野球ファンは、今頃はオープン戦を眺めながらペナントレースをあれこれ占う静かな楽しみに浸るところだが、今年はWBCで大盛り上がりを見せて、正直なところ戸惑っている(笑)。侍ジャパンが第1ラウンド4戦全勝で駒を進めたのは予想通りだが、負けたら終わりのトーナメント方式一発勝負の準々決勝イタリア戦にも快勝し、順当にアメリカ行きを決めた(アメリカ行きと言えば、ウルトラクイズを思い出す 笑)。少々先制されてもひっくり返す切れ目のない打撃力と、追加点を許さない手堅い投手力は前評判通りで心強い。
「ベースボール・アメリカ」編集長によると、チームとして防御率1.80、安打率(9イニングあたりの安打数)5.2、与四球率1.0、奪三振率12.6、出塁率.475はいずれも出場20チーム中のトップで、長打率.521こそ2位だが、得失点差はなんと+36、最も競った試合でも6点差という盤石の展開だった。
もとより3月前半の時期のことだから、選手に好・不調があるのは止むを得ない。その中でも傑出した存在感を示すのが大谷翔平で、これだけ注目を浴びてマークされながら結果を残すのは並大抵ではない。しかも、試合以外のところでも何かと話題を提供して、心休まる暇がないのではないかと心配になるが、本人は大いに楽しんでいるようで、文句のつけようがない。
大谷と並んで話題をさらったのが、日系メジャーリーガーとして侍ジャパンに召集されたラーズ・ヌートバー(カージナルス)だった。私のような生半可な野球ファンは何者!?と訝ったが、今月2日に来日してから僅か2週間で、すっかり日本中の野球ファンを虜にした。毎試合ヒットを重ねる打撃だけでなく、中堅の守備でもファインプレーを連発し、ペッパーミル・パフォーマンスは高校球児にまで広がって物議を醸すほどのブームになり、打席に入ると「ヌ~~~」とコールする“ヌーイング”も定着した。試合前の国歌斉唱では、お母様から習ったという「君が代」を他の選手の誰よりも一所懸命に歌っているのが何とも愛おしい。単に血のなせるわざではなく、日本人は彼の礼儀正しさや野球に向かうひたむきさを愛している。
そして不思議な縁と言うべきか、所謂「持っている」と感じさせたのが、佐々木朗希だった。大谷、ダルビッシュに次いで第三戦に登板することは予想されたが、まさかそれが東日本大震災から12年目の3月11日になるとは思わなかった。当時9歳だった彼は、岩手県陸前高田市の高田小で震災を経験し、生まれ育った街は津波に呑み込まれ、父と祖父母を失い、自宅も流され、母と兄と弟との4人で老人ホームでの生活を余儀なくされたのだった。偶然にしても出来過ぎで、栗山監督も、野球の神様が朗希に頑張れというメッセージを送っていると、驚きを隠せないようだった。
イタリア戦では、ようやく村神様と岡本和真に当たりが出て、今後に期待したい。
対戦相手も印象的だった。イタリアを率いた監督が、かつてドジャースで野茂英雄とバッテリーを組んだマイク・ピアザだったのは感慨深かったが、それ以上に、ロースターの大半を国内アマチュアリーグの選手が占めたチェコが善戦したのが印象に残る。普段は電気技師のサトリアが先発し、3回3失点で負け投手になったが、120キロ台の直球と110キロ台のチェンジアップを制球よく駆使して侍ジャパン打線を翻弄し、3回、大谷を三球三振に打ち取ったのは見事だった。4回、佐々木朗希が投じた162キロが1番打者エスカラの足を直撃し、悶絶させたが、立ち上がって一塁に向かい、問題ないことをアピールするかのようにダッシュして見せたのも爽やかだった。それで佐々木朗希は休日に早起きして、チェコ代表が球場に向かう前のホテルでエスカラの出待ちをして、両手に持った2袋分の(ロッテ!の)お菓子をお詫びにプレゼントし、大谷翔平はチェコ代表のキャップをかぶってマイアミ入りした。
こうして話題は満載だが、このWBCで最大のキーマンを挙げるとすれば、ダルビッシュを措いて他にないだろう。8月16日に37歳の誕生日を迎えるベテランは、大リーグ勢でただ一人、2月の宮崎強化合宿から参加して、後輩に惜しみなく技術や経験を伝え、「自分としては(日本での登板は現役生活で)最後になる可能性があるので、しっかり感謝を持ってやりたい」と、イタリア戦の中継ぎで熱投した。何かと軽々しく「リスペクト」が流行る此度のWBCだが、ダルビッシュの心意気にこそ本当の意味での「リスペクト」がよく似合う。
かつてイチローが日本中の野球少年を熱狂させ、今、ダルビッシュと大谷が日本中の野球少年を熱狂させている。野球ファンにとってはたまらない瞬間である。野球はやっぱり面白い。
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