Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

2匹の蛇には重要な意味がある!@「アスクレピオスの杖」の酒杯

2024年11月17日 | 医学と医療
【幸兵衛窯七代加藤幸兵衛氏からの質問】
最初の写真は1ヶ月ほど前に注文した酒杯です.木箱の箱書きが完成して,手元に届きました.先月,岐阜県の東濃地方で作られている焼き物である美濃焼を見学するため,多治見市の「幸兵衛窯」を訪問しました.1804年,初代加藤幸兵衛により,美濃国市之倉郷にて開窯され,間もなく江戸城本丸,西御丸へ染付食器を納める御用窯となった名門です.現在の当主は七代加藤幸兵衛氏です.



いろいろな焼き物を拝見したあと,酒器のコーナーで,蛇の絵柄の酒杯を見つけました.すぐに「アスクレピオスの杖」だと気づきました.高価なので迷いましたが,私は臨床実習の学生に「アスクレピオスの杖」をいつも講義しているので,これもきっと縁だと思い購入しました.お店のかたに「もしかしたらお医者さんですか?」と尋ねられ,「はい,そうです」とお返事したところ,驚いたことに七代加藤幸兵衛氏を呼んでくださいました.それから自己紹介して,しばらく「アスクレピオスの杖」について意見交換をしました.その際に「なぜ蛇なのでしょうか?」というご質問をいただきました.また蛇2匹のバージョンもあるとお話したところ,「かなり調べましたが,2本のものは見たことはありません.おかしいなあ」という話になりました.



これらの質問に対し,きちんと回答ができませんでしたので,調べて七代幸兵衛氏にお手紙を書きました.その内容を以下にまとめてみたいと思います.

【なぜ蛇なのか?】
これは,古代ギリシャの名医であるアスクレピオスが患者を診察している時,彼を驚かせた蛇を杖で殺してしまいますが,他の蛇が,死んだ蛇の口に魔法の薬草を入れて蘇らせます.この力に感動した彼は杖に巻きついた一匹の蛇をシンボルとしたそうです.

アスクレピオスはもともと人間として生まれましたが,その医療技術があまりにも優れていたため,死者を蘇らせることまでできるようになったとされています.しかしこの行為により,人間の自然な生死の循環を脅かす存在とみなされ,ゼウスの怒りを買い,雷で彼は打ち倒されてしまいました.ただしアスクレピオスの医療への献身と功績が評価され,後に彼は神格化されました.

つぎに蛇と杖の解釈です.まず蛇についてです.医師であった下界(人間)のアスクレピオスも,医神になったアスクレピオスも,共に蛇を携えています.つまり蛇は医師も医神も行う「医術」を意味すると考えられています.

次に杖です.人間のアスクレピオスは杖を持っていますが,神となったアスクレピオスは杖を持っていません.人間は過ちを犯し,神は犯さない,つまり下界の身に必要で天空の神には不必要なもの,それは「医の倫理」と一般に考えられています.余談ですが,日本医師会のマークは図1の通り,他のマークでは必ず杖も一緒に描かれているのに,蛇だけであり,「医の倫理」を必要ないもの,あるいはそれほど重要でないものと考えているのでは?という批判もあります.

【蛇は1匹か,2匹か?】
アスクレピオスの杖の蛇は1匹のものと,2匹のものがあります.インターネットで画像検索をしたところ,確かに1匹のものが多いようです.有名な図柄として世界保健機構WHO(図2左)や米国医師会(図2中)のものがありました.



一方,古来より2匹の蛇が絡みつくデザインも存在しています(図2右).この2匹の蛇が絡む杖は,ギリシャ神話のヘルメス神の持ち物の杖「カドゥケウス」として知られ,平和・医術・医学・医師・商業・発明・雄弁・旅・錬金術など幅広い意味を持つようです.Wikipediaによると「アスクレピオスの杖とカドゥケウスはデザインがよく似ているが,両者は別のものである.ただ,二者の混同は欧米においてもしばしば見られる」と書かれています.カドゥケウスは杖に翼が付いているため装飾性が高く,アスクレピオスの杖として誤用された例があるようです.

【もう一つの蛇2匹のアスクレピオスの杖の意義】
ただ「蛇2匹のアスクレピオスの杖」には単なる誤用ではなく,古来から蛇2匹バージョンもあったようです!!

図3左は,あちこち調べて見つけた医神ヒポクラテスに関連する古い医学書の表紙ですが,杖に絡みついた2匹の蛇が描かれています.上部に「HIPPOCRATIS COI MEDICI」と書かれており,これは「コスの医師ヒポクラテス」を意味します.またラテン語やギリシャ語の記述があることから,16世紀ごろの医療文献であることが伺えます.



さらに図3右は,カナダのマギル大学で,全人的医療の権威であるTom A. Hutchinson教授の講義を受けた際の 1コマで,私が医学生の教育の際に使用しているスライドなのですが,アスクレピオスの杖として図のデザインが紹介されていました.教授は「杖は医師を意味し,白蛇は知識,黒蛇は知恵を意味する.言い換えると白蛇は治療であり,黒蛇は癒やしである」とおっしゃっていました.つまり医療には2面性があり,知識や治療だけではだめで,患者さんを癒やす知恵が必要である,そのための人間としての成長が必要であるというお話をされていました.

