雪の色が白いのは グリムにはないドイツのむかし話/シャハト・ベルント・ 編 大古幸子・訳/三修社/2006年
司祭の家で仕事をたのまれたおばあさんが、台所で脂のたっぷりのった肉をみて「一度でいいから、あんなにみごとな肉が食べてみたいものだわ」とつぶやきます。
それを聞いた司祭の奥さんがいうには「お前のご亭主は、とことん勉強したとはいえませんね。ご亭主が、私の夫とおなじくらいたくさん勉強したら、お前さんもご亭主も脂ののったお肉をたべられたでしょうに」。
これをきいたおばあさんが、ちょっとばかり学校へ行って、何かを新しく習い覚えるように、おじいさんにいいます。
おばあさんにいわれて、おじいさんが学校にいくと、「学校に来る意味がない。家に帰りなさい。あんまり遅すぎるよ」と先生にいわれ、家に帰ります。
次の日、おじいさんは一時間早く学校へいきます。先生が「あんまり遅すぎるよ」といったのを、もっとはやく学校に来なさいといわれたと勘違いしたおじいさん。先生の真意は、勉強するには年をとりすぎているといったのです。
ところが、きたときと違う道をかえると、途中でお金がぎっしり入った袋を見つけます。
おばあさんから役所に届けるようにいわれ、でかけたおじいさん。お役人から「お前は、いったいいつその金をみつけたのだね」と、尋ねられ「学校から帰る時ですだ」と答えます。
すると、役人から「お金はお前が持っていてもかまわないよ。お前が学校に通っていたころは使えたけれど、今はもう通用しないんだ」といわれたので、お金をもちかえり、脂ののったみごとな肉をかうことができました。
昔ばなしには、学校がでてくるのはほとんどありませんから、比較的新しい時代のものでしょうか。
子どもにはわかりにくいかも。
お上によって、通用する貨幣が頻繁に改正され悩まされてきたのを皮肉っているのかもしれません。
グリム兄弟は物語の収集に自ら現地にでむくことがなく、古い文献や資料から選び出し、聞き取りもおもに上流階級の女性の女性たちからでしたが、この昔話は、編者が、北ドイツ地方の最も貧しい人たちに伝えられてきた話を収集したものとありました。