昼に、マンハッタンのLexington Avenue沿い、40/41 StreetにあるSophie's Cuban Cuisineというキューバ料理のレストランに入った。パイプ椅子に質素なテーブルの座席がいくつか用意されているが、テイクアウトの客が多いせいか、3つのサイド・ディッシュと1つのメインを選ばせ、いずれにしてもプラスティックの弁当箱に盛って手際よく出してくれる、ファースト・フードのレストランで、昼食どきでごった返していた。
ラテンアメリカ料理といえば、日本にも進出しているメキシコ料理ぐらいしか知らないが、なかなかどうしてキューバ料理も美味い・・・と思ってWikipediaを調べて見ると、「先住民の共同体が早くに滅亡し、スペインからの独立が遅れたため、ラテンアメリカ諸国の中ではスペイン料理の影響を最も色濃く残している」とある通り、食材に芋や豆の類いが多いが、サフランで炒め炊きしたライスや、ドイツのシュニッチェルもどきのチキンカツはドイツより絶妙な味付けで、いかにも日本人の口に合う。さすがラテン系というか地中海料理であろう。
キューバと言えば、オバマ前大統領のレガシーとして、2年前の7月に、アメリカ・キューバ相互に大使館が再び開設され、1961年に断交して以来54年振りに国交回復し、昨年3月に、オバマ前大統領自身が現職アメリカ大統領として実に88年振りにキューバを訪問したのが記憶に新しい。親米政権を倒してキューバ革命を実現したフィデル・カストロが断行した農地改革の過程でアメリカ企業を接収したことがきっかけで断交し、核弾頭搭載ミサイル基地建設を進めようとしたソ連とアメリカとの間で核戦争の一歩手前まで行った伝説で知られるとは言え、なぜこれほど長きに渡って関係が凍結されたのか、当事者ではない日本人には不思議でならない。もしかしたら、ケネディ大統領(当時)暗殺に関わる情報公開が、最後の最後のところでトランプ大統領を以ってしても叶わなかったあたりに、その原因があるのかとつい勘繰ってしまう。最近、チェ・ゲバラについてブログを書いた、まさにあの当時のまま、目と鼻の先のアメリカと交流を断ったカリブ海の島国・キューバには、今もなお1950年代のクラシック・カーが走っているという、私には恐らく訪れるチャンスがない、現代のお伽話に思いを馳せつつ・・・。
ラテンアメリカ料理といえば、日本にも進出しているメキシコ料理ぐらいしか知らないが、なかなかどうしてキューバ料理も美味い・・・と思ってWikipediaを調べて見ると、「先住民の共同体が早くに滅亡し、スペインからの独立が遅れたため、ラテンアメリカ諸国の中ではスペイン料理の影響を最も色濃く残している」とある通り、食材に芋や豆の類いが多いが、サフランで炒め炊きしたライスや、ドイツのシュニッチェルもどきのチキンカツはドイツより絶妙な味付けで、いかにも日本人の口に合う。さすがラテン系というか地中海料理であろう。
キューバと言えば、オバマ前大統領のレガシーとして、2年前の7月に、アメリカ・キューバ相互に大使館が再び開設され、1961年に断交して以来54年振りに国交回復し、昨年3月に、オバマ前大統領自身が現職アメリカ大統領として実に88年振りにキューバを訪問したのが記憶に新しい。親米政権を倒してキューバ革命を実現したフィデル・カストロが断行した農地改革の過程でアメリカ企業を接収したことがきっかけで断交し、核弾頭搭載ミサイル基地建設を進めようとしたソ連とアメリカとの間で核戦争の一歩手前まで行った伝説で知られるとは言え、なぜこれほど長きに渡って関係が凍結されたのか、当事者ではない日本人には不思議でならない。もしかしたら、ケネディ大統領(当時)暗殺に関わる情報公開が、最後の最後のところでトランプ大統領を以ってしても叶わなかったあたりに、その原因があるのかとつい勘繰ってしまう。最近、チェ・ゲバラについてブログを書いた、まさにあの当時のまま、目と鼻の先のアメリカと交流を断ったカリブ海の島国・キューバには、今もなお1950年代のクラシック・カーが走っているという、私には恐らく訪れるチャンスがない、現代のお伽話に思いを馳せつつ・・・。
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