まとめると,蛇は医術,杖は医療倫理,蛇は1匹,2匹,いずれのバージョンがあるものの,2匹バージョンは医療の2面性を表しているということになります.

七代幸兵衛氏へのお手紙には,素晴らしい酒器に巡り会えたことへのお礼と「アスクレピオスの杖」について深く考える機会をいただいたことへの感謝を書かせていただきました.

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「計算づく」ではなく「情熱をほとばしらせた生き方」を@「医師こそリベラルアーツ!」連載第7回

2024年11月15日 | 医学と医療
「医師こそリベラルアーツ!」の連載第7回が,日経メディカル「Cadetto.jp」にて公開されました.いままで岐阜大学にて30回のリベラルアーツ研究会を開催しましたが,各回で行なった私のミニレクチャーを紙面で再現する企画です.

今回は「芸術」をテーマにしました.医学は日々,科学や合理性が求められますが,このような理系の職業においても芸術の視点が重要だと思います.とくに研究はゼロから新しい物事を生み出す創造力が必要であり,その原動力になるのは「何か新しいものを生み出したい」という情熱です.この情熱こそが芸術と結びついています.芸術は観察力を高め,既成の概念を疑い,新しい視点で物事を捉える力であるためです.

私が今回取り上げたいのは,日本を代表する芸術家である岡本太郎氏の生き方と思想です.彼の著書である『今日の芸術』『自分の中に毒を持て』を読むと,情熱的な生き方とその根底にある考え方が強く伝わってきます.「芸術は爆発だ」が有名ですが,この言葉は単なるフレーズ以上の意味を持っています.彼にとっての「爆発」は,瞬間ごとに情熱を解き放つ生き方そのものであり,人間として最も強烈に生きることこそが芸術だと考えていました.私は彼の作品と著作を通じて,このような情熱的な生き方に共感を覚えました.



また,彼は「積み重ねる生き方ではなく,積み減らすべきだ」と述べています.これは,知識や財産を蓄えることで自由が失われ,過去に縛られてしまう危険性を指摘した言葉だと私は受け取りました.むしろ,毎日新しいことに挑戦し,自分を新しく生まれ変わらせることが「本当に生きる」ことにつながるのだと彼は考えていたようです.私の座右の銘は會津八一の「日々真面目あるべし」ですが,日々新しいことに挑み,常に変化を恐れない姿勢を心がけたいと思っています.

次回第8回は,三木清の『人生論ノート』を取り上げ,哲学的な視点から人間の本質を探ることを通して,さらに深い自己理解を目指していきたいと思います.

【過去に取り上げた本とタイトル】
第1回 なぜ、“医師こそ”リベラルアーツなのか?
第2回 『リベラルアーツの学び方』『死ぬほど読書』 - 「ササラ型」の知識取得のために
第3回 『たかが英語!』 - 英語は伝える手段、完璧でなくてよいのです
第4回 『夜と霧』 - 逃げたくなる「悩み」を成長のきっかけに
第5回 『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』 - 幸せになるために必要な「利他の心」とは
第6回 『ホモ・デウス』『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』 - AI時代を生き抜くための5つの力
第7回 『今日の芸術』『自分の中に毒を持て』 - 「計算づく」ではなく「情熱をほとばしらせた生き方」を


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

特集「ALS 2024」のあとがきと,難病医療における安楽死・医師介助自殺の倫理

2024年11月14日 | 運動ニューロン疾患
Brain Nerve誌11月号は筋萎縮性側索硬化症(ALS)の特集です.診断と告知,新しい診断基準,緩和ケア,核酸医薬,治療薬開発の現状と,非常に勉強になる内容でした.そのなかでも福武敏夫先生×荻野美恵子先生×神田隆先生による鼎談「ALSの今日と明日」は勉強になりました.そのなかで,「難病患者さんにおける安楽死をどう考えるか?」についても議論がなされました.私はその感想をあとがきに書かせていただきました.編集部より許可をいただきましたので下記に掲載します.

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
特集「ALS 2024」をお届けします.5年前の特集「ALS 2019」と比較しながら拝読しましたが,個人的に印象深く感じた点が2点ありました.1つめはやはり病態修飾薬が着実に臨床応用に近づいていることを実感した点です.ALSの臨床試験は近年,非常に多く行われ,ClinicalTrials.govを検索すると,参加者募集中のものだけでも146試験も登録されていました(2024年9月9日現在).ALSへの治療研究が急速に進められていることが伺えます.私も研修医時代にALS患者さんを担当したことで脳神経内科医への道を選びましたが,多くの医師,研究者にとって,ALSは何としてでも克服したい特別な疾患なのだと改めて思いました.

