2020年はこれまで以上に手指消毒やマスクの着用など衛生面に敏感になった人も多いだろう。
新型コロナウイルスの感染対策で、消毒液などを買い求める人が増え、一時は品薄状態になった。そんな危機的状況の救世主となったのが、消毒液の代用品になる高濃度アルコール製品(原則アルコール濃度70~83%のもの、60%以上で一定の効果あり)だ。
「アルコールで消毒なんて…!」と思った人も多いかもしれないが、4月には厚生労働省から、やむを得ない場合に限り、手指消毒液の代替品として高濃度エタノール製品を使うことが認められ、酒造メーカー発の消毒液代用品が次々に販売されるようになっていった。
消毒液不足が騒がれた当時、急ぎの対応が求められた酒造メーカーは、どのような状況だったのだろうか。サントリーと老舗酒造会社・明利酒類の2社に、2020年を振り返ってもらった。
「会社の利益を社会貢献に」の精神で実現
大手飲料メーカー・サントリーでは、4月下旬から、大阪工場で蒸留したアルコールの一部を消毒用アルコールとして、医療機関などに無償で提供。
「当社の創業精神に『利益三分主義』があり、事業で得た利益は、事業への再投資に留まらず、お得意先・お取引先へのサービスや社会への貢献にも役立てようという価値観が社内に根づいています。そのため、消毒用アルコールが不足した際にも、当社として協力できることを検討し、アルコールの提供に至りました」(サントリーホールディングス広報部)
「製造は滞りなく進んだものの、供給面で問題があった」とのこと。医療機関や高齢者施設等に届けるためのルールが、ハードルになっていた。しかし、厚生労働省から「医療機関等に対する手指消毒用エタノールの優先提供スキーム」に基づく依頼があったことで、無償提供が実現したそう。
また、サントリーでは国内だけでなく、海外での支援も進めていた。3月末から、アメリカ・ケンタッキー州にあるビームサントリーの工場で手指消毒液の生産を開始し、ケンタッキー州及びイリノイ州の緊急救援隊員、医療従事者、ケンタッキー州バーンハイム樹木園と研究森林に、約3万ガロンを寄付。スペイン・セゴビア蒸溜所でも、同様に消毒液の生産・寄付を行った。
深夜も土日も工場を稼働させ注文に対応
茨城県水戸市の酒造メーカー・明利酒類も、早くから高濃度アルコールを消毒液代用品として販売開始した。
明利酒類は江戸時代末期に創業した加藤酒造店が前身。清酒、焼酎、リキュール類、発酵調味料などを造る総合酒造メーカーだ。
3月末に高濃度エタノール製品「メイリの65%」を製造し、オンラインで販売を開始。いち早く動けたのは、サントリー同様に会社の精神が影響しているという。
「“明利=明るい利益”を追い求める会社として、社会課題の解決事業を進めたいと考えています。東日本大震災で断水した際にも、酒の仕込み用の水を近隣の方々に配った経験があるのですが、今回も困っている人の役に立ちたいという思いからスタートしました」(明利酒類社長室長・加藤喬大さん/以下同)
消毒液不足が騒がれ始めた頃に、顧客から「明利酒類のアルコールでなんとかできないか」という声が届いたことも、動き出しのきっかけになった。
「アルコールを、新型コロナウイルスを不活性化する効果があるといわれていた60~80%の濃度に調整すれば、消毒液の代用品として使えるのではないかと考え、製造を開始しました。ただ、僕らの意図する用途がお客様に正確に届くか、という懸念点はありましたね」
「飲用」ではなく「消毒用」であることをいかに伝えるかという課題が出てきたが、「メイリの65%」販売開始直後に、厚生労働省が高濃度エタノールの消毒液使用の許可を通達。この発表が追い風となり、消毒用として認知されて「メイリの65%」に注文が殺到した。
「当時は100人の社員総出で、深夜も土日も工場を稼働させ、途切れることなく『メイリの65%』を生産し、全国に配送することができました。ありがたいことに、お客様からお礼の手紙をいただくこともあり、人のつながりを感じることができました」
5月には国税庁が、一定条件をクリアした高濃度エタノール製品の酒税免除を通達。これを受け、ラベルに「飲用不可」と記載することなどで免税となり、リーズナブルに提供できる「メイリの65% 魁YELLOW」が誕生する。
さらに、ここで終わらず、除菌アルコールを新規事業として継続的に実施していくことが決定。経済産業省から工場用アルコールの免許を取得し、大容量かつ安価なアルコール製剤「MEIRIの除菌MM-65」もリリースし、学校や企業などで活用されるようになっていく。
「北里大学や厚生労働省の発表によると、『60%以上のアルコールも一定の有効性がある』とされています。かといって、アルコールには、度数が高すぎると揮発する性格があります。販売されている製品のように、適度にコントロールされた状態のアルコールであることが重要です」
「医薬部外品の消毒液」へのチャレンジ
高濃度アルコール製品注文のピークは6月から7月にかけてで、現在は生産も落ち着いているという。
「現在は消毒液が市中に行き渡っているので、『メイリの65%』の役割は終えていると思っています。ただ、消毒液は、電気・ガス・水と同じように生活に欠かせないインフラ化していると感じているので、今後は我々も消毒液代用品ではなく、医薬部外品の消毒液を生産し、社会に届けていきたいと考えています」
消毒液として販売されている製品は「医薬部外品」であるため、製造・販売するには医薬部外品製造業・製造販売業許可が必要になる。明利酒類では、そのための設備投資を進め、2021年春には生産体制を整える計画を立てている。
「明利酒類の拠点である水戸市は約27万人が生活する大きな都市なので、我々がチャレンジして、消毒液を生産・供給できるようになれば、地域の方々の安心につながると思うのです。『地域に必要なものだから、頑張れ』という応援の声もいただいています」
加藤さんは、「酒造メーカーも困っている人を支援できるという経験を生かし、社会貢献で終わらずに、事業として継続したい」と話してくれた。新たな挑戦に、社内の熱気も高まっているという。
ただし、メインの事業であるお酒は、コロナ禍において売れ行きが落ち込んでいるようだ。
「飲食店が営業できなかったこともあり、ダメージはあります。その分、オンラインショップの情報の量や質を向上させ、通販の強化を狙ってきました。その成果か、オンラインショップでの売上は好調です。現在の勢いを継続していきたいですね」
お酒の売れ行きは落ちてしまったが、“公衆衛生”というテーマで社会課題解決事業を行うことになった酒造メーカー。おいしいお酒だけでなく、生活に欠かせないアイテムも提供してくれる存在になっていきそうだ。
取材・文=有竹亮介(verb)
サントリーグループ:https://www.suntory.co.jp/
明利酒類:https://www.meirishurui.com/