震災3年2月22日
今日も寒波が日本を襲っています。今年の冬はことのほか寒い日が続いているようです。朝のいつものウォーキングが終わり顔を洗っていました。そこで、不思議なことに気づきました。外は1℃ほどの寒さですが、いつもならこの時期の水道の水が冷たく感ずるのに全然冷たくないのです。そうです。顔の方が外気に当たって冷たかったからです。このように絶対温度で水温を測ると多分5~6℃あったのではないかと思いますが、全然冷たいどころが頬に水が当たると温かささえ感じました。不思議だなと思うと同時に外気で冷えていた頬はその水を冷たいどころか温かいとさえ感じたのですから、いかに人間は相対的な感覚で生活しているのだなと思わざるをえませんでした。苦労は買ってでもせよ。と、いいます。苦労をすることにより、より幸せ感が強くなるということです。
そういうこともあり、学校当時相対評価から絶対評価に評価が変わった時期がありました。文部省の要請に従わなければなりません。学校全体が絶対評価の通信簿に変わりました。そのとき、人間って相対的なところで幸せを感ずるのにおかしいなと感じたことを思い出しました。そうです。人間の感覚的な心の動きはなるほど相対的な物だったのです。心理的な距離、心理的な時間という物があります。親しくなると誰とでも心理的な距離は縮まります。また、忙しくなると時間も短く感じます。苦労した後の喜びはまた、人一倍になります。空間があるから絵が引き立ちます。休符があるので次の音が生きてきます。休息を間に入れることにより能率は上がります。間があるので次が生きてくるのです。このように物理的(絶対)な物は同じでも、人が感ずる心は違います。好きになればあばたもえくぼに見えます。これが人間の心なんです。心はころころ変わるから心なんです。人間とはまか不思議なものです。ない物が見えたり見える物が見えなくなったりします。これが業であり煩悩の仕業です。水を自分の方に引き寄せようとすればするほど水は逃げていきます。地球を中心に太陽を見れば太陽が動いています。太陽を中心に見れば地球が動いています。科学的には物理現象としては太陽の周りを惑星である地球が回っているのがいわゆる真理であります。しかし、日常人が暮らしていく上にはむしろ、お天道様が東にでて西に沈むと考えた方が理にかなっています。これが世相です。科学で大切なことは真理は真理ですがそれをふまえた上で人様の幸せになるように考えるのがより確かな考えなのでしょう。そこに、信仰があるのではないでしょうか。科学は所詮科学です。それを感情を持った人間にどう取り入れるかが大切だとおもいます。