ネコのミモロのJAPAN TRAVEL (Mimoro the cat:JAPAN TRAVEL)

「京都観光おもてなし大使」のライターとネコのミモロが、京都の情報や暮らし、グルメなどをご紹介。心和む雑誌のようなブログ

ミモロ旅番外編。2泊3日のシンガポール旅。歴史ある「フラトン ホテル」

2017-09-15 | 宿・ホテル

「ねぇ~5月に行ったシンガポールのお話したい~」というミモロ。そこで、すでに秋になってしまいましたが、そのときの様子をお伝えします。

シンガポール航空で、羽田から飛び立ったミモロ。(東京のお友達と一緒に行くので・・・)
  
快適なフライトを終え、シンガポールに到着。

まずは、宿泊するホテルへ向かいます。
 
今回、宿泊するのは、シンガポールの町中、川に面した「フラトン シンガポール ホテル」です。ここは、パラディアン様式という17世紀の英国古典様式の建物で、1928年に建設され、しばらく中央郵便局としても活躍したところです。
2001年にホテルになり、2015年には、シンガポールの国指定史跡に指定されました。

ホテルの中央部は、吹き抜けに…。 
「ここでアヌタヌーンティーしたいなぁ~」
そばのケーキのケースの前で動かないミモロでした。「ここのケーキのおいしさは、評判・・・宿泊しなくても、お茶楽しめるんだよね」

ホテルロビーの奥には、シンガポールおよびこのホテルの歴史を物語るギャラリーがあります。
 
シンガポールは、マレー半島の南端にある小さな国。19世紀、英国植民地となり、太平洋戦争の間は、日本が統治したことも。その詳しい歴史は、後ほどということで・・・。ともかく英国の雰囲気が、歴史的建造物には、見ることができる国なのです。
 
「昔の写真がいろいろある~。記念のスタンプ押しちゃおう~」

シンガポールが「シンガポール共和国」として独立したのは、1965年。なんと東京オリンピックより後なのです。

さて、話はホテルに戻しましょう。このホテルのマスコットは、クマ。ミモロも一緒に並んでみました。
 
「ミモロ、よくクマに間違えられるけど、クマと一緒に並ぶと、ネコだってわかるでしょ!」と。ホテルのスタッフの制服を着たクマは、お土産に人気です。

さて、ミモロがお友達と一緒に泊まるお部屋は、ツインタイプ。
「あれ、ここにもクマ~」
「御願いちょっと貸してね~」とクマちゃんにお願いしてバスローブを拝借。
シャワーを浴びて、フライトの疲れを癒します。

ミモロたちのフロアは、エグゼクティブフロアで、ゲストたちが、いつでも自由に飲み物やスイーツなどを楽しめる場所がありました。朝食は、フロアないのスペースで。
  
「食べ放題だから、お昼の分も食べちゃおう~」と朝から食欲旺盛なミモロ。
つぎつぎにお皿に料理をのせて…。
「中華料理や洋食やマレー料理なんかもあって、品数豊富。すごく美味しい・・・もっと食べていい?」はい、どうぞ…

朝食後、観光の前に、中庭でひと休み。
 
「う~リゾートって感じ…」ここは、ゲストたちがのんびり過ごすスペース。「なんか気持ちよくて、眠くなっちゃった~」
ダメ~今から出かけるんだから…「もう、行くの?わ~待ってよ~」


さぁ、ミモロのシンガポール旅が始まります。昨年も同じ時期に来て、動物園などを楽しんだミモロですが、今回は、歴史を探る・・・が旅のテーマです。

さて、まず行くのは…





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「真言宗智山派 総本山智積院」の朝のお勤めに参列。お庭などの拝観も

2017-09-14 | 寺社仏閣

七条通の東の突き当りに位置する「真言宗智山派 総本山智積院」があります。この夏、高野山を訪れて以来、ミモロは、空海上人に強い関心を抱くようになりました。「ここも真言宗のお寺だから、ご本尊は、大日如来さま。ご祈祷をするお堂には、不動明王さまがいらっしゃるんだよね~」
 
広い境内には、ご本尊がいらっしゃる金堂では、毎朝6時から、僧侶たちのお勤めが行われ、その後は、明王堂で、ご祈祷が行われます。
 
50人を超す僧侶たちの読経が響くお堂。そのおつとめは、本当に心が浄められる心地がします。「そのおつとめ、一般には参加できないんだよね~。」そう、それに参列できるのは、境内にある「智積院会館」に宿泊するゲストです。でもこの日、ミモロがその朝のお勤めに参加できたのは、ご祈祷のお願いをしたからです。
前日に、翌日のご祈祷の申し込みをして、その特典みたいに、朝のお勤め、そしてお庭や宝物がおさまる収蔵庫を拝観できるのでした。「知らなかった~」ミモロは、3000円納め、「心願成就」のご祈祷をお願いしたのです。

