ウクライナ国境で軍事的緊張が高まっている。
またぞろバイデン大統領の失策を批判する声が上がるが、傍目にはプーチン大統領が軍事力をチラつかせ勝手にハードルを上げてゴネ得を狙っているようにしか見えない。勿論、バイデン大統領にはそのような環境を許してしまった責任の一端はあるかも知れない。かつてオバマ大統領は、シリア情勢に関して化学兵器使用を介入のレッドラインと公言しながら、忘れもしない2013年8月、アサド政権が反体制派地域に化学兵器を使用したにも関わらず、軍事介入を回避し、その弱腰を見透かされたロシアに半年後、クリミアに攻め込まれてしまった。アジア・シフトをわざわざ公言してアフガニスタンから撤退したバイデン大統領は、その過程で欧・米の足並みの乱れを露呈し、ヨーロッパ方面で言わば「隙」を見せて、プーチン大統領にその「隙」を衝かれた側面はありそうだ。そしてヨーロッパには折からのエネルギー危機がある。ヨーロッパ諸国はロシアからの天然ガス輸入に頼っているから、ロシアは言わば天然ガスを人質にとった形だ。勿論、ロシアにとって天然ガスはヨーロッパに輸出できる殆ど唯一のものと言ってよく、ロシア自身の首を絞めることにもなるが、短期よりも中長期の利害得失を選んだのだろう。
学生時代のローマ法の講義で、ローマ法のことはすっかり忘れたが、比較法的に、ヨーロッパ世界ではお互いに100を主張し合った末に50対50で妥協するのに対し、日本は0対0から始まって50対50で妥協するという譬え話を聞いて、興味深く思ったことを思い出す。
ロシア政府は、ウクライナを侵攻する計画はないと主張している(その懸念は拭えないが)。確かに本気で軍事侵攻するなら、クリミアでやったように人知れずハイブリッド戦争を仕掛けるだろうという議論がある。わざわざ緊張を高めて世界の耳目を集めておいて、ウクライナがいくらヨーロッパで二番目に貧しいとは言えヨーロッパで三番目(ロシア、フランスに次ぐ)の軍隊を持ち(Wikipediaによる)、正面衝突して消耗するような体力と覚悟が今のロシアにあるようには思えない。すると、交渉ごと、ということになる。プーチン大統領は、東欧諸国に配備されたNATO軍がロシアの安全保障を脅かしていると主張し、ヨーロッパの勢力図を1997年以前に戻すよう要求したことがあった(まさに100を主張したようなものだ)。かつてそのように口頭では話し合われたようだが、公式の合意があったわけではなく、風呂敷を広げたものだと思ったが、結局、プーチン大統領は1日のハンガリー首相との会談の後で、「NATOがこれ以上東方拡大しないという約束を含め、法的拘束力のある安全保障を要求したのに対し、アメリカはロシア側の懸念を無視した」(2日付BBCニュースによる)と不満を述べた。そこだけ読むと、それでもなんだか無理筋だと思ってしまうが、同BBCニュースは、続けて以下のように伝えた。
(引用はじめ)
もしウクライナのNATO加盟が認められれば、他の加盟国がロシアとの戦争に引きずりこまれる可能性があると示唆した。
「ウクライナがNATO加盟国となり、(クリミア奪還の)軍事作戦が始まったとしよう」
「その場合、我々はNATOと戦うことになるのだろうか。この展開を考えた者はいるのか。どうやらそこまで考えが及んでいないようだ」
(引用おわり)
中国風に言えば、プーチン大統領の核心的利益はクリミアにあって、もしウクライナがNATOに加盟した上で、クリミア奪回に動いてロシアと交戦することになれば、集団的自衛権が行使されて、NATO対ロシアの軍事衝突に発展しかねないと脅しているのだ。ロシアがウクライナのNATO加盟を許さないという、ウクライナの国家主権を無視した何とも横暴な話で、中国が台湾の独立を認めない話に似ている。片やれっきとした国家で、片や国家とは認めらない地域扱いの台湾だが、ロシアにとってウクライナは同じスラブ民族で、何より祖国発祥の地でもある、独特の親近感(中国が台湾を領土の一部と思うほどではないにせよ)がありそうだ。
ローマ法の講義の話に戻ると、ウクライナがNATO加盟の意向を見せてロシアが阻止する行動に出てウクライナと交渉するなら分かるが、ロシアが相手にするのはNATO(とりわけアメリカ)だ。そのNATOは100を主張するわけでもないのに、ロシアは「NATO対ロシア」で言わば「0対100」のところ「0対50」を認めろと要求する、おかしな話である。そこで、プーチン氏がさも「100対100」から「50対50」に見せかけようとして持ち出したのが、「ロシアは騙された」というロジックだ。NATOへの東欧諸国加盟による東方拡大や、米国によるABM(弾道弾迎撃ミサイル)制限条約脱退などを挙げて、NATOにこそ非(=100)があってロシアは「騙された」と、被害者ぶって見せたのだ。役者であるプーチン大統領の一人芝居と呼ばずして何と呼ぼう(笑)。阿漕なものである。
