風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

英EU離脱狂想曲・続

2016-07-03 23:04:42 | 時事放談
 IMFの報道官は、英国のEU離脱が決まった国民投票の結果を受けた金融市場の動向について「振れは大きかったが、過度に無秩序な動きにはなっていない」「世界経済をめぐる著しい不透明感を招いたことは明白で、短期的に世界の成長を鈍らせる公算が大きいと想定している」と指摘した(ロイター)。この二週間の混迷は、まさにこの「不透明感」に起因するのだろう。
 キャメロン英首相が国民投票を行ったこと自体が失策だったという意見があり、確かにグローバリゼーション(あるいは地域主義)の時代にあって、主権国家のありよう(アイデンティティ)を巡ってポピュリズムに揺れる民意を見誤ったのは否めないが、折しも米国でトランプ旋風がやや勢いを失ったとはいえ吹き荒れたことと通底するところがあって、共鳴し増幅してしまって想定外の動きになった側面があるのは事実だろう(ちょうど中国の台頭を巡って台湾のひまわり学生運動と香港の雨傘革命が共鳴してしまたように)。民意が二極化し、どちらとも言えない難しい時代だと思う。それでも私も含めて多くの人が落ち着くところに落ち着くだろうと楽観していた国民投票が、僅かの差ながら逆の方向に触れてしまったものだから、多くの人は当惑し、離脱賛成に票を投じた英国民からも後悔の念が生まれ、BREXITと同じ要領でBREGRET(=Britain+Regret)あるいはREGREXIT(=Regret+Exit)なる造語が生まれたし、かつて大航海時代に活躍した英国が今、大後悔時代に突入したと揶揄する人もいる始末である。
 それにしても私のように金融を苦手にする者には、為替や株式市場の乱高下は理解不能だった。リーマンショック並みと扇動する声もあったが、今回は実体経済が悪化したわけではない。政治的な決定によって混乱したということではギリシャ危機に似ていると言う人もいるが、英国経済はそれほど悪くない。そんな英国経済とお互いに不可分だったEU経済との行く末、ひとえに先行き「不透明感」「不確実性」が投資家心理を刺激したとしか言いようがないように思う。さすがに二週間も経てば冷静さを取り戻しつつあるのは、「不確実性」をそのまま不確実なものとして受け止めつつあるということだろう。
 一つは、リスボン条約(EU reform treaty)第50条の意味するところが理解されるようになったからだろう。なにしろ初めてのことなので手続き的に不分明なところもあるが、今回の英国のようにEU加盟国がEUから離脱するには、欧州理事会にその意思を正式に通知する必要があり、その後、両者間で脱退の協定に合意するまで、原則2年の協議期間が与えられ(もっとも全会一致で2年延長可)、合意に至らない場合、英国へのEU法の適用が自動的に停止される。EUとしては不安定な状態が続くのは好ましくないため、一刻も早い離脱通知を求めているが、キャメロン英首相としては、何の見通しもないまま2年のカウンターを拙速にスタートさせるわけに行かず、残留派の自分ではなく離脱派の後任に脱退通知を含む今後の手続きを託す考えで、それはもっともなことであり、ボールを握っているのが英国である以上は、どうしようもない。2年というが、その複雑なことから7年かかると説く人もいる。
 もう一つは、英国の国民投票の意味するところも理解されるようになった。前回のブログでも触れたように、英国では「議会主権」(Parliamentary Sovereignty)の考え方をとり、主権は「議会における女王」(Queen in Parlament)にあるとされているため、国民投票は民意を示すものとは言え、法的拘束力がなく、壮大な世論調査に過ぎない言う人もいる。そして議会(下院)は、国民投票の結果とは異なり、三分の二が残留派だと言われており、国民投票の結果と比べると微妙な差とは言え「ねじれ」状態にあるわけだ。もう一度、民意を問う機会が必要(下院を解散して総選挙をするか、もう一度、国民投票をするか)という声があるのはそのためだが、さりとて、2011年任期固定制議会法によって任期途中の解散総選挙のハードルは高いようだ。
