想い続けることができれば、その想いはいつか成就する

その日その日感じたことを詩、エッセイ、短歌、日記でつづります。野菜も育ててます。

パンダの食生活から考える動物の栄養の不思議

2025年02月05日 | エッセイ
コロナ6年2月5日(ウクライナ、ロシア戦争4年)

 テレビを見ていて、私は最近、パンダの食生活について深く考えさせられる出来事がありました。中国の竹林でゆったりと竹を食べているパンダの姿を目にしたのです。

 パンダは竹だけを主食としているのに、あんなにも立派な体格を維持できているのはなぜでしょうか。同じように植物性の食事をする動物たち—例えばヤギや牛—も、grass(草)だけを食べているのに、しっかりとした筋肉質な体格を持っています。

 このことから、私たち人間の中にある「肉を食べないと強い体づくりができない」という思い込みについて、改めて考えさせられました。実際には、動物の体の仕組みには、まだまだ私たちが理解していない不思議な力が働いているのかもしれません。

 動物の体内では、草食動物であっても、植物性の食物を効率的に栄養素に変換する特殊な酵素が働いているのでしょう。体内での物質の変換や利用の仕組みは、本当に奥が深く、神秘的です。

 このような自然界の不思議な仕組みから、私たちは多くのことを学ぶことができます。

 食物と栄養の関係は、私たちが考えているよりもずっと複雑かもしれません。動物たちは、それぞれの種に最適な方法で栄養を摂取し、活用しています。私たちの「常識」や「思い込み」を時には見直してみる必要があります。

 パンダの食生活を観察することで、生命の神秘と不思議さを改めて実感しました。これからも自然界の様々な現象に目を向け、新しい発見や気づきを得ていきたいと思います。

*注:この記事は個人的な観察と考察に基づいています。
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科学を盲信するなかれ、真理は科学を超える

2025年02月03日 | エッセイ
コロナ6年2月3日(ウクライナ、ロシア戦争4年)

 科学は、常に発展し続け、変化し続けるものだ。人間が「この世界はどうなっているのか」と探求し、検証を重ねることで進歩してきた。しかし、世の中には「こうすればこうなる」という因果の法則のような考え方もある。つまり、ある行動を起こせば、それに応じた結果が生まれる。その結果を解明するのが科学の役割とも言える。

 とはいえ、科学がどれほど発展しても、社会は絶えず変化し、新たな問題が生まれる。科学がすべてを証明できるわけではなく、科学の示す「正しさ」は、その時代におけるひとつの解釈に過ぎないのかもしれない。しかし、それは無意味ではなく、より正しいものへ、より真理に近づくための道筋とも考えられる。

 では、その「真理」とは何だろうか。それは人間が考え出したものなのか、それとも、もともとこの世界に存在するものなのか。私は後者、つまり真理は絶対的なものとして存在していると考える。科学は、その真理を解き明かそうと試みるが、その過程で私たちの認識も変化していく。

 例えば、かつては「すべての思考は脳で行われる」と考えられていた。しかし最近では、腸が脳に大きな影響を与えているという研究も出てきた。こうした新しい発見が次々と現れるように、科学の定説は時代とともに変わっていく。

 歴史を振り返っても、かつては天動説が一般的だった。地球は静止し、太陽や星々がその周りを回っていると信じられていた。しかし、コペルニクスの地動説が登場し、「いや、実は地球が動いているのだ」と示されたことで、世界の見方が一変した。科学の発展は、時として宗教や社会の価値観すら覆してしまうものだ。

 私は、宗教のさらに上に、絶対的な真理があるのではないかと思う。そして、その真理を追求することこそが、人間の幸福につながるのではないだろうか。科学は、あくまで時代ごとの「正しさ」を示すものに過ぎない。しかし、その背後には、どこまで行ってもたどり着けない「真理」が存在する。そのことを私たちは忘れてはならないと思う。


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「芸能スキャンダルの影で——静かに進む政治の思惑」

2025年02月02日 | エッセイ
 コロナ6年2月2日(ウクライナ、ロシア戦争4年)

 世間では、今「中居問題」や「フジテレビ問題」が大きな話題になっています。フジテレビをはじめとするオールドメディアが揺れるなか、かつてのライブドア騒動の因縁も再び浮かび上がり、フジテレビ相談役、日枝さんの名前が再び注目される可能性もあります。

 ジャニーズ問題に続き、今回のフジテレビ問題がクローズアップされることで、時代の変化とともに社会が大きく動いていることを感じます。これは良い流れであり、人権問題への意識の高まりとともに、日本でもようやく基本的人権が尊重される時代が来るのかもしれません。

