比島民譚集/火野葦平・著 川上澄生・絵/国書刊行会/2024年
戦争中、報道班員であった火野葦平の翻訳が中心のフィリピンの民話集。
ビリアンという うつくしい娘をもった信仰深い老寡婦は、よめに欲しいといわれてもいつも貧乏人より金持ちの方を好んだ。貧乏人によめにいくくらいなら悪魔を亭主に持った方がましだと答えた。
ある日、そう返事していると聞いた悪魔が、気高い家柄の若者のように姿を変えて、彼女の家にやってきた。彼の衣装はどの競争相手よりも立派であった。数週間たって老寡婦は、つぎの火曜日に婚礼の準備をするためきてくれるように彼に告げた。結婚式の前の日に、悪魔はビリアンが顎にまいている十字架をはずしてもらいたいというが、ビリアンは子どものときからつけているものなので、それを拒んだ。母親が教会にいくと、牧師は、その男は悪魔だという。そして聖母マリヤの小さな像をあたえ、花婿が像を見て背を向けるようなら、数珠で彼の顎を縛り、大甕の中にいれて、すくなくとも21フィートの深さの地に埋めるようにとおしえた。盛装した花婿が マリアの像をみると背を向けたので、ビリアンと母親は力を合わせて悪魔を大甕のなかにいれた。
つぎの日、ひとりの風来坊が老寡婦の家のそばをとおりかかると、老寡婦は、大甕を21フイート以上深く埋めてくれるなら、十ペソをあげようと約束した。
風来坊が甕をはこんでいるとき、甕のなかから、3フィートの深さに埋めてくれたら、お前に五百ペソやろうという悪魔の声が聞こえてきた。風来坊は悪魔が言った場所で金をみつけると、賭博にふけり、金がなくなると、「おれは、おまえのくれた金をすっかりなくした。どれ、お前を21フイートの深さに埋めてやろう」と脅かすと、悪魔は「前の二倍の金をやろう」という。この金も賭博ですっからりんとなった風来坊はもういちど悪魔を脅かした。
悪魔は、「甕の中からだしてくれれば、王さまの娘と結婚する方法をおしえよう」ともちかけます。「王女の脳の中に入りこみ、ひどい頭痛をおこさせる。王さまはきっと娘の病気をなおしてくれた者には娘をやるというおふれをだすにちがいない。王女のところへいったら、君がきたことをしらせてくれれば、俺はすぐにでてゆく。すると王女は元通りになって、君は彼女と結婚することができる。」
悪魔の言う通り、宮殿に乗り込んだ風来坊でしたが、悪魔は仇討をしてやろうと思ったので、王女からでていこうとしません。風来坊は、王女の病気を治すことが出ないと、命をうばわれると告げられていました。
だんだん望みを失った風来坊でしたが、三日目の朝になって、うまい考えがうかびます。ちかくの教会にある鐘を全部うち鳴らし、宮殿中の人たちに、「あの女が来た」と大声で叫ばせます。これを聞いた悪魔は、びっくり仰天し、王女の中から去り、消えてしまいます。
つぎの日に、風来坊と王女の婚礼が行われた。
悪魔と風来坊の知恵比べで類似の話も多い。昔話で いつも強いのは女。ゆめゆめ おろそかにすべからず。