朝の境内の澄み切った空気・・・そして、僧侶たちのお勤め・・・本当に心浄められます。

お勤めが終わると、ミモロたちは、名勝庭園の拝見に講堂へと移動します。
 

そのお座敷に座り、お庭を拝見しながら、「智積院」の歴史などのお話をお坊様から伺います。
 

「なんかすごくいい気持~」
利休好みと言われるお庭は、元は豊臣秀吉が息子鶴松の菩提を弔うために建立した「祥曇禅寺」がその原形です。

真言宗は、ご存じの通り、空海が開祖。唐に渡り、密教などを納めた空海は、京都の東寺を賜り、そこで長らく多くの弟子などの教育をはじめ、真言密教をさらに深めてゆきます。空海というと高野山が活躍の場と思われがちですが、実は、高野山に入ったのは、晩年の4年間くらいだと言われます。それまでの多くの年月は、京都で過ごしていたのです。

弘法大師と呼ばれるのは、空海の死後、なんと80年以上たってから。醍醐天皇から賜った諡号(生前の功績に因んでつける名)です。「え~空海さんは、自分が弘法大師って呼ばれてるの知らないんだ~」とミモロ。そう、最澄の「伝教大師」も円仁の「慈覚大師」も諡号なので、ご本人は知らないことになりますね。

空海の死後、真言宗は、その勢いを停滞させる時代に入ります。それを再興したのは、鳥羽上皇の支援を受け高野山に上った覚鑁(かくばん)上人です。若い覚鑁は、真言宗の改革運動を推進。しかし、高野山にいる昔からの僧侶の反対にあい、ついには高野山を追われることに。そこでたどり着いた和歌山で根来寺を建てます。根来寺は、鉄砲の製造をはじめさまざまな事業などにより、戦国時代には、坊舎は、2700をこえる大きなお寺になるのです。漆の根来塗、またそこに住まう根来衆と呼ばれる人たちは、忍びとしても活躍。大きな軍事力を有する集団に成長します。天下を納める秀吉にとって、大きな脅威。そこで、天正13年に、秀吉により全山焼き払われてしまいます。

行き場を失った僧侶たち・・・当時、学頭だった玄侑僧正は、根来の再興を願いつつ、長く高野山や京都に逃れる苦しい時期を過ごすことに。時代は変わり、根来寺を焼き討ちした秀吉は、死に、豊臣家が滅ぼされると、京都にあった豊臣家関係の土地や建物は、没収。その折り、徳川家康は、かねてから根来寺の再興を願っていた僧、能化に、秀吉が建立した「祥曇禅寺」を下げ渡し、それが現在の「智積院」となります。
 
「根来寺が焼き討ちされたのは、天正13年(1585)でしょ、家康さんがお寺をくれたのは、元和元年(1615)って資料に書いてあるから、え~30年以上もかかったんだ~」と驚くミモロ。

「五百仏山根来寺智積院」というのが、山号です。

「では、お堂の中をご案内します」と。ミモロたちは僧侶の後を拝観順路で進みます。
  
拝観順路の途中には、いろいろな見所が…

お庭や講堂などの拝観は、9:00~16:00 500円です。

広いお堂を進むミモロたち。
「遅れちゃった~」
小さなミモロは、歩幅が狭いので、どうしても遅れがち。でも理由はそれだけではありません。

実は、ミモロは、途中にいろいろ立ち止まって、お庭を眺めたり・・・だからみんなから遅れるんですけど…。
「お寺の紋が入ってる」畳の縁には、オリジナルの文様が…。そういう細かいところについ目がいくミモロなのでした。

「待って~」転がるように廊下を慌てて進むミモロ。
「大丈夫ですよ。急がなくても」
やさしくミモロを見守ってくださったのは、素敵な僧侶。智積院で勉強し、今はお寺のお手伝いなどをなさっているという若い女性のお坊さん。「は、はい…どうも」やさしく抱っこされたミモロは、ほっとした表情に。

「追いついた~」


お堂の中をいろいろ拝見した後は、華やかな豊臣家の名残りを留める国宝の障壁画を「収蔵庫」で拝見します。

家康公から賜ったお寺は、その後、火災などで焼失。この襖絵などは、僧侶たちが必死に持ち出したものだとか。

「智積院」の朝のお勤めは、いつ参列しても心浄められる心地がします。一般に公開されていないだけに、参列者の数も限られ、一人一人が、大日如来さまと不動明王さまに、ご焼香ができます。ぜひ、宿坊の「智積院会館」に宿泊するか、個人的にご祈祷をお願いして、参列したい、すばらしい体験です。

