母を刺殺し、私を連れて、私が行きたいという海へ行きますが、そこで逮捕されるのでした。
 『芹葉大学の夢と殺人』では、工学部デザイン科の私は絵本を作ることを夢見ていましたが、そのことでサッカーの日本代表となり、医学部に入り直すという夢を持つ雄大と親しくなります。坂下教授は酒とタバコを私がたしなむことからか、私を贔屓しますが、授業に遅れることについて私にだけ教授が電話で注意したことに対して、雄大は教授を批判します。私は母の勧めで高校教師になって夢の実現を待つことにします。雄大は私と一緒にいたいという理由でとりあえず工学部の卒業を目指そうとしますが、教授から卒業点をもらえません。私は雄大と週末に会い続けますが、雄大は教授を恨むようになり、卒業の最後のチャンスの年、雄大は足を複雑骨折してサッカーの夢から遠ざかり、ある日教授を惨殺してしまいます。彼は私と最後に一度だけ会いたいと言ってきて、私は会いに行きますが、彼はあくまで逃げ続けると言い、もう夢をあきらめて私を受け入れてという私の言葉にも反応しません。私は彼の目の前で非常階段から飛び降り、彼が死刑になることを望み、新聞では殺人の指名手配中の容疑者が元交際相手を突き落として重体に陥らせたと報道されるのでした。
 『君本家の誘拐』では、良枝が心から望んで産まれて来た咲良が、ショッピングモールでベビーカーごと消えます。良枝は動揺し、実家に電話するも誰も出ず、とりあえず店の警備員が防犯カメラを調べてくれている間に、家に忘れた携帯を取りに帰ります。すると家にはベビーカーがあり、咲良も眠っていました。良枝は育児ノイローゼで、最近咲良を殺す夢を何度か見たことを思い出し、「やってしまった」と思います。良枝は直ちに咲良を連れてショッピンングモールの男子トイレにそれが置かれていたように仕組もうとしますが、目を覚ました咲良に驚き、自分が泣き叫んでしまい、警備員たちに無事発見されたと思われてしまうのでした。

 一番長編である『芹葉大学の夢と殺人』は特にそうでしたが、私が苦手とする“私小説”で、今一つ乗れませんでした。それでも話の構成力で面白く読ませる術は持っている方だとは思いました。

