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紅ほっぺです。
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ネギの緑色がたまらない。
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青は藍より出でし、藍よりも青しの蓼藍です。木綿のTシャツに染めたいです。
コロナ4年4月26日(ウクライナ、ロシア戦争2年)
最近、インターネットをやっていると、フェイクニュースらしきものが沢山流れて来ているような気がいたします。気が付かないのは、凡人である私たちだけです。昔はそれほどでもなかったような気もしますが、確かに今や確実に増えているようです。特に政治や世界経済の世界では、このような事がたくさんあるようです。実に巧妙にして流れる訳ですので、素人にはなかなかわかりずらい世の中になりました。
ですから、これからの時代を生きるには正しい
ことは何か、真実は何かを求める以前に大事な事があります。それは、物事を俯瞰して見る力。本質をいつも見つけようとする総合力です。個と全体、空間と実物、時系列で考察、対比して考える力などダイバシティを生き抜く力も求められます。
従来は権利義務を個人レベルで考えればよかったのですが、こう、自然が荒廃して行くところをみていると、個人の人権から人類の人権、しいては、地球の人権まで深く考えていかないと、世界が動いていけない時代に徐々になりつつあるなと実感しています。人の欲望には切りがありませんが、もっと、広く自然界に目を向けて自然循環型社会をめざさないと、人類はやっていけない時代になっているなと痛感しています。
さて、FAKEなことが多い世の中になると、私たちの思考もそれに合わせて、近視眼的な視点から、脱却し広く宇宙にまで眼を向けていかないといけない時代になったと想います。
特に大切な事は物事には本質あり、それが波状して今の事実があるということです。芽先と葉っぱと幹と根っことそれを育んでいる根本的な大地の事を時系列的に直感で感じる力が、このAIの時代では大切ではないでしょうか。これは無機質なAIが及ばないことです。
多分数世紀先には息をするコンピュータの出現があるのではと想います。ただ、これには倫理的な法規制がかかることも考えられますが、最終的には人間有為さを担保しながら共存していくしか方法はないのでしょう。
その頃は案外早く来るのかも知れません。機械と人間との区別をより厳密にしていく世界でしょう。OPEN AIの扉はもう開かれているのです。遥か未来のことではなくて、身近な問題になりつつあるのです。ある時点から科学は加速度的に発展していくものなのです。しかし、人間は原始の時代から同じ赤い血の流れる人間なのです。不易流行は世の流れですが、この辺に不易なことの重要さが隠されているのでしょう。どこまで行っても、科学は所詮人間が使う道具です。人間を超えてはなりません。科学至上主義には反対です。新しい人間ルネッサンスの時代がこれから来るかも知れません。