Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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筋萎縮性側索硬化症ではglymphatic systemの障害が生じている

2024年12月21日 | 機能性神経障害
筋萎縮性側索硬化症(ALS)と原発性側索硬化症(PLS)におけるglymphatic systemの機能を縦断的に評価した研究が,カナダ・カルガリー大学等からBrain誌に報告されました.

対象はALS患者18名,PLS患者5名,健常者22名の合計45名で,0か月,4か月,8か月の3つの時点でMRIを用いてglymphatic systemの機能を測定しました.方法は拡散テンソルイメージング(DTI)を用いてglymphatic systemを間接的に評価するDTI-ALPS法というものです.

さて結果ですが,ALS群のglymphatic機能(DTI-ALPS指数)は,健常者およびPLS群に比べて有意に低下していました(図1).この低下は,4か月,8か月と,病期が進行しても持続していました(図2).



一方で,PLS群では健常者と同等にglymphatic機能が維持されていました.またALS患者におけるDTI-ALPS指数の低下は年齢とともに顕著になりましたが(図3),疾患の進行度や機能評価スコア(ALSFRS-R)との関連は認めませんでした.



以上より,ALSの病態機序にglymphatic systemの障害が関与する可能性が示唆されました.また同じ運動ニューロン疾患であっても,ALSとPLSではglymphatic systemの障害に関しては異なることが示されました.つまり両疾患で,異常タンパクの蓄積具合が異なる可能性があります.

今後,glymphatic systemの評価指標が,ALSの診断バイオマーカーや治療標的に応用できるか検討されるものと思われます.またglymphatic systemは睡眠と密接な関連がありますので,ALSにおける睡眠障害が影響しているか,今後明らかにする必要があると思いました.もしかしたらALSにおける睡眠の改善が治療になるということもあるかもしれません.

Sharkey RJ, et al. Longitudinal analysis of glymphatic function in amyotrophic lateral sclerosis and primary lateral sclerosis. Brain. 2024 Dec 3;147(12):4026-4032.(doi.org/10.1093/brain/awae288

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アミロイドβ抗体薬による脳萎縮は「アミロイド除去関連偽萎縮である」は本当か?

2024年12月18日 | 認知症
アルツハイマー病では,脳の萎縮(=体積の減少)が病態の進行を示す重要な指標とされてきました.しかし,アミロイドβを除去するアミロイドβ抗体薬(レカネマブ,ドナネマブなど)の臨床試験では,治療群において脳体積が対照群よりも速く減少するという「矛盾した」結果が報告されています.過去のブログでも紹介しました(https://tinyurl.com/2bzfv7wq).

これに対してLancet Neurology誌の「personal view」欄に「アミロイド除去に伴う偽萎縮(amyloid-removal-related pseudo-atrophy)」という新しい解釈が提唱されています.この抗体薬による脳萎縮は神経変性の加速を意味しないという説です.

この論文の中でも重要なのは図1A-Fの6つのグラフです(AとEのみ提示).
A. 脳全体の体積減少とアミロイド除去量:
抗体薬によるアミロイド除去が多いほど,脳全体の体積減少が顕著となる.

B. 脳室体積拡大とアミロイド除去量:
アミロイド除去量が多いほど,脳室拡大が顕著となる.
C・D. ARIA発生率との関連:
ARIAの発生率が高い抗体薬では,脳の体積減少や脳室拡大がより顕著となる.
E・F. 臨床転帰(CDR-SBスコア)との関連:
脳の体積減少や脳室拡大は,必ずしもCDR-SBスコアの悪化と相関していない.




著者らはこのE,Fのデータより,治療群では脳体積が減少しながらも認知機能の低下は抑制される傾向があるとし,脳の体積減少が「治療の悪影響」ではなく,アミロイドβ除去による反応と捉えています.そして脳体積の減少は,アミロイドの除去,その周囲のグリア細胞や炎症細胞への影響,アミロイド関連画像異常(ARIA)や液体シフト(脳脊髄液動態への影響)に関連する可能性が高く,真の萎縮ではなく,「偽萎縮」と呼ぶのが適切であると述べています.つまりこれらの脳体積変化は治療効果の一部だということです.