もとよりNATOは、ウクライナの意向を無視してロシアにコミットできるはずはない。振り返れば、1938年のミュンヘン会議で、英・仏などがチェコスロバキアの意向を無視して、ヒトラーのズデーテン地方割譲要求を認めた(そしてヒトラーを図に乗らせてしまった)悪しき記憶が蘇るようだ。
日本は高みの見物ではいられない。ロシアの動きは中国の動きと連動するからだ。元はと言えば、ロシアがクリミアで冒険し、成功したからこそ、中国は東シナ海や南シナ海、さらに香港や台湾でアメリカを試すような強気の行動に出るようになったと思われる。習近平主席が香港に国家安全維持法を突き付けて、民主化の息の根を止めてしまったのは、トランプ大統領が香港の人権問題に関心がないこと(さらには大統領選での協力を期待することまで)を晒してしまったことと無縁ではないだろう(そしてパンデミックの混乱に乗じたものだった)。
一人芝居を誰に見せるのかと言うと、きっとプーチン大統領はロシア国民にロシアの威信として見せつけたいのだろう(クリミア併合で沸き立たせたように)。まともな選挙で国民(人民)の負託を受けることのない権威主義国・ロシア(や中国)の、まさに力に頼った一人芝居と言ってよい。それに振り回されるNATOはたまったものではないが、もとより原則論として受け入れることなど出来ず、条件闘争で折り合えるのか、持久戦に持ち込むのか、それとも本来の当事者であるウクライナが、理不尽だけれども緩衝地帯という地政学的な立場を自覚し、自制するのか(台湾が「独立」を避けて「現状維持」に甘んじているように・・・もっとも、そのときにウクライナ国民は納得するのか)、かつての秘密外交の時代とは違って、それなりに世間の目に晒される時代に、お互いのエゴがぶつかり合い、身勝手とはいえロシアがいったん振り上げた拳をおさめるのは簡単ではなさそうだ。
またぞろバイデン大統領の失策を批判する声が上がるが、傍目にはプーチン大統領が軍事力をチラつかせ勝手にハードルを上げてゴネ得を狙っているようにしか見えない。勿論、バイデン大統領にはそのような環境を許してしまった責任の一端はあるかも知れない。かつてオバマ大統領は、シリア情勢に関して化学兵器使用を介入のレッドラインと公言しながら、忘れもしない2013年8月、アサド政権が反体制派地域に化学兵器を使用したにも関わらず、軍事介入を回避し、その弱腰を見透かされたロシアに半年後、クリミアに攻め込まれてしまった。アジア・シフトをわざわざ公言してアフガニスタンから撤退したバイデン大統領は、その過程で欧・米の足並みの乱れを露呈し、ヨーロッパ方面で言わば「隙」を見せて、プーチン大統領にその「隙」を衝かれた側面はありそうだ。そしてヨーロッパには折からのエネルギー危機がある。ヨーロッパ諸国はロシアからの天然ガス輸入に頼っているから、ロシアは言わば天然ガスを人質にとった形だ。勿論、ロシアにとって天然ガスはヨーロッパに輸出できる殆ど唯一のものと言ってよく、ロシア自身の首を絞めることにもなるが、短期よりも中長期の利害得失を選んだのだろう。
学生時代のローマ法の講義で、ローマ法のことはすっかり忘れたが、比較法的に、ヨーロッパ世界ではお互いに100を主張し合った末に50対50で妥協するのに対し、日本は0対0から始まって50対50で妥協するという譬え話を聞いて、興味深く思ったことを思い出す。
ロシア政府は、ウクライナを侵攻する計画はないと主張している(その懸念は拭えないが)。確かに本気で軍事侵攻するなら、クリミアでやったように人知れずハイブリッド戦争を仕掛けるだろうという議論がある。わざわざ緊張を高めて世界の耳目を集めておいて、ウクライナがいくらヨーロッパで二番目に貧しいとは言えヨーロッパで三番目(ロシア、フランスに次ぐ)の軍隊を持ち(Wikipediaによる)、正面衝突して消耗するような体力と覚悟が今のロシアにあるようには思えない。すると、交渉ごと、ということになる。プーチン大統領は、東欧諸国に配備されたNATO軍がロシアの安全保障を脅かしていると主張し、ヨーロッパの勢力図を1997年以前に戻すよう要求したことがあった(まさに100を主張したようなものだ)。かつてそのように口頭では話し合われたようだが、公式の合意があったわけではなく、風呂敷を広げたものだと思ったが、結局、プーチン大統領は1日のハンガリー首相との会談の後で、「NATOがこれ以上東方拡大しないという約束を含め、法的拘束力のある安全保障を要求したのに対し、アメリカはロシア側の懸念を無視した」(2日付BBCニュースによる)と不満を述べた。そこだけ読むと、それでもなんだか無理筋だと思ってしまうが、同BBCニュースは、続けて以下のように伝えた。
