
小津の「麦秋」を見る。多分三回目。デジタルリマスターやブルーレイに慣れると、普通のDVDの画質の悪さがいやに気になる。音声が聞きづらいとか画面が暗いとか、以前は昔の白黒はこんなものという認識だったのだがすっかり様変わり。これは、舌が贅沢になり、子供の頃に美味しいと思ったのがそうではなくなったというのと同じ現象だ。目が贅沢になったということだ。
で三回目の「麦秋」。例によって覚えているところがこれまた少なく、年寄り夫婦が大和に引っ越すということと、原節子が二本柳寛のところに嫁に行くということぐらいが辛うじて記憶にあった。それにしても医者である笠智衆(原節子の兄)の子供のクソガキぶり。「東京物語」の同じく医者の山村総のクソガキと同じようだった。小津は医者の子供に対して余程の思いがあったのではないか、と邪推したくなる。一般的にも医者の息子というのはわがまま放題というイメージはあったが。
しかしこの映画の白眉は最後の方で原節子が義理の姉と二人で行く砂浜のシーン。このシーンのためにこの映画はあったのか(ちょっと大袈裟)と思えるくらい。まるで植田正治の砂丘の写真のような世界。調べてみると時期的には同じころかちょい後。唯、小津は「長屋紳士録」でも砂浜のシーンを撮っていて(これがまたいい)参考にしていたというより同じ感覚の持ち主だったと考えた方が良さそう。同じ砂浜ということで原節子がアンドリューワイエスのモデルのようにも見えた。
というように、見るごとに発見があるというのが良い映画の良いところである。