2つめは安楽死の問題が議論された点です.死を望む患者さんにどう対応すべきかは,病棟でもしばしば議論される重大な問題です.鼎談の中にも記載されていますが,スイスで安楽死を遂げた多系統萎縮症患者さんの事例がNHKで報道された際,日本の医療者からの反応がほとんどなかったため,国内の議論が停滞したままという事態が生じてしまいました.現状,医師介助自殺(physician-assisted suicide;PAS)を本気で望む患者さんは,外国人に対する自殺ツーリズムが認められ,民間団体が受け入れているスイスに渡航します.このような背景から,SNSでは日本でも安楽死を認めてもよいのではないかという意見をしばしば目にします.ただし,安楽死を認めているオランダでは,2012年からの8年間で,ALS患者の25%(1014 /4130人)が安楽死・PASを選択しているという報告1)があります(図1).さらに安楽死を希望した患者からの臓器移植が「避けられない死に意味を与え,必要とされる臓器提供の供給源となりうる」とされ2),オランダ,ベルギー,カナダ,スペインで「安楽死後臓器提供」が合法化されているという事実を知ると,日本においても十分な議論もなく安楽死を認めてしまうと,「すべり坂」,すなわち一歩足を滑らせたら,どこまでも転がり落ちるように本人の意思に反した安楽死が行われてしまうことが起きうるのではないかという懸念を持ちます.この問題はいつまでも避けて通れないものです.脳神経内科医もこの問題に真剣に向かい合う時期が来ているのではないかと思いました.



文献
1. Eenennaam RM, et al. Frequency of euthanasia, factors associated with end-of-life practices, and quality of end-of-life care in patients with amyotrophic lateral sclerosis in the Netherlands: a population-based cohort study. Lancet Neurol. 2023 Jul;22(7):591-601.(doi.org/10.1016/S1474-4422(23)00155-2
2. van Dijk G, et al. Organ donation after euthanasia, morally acceptable under strict procedural safeguards. Clin Transplant. 2018 Aug;32(8):e13294.(doi.org/10.1111/ctr.13294
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
なおこの問題については9月27日,全国難病センター研究会第40回研究大会(大阪)にて恩師である西澤正豊先生(新潟医療福祉大学学長)に座長をしていただき特別講演をいたしました.また11月11日には岩崎靖先生(愛知医科大学加齢医科学研究所教授)にお招きをいただき,大学院講義をさせていただき,意見交換をいたしました.使用したスライドを下記よりご覧いただけます.皆さんはこの問題をどのようにお考えになるでしょうか?正しい知識・状況を理解したうえで,国民的議論がなされることが大切だと思います.
★スライド
https://www.docswell.com/s/8003883581/ZN1V77-2024-11-14-050359

なお次号12月号は,恒例のクリスマス企画第4弾で「芸術家と神経学Ⅱ」です.私はレオナルド・ダ・ビンチの神経学について原稿を書きました(図2).おたのしみに!



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

パーキンソン病治療の戦略と今後の研究についての総説

2024年11月11日 | パーキンソン病
最新号のNat Rev Neurol誌に分かりやすい図がありました.最新情報を含む,今後の講義にも使える良い図だと思いました.神経細胞のどの部位にどのような変化が生じているか,また治療の標的が何なのかがよく分かります.アルツハイマー病病理のタウやアミロイドβも書かれて,おやっと思われるかもしれませんが,いわゆる混合病理が病態にも関わっているという立場を取られています.



著者らは主にαシヌクレインの凝集,リソソーム機能障害,ミトコンドリア機能障害の3つがPDの病態において重要な役割を果たすと考えています.そして治療としては,凝集阻害剤によってαシヌクレインのmisfoldingや凝集を防ぎ,モノクローナル抗体を用いてαシヌクレインのクリアランスを促進することが提案されています.またグルコセレブロシダーゼの活性を上昇させる薬剤によりリソソームの機能を改善することや,Leucine-rich repeat kinase 2(LRRK2)阻害剤によってミトコンドリアの機能を回復することも期待されています.さらに,炎症や酸化ストレスといった病態もPDの進行に関与しており,これらも治療標的となっています.

また著者らは,PD治療の将来像として,早期診断とそのための疾患啓発活動,そして進行モニタリングのためのバイオマーカー開発が重要であると強調しています.血液や脳脊髄液中のαシヌクレインや神経フィラメント軽鎖(NfL),リソソーム関連マーカーなど,病態の進行をより正確に把握できる指標が確立されることで,PDの治療を大きく前進させる可能性があると述べています.特にRT-QuIC法を用いたαシヌクレインの検出は,診断精度の向上に寄与すると考えられます.

さらに,患者さんの生活の質(QOL)を高めるために個別化(オーダーメイド)治療が今後の研究の主軸となります.具体的には,遺伝的な背景や個々の病態に応じた治療を行うことが望ましく,がん治療など他分野で行われている複合治療戦略が,PDでも応用されることが期待されます.
Stocchi F, A. et al. Parkinson disease therapy: current strategies and future research priorities. Nat Rev Neurol (2024). https://doi.org/10.1038/s41582-024-01034-x

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

岐阜大学脳神経内科における7年間の医学教育

2024年11月06日 | 医学と医療
私の母校,新潟大学の同窓会誌「学士会報」よりご依頼をいただき,標題の原稿を執筆しました.SNSでの転載許可をいただきました.もしよろしければご覧ください.

1.はじめに
学外特別寄稿の原稿依頼を頂戴しました.何を書いたらよいか迷いましたが,執筆テーマ例のひとつに医学教育がありました.私にとって最も重要なテーマのひとつです.着任後の7年間でどのように取り組んできたかをまとめておくことに意義があると考え執筆させていただきます.