しかし著者らも述べていますが,この脳萎縮が真に「安全」かつ「治療効果の一部」と言えるかについては,長期的なデータが不足しています.議論された臨床試験は18〜24か月程度の観察に留まっており,脳萎縮を呈した患者の認知機能の長期フォローアップが必要だと思います.また個々の症例データが議論されていない点も問題で,ApoE遺伝子多型やARIA,さらにドナネマブで報告されている24週の時点のNfLの一過性増加(=神経軸索の損傷)などと脳萎縮の関連を検討する必要があると思います.

私の感想をまとめると,興味深い「personal view」とは思いますが,現時点で「脳萎縮は安全」と結論づけるにはデータが不十分で,長期試験や個々の患者レベルのデータ解析が必要だと思います.今後の臨床試験や症例報告にて,脳の体積変化に注目することが重要だと思います.最後にもう1点,この論文の利益相反(COI)ですが,7名の著者中,Biogenの記載があるのが5名,Eisaiが4名,Lillyが3名です(いずれともCOIがない著者は2名).論文の透明性が確保されているわけですが,最終的にはこの情報をもとに読者が批判的に論文を評価することが求められます.
Belder CRS, et al. Brain volume change following anti-amyloid β immunotherapy for Alzheimer's disease: amyloid-removal-related pseudo-atrophy. Lancet Neurol. 2024 Oct;23(10):1025-1034.(doi.org/10.1016/S1474-4422(24)00335-1

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ダークチョコレートを食べて2型糖尿病を予防しよう!

2024年12月18日 | 医学と医療
世界最高峰の医学誌の一つBMJ誌のクリスマス号は,毎年,面白論文を掲載することで知られています.そろそろ掲載されたかなとHPを眺めたところ,まだ早かったようですが,これはクリスマス号の論文かしら?と思ってしまうような論文が掲載されていました.チョコレート摂取と2型糖尿病のリスクを検討した研究で,ハーバード大学と上海の研究者たちによって行われたものです.糖尿病は脳神経疾患と密接な関連があるので読んでみました.

研究では 3つのアメリカの大規模前向きコホートデータが使用されました.これらのデータには,看護師や医療従事者約19万人の健康情報が含まれており,30年以上にわたる追跡調査が行われています.このなかには研究開始時点で糖尿病,心血管疾患,がんの診断を受けていない人が含まれています.そして,ダークチョコレート,ミルクチョコレート,そして総チョコレート摂取が2型糖尿病リスクに及ぼす影響を分析しています.主要評価項目は自己申告による2型糖尿病の発症で,質問票により診断を確認しています.体重変化も評価しました.

さて結果ですが,週5回以上のチョコレート摂取は,ほとんど摂取しない場合と比べて2型糖尿病リスクを10%低下させることが分かりました(ハザード比0.90; 95% CI: 0.83-0.98, P値=0.07).さらに,ダークチョコレートを週5回以上摂取した場合,2型糖尿病リスクが21%も低下していました(ハザード比0.79; 95% CI: 0.66-0.95, P値=0.006).線形回帰解析により,週1回の摂取増加ごとに2型糖尿病リスクが3%減少することが示されました(図は1週間におけるチョコレート摂取回数とハザード比の関連を示しています).一方,ミルクチョコレートの摂取は,2型糖尿病リスクとの有意な関連は認めませんでしたが,体重増加と関連していました(体重変化のハザード比1.05; 95% CI: 1.02-1.08).ダークチョコレート摂取は体重増加と関連しませんでした.



結論として,ダークチョコレートは2型糖尿病リスクの低下に寄与する一方,ミルクチョコレートは無効で,体重増加を引き起こす可能性が示唆されました.この結果は,チョコレートの種類による成分の違い,つまり強い抗酸化作用を持つフラボノールの豊富さや砂糖・脂肪の含有量,カロリーの違いが影響していることを示唆しています.今後,ランダム化比較試験を通じて因果関係をさらに検証し,具体的なメカニズムを解明することで創薬につながることが期待されます.
Liu B, et al. Chocolate intake and risk of type 2 diabetes: prospective cohort studies. BMJ. 2024 Dec 4;387:e078386.(doi.org/10.1136/bmj-2023-078386

追記:①ダークチョコレートはカカオ含有量45%以上(50~80%)で,ミルクチョコレートは約35%,フラボノールのフラバン-3-オールはダークで平均3.65 mg/g,ミルクは5分の1以下(平均0.69 mg/g)で,砂糖含有量が高い,と本文に書かれています.
②1食分は28gで,ガーナチョコレートにするとおよそ1/2枚ぐらいのようです.