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吉田喜重監督『鏡の女たち』その3

2013-09-25 09:58:00 | ノンジャンル
 愛は今日は11日なので正子がまた誘拐未遂事件を起こすかもしれないと言って、夏来と郷田に公園へ向かってもらいます。郷田に電話する愛の表情が割れた鏡に映ります。
 郷田は孫のナナも連れてきますが、正子は公園に現れました。私の新しい両親が現れたという話をする正子。ママはお元気?と言う正子に、旅で疲れて休んでいると答えた夏来は、正子が見舞いに来てくれれば喜ぶだろうと言いますが、さっきの新しい両親の話は愛にはしないでくれと言います。
 ナナを連れ、正子と夏来が愛の許へ行き、ナナと夏来が廊下で遊んでいると、愛は障子を閉めて、二人の遊んでいる影絵が見たいと言い出します。「あの小さい影が幼い頃の美和、あなたよ、大きな影はあなた、お母さん、あなたのお父さんは亡くなる前、私とあなたの遊ぶ姿を障子を通して見ていた。そして話しかけた。また幼いあなたを決して抱こうとしなかった」と愛。「私を産んでくれなければよかったのに」と正子が言うと、「被爆した苦しさから逃れるには、あの人に抱かれるしかなかった。それが女。私という女」と愛。
 夏来は職場でアメリカから日本に職場を移すことを同僚に話すと、また夏来のきまぐれかい?と言われますが、夏来は「自分から逃げてることに気付いた」と言い、「私も女なの」と答えます。
 愛の家に夏来宛てにネッドから電話がきますが、愛は留守だとしか答えられません。愛は正子の家に出かけると、光岡と入れ替わりとなります。愛は正子に「養女になってほしい」と頼みますが、正子は先日現れた新しい親はDNA鑑定で実の親ではないことが分かったと言い、やっぱり赤ちゃんを殺した気がするとも言うと、「鏡を見ると思い出すことがある、荒波と助けてと泣き叫ぶ少女、そして死ねばいいと思ってそれを見ている女の私、もう以上苦しめないで、あなたの優しさが私を苦しめる」と言って、「DNA鑑定をしてください」と言い、愛を追い出します。割れた鏡に映る正子の顔。「私は誰? 私を返して!」と叫ぶ正子。
 日傘を差して歩く愛が帰宅すると、そこには夏来と小林が来ていて、被爆者のアメリカ人大尉はまだ生きていて、伊澤は命の恩人だと言っている、奥様にもよろしくと言っていた、と小林は言い、明日アメリカに発つと言います。愛は、私からもよろしくと伝えて、そして私も生きていると、と小林に伝言します。小林が去ると、夏来はアメリカには戻らないと愛に言い、愛はネッドという人から電話があり、折り返し電話がほしいと言っていたと夏来に伝えます。「ママとあの人のことが心配」と夏来が言うと、愛は正子に養女の件を断られたと言い、西日が当たって空が血の色になっていると言います。
 赤い障子に2人の影。「ママの流した血の色、あの人が流した血の色、それに私の血の色。女の血の色」と夏来。
 正子は後部座席に乗って車で出発します。バックミラーに映る彼女の顔。荒波の前で泣き叫ぶ少女。
 郷田に電話があり、正子が失踪したことが知らされます。郷田が正子の部屋を訪れると、光岡が待っていて、今朝から連絡が取れないと言い、置き手紙もないと言います。最近神経質になっていて、こうなることは分かっていたと光岡は、記憶がない女は1人では生きていけないのだから、絶対に正子を探し出すと言います。洋ダンスの一番上の引き出しに入れていた母子手帳が無くなっているのを確かめる郷田。「何であんなもん、持ってんだ?」と言う光岡の表情が割れた鏡に映ります。郷田は愛と夏来に報告し、母子手帳が無くなっているので、もう帰るつもりはないのだろうと言います。愛は「あの人は帰ってくる、母子手帳がある限り」と言い、愛の表情と夏来の表情は割れた鏡で2重、三重になります。
 郷田が帰ると、夏来は「ママ、あの人、本当に私のお母さんだと思っていたの?」と尋ね、愛は「あの人はふと現れて、ふと消えてしまう神様だ」と答えます。「ごめんなさい、見えるでしょう、女の子の影が。聞こえるでしょう、あの声、無邪気に遊んでいるのが」。障子に映る遊んでいる少女の影。「あれは幼かった頃の美和、夏来、いえ、いずれあなたの産む子供の影だわ」と愛。画面は白くつぶれていき、映画は終わります。