2.岐阜における脳神経内科事情と3つの教育方針
私は岐阜大学脳神経内科の2代目教授として着任しました.前任の犬塚貴先生は大変なご苦労をされて基礎を築かれ,そして現在も暖かく見守ってくださっています.岐阜県は,古くからの脳神経内科の歴史をもつ新潟県と異なり,人口当たりの神経内科専門医数が私の赴任時,全国で一番少ない県で,脳神経内科を取り巻く状況はかなり異なりました.私は教室の一番の目標を「人材を育成すること」に決めました.そして教室の大方針として以下の3つを掲げました.

①意識して人を育てる
②臨床・研究は,患者さんや世の中の役に立つことをつねに念頭に置く
③リーダーシップを学び,レジリエンスを高め,チームの一員として考えて活動する


以下,医学生と研修医・専攻医に分けて,取り組んだ教育についてまとめます.

3.4~5年生の臨床実習
3つの特色があります.①担当患者に関する「問い」を自らつくり,答えを導き出すトレーニングをすること,②倫理感・道徳観を養う機会を提供すること,③若手医師もレクチャーを担当することです.①は2週間の実習中に担当患者のクリニカルクエスチョン(CQ)を自ら2つ作り,それぞれに対する文献を検索して適切なものを探し,答えを導いて担当患者に当てはめ,それを発表してもらうというSackett教授による「EBMの5つのステップ」を経験させることです.学生は与えられた問題を解くことには慣れていますが,自分で問題を探し,結果を出すという経験はほとんどありません.このため学生は四苦八苦しますが,課題をクリアしたあとは充実感あふれる表情で「頑張って良かった」と口を揃えます.②は私の担当ですが,職業倫理,研究倫理,臨床倫理について講義し考えてもらいます.キーワードを挙げると,ヒポクラテスの誓い,扶氏医戒之略,Hallervorden–Spatz病とヘルシンキ宣言,臨床倫理の4原則の衝突,リバタリアン・パターナリズムになります.ヒポクラテスの誓いの話の際には,新潟大学から株分けさせていただいた「ヒポクラテスの木」の話もしています.③は後述しますが,若手医師に「教えることの大切さ」を理解してもらうために行っています.

4.5~6年生の選択実習
5~6年生は主治医チームの一員として行動します.本格的な抄読会をクリアすることが難関です.コロナ禍を機に抄読会は録画し,教室のフェースブックで公開しておりますが,視聴された先生方から「レベルが非常に高い」という感想をたくさんいただきます.私も驚くような発表が少なからずあります.若い人に能力より少し高いハードルを与えると,それを飛び越えて大きく成長しうるのだと実感します.

また学生らしい研究に挑戦することを推奨しています.私が顧問を務める弓道部の学生は,自分たちがなかなか克服できず苦労した「弓道のイップス」を先輩から後輩に引き継いで2篇の論文にまとめました(「臨床神経学」誌に掲載されました).また今年の6年生の1人は自身が臨床実習で担当した症例を,実習終了後の外来にも同席してフォローを続け,その内容を日本神経学会学術大会で発表しました.10名を超える5年生も学会に参加していましたが(写真),彼女が見事に発表する姿を見て,非常に刺激を受けたようでした.熱心に指導した専攻医も立派でした.


図.2024年日本神経学会学術大会に参加した医学生らとともに

5.リベラルアーツ教育
私は若い皆さんに,医学以外のことにも関心を持ってほしいと思います.このため臨床実習の課題として読書をしてもらっています.現在は岩田誠先生著「医(メディシン)って何だろう?(中外医学社)」の感想文を書いてもらっています.彼らが今まで考えたことがないことがたくさん書かれており,大きな刺激を受けるようです.
また2~3ヶ月の1回の頻度ですが,「リベラルアーツ研究会」を開催しています.これは課題図書を読み,意見交換をして,最後に私がミニレクチャーをします.これまで28回開催し,「夜と霧(フランクル)」「人生ノート(三木清)」「南洲翁遺訓(西郷隆盛)」「わたしの信仰(メルケル)」などを読んできました.ピサを食べながらコンパのように楽しくやっていますが,議論の内容はハイレベルで,学生から学ぶことがあります.過去の内容は「日経メディカルcadetto」で連載を開始しましたので,宜しければご一読ください.

6.研修医・専攻医の教育
4つの特色があります.1つ目は毎日,私も参加する朝カンファレンスを行うことです.小さい教室であるため指導医層が少なく,若い学年から多くのことを経験でき力を伸ばせる環境になっています.しかし若いので当然おかしなこともしますので,こまめにチェックし,また報・連・相してもらえる仕組みが必要で,毎日の朝カンファレンスは大切です.この時間は私にとっても重要で,神経診察の連続講義を行ったり,関心を持った論文を紹介したり,先輩としての自分の考えを語ったりしています.

2つ目は研修医・専攻医による「教授?回診」です.当初は私が全例診察をしてそれを見てもらっていましたが,最近は6年生を含む担当医に受け持ち患者さんの回診をしてもらい,みんなでそれを見守ります.かなり緊張すると思いますが,しっかり準備して臨むようです.ただし不適切・不十分であれば途中から私が診察を変わり,どうすればうまく診察できるか見てもらいます.また廊下に出てからフィードバックもします.私の診察が見たいという者もおりますので,難しい症例などは朝カンファレンスのあとに主治医とともに診察をします.

