



震災9年10月24日
温暖化の影響で考えられない洪水が随所に発生している。今回の台風19号がもたらした被害の大きさに唖然とするばかりである。これも、前提である周りの気象が過去と様変わりして来ていることに起因している。従来の常識が通用しなくなっているのだ。
基本的に過去の統計から現在の災害を判断するのが、普通であるが、前提であるはずの周りの気象が温暖化の影響で大きく変わって来てしまっている。その為、過去からの推測が困難になっているのだ。いわゆる自然がパラダイムシフトしてきているのだ。だから、100年に一度の災害と今までは言っていたが、それでは今の災害が説明がつかなくなっている。百年に一度が毎年来ているのだ。だから、そういうつもりで、これからは台風と向き合わないといけない。過去の延長に今があるのではないのだ。
堤防も過去の雨量で高さが決まっていたが、雨量が毎年安定していれば問題ないのだが、年々雨量の増加が顕著に大きくなって来ている現在、このままでいけば、同じような災害が、毎年起こってしまう。自然は文字通り自ずと然るべきなので、どうすることもできない。自然は自然のままに行動するだけ、自然には罪はない。要はその自然を人間が理解して、災害にならないようにするしかないのだ。
昔は堤防など無かったのだから、広い平野を高いところから、低いところに向かって、自由に流れていたはずだ。右に行ったり左にいったりと…。それが自然だったのだ。そこへ、無理矢理堤防を作り、周りに人が住むようになり、過去には流域だった低地が市街地になってきているから災害が起きてしまう。堤防のなかった太古の昔のように、一段高い所に住居を持っていた頃は、川も自由に平野を流域にして流れていたのだ。堤防を作り、水の流れを変えてから、災害が発生するようになってしまった。水も生き物である。低いところへ低いところへと流れるのだ。不自由を強いられ狭い川の中を流れるようになってから、堤防の決壊が始まった。いったん堤防が切れればそこから外へ水が流れ出すのは自明の理である。
また、最近は益々温暖化で台風の勢力が強くなり、大量の降雨があるから大変だ。従来の川幅と堤防では水を支え切れなくなっているのだ。しかも台風で暴風雨の範囲が広くなっているから、大きな流域に雨がふり、それが、最後に一つの大きな河川に流れて来るから、より大きな災害になってしまう。
最近の気象の変化は、治水は百年の計では遅くなってしまう。今からでも、即刻、国交省は堤防をかさ上げするしかないのである。人の命の価値の重大さを考えれば、百年の計で無く、一年の計で行動化していかないと、どこかでまた、大きな被害が出てしまう。一刻も速く、国で調査をし、危ないところの河川を特別予算化して修復していくしかないだ。それをしなかったら、自然は正直だから、来年も同じような大きな災害を起こしてしまう。起こった後の財政処置を考えれば、前もって今からでもその予算を事前に使うしか無いのである。ここは政治の力で是非早急に手を打ってもらわないと困る。国は戒厳令を敷いてでもやるぐらいの勇断をしなくてはいけない。
災害が起こった後では遅い。莫大な予算をかけてでも、財政措置をし、行動に今すぐ移してほしい。東北大震災の時には日本が潰れるかと思ったが、そのことを思えば極端な財政出動も可能だと思う。まさに、天の一大事である。このことは、後々にしてゆけばゆくほど、大きな傷跡を残すことになるだろう。もう、待てないのだ。
今の自然は過去の例と根本的に違って来ているのだ。雨の量が格段に多くなっているのだから、従来の堤防ではもう、その雨量を支え切れなくなっているのだ。
そういえば、線状降水帯という言葉も昔はあまり聞かなかった。最近は九州がこれによく襲われている。この対策も早急にしなくてはいけない。一つ所に雲が留まって大量の雨を降らすのだ。先日の台風19号の時、私たちの町でも、もう1時間、同じ雨が降り続いていたなら、堤防の水が溢れて洪水になっていただろうと思うとぞっとする。
これからは、毎年、どこかが大きな洪水に襲われてしまうのだ。ほんとに怖い話だ。今回は私たちの町も紙一重で助かったという感じだった。
震災9年10月6日