 しかし、こうした芸能界の問題が大きく報じられている一方で、私が気になるのは、その裏で政治が静かに動いているということです。国会では次々と法案が審議され、重要な法律が成立しているにもかかわらず、それがほとんど報じられていない。まるで、国民の目が芸能ニュースに向いている隙を狙ったかのように、重要な法案が通っていく。これは、政府による巧妙な手法と言えないでしょうか。

 例えば、先日も農林関係や食料政策に関する法律が成立しましたが、その詳細をしっかり報じたメディアはどれだけあったでしょうか。国民生活に直結する重要な法案が、十分な議論もないまま成立し、国民が知らないうちに社会の仕組みが変えられていく。この現状に、もっと目を向けるべきではないでしょうか。

 本来ならば、NHKのような公共放送が、その責任を果たすべきです。メディアはただ話題性のあるゴシップを追いかけるだけでなく、国の未来を左右する法律がどのように決まり、どんな影響をもたらすのかを、しっかり伝える役割を担うべきです。

 私たちは、芸能界のスキャンダルの影で、何が動いているのかを常に意識しなければなりません。政治の世界で何が決まっているのか、それを知ることこそ、私たちが本当に注目すべきことなのではないでしょうか。
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今の時代、心が動いた瞬間に刻まれる記憶こそ重要

2025年01月28日 | エッセイ
コロナ6年1月28日(ウクライナ、ロシア戦争4年)

 最近、私は「記憶」について考えることがありました。人間にとって大事な記憶とは何か――それは感覚や感情を伴った記憶ではないでしょうか。論理的に考えたことや単なる言葉の羅列ではなく、その瞬間に感じた情景や感情が一体となった記憶。それこそが、本当に大切な記憶なのだと思うのです。

 今の時代、私たちはコンピューターを使って多くの仕事をこなしています。ディープラーニング(深層学習)の進化も目覚ましく、膨大な情報を記憶し、処理する能力において、コンピューターはすでに人間を凌駕しています。しかし、これからの時代、私たち人間が持つべき「記憶力」とは、ただ情報を蓄える能力ではないと思うのです。

 感覚が覚えている記憶。感情を伴った記憶。つまり、心が動いた瞬間に刻まれる記憶です。例えば、美しい景色を見たときの感動や、人との触れ合いから生まれる温かさ。それらは情報ではなく、血の通った人間だからこそ持ち得る記憶です。そして、そうした感性豊かな記憶力を持つ人こそ、これからの社会をリードしていくのではないかと思います。
 
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雨が語るプラゴミと自然への回帰

2025年01月26日 | エッセイ
コロナ6年1月26日(ウクライナ、ロシア戦争4年)

 6月のある日、にわか雨が突然降り始めました。そのタイミングで、私は川の方へ足を運んでみることにしました。雨は次第に激しさを増し、川の流れも濁り始めました。すると、川の中にゴミがちらほら流れてきたのが見えました。ペットボトルや袋などのプラスチックゴミ、紙くずなどが雨水に乗って川へ流れていく様子を目の当たりにしました。

 しばらく川を観察していると、流れてくるゴミの量は最初はどんどん増えましたが、時間が経つにつれ減っていくのが分かりました。これは雨が降り始めた時、地表に溜まっていたゴミが押し流され、川へ運ばれてしまうためです。言い換えれば、地表のゴミが雨水によって一掃され、川に集まった結果とも言えます。このゴミは最終的に海へ流れ着き、そこで新たな問題を引き起こすのです。

 海へ到達したプラスチックゴミは、太陽の光や波によってさらに小さく砕かれていきます。そして「マイクロプラスチック」となり、目には見えないほど小さな粒子へと変化します。これらは海の中で魚や貝などの海洋生物に取り込まれ、さらにその生物を食べた人間の体内にまで入り込むのです。研究によれば、マイクロプラスチックは血管の中にまで侵入する可能性があるとされています。このように、地表にあったゴミが巡り巡って私たちの健康にも影響を及ぼす時代が来ているのです。

 大量消費を前提とした現在の資本主義は行き詰まりを見せています。便利さを追求し、物を使い捨てにする暮らしは、長い目で見れば地球環境を破壊し、私たちの未来を脅かす結果につながります。このままではいけません。自然の循環を基本とした、新しい仕組みが必要です。それは「自然に帰る」ことを目指した資本主義とも言えるかもしれません。環境との調和を大切にした経済活動こそが、これからの時代に求められるのではないでしょうか。

 雨が教えてくれるゴミの流れを目の当たりにしながら、私たち一人ひとりができることを考えるべきだと改めて感じました。たとえば、使い捨てのプラスチックを減らし、持続可能な暮らしを意識すること。自然の循環を大切にした行動が、未来の地球を守る鍵になるのだと思います。
Viva nature!

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