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神経学者としてのレオナルド・ダ・ヴィンチ@「芸術家と神経学Ⅱ」(医学書院Brain Nerve誌)

2024年12月12日 | 医学と医療
普段とは異なる神経学の一面を楽しんでいただくために開始したクリスマス特集も,本年で4回目を迎えました.今回は初回の2021年12月号に特集した「芸術家と神経学」の続編をお届けします(Amazonへのリンク https://amzn.to/4gucURv).

私はレオナルド・ダ・ヴィンチの神経学者としての側面と彼の病跡学(人生や活動における疾病の意義)について執筆しました.彼の行なった神経学の研究を調べてみると「脳室の研究」や「魂の在り処の追求」など膨大で,その貢献はとても大きいです.また病跡学については,彼が晩年に絵を描けなくなった理由や,死因についても考察しました.以下,各執筆者のタイトルと抄録です.どの論文も非常に面白いです.クリスマスに神経学の魅力を味わっていただければと思います.



◆シューマンと神経梅毒 神田 隆 先生
ベルト・シューマン(1810-1856)は梅毒に罹患していた可能性の高い大作曲家の1人として有名な存在である.梅毒罹患は当時にあっても名誉なことではなく,シューマンの信奉者を中心に感染そのものを否定,または,感染の可能性を示す証拠を隠滅する動きがあって,いまだに確固たる証拠が示されたわけではない.しかし,死後130年を経て明らかになった精神病院入院中の記録などから,現時点では彼の梅毒感染はほぼ確実なことと見なされている.この小論の目的は,シューマンの音楽を愛する一愛好家として,梅毒感染から進行麻痺発症まで,この感染症がシューマンの創作活動にどのように影響を与えたかを考察することにある.

◆ベートーヴェンの病跡と芸術Ⅱ 酒井 邦嘉 先生
音楽家ベートーヴェンは進行性の難聴と腹痛を患ったが,どちらの症状も鉛中毒によって説明できる.Beggら(2023)はゲノム解析により,5房の毛髪がベートーヴェンの真正な遺髪であると認定して,彼の重い肝臓病の原因を解明した.またRifaiら(2024)は,真正な毛髪の房から異常に高い濃度の鉛を検出した.これらの新たな証拠により,ベートーヴェンを悩ませた病の原因は鉛中毒であったと結論できる.

◆神経学者としてのレオナルド・ダ・ヴィンチ 下畑 享良
レオナルド・ダ・ヴィンチは万能の画家であるが,医学,特に脳の研究にも情熱を傾けた.脳室を詳細に研究し,魂の在り処を追求した.彼に関する病跡学では,鏡文字の使用や注意欠如多動症と考えられることが注目され,非凡な創造性と仕事を完遂できない性格に寄与した可能性が議論されている.彼の死因は脳卒中と考えられているが,晩年に絵画を描けなくなった右上肢麻痺の原因としては尺骨ないし正中神経麻痺が推測されている.



◆脳科学の視点で読むカフカと孤独と創造性 虫明 元 先生
フランツ・カフカは現在のチェコ出身の小説家で,現代世界文学を象徴する人物の一人とされ,今年でちょうど没後100年である.彼は多くの作品を遺し,それらは100年以上前の作品であっても,現代社会を予見するかのような先見性を示し,非人間的な巨大システムの中で翻弄される個人を,独創的で非日常的な設定と極めて写実的な表現を用いて描いている.そのようなカフカの独創性と孤独な内面性の関係を,脳科学的に考察した.

◆アール・ブリュットと精神の変調 三村 將 先生
アール・ブリュット Art Brutの概念,提唱者であるジャン・デュビュッフェの考え,やや独自な展開を遂げてきた日本でのアール・ブリュットに関する取組み,日本の精神医学界におけるアール・ブリュットの話題について触れた.アール・ブリュットは精神障害者アートに限定されるものではない.アール・ブリュットは既存の文化や潮流に影響されない「生の」独創的なアートであり,実際にはその作品の多くに精神医学的背景が見出されるという点を強調した.さらに,アール・ブリュットの画家として代表的な佐伯祐三を取り上げ,ジャン・フォートリエとの類似点について述べた.最後に主に神経科学の視点から精神疾患,特に統合失調症を持つ人のアール・ブリュットにおける創造性について,遺伝的要因や脳機能の変調,精神疾患と創造性の相互作用といった観点から考察した.アール・ブリュットは「ぶるっと」くる体験をもたらす芸術そのものであるが,精神医療の観点からは,作品を創造することに伴うアートセラピーが精神疾患を持つ人の治療・ケア・福祉において二次的に重要な意味を持ってくる.精神医療と芸術の関係は未知の部分も多いが,今後の発展が大いに期待されている.