3つ目は研修医・専攻医に医学生の教育を真剣に行ってもらうことです.これは指導することが,自身のレベルを向上することに直結するためです.人に教えるためには,自分がしっかり勉強して,他人に伝えられるレベルにまで言語化する必要があります.2週ごとに入れ替わる医学生のCQをともに考えて答えを出すことで,専攻医も急速に力をつけていきます.学生の実習の感想文も全員で共有します.

最後の特色は症例報告の執筆に全力で取り込んでもらうことです.大方針②の「臨床・研究は,患者さんや世の中の役に立つことをつねに念頭に置く」は,それだけでは具体性がなく,単なるスローガンになりかねません.このため自分のなかで,中間的な数値目標(いわゆるKPI)のひとつを症例報告の数としました.症例報告を書けないと,将来,指導医となったときに困ります.また症例報告を自ら書けるようになり,自分の経験を世の中に向けて発信することの大切さを理解すると,多くの先生はその次のステージ,つまり症例集積研究や原著論文などに自然に挑戦するようになります.先日発表された「臨床神経学」誌の過去5年間の論文掲載数で,当科は4番めに多い投稿数の施設になりました.小さなチームでもやればできると嬉しく思いました.

7.バーンアウトとリーダーシップの教育
大方針③の「リーダーシップを学び,レジリエンスを高め,チームの一員として考えて活動する」は少しあとになって追加しました.バーンアウトする仲間を複数経験したためです.私は日本神経学会の有志とともにバーンアウトに関する複数の研究を行い発表してきましたが,それでもバーンアウトを完全に防ぐことはできず愕然としました.これまでの経験で学んだことは,労働負荷を減らすだけが解決策でなく,各自が自分の仕事を有意義に感じることができるようにすること,そしてたとえ低い負荷でもバーンアウトしうる特性を抱えた医師がいることを理解し,サポートの仕方を考えることです.つまりリーダーがバーンアウトについて学ぶことが求められます.しばしば「どんな対策を行ってますか?」と質問されますが,ときどきバーンアウトとリーダーシップのレクチャーすることと,2ヶ月に1回程度,メンバーと個別に面談を行うことと回答しています.個別面談はメンバーの考えや希望を聞けるだけでなく,私が気付かないことや耳が痛いことも聞かせてもらうことができます.リーダーはどうしても自己を正当化して,ときに方向性を誤るため,仲間や後輩にいろいろな意見を遠慮なく言ってもらえる風通しの良い雰囲気を作ることは大切です.

また若手の先生には,入局後の早い段階で,米国神経学会総会への参加を推奨し,旅費もサポートしています.これは世界の研究レベルや英語力を磨く必要性を理解してもらうだけではなく,医師のウェル・ビーイングやリーダーシップに対する先進的な取り組みを知ってもらうために行っています.若い頃からこのようなことに関心をもつ医師が増えてくると,組織の未来は従来と違ったものになるのではないかと思います.また上述したように自分の仕事を有意義なものと感じることができるように,各自が勉強したいと臨むことを極力応援して,自身が持てるスペシャリストとしての領域を作れるよう後押ししています.

8.終わりに
これまで試行錯誤してきた医学教育についてまとめてみました.うまく回り始めた部分がある一方,「治らない患者さんの診療はもうやりたくない」と言って,脳神経内科医の道をやめた医師もおります.その出来事は赴任後,私が一番つらかったことで,自分は彼に何を教えてきたのかと非常に落胆しました.教育はやはり難しいものだと思います.しかし有り難いことに,チームの目標のために自分ができることを自ら考えて行動する仲間もたくさん出てきました.彼らひとりひとりの能力をさらに高め,私自身も彼らともに成長していくこと,そして将来的には新潟大学のような老舗にも負けないチームを作り,人間としても立派な脳神経内科医を岐阜の地に増やすことを目指したいと思います.これからもご指導,ご鞭撻のほど宜しくお願い申し上げます.

★当科では専攻医,および大学院生(自己免疫性脳炎,神経変性疾患)を募集中です.お尋ねや見学はこちらよりご連絡ください.

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(11月4日)  

2024年11月04日 | COVID-19
今回のキーワードは,long COVIDの3つの遺伝的要因(免疫,ウイルス応答,血液型)が同定された,小児において肥満がlong COVIDのリスク因子として重要である,被殻の縮小は,long COVIDの症状負荷と遂行機能の低下と関連する,下部延髄網様体や縫線核がlong COVIDに関与している,急性期におけるニルマトレルビル・リトナビルはlong COVIDを減少させる,です.