(引用はじめ)
もしウクライナのNATO加盟が認められれば、他の加盟国がロシアとの戦争に引きずりこまれる可能性があると示唆した。
「ウクライナがNATO加盟国となり、(クリミア奪還の)軍事作戦が始まったとしよう」
「その場合、我々はNATOと戦うことになるのだろうか。この展開を考えた者はいるのか。どうやらそこまで考えが及んでいないようだ」
(引用おわり)
中国風に言えば、プーチン大統領の核心的利益はクリミアにあって、もしウクライナがNATOに加盟した上で、クリミア奪回に動いてロシアと交戦することになれば、集団的自衛権が行使されて、NATO対ロシアの軍事衝突に発展しかねないと脅しているのだ。ロシアがウクライナのNATO加盟を許さないという、ウクライナの国家主権を無視した何とも横暴な話で、中国が台湾の独立を認めない話に似ている。片やれっきとした国家で、片や国家とは認めらない地域扱いの台湾だが、ロシアにとってウクライナは同じスラブ民族で、何より祖国発祥の地でもある、独特の親近感(中国が台湾を領土の一部と思うほどではないにせよ)がありそうだ。
ローマ法の講義の話に戻ると、ウクライナがNATO加盟の意向を見せてロシアが阻止する行動に出てウクライナと交渉するなら分かるが、ロシアが相手にするのはNATO(とりわけアメリカ)だ。そのNATOは100を主張するわけでもないのに、ロシアは「NATO対ロシア」で言わば「0対100」のところ「0対50」を認めろと要求する、おかしな話である。そこで、プーチン氏がさも「100対100」から「50対50」に見せかけようとして持ち出したのが、「ロシアは騙された」というロジックだ。NATOへの東欧諸国加盟による東方拡大や、米国によるABM(弾道弾迎撃ミサイル)制限条約脱退などを挙げて、NATOにこそ非(=100)があってロシアは「騙された」と、被害者ぶって見せたのだ。役者であるプーチン大統領の一人芝居と呼ばずして何と呼ぼう(笑)。阿漕なものである。
もとよりNATOは、ウクライナの意向を無視してロシアにコミットできるはずはない。振り返れば、1938年のミュンヘン会議で、英・仏などがチェコスロバキアの意向を無視して、ヒトラーのズデーテン地方割譲要求を認めた(そしてヒトラーを図に乗らせてしまった)悪しき記憶が蘇るようだ。
日本は高みの見物ではいられない。ロシアの動きは中国の動きと連動するからだ。元はと言えば、ロシアがクリミアで冒険し、成功したからこそ、中国は東シナ海や南シナ海、さらに香港や台湾でアメリカを試すような強気の行動に出るようになったと思われる。習近平主席が香港に国家安全維持法を突き付けて、民主化の息の根を止めてしまったのは、トランプ大統領が香港の人権問題に関心がないこと(さらには大統領選での協力を期待することまで)を晒してしまったことと無縁ではないだろう(そしてパンデミックの混乱に乗じたものだった)。
一人芝居を誰に見せるのかと言うと、きっとプーチン大統領はロシア国民にロシアの威信として見せつけたいのだろう(クリミア併合で沸き立たせたように)。まともな選挙で国民(人民)の負託を受けることのない権威主義国・ロシア(や中国)の、まさに力に頼った一人芝居と言ってよい。それに振り回されるNATOはたまったものではないが、もとより原則論として受け入れることなど出来ず、条件闘争で折り合えるのか、持久戦に持ち込むのか、それとも本来の当事者であるウクライナが、理不尽だけれども緩衝地帯という地政学的な立場を自覚し、自制するのか(台湾が「独立」を避けて「現状維持」に甘んじているように・・・もっとも、そのときにウクライナ国民は納得するのか)、かつての秘密外交の時代とは違って、それなりに世間の目に晒される時代に、お互いのエゴがぶつかり合い、身勝手とはいえロシアがいったん振り上げた拳をおさめるのは簡単ではなさそうだ。
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