◆フランツ・ヨーゼフ・ハイドンと皮質下性脳血管疾患 髙尾 昌樹 先生
フランツ・ヨーゼフ・ハイドンは1700年代後半の音楽家である.一部の研究者によりハイドンが皮質下性の脳血管疾患であったという推察がある.こういった解釈は,残された伝記的な記載などから検討されたもので,あながち間違ってもいないのであろう.しかし,77歳という高齢で死亡したことを考慮すれば,現在言われている複数の脳病理学的変化を伴っていても不思議ではないし,むしろその可能性が高いように思われる.偉人というものは死後200年経っても,持病が何だったか興味を持たれるのだから安らかな眠りというわけにもいかない.

◆グールド・漱石・神経心理学—非人情の脳内機構再考 河村 満 先生
グレン・グールドはカナダのピアニストで,コンサート・ドロップアウトとして知られているが,録音に残された演奏は現在でも高い評価を得ている.グールドが夏目漱石の『草枕』を愛読していたのは有名で,その理由は漱石の「非人情」に対する共感である.本稿では,グールドと漱石の共通感覚・生きる姿勢である非人情の背景にある知・情・意の脳内機構について神経心理学的に考察した以前の筆者自身の論稿を再度掘り下げた.

◆岡本太郎とパーキンソン病 長田 高志 先生
芸術家,岡本太郎は,パーキンソン病を患っていた.パーキンソン病に関連した顔のパレイドリアは,「顔のグラス」の発想につながった.色覚障害,コントラスト感度の低下は,絵画の色彩に影響を与え,絵画から陶芸,彫刻などへ創作活動の中心をシフトさせた.彼の創造性に抗パーキンソン病薬が与えた影響を検討した.また,彼の死因である急性呼吸不全の原因についても考察を行った.




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オリーブオイル摂取を増やし,マヨネーズをオリーブオイルに換えると認知症を予防できそう!

2024年12月08日 | 認知症
アメリカのハーバード大学を中心とする研究チームによる大規模なコホート研究が,JAMA Network Open誌に掲載されています.この研究では,認知症予防に有効らしいとされてきた地中海式食事(野菜や果物,全粒雑穀類,豆類,オリーブオイル,適量のワイン等;図1)のなかでオリーブオイルに着目し,米国成人において認知症予防に有効かを検討しています.具体的にはオリーブオイル摂取量が,認知症関連の死亡リスクを減少させるかを調べています.またマーガリンやマヨネーズ,バター,植物油といった他の脂質をオリーブオイルに置き換えることで,死亡リスクに変化が生じるかも評価しています.



方法としては,なんと28年間にわたり医療従事者を対象に実施された「看護師健康調査(NHS)」と「医療従事者追跡調査(HPFS)」のデータを用いています.対象は1990年時点で心血管疾患やがんを持たない9万2383人で,4年ごとに行われた食品摂取頻度アンケートを基にオリーブオイル摂取量を推定しました.摂取量は「月1回未満,0〜4.5g/日,4.5〜7g/日,7g/日以上」の4つのカテゴリーに分類し,認知症関連死亡リスクとの関連を分析しています.食事の質は,地中海式食事スコア(AMEDスコア)およびAlternative Healthy Eating Index(AHEI)で評価しました.

さて結果ですが,1日7g以上のオリーブオイルを摂取する群は,月1回未満の群と比較して認知症関連死亡リスクが28%も低いことが示されました(ハザード比[HR] 0.72, 95%信頼区間0.64-0.81, 図2).この効果は,遺伝要因であるAPOE ε4遺伝子や食事の質(AMEDスコアおよびAHEI)で調整した後でも認められました.ただし性差では,女性でこのリスク低下の効果が顕著であったのに対し(HR 0.67),男性では0.87で有意差は認められませんでした(残念).

さらに,マーガリンやマヨネーズを1日5 gのオリーブオイルに置き換えた場合,認知症関連死亡リスクがそれぞれ8%(HR 0.92, 95% CI 0.88-0.96)および14%(HR 0.86, 95% CI 0.80-0.93)低下しました(図3).しかし,バターや他の植物油(大豆油,菜種油など)と置換しても効果は認められませんでした.