◆long COVIDの3つの遺伝的要因(免疫,ウイルス応答,血液型)が同定された.
米国のバイオテクノロジー企業23andMeの研究.これまでで最大規模のゲノムワイド関連解析(GWAS)を行い,欧州系,ラテン系,アフリカ系アメリカ人を対象にした多民族メタ解析を実施している(long COVID 6万4384人,対照17万8537人).この結果,ゲノムワイドに有意な以下の3つの遺伝子座が特定された(図1).
1) HLA-DQA1–HLA-DQB・・・免疫応答の調整において中心的な役割を果たし,自己免疫や感染に対する反応に関連している.
2) ABO・・・血液型を決定するだけでなく,血液の凝固や免疫系の反応にも影響を与え,COVID-19の重症化や血栓形成に関与しうる(ABO型は過去にもCOVID-19の重症化リスクとの関連が指摘されていたが,どの血液型がよりリスクになるかまでは検討していない)
3) BPTF–KPAN2–C17orf58・・・免疫系やウイルス応答に関与する遺伝子群であり,特にウイルスの侵入や炎症反応において役割を果たす.
追加の解析でHLA-DRB1*11:04のバリアントがlong COVIDの発症と強く関連していることが分かった.この遺伝子は免疫応答において重要な役割を果たしており,ウイルス抗原に対するTリンパ球の反応を促進する.
さらにメンデルランダム化解析によって,慢性疲労(OR=1.59),線維筋痛症(OR=1.54),うつ病(OR=1.53)とlong COVIDとの潜在的な因果関係が同定され,それぞれがlong COVIDのリスクを有意に増加させることが明らかになった.これらの疾患は共通して免疫系や神経系の調節に問題が生じることが多く,遺伝学的検討からもlong COVIDと共通の病態生理を有すると考えられた.
Chaudhary NS, et al. Multi-ancestry GWAS of Long COVID identifies‬ ‭immune-related loci and etiological links to chronic fatigue‬ syndrome, fibromyalgia and depression.medRxiv (doi.org/10.1101/2024.10.07.24315052)‬‬



◆小児において肥満がlong COVIDのリスク因子として重要である.
米国の26の小児病院で行われた大規模な後方視的コホート研究.感染前の体格指数(BMI)が小児におけるlong COVIDリスクにどう関連するかを,急性感染の重症度を調整した上で検討した.5~20歳の小児および若年成人,計17万2136人を対象とした.結果としては,肥満を有するとlong COVIDのリスクが25.4%増加し(RR 1.25),重度肥満では42.1%増加(RR 1.42)していた.このコホート研究では,BMIの上昇はlong COVIDリスクの著しい増加と用量依存的に関連していた.
Zhou T, et al. Body Mass Index and Postacute Sequelae of SARS-CoV-2 Infection in Children and Young Adults. JAMA Netw Open. 2024 Oct 1;7(10):e2441970. (doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2024.41970)

◆被殻の縮小は,long COVIDの症状負荷と遂行機能の低下と関連する.
英国からの研究.参加者はいずれもCOVID-19の既往歴がある24歳から65歳の43名の成人で,平均で731日経過後(範囲183-1160日)に頭部MRIスキャン(側坐核,尾状核,淡蒼球,被殻,視床,扁桃体,海馬の各領域体積,および灰白質,白質,脳脊髄液の総体積)およびlong COVIDの症状の程度,認知機能,睡眠の質との関連について検討された.この結果,long COVIDの症状負荷が高い患者では,被殻の体積が縮小していた.また被殻体積の減少は,作業記憶,遂行機能,認識記憶タスクでの反応精度が低く,遂行機能タスクの完了時間が長く,精神的健康や睡眠の質が悪化していた.
Vakani K, et al. Cognitive Function and Brain Structure in COVID-19 Survivors: The Role of Persistent Symptoms. Behav Brain Res. 2024 Oct 3:115283. (doi.org/10.1016/j.bbr.2024.115283)

◆下部延髄網様体や縫線核の障害がlong COVIDに関与している.
ケンブリッジ大学などによる英国からの研究.脳幹における異常がlong COVID患者における症状の持続と関連するという仮説を検証する目的で,超高磁場(7T)の定量的感受性マッピング(QSM)を施行した.これはT2*のMRI画像データから組織の磁気特性の違いを可視化し,微小出血や鉄の蓄積,慢性炎症,脱髄などの病理学的変化を検出する方法である.COVID-19で入院し回復した30名の患者と,COVID-19の病歴のない51名の対照者を対象にした.前者は平均219日後に脳幹のMRIを実施した.結果として,COVID-19患者の脳幹,特に延髄,橋,中脳において感受性の増加が確認された.具体的には,呼吸機能や生体恒常性を司る脳幹の領域である下部延髄網様体と淡蒼縫線核(nucleus raphe pallidus),不確縫線核 (nucleus raphe obscures)で感受性が増加していた(図2).これらの変化は急性期の炎症反応と関連し,入院期間や症状の重症度と相関していた.これらの脳幹の異常がlong COVID症状(疲労,呼吸苦など)に関連している可能性が示唆される.
Rua C, et al. Quantitative susceptibility mapping at 7 T in COVID-19: brainstem effects and outcome associations. Brain. 2024 Oct 7:awae215.(doi.org/10.1093/brain/awae215)



◆急性期におけるニルマトレルビル・リトナビルはlong COVIDを減少させる.
ドバイからの後方視的コホート研究.軽度から中等度の非入院COVID-19患者に対するニルマトレルビル・リトナビルの効果を評価した.対象は,2022年5月22日から2023年4月30日までの間に診療を受けた18歳以上の非入院患者で,合計7290名が含まれた.その中で672名(9.6%)がニルマトレルビル・リトナビルの治療を受け,残り6618名は未治療グループに分類された.治療により,症状発現から28日目までに,COVID-19関連の入院が著しく減少した(調整HR 0.39).さらに90日間の追跡期間中にlong COVID症状で診療を受けた患者は全体の2.8%(208人)で,その内訳は治療群で1.1%(8人),未治療群で3%(200人)と,long COVIDのリスクも有意に低下した(調整ハザード比0.42)(図3).つまり治療群が未治療群に比べてlong COVIDの発症リスクを約58%低減したことを示唆している.以上より,オミクロン変異株に対してニルマトレルビル・リトナビルが著しい効果を発揮し,重症および長期のCOVID-19症状の両者を軽減することが示唆された.
Saheb Sharif-Askari F, et al. Nirmatrelvir plus ritonavir reduces COVID-19 hospitalization and prevents long COVID in adult outpatients. Sci Rep 14, 25901 (2024).(doi.org/10.1038/s41598-024-76472-0)



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

認知機能が正常で,アルツハイマー病バイオマーカー陽性の人々への診断は慎重であるべきである!