 焦茶色を貴重とした落ち着いた画調の映画で、鏡が重要な役目を果たしていました。

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吉田喜重監督『鏡の女たち』その2

2013-09-24 05:58:00 | ノンジャンル
 昨日の続きです。
 正子を連れに来てくれた郷田に、正子は昨晩母子手帳のことを隠していたことで光岡から怒られたと言うと、郷田はそれだけ気にしてくれてる証拠だと言います。家に入るなり割れている鏡を指差して「この鏡ですのね」と言う正子に、愛は「あの子が戻るまでこのままにしておこうと夫が言っていたので」と答えます。正子は夏来に謝り、美和が使っていて今は夏来が使っている部屋を見せてもらいます。美和の写真は夏来が恋しがらないように愛がすべて処分したと言う夏来。記憶がなくても1人で生きてきた女としてのあなたに興味があって今日会ったと言う夏来。正子は自分は男に頼るしかないだらしない女だと言った後、広島で海の見える病院を思い出したと言い出します。美和は広島で生まれたと愛は言い、その表情が割れた鏡に映った後、3人はすぐ広島へ行くことにします。
 ホテルのチェックインで“川瀬美和”と書いた正子に礼を言う愛。小林とばったりと会い、正子と夏来を紹介する愛。丸鏡に映る愛。窓の外の夜景と、窓の映り、それに重なる愛の顔。翌朝、夏来と小林は朝食で出会い、夏来が私は私自身を知りたくて初めて広島に来たと言い、小林に祖父のメモを見せてほしいと言います。
 この病院で初めて川瀬に会い、彼は東京の大学病院から来ていた医者だったと語る愛は、川瀬が死んだベッドに跪くと、「あなた、美和を連れてきましたよ。孫の夏来も一緒です。よーく、見て下さい。こうして2人を見せてあげたかった」と叫び、川瀬は2度目の夫で、本当のお父さんは美和が4歳の時に死んだと告白しますが、美和は何も思い出せません。その夜、夏来はアメリカのボーイフレンドのネッドに、自分のアイデンティティを見つけたので、もうアメリカには戻らないとメールを送ります。翌日、正子は「家族ゲームはもう止めましょう。娘の役を演じるのはもう嫌。DNA鑑定をしてください」と言い、愛は「自分の過去を取戻そうとしている。私がどういう女か話しましょうか?」と言うと、荒波とその前で助けを呼び叫んでいる少女、そして少女が溺れればいいと立ち尽くす自分が見えると言い、「私は子供を殺そうとした女、それでも私のことをお母さんと呼んでくれる?」と夏来に尋ねます。
 その後、夏来は小林と会い、アメリカ人捕虜の大尉の通訳・伊澤が川瀬医師にそのアメリカ人の存在を教えてくれたという事実が新たに分かったと知らせてくれます。彼女らの前を運ばれて行く巨大な原爆の写真パネル。「もう帰りましょうか? ここにいても苦しむだけね」と言う愛に、夏来は「ママ、教えて、伊澤という人は誰? ママ、知ってるんでしょ? 小林さんから聞いたの。本当の私って誰?」と言うと、愛は「美和も同じことを言った。広島と私、そして家を出て行った」と話します。
 夕暮れの原爆ドーム。川に向かってベンチに並んで座る3人。愛は話します。「あの日、呼ぶ声が聞こえた。そこには両手を縛られたアメリカ人大尉。呼んだのは伊澤だった。あなたの父、夏来のおじいちゃん。8時15分。光と地震と熱風。その後の静けさ。穴から出た伊澤は戻ってきて『町が消えている』と言うと、大尉は『アトミック・ボブ! 出てはならない。放射能にやられる!』と言った。私たちは救われた。長い時間。そして黒い雨。次の日の朝、この川には夥しい遺体。」灯籠流しの映像。「私の父や母も亡くなり、伊澤と暮らすことになった。1人では生きていけなかった。あの人は私を愛し、それがただ1つの心の支えだった。終戦。伊澤は捕虜を虐待した罪でC級戦犯となり拘置されたが、原爆後遺症で釈放され、そしてあなたが産まれた。被爆は遺伝すると言われ、伊澤は産むのに反対だった。父が誰だが言うなというのが伊澤の遺言だった。(夏来、愛を抱く。)あなたたちに全てを話し、償いたかった。この母を許してください。(愛は正子を抱く。)」灯籠流しの映像のアップ。
 レジの正子。近藤先生の紹介で正子が実の子ではないかという老夫婦が現れます。光岡同席の許、正子のDNA鑑定の結果をその老夫婦に知らせることになりますが、老夫婦は失踪した実の子が産んだばかりの子供を殺して28年前に失踪した事実を話し、しかし時効だから罪は問われないと言います。(また明日へ続きます‥‥)