以上より,オリーブオイルの摂取を増やし,マーガリンやマヨネーズをオリーブオイルに置換することで認知症予防につながる可能性があるようです.オリーブオイルにはモノ不飽和脂肪酸や抗酸化物質(ビタミンE,ポリフェノール)が含まれ,これらが抗炎症作用や神経保護作用を通じて認知症リスクを低減している可能性があります.研究の限界としては,観察研究であるため因果関係の確定ができない点や,対象者が医療従事者のみであった点が挙げられると思われます.またオリーブオイルの種類(エクストラバージン,バージン,ピュア,精製)による違いは分かりません.しかし,28年という長期の追跡期間と大規模なデータを用いている点はこの研究の強みと思います.

おそらく高品質のエクストラバージンオイルを,1日7g以上を目安に取ると良いように思います.大さじ1杯(約13.5g),小さじ1杯(約4.5g)なので,小さじ1杯半程度になります.サラダ1人分に小さじ1~2杯をかけたり,フランスパンにつけたり,パスタやスープに小さじ1杯をかけるという感じかと思います.女性で効果が顕著ですが,私も試してみようと思います.
Tessier AJ, et al. Consumption of Olive Oil and Diet Quality and Risk of Dementia-Related Death. JAMA Network Open. 2024;7(5):e2410021.(doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2024.10021

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ハンチントン病はなんとβ遮断薬により進行抑制できるかもしれない!

2024年12月05日 | 舞踏病
遺伝性神経変性疾患であるハンチントン病(HD)の進行を遅らせる可能性のある治療法として,β遮断薬の効果を検討した観察研究が,アメリカのアイオワ大学を初めとするチームによって行われ,JAMA Neurology誌に発表されました.まさか古典的な心臓の薬であるβ遮断薬にそのような作用があるとはとても驚きました.

まず背景ですが,HD患者では心拍数の上昇や血圧の上昇など交感神経系の過剰な活性化が認められることが知られており,これが病状の進行に関与している可能性が示唆されていました.β遮断薬は交感神経の活性を抑制する作用があるため,HD患者に対して治療的な効果が期待されるのではないかという仮説が立てられました.

国際的な縦断的研究プラットフォーム「Enroll-HD」のデータを活用し,β遮断薬がHDの発症時期や症状進行に与える影響を検討しました.具体的には約150の研究施設から提供された縦断的データを解析しました.HDの発症前段階にある「前運動型HD(premanifest HD;preHD)」の患者と,症状が顕在化した「初期運動型HD(early motor-manifest HD;mmHD)」を対象にしました.参加者はβ遮断薬を1年以上使用しているグループと,使用していないグループに分けられ,それぞれの症状の進行が比較されました.

まずpreHD患者ですが,β遮断薬使用群174名では,非使用群174名に比べて,運動症状の年次リスクが有意に低いことが分かりました.また運動症状の診断が下されるまでの期間を示した生存曲線(図1)では,β遮断薬使用群は非使用群よりも34%低いリスクでした(ハザード比0.66, P=0.02).つまりβ遮断薬がHDの症状の出現を遅らせる可能性が示唆されました.



続いてmmHD患者ですが,β遮断薬使用群149名では,非使用群149名に比べて,症状の進行が有意に遅いことが分かりました.運動スコア(total motor score;TMS),総合機能スコア(total functional capacity;TFC),および認知機能スコア(symbol digit modalities test;SDMT)の進行速度を比較した結果,β遮断薬使用群のスコア悪化速度は非使用群よりも有意に遅いことが分かりました(図2).例えば,TMSの年間悪化速度は,β遮断薬使用群で2.62ポイント/年であったのに対し,非使用群では3.07ポイント/年でした.また選択的β遮断薬使用者は,いずれのスコアも非使用群より進行速度が遅くなりましたが,非選択的β遮断薬では有意差は見られませんでした.