2024年11月03日 | 認知症
JAMA Neurologyの最新号にアルツハイマー病(AD)の診断と定義に関する重要な議論が掲載されています.著者の国際作業グループ(IWG)は多くの大学や医療機関に所属する専門家たちで構成されたものですが,アルツハイマー協会(AA)により提唱された最新のAD診断基準について見直しを求めています.

2018年以降,ADはバイオマーカー(アミロイドやタウ)に基づいて定義される動きが加速しています.特に,AAによる新しい基準は,認知機能が正常であっても,アミロイドβやタウタンパクに関するバイオマーカーが陽性であればADと診断することを提案しています.これに対し,IWGは,ADを純粋に「生物学的概念(biological entity)」として扱うことの臨床的・社会的影響についての懸念を表明し,ADを「臨床-生物学的構造(clinical-biological construct)」として再定義する必要性を強調しています.つまりこの論文では,バイオマーカーはADの早期診断や研究において重要であるものの,「これらのバイオマーカーのみでADを診断することは危険を伴う」という立場を取っています.バイオマーカーは「病理的過程の指標」としての役割を果たすものであり,疾患そのものを決定づけるものではないという立場です.

要点は以下の3点です.
1.認知症がなく,ADバイオマーカーのみが陽性の認知機能が正常な人に対し,ADと診断することは慎重であるべき.
2.これらの人々は「ADリスク状態」とみなすべきであり,病気そのものと診断することは不適切である.
3.ADの診断は臨床症状とバイオマーカーの組み合わせに基づくべきで,認知機能障害が伴わない限り診断を行わないようにすべきである.


1の「認知機能が正常でADバイオマーカー陽性の人々への診断は慎重であるべき」については,研究においてはバイオマーカーの有用性が高く評価されているものの,臨床現場ではその限界が明白と述べています.実際,認知機能が正常な人がバイオマーカー陽性であっても,その多くはADの症状を生涯にわたって発症しないことが知られています.このため,IWGは2の「認知機能が正常なバイオマーカー陽性者をADリスク状態として扱うべき」としています.これにより,不要な心理的負担や社会的影響を避けることができます.

またIWGは,3の「ADを診断する際にバイオマーカーだけでなく臨床症状も考慮する必要がある」と提案しています.これにより,ADの診断が臨床症状と生物学的根拠の両方に基づいた,より正確で包括的なものとなるという立場です.さらにIWGは,認知機能が正常な人に対するバイオマーカー検査は研究目的でのみ行うべきとし,診断目的では避けるべきだと述べています.これにより,診断の不確実性を低減し,患者や社会に対する不要な不安を回避することができるとしています.



個人的な意見はIWGの立場に賛成です.AD治療薬を開発する立場の人の一部は,生物学的な定義により治療の可能性をどんどん追求しようと考えると思います.しかし実際の臨床になると上述したような問題が生じ,倫理的配慮が必要で,そう簡単には行かないです.研究者,医療関係者のみでなく,倫理学者などの他領域の専門家,患者・家族などさまざまなステークホルダーがこの問題に関して議論することが必要だと思います.今後,臨床症状とバイオマーカーのバランスを取った新しい診断ガイドラインの策定をすること,そして認知機能が正常でバイオマーカー陽性の人々が将来どの程度ADを発症するのかを明確にするための長期的なコホート研究を行うこと,そして患者と医療者に対する十分な教育とガイダンスの提供が求められるように思います.

Dubois B, et al. Alzheimer Disease as a Clinical-Biological Construct-An International Working Group Recommendation. JAMA Neurol. 2024 Nov 1. doi:10.1001/jamaneurol.2024.3770.


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ハンセン病を正しく理解しよう!

2024年10月31日 | 機能性神経障害
ハンセン病に関するミニレクチャーを行いました.ハンセン病は,主に皮膚と末梢神経に影響を及ぼす抗酸菌感染症です.1873年,ノルウェーの医師Armauer Hansenにより原因菌Mycobacterium lepraeが発見されました.

ハンセン病の日本での新規発症は極めて稀ですが,ハンセン病の流行が依然として続いている地域で感染した在日外国人の方々の発症は生じています.今回,診療の機会がありましたので,この病気の歴史を若い先生方や医学生に伝えようと思いスライドを作りました.具体的には,我が国でかつて「癩・らい(=病気でただれるの意)」という差別的ニュアンスを含む病名で呼ばれていたこと,さらに隔離政策が行われたことで患者さんが偏見や差別に苦しんだこと,その偏見や差別はいまなお根強く残っており,社会的支援が必要とされていることを伝えたいと思いました.私は北條民雄(1914-1937)の自身の体験に基づく短編小説「いのちの初夜」を読んでこの歴史を学びました.