「あ、桔梗まだ咲いてる~」でも上を見ると、楓の先端が少し色づいて見えます。
 
「まだ暑いけど、秋、すぐそばにいるんだよね~」残暑の京都ですが、秋の足音はしだいに近づいているのです。


*「真言宗智山派 総本山智積院」の詳しい情報は、ホームページで






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ミモロ、「武徳殿」の競技場での居合道教室へ。日本の精神文化を体現する居合道

2017-09-13 | 体験

今年の夏、ミモロは、お友達に誘われて日本武道の聖地、岡崎の「武徳殿」の敷地内にある競技場で開催される「京都市体育協会」が主催する「市民スポーツ 居合道教室」に参加することに。

もちろん居合道を習うのは初めて。時代劇が大好きなミモロは、実は前から剣道や弓道に憧れていたのです。
「居合道って、どういうのかよく知らないけど…なんかカッコいい~」と、袴姿で意気揚々と出かけました。

「わ~なんか緊張する~」それまで気楽に参加できると思っていたミモロ。お教室の会場の競技場に一歩入ると、先輩の方々の気合いがこもった姿に圧倒されます。
「あの~初めましてミモロと申します」
まず、挨拶したのは、このお教室をご指導くださる全日本剣道連盟 居合道教士八段の菅原久先生です。
「初めての方ですね。どうぞがんばってくださいね」と笑顔で。「よかったやさしそうな先生で…」と心の中で思うミモロでした。

市民スポーツの居合道教室は、全12日間。毎週月曜日の10時~12時。前期と後期にわけて、全日本剣道連盟居合12本を毎回1本ずつ学びます。

そもそも居合道の起源は、室町時代といわれる武術です。抜刀の一瞬で向かってくる敵を倒す武術でした。
現在、全日本剣道連盟居合は、競技武術で、形の正確さが審査され、優劣が決まります。「剣道みたいに、相手を倒すことはないんだ~」と初めて知ったミモロです。

つまり自己鍛錬が求められ、いかに心と体、技が一体化できるようになるか、その人のあらゆる面での技量が試される厳しい武道なのです。

さまざまな流派がありますが、このお教室は、全日本剣道連盟居合の入門編。このお教室で、12本の形を習得し初段に合格するとはじめて入門できる道場が紹介されます。

「わ~先は長い~」と、その道の険しさを知るミモロでした。

試合では、真剣が原則。もちろんお教室では、木刀を使います。ミモロは小さいので、自分の模造刀を持参しました。

剣道は竹刀ですが、居合は、日本刀。練習用の木刀には、刀のように鞘は必須です。

居合道は、自分から戦うものではなく、切りつける敵から自分を守るためのもの。相手の殺気を感じ、その前に機敏に反応したり、襲い掛かる敵を、瞬時に撃退するものです。

菅原先生の道場の皆さんが練習に励むそばで、ミモロのような市民教室の参加者は、基本の形を有段者に教えていただくのです。


「居合道は、礼に始まり、礼に終わるもの」と菅原先生。その作法を習うことが、居合道の基本です。
 ミモロは、諸先輩の姿をじっと見つめたり、また市民教室の参加者と共に、形の習得に励みます。

今まで刀を抜いたり、納めたりすることなど、やったことがないミモロ。居合道の形を習う前に、刀自体の扱い方を学びます。
座ったときの刀を置く位置、鞘についた下緒という紐の扱い方。そして刀を身につける方法など、基本中の基本もなかなか難しいのです。

「こういうお作法があったんだ~」と、知らなかった侍の世界を垣間見たような心地になったミモロです。

ミモロは、刀の抜き方を教わります。
左手で、鞘を抑えて、右手で真っすぐ抜いてゆきます。手が短いミモロは、大変です。
「1本目は、対座している敵の殺気を感じ、機先を制して、こめかみに抜きつけ、さらに真っ向から切り下ろして勝つ」
「そう、そんな感じで…」
「はい!」と、真剣なまなざしで学びます。
「次は、血振りで、刀の血を流します」
そして、刀を納める納刀へ。 「はい!」
これが、最初に習う形。