本研究は観察研究であるため,因果関係を確定することはできず,さらなる臨床試験が必要ですが,β遮断薬がHD治療の新たな可能性を開くものであることが示されました.β遮断薬が交感神経系にどのように作用し,HDの進行に影響を与えるかについて,さらなるメカニズムの解明が必要と思われました.またいかに難攻不落の神経難病の治療シーズをどのように見出すか最新の科学技術が駆使されていますが,このように臨床症状の中に隠れていることもあるのだなと,観察することの大切さを認識しました.
Schultz JL, et al. β-Blocker Use and Delayed Onset and Progression of Huntington Disease. JAMA Neurol. 2024 Dec 2.(doi.org/10.1001/jamaneurol.2024.4108)

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コロナ後遺症オンライン研修会 ~神経症状や認知機能への影響及び合併疾患を有する方の診療~

2024年11月22日 | 機能性神経障害
コロナ後遺症オンライン研修会 ~神経症状や認知機能への影響及び合併疾患を有する方の診療~ (12月15日(日)開催)

東京都主催のコロナ後遺症オンライン研修会にて講演をさせていただくことになりました.対象は医師,看護師,薬剤師などの医療従事者等とのことです.よろしければ下記よりご登録ください.参加申込は12/10(火)13時までとのことです.
https://www.corona-kouisyou.metro.tokyo.lg.jp/iryomuke/kensyu/


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進行性核上性麻痺・大脳皮質基底核変性症をめぐる最近の進歩

2024年11月22日 | その他の変性疾患
第43回認知症学会(郡山)にて,東名古屋病院の饗場郁子先生に座長をしていただき,標題の学術教育講演をさせていただきました.これら2疾患はタウ蛋白のみ蓄積する「純粋な」タウオパチーと考えられ,タウ抗体を用いた2つの臨床試験が行われましたが,いずれも失敗しました.講演では「失敗の原因は何なのか?」の考察から始まり,将来の治療の成功につながりうる最近の驚くべきブレイクスルー「アンチセンスオリゴンヌクレオチドによる治療,TRIM21を利用した細胞内タウの分解,治療標的としてのオリゴデンドロサイトと補体C4a,proteinopenia仮説」について解説しました.ありがたいことに会場には立ち見の先生も出るほど多くの方がご参加くださいました.スライドは以下からご覧いただけます.

使用スライド


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アミロイドβ抗体ガンテネルマブにおける副作用ARIAの危険因子はAPOE遺伝子に加え,大脳白質病変,アミロイドβ病理の重症度なども関与する

2024年11月21日 | 認知症
JAMA Neurology誌の最新号に,アミロイドβ(Aβ)抗体ガンテネラムブを用いた臨床試験(GRADUATE I/II試験)において認められた副作用,アミロイド関連画像異常(ARIA)の特徴や危険因子を詳細に検討した研究が報告されました.世界30カ国288施設のデータをもとに解析しています.

対象は50歳から90歳までの早期アルツハイマー病患者1939名で,ガンテネラムブまたは偽薬を116週間投与されました.さらに希望者には追加治療(PostGraduate試験)が行われました.治療中は定期的に頭部MRIが実施され,ARIAの発生状況がモニタリングされました.

結果として,ガンテネラムブを投与された患者の24.9%がARIA-E(浮腫)を発症し,その多くが治療開始後64週以内に発生していました.うち約20%が中枢神経系症状(頭痛やめまいなど)を認めました.

APOE ε4遺伝子はホモ接合体(2コピー保持)ではリスクが顕著に上昇しました(ハザード比4.65).ホモ接合体ではARIA-Eに加え,ARIA-H(出血)リスクも高い結果でした.ヘテロ接合体(1コピー保有)でもリスクは上昇しました(ハザード比2.0).またFazekasスコア(大脳白質病変の指標)が高い場合(ハザード比1.65)や,Aβ関連病理の重症度を反映する脳脊髄液中Aβ42濃度が低い場合(ハザード比0.40)もARIA-Eのリスクが上昇しました.さらに脳表ヘモジデリン沈着症や微小出血もARIA-Eの発生リスクと関連していました.



またARIAを呈した群とARIAを呈さなかった群の間で,試験終了時点(116週目)における認知機能スコアやADLの変化に有意差はありませんでした.ただし重症ARIA-E(中枢神経症状を伴うARIA-E)の場合,個々のケースでは認知機能の低下が認められました.