YouTubeを検索しても,ハンセン病の歴史と現状に関する動画も複数,見ることができます.以下より講義で使用したスライドをご覧いただけます.
https://www.docswell.com/s/8003883581/ZN1JDV-2024-10-31-132126

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

神経難病のアドバンス ケア プラニング・collaborative decision making

2024年10月29日 | 医学と医療
第12回難病医療ネットワーク学会@弘前のなかでもっとも印象に残った講演は,荻野美恵子先生(国際医療福祉大学)による標題の教育講演でした.取ったメモを教室メンバーに送り,自身のアドバンス ケア プラニング(ACP)のあり方を考えてもらいました.以下,そのなかの要点を5つ書き出しました(私の解釈も含まれているかもしれませんが,ご容赦ください).

1.「延命治療」という言葉には用心する
自分が今後どうなるかほとんど分かっていない状況での「延命治療は嫌だ」という言葉を鵜呑みにしてはいけない.例えば胃ろうは延命治療ではない.その人がその人らしく生きるチャンスを与えるものであり,意味のある時間を持つことができることを理解して頂く必要がある.

2.「治療の自己決定」はそう簡単にできるものではないことを理解する
治療方針は最初からそう簡単に決められるものではない.つまり医師は患者さんの最初の言葉を,そのままそれが最終結論だと受け取ってはいけない.患者さんの考えは振り子のように振れて徐々に収束していくものだ.また本人が自己決定できる(=自己決定能力がある)場合でも,本人ひとりに決めさせるのではなく,必ず本人と医療チームが十分に話し合い,合意形成することが大切である.



3.治療方針はいつでも変えられることを伝える
重要なことは,まだ治療を決めなくて良いときに最終決断させないことである.治療についての選択はいつでも変えることができることを理解いただく必要がある.

4.「もう考えたくない」と言う患者には話を聞きつつ時期が来るのを待つ
例えば「人工呼吸器を装着するかどうか,この問題は考えたくない」とほとんど議論を拒否される場合がある.そのような場合は,患者の話をじっと聞きながらチャンスを待つ.そうすると「ここだ」という時が来る.そのときに例えば人工呼吸器を装着した患者の事例を紹介する.大切なことは装着しなかった場合だけでなく,装着した場合のことも両方知っていただき,そのうえで決断してもらうことである.

5.専門家としての意見を恐れずに伝える
専門家としての意見は,パターナリズムのおしつけではない.「患者さんの希望はこうだから・・・」と言って,専門家が逃げてしまってはいけない.患者さんはプロとしての意見を求めている.おせっかいになってほしい.

朝のカンファレンスの際に,各先生方の感想や意見を述べていただき議論しました.「いままで延命治療という言葉を使っていたが,そのネガティブな影響に気付いた」「人工呼吸器の装着に関する各選択肢の意味を正しく伝えていきたいと思った」「治療の意思決定支援を医療チームとして行っていくことは重要だと思う」「治療の意思決定は入院中だけでなく,むしろ外来における継続したやり取りが大切になる」といった意見が聞かれました.



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

岐阜県における難病患者さんの就労相談の現状と取り組みからみえてきた課題

2024年10月28日 | 医学と医療
タイトルは第12回難病医療ネットワーク学会@弘前にて,岐阜大学病院の医療支援課 野口史緒さん,看護部 齊藤麻衣子さんらを中心とするチームが発表した演題です.嬉しいことに最優秀演題賞をいただきました!多くの人にこの取り組みについて知っていただきたいのでご紹介します.キーワードは「超短時間労働」です.

近年,難病患者さんへの就労は重要な問題となっています.とくに神経難病は進行性,再発性であるため就労が難しいのです.また岐阜県は全国と比較して,中小規模事業所や非正規雇用の割合が高く,就労が一層難しいものになっています.このため岐阜県の難病診療連携拠点病院である岐阜大学医学部附属病院が中心となり,治療と仕事の両立支援に関するネットワークの体制構築を目指して,この問題に対する調査と啓発,支援を開始しました.

野口さん,齊藤さんらはまず就労支援の課題を明らかにするため,県内46医療機関における就労相談の現状に関する調査を行いました.結論として就労相談体制はあるものの,7割の医療機関では就労相談の実績はなく,両立支援指導料加算件数は0件でした.相談内容は仕事復帰の不安,復職準備が多く,関係機関との連携はハローワークが最多でした.

啓発に関しては,2022年から岐阜市が行っている「超短時間雇用創出事業」を主たるテーマにした研修会を行いました.これは長時間働くことが難しい人への社会参加・自立を推進するため,週20時間未満という今までにない新しい雇用に取り組むというものです.人手がほしい企業と,超短時間ワーカーをマッチングし,両者にとってメリットのある雇用を創出しようという取り組みです.また研修会後のアンケートから,相談機関とその役割がわかるリーフレットがあると嬉しいという意見があり,2024年度は岐阜県独自の就労支援に関するリーフレットの作成に取り組んでいます.「超短時間雇用」の仕組みがうまく広がっていくと良いなあと思っています.「超短時間雇用創出事業」については以下のリンクをご覧ください.
https://www.city.gifu.lg.jp/kenko/syougaisyafukushi/1015770/index.html





  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする