比島民譚集/火野葦平・著 川上澄生・絵/国書刊行会/2024年
三人の子どもを、洗礼も受けないうちに失ったマリアは、まもなく生まれた子には、はやく洗礼をうけさせようと、夫のルイスに赤ん坊を抱かせ、教会へ急がせた。ところがあわてたルイスは、誰が名付け親になるかを、おかみさんにきくのをわすれた。どうしたものか思案しているとひとりの見知らぬ男がそばを通りかかったので、名付け親になってくれるよう頼むと、その男は名付け親になることを承知し、教会へ入ると、子どもは父の名をついで、ルイスと名づけられた。
ルイスは、名付け親になったサラサゴを家に招待し、数日一緒に暮らすと、仲の良い友だちになり、大切なことはいつでも相談しあうようになった。
ふたりで話し合っているとき、たまたまこの王国の王さまが、国民のすべての財産に重い税金をかけ金持ちになったことを知ったサラサゴは、ひとびとの苦しみの仇を討ってやろうと決心した。
サラサゴは、宮殿の地下室にかくされている宝を盗み出すことにし、ルイスとともに宮殿の地下室への壁の根のところを掘り返し、やがて、内部へ通じるひとつの穴をさがすと、二人で運べるだけの金を袋へ詰めこんだ。夜の間に、地下室へ往復しできるだけおおくの金を家に運んだ。サラサゴは、ルイスに惜しげもなく、どっさり分け前をやったが、ルイスはわがままで、絶えず文句をいった。
しばらくして、ルイスは、もっと金の袋を増やそうと、とめるサラサゴを説き伏せ、二人で秘密の通路へ忍び込んだ。ところが王さまは宝の量がすこぶる減ったことに気づいて、対策をとっており、ルイスは矢に射られてしまう。サラサゴはルイスの死体が発見されたときの結果をおもんばかって、首だけを切り、身体ををあとにしたまま家に帰った。
一方、王さまは共犯者をさがすために、死体を町や村の目抜き通りに運び、死人に対して同情を示す者があったら、ひっとらえて来いと兵士にいい含めた。
マリアが夫の死体におもわずはんのうし、捕らえられそうになるが、サラサゴの機転で救われ、さらにサラサゴは牧師に変装し、睡眠薬をいれた酒で、兵士を眠らせるとルイスの身体をもちかえり頭を埋めたのとおなじ場所に葬った。
王さまは別の計画をめぐらした。高価な金でおおわれた一匹の羊を街に放ち、少し離れたところから、これを見張り、これを手に入れようとした者があったら、家と人間をつきとめ、宮殿に報告するよう命令しました。誰もこの羊に気をとめませんでしたが、サラサゴは、さっさと羊を家の庭ひきこんだ。見張りの男は、サラサゴの家の扉に十字の印をつけて、宮殿にかえり、多くの兵士たちと十字の印のある家をさがしはじめると、どの家にも全く同じ十字の印がつけられていました。
三度も失敗した王さまは、泥棒を捕まえることをあきらめ、自分の面前に姿を現したなら、窃盗の罪を許すという布告をだしました。サラサゴが宮廷を騒がせた窃盗の罪を白状すうると、街のいちばんの大金持ちであるドン・ジュアンをだまして、かれの最も価値のあるものを引き出してくることができたなら、貴族の称号をあたえようと約束しました。サラサゴは、高価な品物をもってかえります。
もういちど、サラサゴの才能をためしてみようとおもった王さまは、近くの山中の洞穴にこもっている一人の年老いた隠者をチュバルを宮殿に連れてくるよういいつけました。説得に失敗したサラサゴは、天使の格好をしてチュバルを王さまの前につれてきます。サラサゴの才能に満足した王さまは、チュバルを放免し、サラサゴを顧問官にしました。
サラサゴは、高位にのぼってから、マリアと彼の名付け子をそばに呼び寄せた。親子は、最も高潔で、才幹あるある者となったサラサゴの保護のもとに、一生を安楽に暮らした。
民を収奪していた王さまが、いつのまにかサラサゴの才能を試し、高位に取り立てるという思いがけない展開です。
扉に十字の印をつけるというのは、アラビアンナイトだけではなさそうです。