以上より,本研究はAβ抗体療法の開始前に,ARIAリスクを個々の症例で評価し,安全モニタリング計画を立てる重要性を示唆しています.MRIの微小出血,脳表ヘモジデリン沈着症に加え,大脳白質病変(これは恐らく血管のアミロイド沈着による虚血性?変化を反映する)や脳脊髄液中Aβ42の低下の程度を加味する必要があるかもしれません.他の抗体にも当てはまりそうですが,絶対ではありませんので,それぞれの抗体薬で検証する必要はあると思います.
Salloway S, et al. Amyloid-Related Imaging Abnormalities in Clinical Trials of Gantenerumab in Early Alzheimer Disease. JAMA Neurol. 2024 Nov 18:e243937.(doi.org/10.1001/jamaneurol.2024.3937

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頭蓋骨の骨髄は他の長骨と異なり,妊娠や脳梗塞などに対してダイナミックに変化する!

2024年11月19日 | 脳血管障害
先日,日本神経学会のresidentホームページに「近未来の脳神経内科は頭蓋骨から診断し治療する!」というエッセイを執筆しました.またCOVID-19のSARS-CoV-2ウイルスが脳に侵入する経路として,頭蓋骨の骨髄ニッチが注目されていることも過去にブログでご紹介しました.頭蓋骨の骨髄は現在,脳との関連でとても注目を集めています.

この内容に関連する研究が,ドイツのマックス・プランク分子生物医学研究所をはじめとする多国籍の研究チームによりNature誌に報告されました.この研究では,成人の頭蓋骨の骨髄が生涯を通じて造血能力を維持し,それどころか拡張し続けるという驚くべき特性を持つこと,さらに生理的・病的な変化に対してダイナミックに適応することが示されました.

まず頭蓋骨の骨髄は加齢とともに血管が拡大し,とくに造血幹細胞(HSCs)の増加を伴いました.この血管と骨髄の拡大は,これまで研究されてきた大腿骨などの長骨とは異なり,老化の影響を受けにくいことが確認されました.図にあるように,若年期→中年期→壮年期→老年期にかけてのマウス頭蓋骨の血管領域は拡大し,血管の面積や直径が大きくなり,特に女性でその拡大が顕著でした.血管内皮細胞の表面に存在する糖タンパク質であるエンドムチン(endomucin)の発現も加齢に伴い有意に増加し,頭蓋骨骨髄の血管構造の安定性とHSCs機能の維持に寄与していました.この血管の拡大はHSCsやその前駆細胞の増加を支え,全身の造血量を増やします.頭蓋骨の骨髄は加齢性変化に対して保護されているということのようです.



さらに頭蓋骨骨髄が生理的・病的な変化に対しても迅速に適応を行うことも示されました.具体的には妊娠,脳梗塞モデル,血液腫瘍モデル(慢性骨髄性白血病),骨粗鬆症に対する副甲状腺ホルモン(PTH)の影響が検討されています.これらは頭蓋骨の血管および造血細胞に顕著な変化を引き起こし,骨髄は拡大していきます.例えば妊娠中に血管が拡張し,造血幹細胞やその前駆細胞が増加することで,母体の血液量や赤血球の需要を満たすための迅速な対応が可能になります.また,脳卒中モデルにおいても頭蓋骨骨髄が迅速に反応し,造血細胞が活性化され,回復に向けた支援を行うことが示唆されました.これに対し,長骨の骨髄はこれらの変化に対して限定的な反応しか示しません.さらに妊娠や脳卒中時,PTH治療時において血管内皮増殖因子(VEGFA)が増加し,骨髄内で血管の拡張と造血が促進されることも示されました.つまりVEGFA-VEGFR2シグナル経路が頭蓋骨骨髄の成長において重要な役割を果たしているようです.

頭蓋骨の骨髄ニッチについてまとめると,以下の特性を持っているようです.
1)老化耐性:加齢に伴う脂肪形成や炎症性サイトカインの増加,血管構造の劣化に対して耐性がある.
2)血管ネットワークとの連携:エンドムチン陽性洞様血管の拡張や血管密度の増加により造血細胞を支えている.これにより妊娠や脳卒中などに迅速に適応する.
3)分子特性:長骨と異なり,HSCの維持に寄与する特有の分子プロファイルを持っている.

頭蓋骨の骨髄ニッチが,脳の免疫を担う細胞を供給すること,脳と直接的なやりとりが可能な経路(頭蓋骨―髄膜結合)が存在することを考えると,頭蓋骨の骨髄が神経系の病態に対し防御的な役割を果たしている可能性は高く,将来,脳神経疾患の治療標的になる可能性を示すものと思われます.
Koh BI, et al. Adult skull bone marrow is an expanding and resilient haematopoietic reservoir. Nature. 2024 Nov 13.(doi.org/10.1038/s41586-024-08163-9

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