
『永井荷風』(ちくま日本文学019)を読みおえました。以前、『濹東綺譚(ぼくとうきたん)』の文庫本を読もうと持ち歩いていたとき、どこかに落としてしまい、それきり読んでいませんでした。本書に載っているので、今度は絶対、最後まで読み切ろうと思っていました。『濹東綺譚』は昭和11年作ですが、明治42年作の『すみだ川』も素晴らしい筆さばきです。短編ではあっても、その濃密度合いには驚かされました。私が詩吟を続けていく上でも、江戸時代や明治・大正自宅の雰囲気を知るには、なるほど最適なテキストだと思いました。今回もたばこ(煙草)の出てくる文章を中心に、20回にわたって抜き書きと、稚拙なコメントを投稿していきますので、気長にお付き合い願います。
『あめいか物語』(明治39年10月)
【11ページ】
彼等は3人4人と電車の来る間を橋の欄干に身を寄せて、まだ醒めぬお酒の酔いを醒ましているものもあれば、噛煙草(かみたばこ)の唾を吐きすてながら、靴音高く橋の上を散歩しているものもあり、または残り惜しげに水を隔てたワシントンの方を眺めているものもあった。大方午後に訪ねた女の事でも思い返しているのであろう。
【14ページ】
「後生だから----。」娘の声は両手を組んだ胸の底から響く。
「まだ、そんな事を云っているのか。」と兵卒は噛煙草の唾を吐きながら、いかにも厭わし気に横を向いてしまったばかりか、早やその場を立ち去ろうとする気配である。
【17ページ】
「はははは。金を出さなけァ女が出来ねえのか。余り腕がなさすぎるじゃねぇか。」と彼はちょっと噛煙草を吐き捨てながら、「どうだい。そう女に困っているのなら、1人若いやつを取りもとうか。」
【24ページ】
例のごとく池のほとりを一廻り歩みおわれば、必ずシェーキスピーヤ初めスコットやバーンズなどの銅像の並んでいる広い並木道に出で、ベンチに腰を下ろして、銅像と向合いに悠然と煙草の煙を吹く。
[ken]永井荷風さんがアメリカに在住していた当時は、現在のような巻きたばこ(シガレット)ではなく、噛みたばこが流行していたようです。今ではすっかりすたれてしまい、たばこ好きの私でさえ、噛みたばこを一度も噛んだことがありません。網目の小袋に入った「たばこ」を、唇と歯茎の間に挟んでおくスタイルのものは、二度ほどやってみましたが、とてもまずくてダメでした。