佐賀のむかし話/佐賀県小学校教育研究会国語部会編/日本標準/1977年
むかし、たいそうなかのよいじいさんとばあさんがおって、ふたりとも、「先に死んだら床の間においてくれ」と、こんなことばかり話していた。ばあさんがほうがなくなって、じいさまは泣く泣くお葬式をすませ、なきがらを棺桶におさめ、床の間においた。
ある日のこと、ふしぎなことに棺桶のなかから、「とったん、とったん おるかん。」と、よぶこえがきこえてきた。じいさんは、びっくりして、「おる、おる、ここにおったい。」と喜んで答えた。そしたらまた、しばらくして、「とったん、とったん おるかん。」というので、じいさんはまた「おる、おる、ここにおるたい。」と、答えていたが、一日中、おるかん、おるかんとよぶので仕事にもでられず、たいそう困ってしまった。
最初のうちは、ばあさんの声をきいてよろこんでいたじいさんも、ほとほと弱ってきた。じいさんの返事がすこしでもおそかったりすると、ばあさんはおこったような声で、「とったん おるかん。」と、さけぶようになってきたので、だんだんおそろしゅうなってきた。ばあさんには悪いが、なんとかしてこの家からぬけだそうとかんがえていたところに、一晩だけ泊めてほしいという、おへんろさんが、やってきた。「うちには病人がいるがそれでもよければ、おとおまんなさい」といって、泊めることにした。しばらくして、ちょっとでかけるが、病人が 隣の部屋から、<とったん、とったん おるかん。>とよんだときは、<おる、おる>と答えてやってくんさいと、たのんで大急ぎで家をでた。おじいさんは、そのまま若者宿にかけこんで、あずき飯を食べさせてもらい、布団にもぐりこんだ。
一方、、じいさんの家では、おへんろさんがたったひとり留守番していたが、となりの部屋から「とったん、おるかん。」という、声がしたので、おへんろさんはおじいさんのことばを思い出して、あわてて「おります。おります」と、答えると、返事のしかたがかわっているのがわかったのか、また「とったん おるかん。」といいながら、声がだんだん近づいてくる。気味が悪くなったおへんろさんは、すっかり気味が悪くなって、自分の持ち物を全部まとめて、こっそり家を抜け出してしまった。
じいさんを呼ぶ声は、返事がないので、棺桶にはいったまま、ごろごろころがり、おへんろさんの後を追いかけていった。しかし、若者宿の前までくると、棺桶はピタッととまり、「とったん おるかん。」と、呼んだ。若者が、「とったんは、きておらん。」というと、棺桶は、若者たちのねているところを、ひとりひとりにおいをかいでかいてまわった。しかし、どんなに においをかいでも、みなあずき飯のにおいばかりで、ちがったにおいの者はおらんかったんで、棺桶のおばあさんは、「ここにゃ、じいさんはおらんばい。」と、うらめしそうにいいながら外へころがりでてしもうたて。
じいさんは、「こいでよかった。」と、よろこんだて。
こいまで。