初めは、「納刀」がむずかしくて、真剣なら絶対指がなくなっていることでしょう。

「教えていただいことを練習しなくちゃ~」


居合道は、自己との戦い。相手を倒す競技ではなく、非常に精神性の高い武術です。そのため、習う人の年齢幅も非常に広く、子供から、高齢者、また女性の参加も多い武道です。いつからでも始められるのが魅力。また体幹を鍛えるには、有効な運動。練習中は、汗でびっしょり。また、一見、すぐにできそうで、できないのが居合道。その奥深さが、人々を魅了するのです。
「なんか茶道に似てるよね~」とミモロ。そう、両方とも、武士の嗜みだったのです。

「やっぱりさすが京都だよね~」と、また京都暮らしの楽しみが増えたミモロでした。

とはいっても、修行の道は、果てしなく・・・。
有段者が技を競う「武徳殿」は、ミモロの憧れの場所になりました。


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重陽の節句に行われた「京のええもん おすそわけ」の講座。日本酒の魅力をさらに

2017-09-12 | イベント

9月9日、重陽の節句の日。京都駅の南側にある「ワコールスタディホール京都」で、「京のええもん おすそわけ」という京都の日々の暮らしの中に息づく文化を紹介する講座が行われました。
 
前回は、華道家元、笹岡隆甫さんがご担当。「祇園祭のお花や、昔御稚児さんだったころのお話聞いたの~。すごく面白かった~」とミモロ。それで、今回も、その講座に参加することに。

2回目となる講座のご担当は、京都の町中でお酒を醸造なさってる「佐々木酒造」の佐々木晃さん。
京都の食文化に欠かせない日本酒のお話などを伺います。

参加者のテーブルの上には、佐々木酒造のお酒がズラリ。
「これ、試飲できるんだよね~」と、日本酒好きのミモロは、もうワクワク。

「佐々木酒造」は。上京区という町中にある蔵元です。京都は、昔から酒造りが盛んな土地。全国にある蔵元の多くは、秋田、新潟、滋賀など、米どころといわれる場所にあります。米どころといわれるまで、米が生産できない京都に蔵元が多いのは、京都が米の集積地であり、さらに茶の湯が発達するように、良質の水に恵まれたことによるのだそう。

室町時代には、小さなお店300軒でお酒を作っていたとか。戦前までは、30軒ほどあったそう。いまは、伏見に蔵元があつまっていますが、京都の町中には、佐々木酒造を含め、2軒のみだとか。


「佐々木酒造には、大きな井戸があり、その水を使ってお酒を作るんだって~。今度、見に行こう~」とミモロ。

「日本酒の消費は、昭和48年をピークに減少し、最盛期の3割しかありません。アルコールの消費量は、増えていますが、ワイン、ビールなど、消費者の嗜好が、さまざまなアルコールに分散してるんです」と。

なるほど、ひと昔は、宴会には、一升瓶が定番。「でも、あんまり一升瓶、家庭で見なくなったよね~」とミモロ。昔は、2級酒が、おじさんたちの愛飲酒という感じでしたが、今、ミモロたちが飲むのは、吟醸酒など高級酒で720mlの小さな目なボトルです。

「日本酒は、日本料理に最も合うお酒。だってお米からできてるんですからね~」と佐々木さん。

佐々木酒造は、きりりとした味のお酒が得意で、京料理をいっそう際立たせるものと評判です。
  
「お待ちどうさまです。ではお酒を味わってください…」と佐々木さん。この日は重陽の節句。昔から長寿を願いお酒に菊の花を入れて飲む習慣があります。

「そう・・・だから菊のお花あったんだ~」とミモロ。さっそくミモロも花びらをカップの中に浮かべます。
クンクン・・・かすかに漂う菊の香り…。「美味しいお酒~」

佐々木酒造のお酒でつくった奈良漬も・・・添えられた小さな楊枝は、ミモロにはちょうどいいお箸です。

つぎつぎにテーブルのお酒を試飲する参加者。
「クンクン・・・」まずは香りと色を楽しんで、それから口に含みます。
ミモロ、わかってる?「うん…どれも美味しいよ~」試飲だけでもほんのり顔に赤みがさす参加者もいるなかで、ミモロは、全く顔にでないタイプなので、次々に試飲を…。

アルコールが苦手な人には、ノンアルコールの甘酒タイプのドリンクも。
「冷やして飲むと美味しんだって~」

さて、いろいろなお話を伺った後に、この会のコーディネーターの「千本銘木商会」の中川典子さんが、この日のための和菓子を用意してくれました。
 
重陽の節句には、菊の花の上に綿をかぶせ、そこにふくまれた水を飲んだとか。そのイメージを表現した和菓子です。
「かわいい~あれ、餡にプチプチしたものが入ってる~なんだろ?まさか奈良漬・・・」とミモロ。「違います、イチジクです」と中川さん。「あ、そうだよね~」そういいながら、パクリ。「美味しかった~ごちそうさま~」

