5ケ月になった曾孫はとても大人しいし、滅多に泣いて困らせることもない。手のかからない子だと思っていたが、お腹が空いたり、ウンチが出たりすれば機嫌が悪い。ジッと相手の顔を見つめるのは、相手を観察しているのだろう。
子どもは周りの大人を見ながら学習していく。自分の意志が伝わるのか否か、どうすれば伝わるのかを見定めていく。赤子の笑顔がとっても可愛いのは、そうすることで自分に関心を持ってもらう手段なのだろう。
親が子どもに話しかけることで、子どもは言葉を覚え、活用の仕方を学んでいく。全面的に親に依存して生きて来た子どもも、次第に自分で考えを持ち自分で選択するようになる。そうなると、親に逆らうようにもなるから親子ケンカが始まる。
マンションの回覧板の文書の中に、親が子どもを叱りつけているうちに、激高して手を上げたので、止めに入った人にまで大声で喰ってかかってきたとあり、子どもをしつけているつもりでも「暴力は虐待です」とあった。
私の子どもの頃は、親や先生が子どもを叩くのはよくあることだった。けれど今は、子どもにも人権があると認識されてきた。しかも簡単に録音や動画撮影出来るので、動かぬ証拠となってしまう。カッとなって、子どもに「死ね!」と言ってしまった先生は教師落第である。
保育園で、ひとりで小便や大便が出来ない子に、「臭い子」と言えば園児は傷つく。「性格、悪いね」と注意されても、性格を直すことは大人だって出来ない。「優しいね」とか「真面目だね」とか褒められれば、さらに頑張ろうとする。
よく褒めて育てなさいというけれど、具体的な行為を褒めないと空々しくなる。大人だって「料理が美味い」と言われれば嬉しいし、「物知りだね」と言われれば鼻が高い。大人はもう、相手から何かを学び取ることは無いかも知れないが、「人のふり見て、我がふり直せ」のことわざはある。
昨日は曾孫から教えられる一日だった。
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