 冷静に振り返ると、そもそも英国はEUの中でも極めてユニークな存在である。GDPに占める第3次産業(サービス業)の割合は実に79.6%に達し、産業別の労働人口でも83.5%を占め、先進国の中でも突出している。そしてシティに代表されるように金融業がその大部分を占める。金融関係のサービス輸出は輸出全体の43%を占めると言われ、基幹産業が金融業である国は、世界広しと言えども英国のみである。それだけに、シティーの金融業としてのインフラは他の追随を許さない生態系を誇り、一朝一夕にこれに取って代わることは不可能だと言われる。さながら中国沿海部が製造拠点として、またシリコンバレーがIT産業として、物流や人や部品産業などの集積が進んで、なかなかその地位が揺るがないのに似ている。これまでそれをフリーで使って来たEU諸国こそ、このインフラを使えなくなるデメリットは計り知れないという人もいる。そして英国は、ユーロ(€)はもとより、シェンゲン協定(EU域内でビザなしで入出国できる協定)にも参加しない、そもそもが「いいとこどり」の国だった。
 そんな英国と欧州大陸とは、そもそも肌合いが異なるのである。一般に欧州大陸の人は秩序やコミュニティを大事にし、規制好きで、キュウリやバナナの曲がり具合いまで域内で統一しようとするとまで言われ、とりわけEU官僚の過剰介入には、アングロサクソンの英国が、政府に信を置かず自由な市場競争に任せる傾向にあることから、いつも反対してきた。英国のEU離脱派の心情には、EUの専横や硬直性、つまり官僚主義に原因があると解説する人がいる。ニューズウィーク日本版7・5号は、そんなEUには、「非民主的で余計なことに口を出し、しかも庶民感覚から懸け離れている印象がある」と書く。特に問題なのが「欧州理事会、欧州委員会、欧州議会の三つの組織が複雑に絡み合う権力機構の複雑さ」であり、「欧州委員会への権力集中」であり、さらに「意思決定の不透明さ」も問題視されていると言う。英国の著名な歴史学者アンドリュー・ロバーツ氏は、国民投票の一週間前にワシントンの学術財団の受賞式で次のように演説したらしい。「自国の法律の60%がブリュッセルのEU本部で作られる現在のシステムを続けるのか、それとも英国国民が自ら法律を作るのか。6月23日の国民投票で、英国民がそれを決めるのだ」と。英国は、今回の選択によって主権国家としての独立を取り戻したと評価する声が聞かれるのもそのためである。
 更に言うと、そんなEUの背景にある理念への疑念がある。EUの社会・経済政策は社会主義的な志向があると言われるところだ。先のニューズウィークのあるコラムは、「英国のEU離脱を巡る議論は、英国だけの問題ではな」く、「そこで提起されたのはヨーロッパとは何かという根本的な疑問だ」といい、ヨーロッパとは「フランスをはじめとする諸国が60年前から模索して来た政治的な連合体なのか」、「単なる共同市場であってそれ以上のものではないのか」と問いかけ、「端的に言えば、問題の核心はフランスとその社会主義的な価値観がEUを経済的な停滞に導いたこと」だと書く。「規制が過剰なのに、その解決策としてさらなる規制を課して来たことだ」とも書く。EUは「基本的に、労働制度や規制の柔軟性を犠牲にして、より手厚い社会的サービスやセーフティーネットを提供するモデルを選」び、そのため「年月を重ねるにつれて構造的な失業が増え、成長力が鈍った」、「相対的に規制の緩いアメリカなどに比べて、EUと加盟各国は競争面で不利になり、自ら招いた構造的な問題に対処する能力も衰えて行った」と書く。
 英国内でもスコットランドなどEU残留を望む地域が分離しかねない英国解体の危機があるとともに、EUでもEU懐疑派が英国に続き離脱を模索する可能性を否定できない、どれもこれも、国家主権あるいは主権国家を超えるEUという地域主義共同体のアイデンティティ・クライシスという、古くて新しい問題だ。それぞれの国家の動きとともに、EUそのものの動きに注目して行きたい。
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