前回、話題にしたAIIBは、結局、3月末までに創設メンバーに馳せ参じた国が50を超えました。その成否は別にして、アメリカの影響力が相対的に衰え、所謂パワー・トランジションが今まさに起こりつつある現実を実感させる出来事ではありました。熊野英生さん(第一生命経済研究所・首席エコノミスト)は、あるエッセイで、かつて1997年のアジア通貨危機の際、当時の宮沢蔵相が提示したアジア通貨基金構想に対して、米・中、そしてIMF(国際通貨基金)からも反対されて頓挫した経験を思い出され、あのときは、既存の通貨体制としてのブレトンウッズ体制に挑戦するような芽はいともたやすく摘まれてしまうのを残念に思ったけれども、あれから時代は移り変わり、2008年には20ヶ国・地域(所謂G20)金融サミットが開催されるようになり、リーマンショック後の体制を議論する場も設けられ、欧州からは、ブレトンウッズ体制に替わる仕組みづくりの議論も提示されていたので、AIIBに欧州諸国が参画する動きを見せたことは、後から考えれば頷けること、と述べておられました。
ほんの半月ほどの間に、まさに雪崩を打つように事態が急変したのは、イギリスという、同じアングロサクソンで、アメリカに最も近い同盟国でありながら、かつて7つの海を支配した大英帝国としての経験と実績は、衰えたりと言えども、今なお国際世論に訴える力をもっていて、中国が主導するAIIBでも、懐に入ってモノ申すだけの存在感があると、あるいは他の国々が参画しても大丈夫と思わせるに足るだけの安心感を与える存在であることが証明されたと言えるでしょう。これ自体は、私たちも心に銘記すべきところです。
しかし、お隣の大国・中国との付き合い方は、当然のことながら、安全保障上の懸念が低く実利に関心が偏りがちのイギリスをはじめとする欧州諸国と、安全保障上の関心が第一の我が国とでは、異なることになるのは仕方ないところです。例えば中国がもつ安全保障上の意味合いは、欧州では、中東・アフリカ・中南米で武器を拡散して「困ったちゃん」程度に思われているのに対し、日本や海洋アジア諸国にとって、中国人民解放軍の近代化や海洋進出は間近な危機であり、皮膚感覚を刺激する問題です。だからと言って、日本の懸念や問題意識を、イギリスをはじめとする欧米諸国に伝える努力を怠っていいということにはなりません。
日本にとって悩ましいのは、同じ脅威を肌身に感じる海洋アジア諸国は、日本と違って、久しぶりに握手をした中国首脳に苦々しい表情をさせるほどの力はもち得ず、経済的には中国依存を強め、中国との間で微妙な距離感を保たざるを得ない状況に置かれているところです。親日のインドネシアの大統領ですら、日本を詣でた後に中国を訪問することを忘れず、双方との関係をバランスさせながら、双方からメリットを得ようとするのは、当然の行動でしょう。
そんな中国による「外資はずし」が、最近、露骨になりつつあるようです。
もっとも、既に「中国離れ」も始まっていました。2014年の日本から中国への直接投資実行額は43億3千万ドル(約5000億円)で前年比38・8%減と二年連続の減少となっただけでなく、天安門事件の影響で投資が約35%落ち込んだ1989年を上回る異例の下落を記録していたことが報道されていました。それは日本に限ったことではなく、米国からも20.6%減、ASEAN(東南アジア諸国連合)からも23.8%減、EU(欧州連合)からも5.3%の減少でした。また、多国籍企業が中国での事業を縮小したり、GMのように、地域本社を中国からシンガポールに映すような企業も出てきている事情も報道されていました。今のところはまだ大量脱出が起きているわけではありません。大気汚染、地元の中国企業に都合よく次々につくられる法令の数々、知的財産権保護の甘さといった問題のほか、警察当局が企業のコンピューターから大量のデータを複製したり、従業員を、弁護士から遠ざけておいて尋問したりするといったことにも、多国籍企業はフラストレーションを募らせていると言われますし、技術情報が中国政府にコピーされたり、パテント(特許権)が搾取されてしまうことを確信する向きもありますが、中国当局を公然と非難したことが判明すれば大変なことになるとか、拠点を中国からどこか他国へ移そうものなら中国政府から睨まれるため、それを避けるために慎重になっているとかいうような事情もあるようです。
