かじ屋と妖精たち/イギリスの昔話/脇朋子・編訳/岩波少年文庫/2020年
ニールは、母親を早く失くし、アラスデア・マクイーチャンというかじ屋の父親と二人暮らし。
父親は、息子が一人前になるまでは、よくよくきをつけるよう知り合いから忠告を受けていました。ニールが、いかにも妖精たちがさらっていきそうな若者だったのです。妖精たちは、気に入った人間を見つけると、自分たちの光の国へ連れていき、死ぬまで躍らせるのだと言われていました。
アラスデアは、妖精たちの魔力を遠ざけるため、夜には必ず小屋の戸口にナナカマドの枝をかけるようにしていました。
ある日、父親はどうしても一晩、留守にしなければならなくなり、夜には、かならず戸口にナナカマドの枝をかけておくようにニールにいい、出かけます。
アラスデアがかえってくるとニールは、家の掃除はしていないし、家畜の世話もせず、ベッドに横になっていました。身体はやせこけていて弱弱しく、肌は黄色く、しわだらけ。何日かたっても息子の様子はそのままで、食欲だけは底なしになり、朝から晩まで食べ物を欲しがってばかりいた。
困り果てているアラスデアのところへ、ある日、物知りで知恵があることで有名な名高い老人がたずねてきました。老人は、息子は取りかえ子といい、それを確かめるために、あるかぎりの卵の殻に水を入れ、取りかえ子のよく見えるところに並べるようにいいます。息子だとおもっていた何者かは、それを見ると「生まれてこのかた八百年、こんなへんてこりんなことには、ついぞおめにかかったことがないわい!」と、金切り声を張り上げました。
アラスデアの話を聞いた老人は、「そいつが寝ているベッドのすぐ前で、火を燃やし、なんで火を燃やすのかと聞かれたら、すぐに、そいつをつかんで、火の真ん中かにほりこめば、そいつは屋根からとびだしていくじゃろう」と、いいます。
アラスデアが、老人のいうことを実行すると、取りかえ子は、悲鳴をあげ、屋根から飛び出していきます。
それから、アラスデアは息子を連れ戻すため、老人の言う通り、満月の夜に、草の生い茂った丘にでかけます。満月の夜だけ開く扉から、聖書と短剣、オンドリをかかえて、妖精が歌ったり踊ったりする場に、踏み込みます。
剣を敷居のうえに突き刺すと、妖精は人間の手で鍛えられた鋼鉄にはさわれず、塚の扉は閉まりません。聖書は、魔法よけになり、オンドリのなきごえは妖精の楽しみの終わりを告げるラッパのようなものでした。
親子が妖精の国をでたとき、妖精は息子が声を失う呪いをかけました。ニールは、かじ屋の仕事を、これまでと同じように手伝いをしましたが、妖精の呪いで、一言も口をきけなくなります。
やがて、息子が救い出されてから、一年と一日がたったとき、アラスデアは、新しい諸刃の剣を作る仕事にかかっていました。父親が刃の形を整える仕事にかかろうとしたとき、ニールの頭に、妖精の国ですごした日々がよみがえりました。妖精のかじ屋が、まぶしく輝く剣をどんなふうに仕上げていたか、技と呪文との両方を駆使して、どんなふうに刃を鍛えていたか、思いだしたのでした。ニールが剣の仕上げを自分の力で鍛えると、「この剣は、持ち主を、けっして裏切らないよ」と、一年と一日ぶりに声をはっしました。この時を最後に、妖精の国ですごした記憶は、すべて消えてしまいます。その後、ニールは、氏族で一番のかじ屋となりました。
父親と息子がでてくると、ほとんどが息子が主役になりますが、このように父親が活躍する昔話には めったに、お目にかかりません。こんな話もあるのだというのを再認識しました。