今回も多くの方が参加した「京のええもん おすそわけ」の講座。
 

日本酒好きだけでなく、多くの方が興味を抱くお話でした。

日本酒好きには、10月1日に「松尾大社」で「日本酒で乾杯」というイベントが開催されます。
京都のさまざまなお酒が楽しめるイベントです。ぜひそちらも・・・

最後にいただいたお土産・・・
「わ~お酒と利き酒用の杯。特製クリアファイルにボールペンも入ってる」と大喜びのミモロ。

楽しい重陽の節句を過ごしたミモロでした。


次回の「京のええもん おすそわけ」の講座は、10月14日講師は、作庭家の小川勝章さんです。

*講座などのお申し込みなど詳しい情報は、「ワコール スタディホール京都」のホームページで


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[大黒天と恵美須」展。町家で楽しむ福徳のひととき。「京空間mayuko」10月1日まで

2017-09-11 | イベント

ミモロは、大国さまと恵美須さまが大好き。「京都のお家には、よく大黒天や恵美須さまの像が、飾られてるのよ~」と。そう、関西地区、特に、商売が盛んな大阪や京都の町家には、昔から商売繁盛、福徳を願って、大黒天や恵美須さまの像が、神棚や台所の上の方に飾られ、家の人たちに大切にされています。

「わ~大黒様と恵美須さまが、いっぱい揃ってる~」と、ミモロが楽しそうなのは、京都の醒ケ井仏光寺にある「京空間 mayuko」のお座敷。


ここは、ミモロのお友達のお家。年間、さまざまな文化イベントや展示が行われ、京の町衆の暮らしを紹介しています。
今年は、お雛祭りのお飾りのお手伝い、また五月人形のお片付けのお手伝いに伺いました。

さて、今回は、10月1日まで「大黒天と恵美須」展が、お座敷とお蔵で開催。「お電話して行くことを伝えれば、無料で拝見できるんだよ」とミモロ。呉服商であり、友禅作家であるご当主の黒田さんが、今回は、家に昔から伝わったり、ご自身が収集なさった大黒様や恵美須さまがお披露目されます。

町家の座敷の床の間には、江戸末期から明治にかけて活躍した絵師、日本画家の鈴木百年作のお軸が。その脇には、この家に伝わる古い大黒様と恵美須さまの像が…。

そばにかかる軸は、狩野探幽の木版。それを掛け軸に仕立てたもの。


「これ、水晶でできてるの?」背丈5センチほどの小さな像。黒田家に伝わるもののひとつだそう。


「いろんな大黒様と恵美須さまいらっしゃるんですね」とミモロ。
 
「みんな、笑顔だよね~」
  
そう、大黒天も恵美須さまも満面の笑み。そのお姿を拝見するだけで、こちらも思わず微笑みたくなります。

「こんにちは~」
 
ミモロは、ひとつひとつにご挨拶。

そもそも大黒天は、インド生まれの神様。日本では、大国主命と同一化されることも。縁結びをはじめ、福徳開運の神様として、人気の高い神様です。また、恵比須様は、日本生まれの神様。七福神の中で、唯一日本出身の神様なのです。こちらも商売繁盛などの神様として大人気。京都では、1月にさまざまな神社で恵美須祭りが行われ、多くの人の崇敬を集めています。

「なんか親しみを感じる神様だよね~大好き~」とミモロ。

さて、町家の奥にあるお蔵にも行きましょう。

中庭の向こうにでーんと構えるお蔵です。
「わ~お二人楽しそう~」この掛け軸は、明治生まれの京都出身の日本画家、中島秀嶺のもの。でも昔から黒田家ではお正月に飾られるお軸だとか。

  
「ここにも、いろいろ並んでる~」

ホント、いろいろな表情の大黒天と恵美須さま。

「仲良くしてくださいね~」とミモロ。
「はい、ミモロちゃんもみんなを笑顔にしてくださいね~って二人に言われた」とミモロ。そうなんだ~「うん」と、人には聞こえぬ会話がそこに…。

見ているだけに、幸せな気持ちになれる展示です。
 

*「京空間 mayuko]京都市 下京区醒ケ井仏光寺上る要法寺町444  075-351-0326 「大黒天を恵美須」展、10月1日(日)まで、10:00~18:00 火・水曜休み。ほかに9月12,13,19,26,27日休み。入場無料(予約の電話を)

「大黒様と恵美須さまに会いに来てね~」








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