中国では、ジニ係数に見られるように所得格差が限界近くまで高まりながら、また所謂「中所得国の罠」を脱するためには、生産性を上げなければならないと言われながら、うまく行かない焦りから、なりふり構っていられない行動が、国際協調といったような美名に粉飾されて、吹き出す兆しがあり、経済的に見れば大国で影響が大きいだけに、注意が必要です。
ほんの半月ほどの間に、まさに雪崩を打つように事態が急変したのは、イギリスという、同じアングロサクソンで、アメリカに最も近い同盟国でありながら、かつて7つの海を支配した大英帝国としての経験と実績は、衰えたりと言えども、今なお国際世論に訴える力をもっていて、中国が主導するAIIBでも、懐に入ってモノ申すだけの存在感があると、あるいは他の国々が参画しても大丈夫と思わせるに足るだけの安心感を与える存在であることが証明されたと言えるでしょう。これ自体は、私たちも心に銘記すべきところです。
しかし、お隣の大国・中国との付き合い方は、当然のことながら、安全保障上の懸念が低く実利に関心が偏りがちのイギリスをはじめとする欧州諸国と、安全保障上の関心が第一の我が国とでは、異なることになるのは仕方ないところです。例えば中国がもつ安全保障上の意味合いは、欧州では、中東・アフリカ・中南米で武器を拡散して「困ったちゃん」程度に思われているのに対し、日本や海洋アジア諸国にとって、中国人民解放軍の近代化や海洋進出は間近な危機であり、皮膚感覚を刺激する問題です。だからと言って、日本の懸念や問題意識を、イギリスをはじめとする欧米諸国に伝える努力を怠っていいということにはなりません。
日本にとって悩ましいのは、同じ脅威を肌身に感じる海洋アジア諸国は、日本と違って、久しぶりに握手をした中国首脳に苦々しい表情をさせるほどの力はもち得ず、経済的には中国依存を強め、中国との間で微妙な距離感を保たざるを得ない状況に置かれているところです。親日のインドネシアの大統領ですら、日本を詣でた後に中国を訪問することを忘れず、双方との関係をバランスさせながら、双方からメリットを得ようとするのは、当然の行動でしょう。
そんな中国による「外資はずし」が、最近、露骨になりつつあるようです。
もっとも、既に「中国離れ」も始まっていました。2014年の日本から中国への直接投資実行額は43億3千万ドル(約5000億円)で前年比38・8%減と二年連続の減少となっただけでなく、天安門事件の影響で投資が約35%落ち込んだ1989年を上回る異例の下落を記録していたことが報道されていました。それは日本に限ったことではなく、米国からも20.6%減、ASEAN(東南アジア諸国連合)からも23.8%減、EU(欧州連合)からも5.3%の減少でした。また、多国籍企業が中国での事業を縮小したり、GMのように、地域本社を中国からシンガポールに映すような企業も出てきている事情も報道されていました。今のところはまだ大量脱出が起きているわけではありません。大気汚染、地元の中国企業に都合よく次々につくられる法令の数々、知的財産権保護の甘さといった問題のほか、警察当局が企業のコンピューターから大量のデータを複製したり、従業員を、弁護士から遠ざけておいて尋問したりするといったことにも、多国籍企業はフラストレーションを募らせていると言われますし、技術情報が中国政府にコピーされたり、パテント(特許権)が搾取されてしまうことを確信する向きもありますが、中国当局を公然と非難したことが判明すれば大変なことになるとか、拠点を中国からどこか他国へ移そうものなら中国政府から睨まれるため、それを避けるために慎重になっているとかいうような事情もあるようです。
中国では、ジニ係数に見られるように所得格差が限界近くまで高まりながら、また所謂「中所得国の罠」を脱するためには、生産性を上げなければならないと言われながら、うまく行かない焦りから、なりふり構っていられない行動が、国際協調といったような美名に粉飾されて、吹き出す兆しがあり、経済的に見れば大国で影響が大きいだけに、注意が必要です。