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吉田喜重監督『鏡の女たち』その1

2013-09-23 06:51:00 | ノンジャンル
 吉田喜重監督・共同企画・脚本の'02年作品『鏡の女たち』をDVDで見ました。
 門から出る日傘を差した和服の女性・愛(岡田茉莉子)を尾行する黒い車。愛は役所の戸籍係に行き、失踪していた娘の美和が見つかったという連絡を受けたと言います。同じ市内で正子という名前で住んでいたという美和は、持っていた母子手帳で本人と分かったということで、愛はその母子手帳を当時作ってくれた郷田(室田日出男)と一緒に、彼女が拘置されている警察へ会いに行きます。相変わらず尾行する車。正子は愛の孫である夏来(一色紗英)の母であり、幼女誘拐の常習犯ですが、以前の3回とも子供と一緒に遊んで自宅まで届けていることから、警察でも取扱いに困っているということでした。愛は正子が誘拐するのが常に11日だと聞き、それは美和の失踪した日と同じだと言って興奮します。愛はアメリカにいる夏来に電話し、すぐに戻ってくるように言います。電話の脇の割れた鏡。すると、愛を尾行していたテレビ局のプロデューサーである小林という女性が愛の許を訪れ、広島でアメリカ兵も1人被爆していることが、医者をしていた、愛の亡き夫が残したメモにより分かったので、それを取り上げる番組に協力してほしいと言ってきますが、愛は何も知らないと追い返します。玄関脇の割れた鏡。
 愛は郷田に娘が釈放されたことを知らせ、2人で会いに行きます。バックミラーに映る愛の顔。正子(田中好子)のアパートを訪ねた2人は、彼女が愛の娘ではないかと思い訪ねてきたと言い、24年前に失踪したのだと言いますが、正子は美和という名前に聞き覚えはないと言います。病院で娘を出産し、夏来と名付けてすぐに失踪し、夏来は今アメリカにいると言う愛は、正子に母子手帳を見せてもらい、やはり間違いないと思いますが、正子は自分の手にしていたバッグに入っていただけで、他人のバッグだったのかもしれないと言い出します。誘拐容疑で自宅捜索を受けた時に見つかったというその母子手帳でしたが、正子はDNA鑑定を勧め、精神科の近藤先生に詳しくは聞いてくれと言います。家族のような付き合いができないかと言う愛の顔は、割られた鏡に映り、正子がその鏡は自分がヒステリーを起こして割ったのだと言うと、愛も美和が家を出て行く時に同じように鏡を割ったと言います。
 帰宅した夏来に愛は正子と会った時の様子を話しますが、記憶が朧げで自信がないと言います。夏来はおばあちゃんをママと呼んできたし、今でも本当のママなんていらないと言い、一度自分を捨てた人を母とは認めたくないと言います。一方、郷田は正子の部屋に男(西岡徳馬)が入っていくのを目撃します。愛と正子は公園で再会し、気付いたらこの公園で赤ん坊を抱いていたと話す正子は、出産した気もするし出産したいと思っていただけかもしれないと言い、自分は流産し、同じ病院の人の母子手帳を盗んだのだと言い出し、悪いのは自分だと考えないと気が狂いそうになると告白します。正子に求められ、当時の美和のことを話す愛は、夫と折り合いが悪く、20歳の時に家出し、4年後に横浜の病院から電話があり、行ってみると、既に美和は出産を終えて消えた後だったと言います。辛くても思い出すことがあるのがうらやましいと語る正子。愛は幼い頃のあなたは天使のようだったと言うと、正子は愛が茶碗についた口紅を拭く仕草を見て、母もそうしていたと言い、それを聞いた愛は正子は幼い頃から私が紅を引くマネをするのが好きだったと語ります。手を取り合う2人。2人は喫茶店を出て別れますが、それを夏来は見かけます。
 レジで働く正子。近藤先生からこちらを伺ったと郷田は、正子の部屋に出入りしている男・光岡の許を訪ねます。光岡は5、6年前正子はここで働いていて、記憶喪失者の身元引受人として今でも愛人関係にあると嘯きます。
 夕暮れ。愛と夏来は並んで夕食を食べていますが、愛の夫が亡くなって5年も経つのだから、明日からは向かい合って2人で食べようと愛は言います。愛は正子と会った話をしていると、郷田がやって来て、光岡に会った話をします。女一人で生きていくのは大変で、身寄りもないのだから誰かから助けてもらうのは当然だと言う愛に、平気で人を愛人呼ばわりする男は信用できないと郷田は言います。この際DNA鑑定されては?と言う郷田に、あの人は美和ですと愛は言い、明日家に呼びましょう、と夏来は言います。(明日へ続きます‥‥)

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蓮實重彦『魅せられて 作家論集』

2013-09-22 07:23:00 | ノンジャンル
 蓮實重彦先生の'05年作品『魅せられて 作家論集』を読みました。
 「樋口一葉 恩寵の時間と歴史の時間 樋口一葉の『にごりえ』」では、新たに人が住むようになった新開地の酌婦で、そこで生きる才能を“恩寵”として与えられていた女が、過去=歴史の時間を語るように客に強要されることで、殺されるに至ったこと、「夏目漱石 1 修辞と利廻り―『道草』論のためのノート」では、報酬を期待された主人公が書いた文章がたやすく金銭と交換され、「首の回らない程高い襟」で動きを奪われ、「多くの人より高い所に立」ったり、「赤い印気(インキ)を汚ない半紙へなすく」ったり、「暑苦しい程細かな字」でノートを埋めたりしていた限りは享受しえなかった余裕がもたらされ、修辞学的にいうなら、書くという振舞いをめぐる表現が換喩的なものから隠喩的なものへと転換したこと、「夏目漱石 2 試練と快楽―「愛」の人称的構造 『それから』の場合」では、「私」と「貴方」との間に介在すべき「愛」の能動的他動詞性を回避しながら、その等価的表現の模索にあけくれてきた近代日本の小説は、恋愛を、快楽の対象ではなく、二人してくぐりぬけるべき試練のごときものに仕立てあげたことなど、「芥川龍之介 接続詞の破綻 『歯車』を読む 説話論の視点から」では、自動車/列車、避暑地/首都などの二者択一的であり同時に両価的でもある「接続詞」的とも呼ぶべき風土が導入されていることなど、「谷崎潤一郎 厄介な「因縁」について 『吉野葛』試論」では、「この頃は」だの「今頃は」だのといった言葉を物語に導入すれば、そう書く主体の位置すべき時間と空間がきわめて限定されることを谷崎は充分に承知していたのに、そうした自粛は最後まで守られなかったことなど、「大岡昇平 1 露呈する歴史のために 『堺港攘夷始末』」では、大岡が「終わり」に顔をそむけ、ひたすら現在を生き、現在を書くことで読む者を刺激し続けたことなど、「大岡昇平 2 反復と平面―歴史小説はいかにして書かれるか 『天誅組』の場合」では、「すでに書いたことだが」、「前に書いたように」といった表現が多用されているが、それらは事柄の平面が共有されていることを表していることなど、「安岡章太郎 真実と「軽症の狂者」 『海辺の光景』」では、「軽症の狂者」の予言は、干潮と満潮を正確にとり違えることによって、正しさを超えた真実であったこと、「河野多惠子 1 『みいら採り猟奇譚』」では、倒錯的な愛のすがたかたちへ至る、教育的な振る舞いの実践から漏れてくる照明が、命令の風土に漂っている照明とはまるで異質なものであったこと、「河野多惠子 2 「異変」と予兆 『赤い脣 黒い髪』」では、あたりに注がれている光景にはこれといった変化も認められないのに、それまでおとなしく視界におさまっていた風景が、何かのはずみですっと遠ざかってゆく、そんな体験へのこだわりが生なましく描かれていること、「後藤明生 『挟み撃ち』」では、多くの不在や空白や欠落ばかりをかかえている「わたし」が、その事実にたったいま気がついたといわんばかりの言い訳めいた言辞の羅列で始まること、「古井由吉 狂いと隔たり 『白髪の唄』を読む」では、「人の話をめっきり、黙りこんで聞く」という近年の「癖」を口実にしただけで、はたして長編小説が書けるものなのかという試みであること、「金井美恵子 果物籠が凶器となるとき 『岸辺のない海』」では、真の意味で必然化さるべきは、おそらく、書かれていることのほとんどが、いわば説話論的な凶器として機能せざるをえないという事実にほかなるまいこと、「中上健次 路地と魔界 『熊野集』『千年の愉楽』」では、「一人二人」と集い寄り、いつの間にか黒々とした群れにおさまっていく異形者も、そして「路地」に住み着いている男振りの若者の縁者たちも、おそらくは時間を超えた同じ存在であることなど、「村上龍 アイスピックとアーミーナイフ 『ピアッシング』」では、製作者と演出家の2人の村上が一気呵成に書いた小説であること、「島田雅彦 呼吸と脚力 『彼岸先生』」では、ごく身軽な脚力と乱れを知らぬ呼吸が必要とされていること、「阿部和重 1 『ABC戦争』」では、一切隠しだてをしていないこと、「阿部和重 2 パン屋はなぜパンを焼く以外の多くのことに手を染めざるをえず、また、あるとき、ただのパン屋であることへのノスタルジーを憶えざるをえないのか 『シンセミア』論」では、「ぶち壊れる」などの口語調をまとわせていることなど、が書かれていました。
 これでも、蓮實先生の文章としては、分かり易い方なのではないかと思いました。

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