Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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思い出せない脳 ―記憶力を向上させるにはどうしたらよいか?―

2023年07月03日 | 認知症
近頃,ひとの名前が思い出せないことが増えました.タイトルの本「思い出せない脳 」を書店で見つけ,即刻購入しました.名古屋大学環境医学研究所の澤田誠教授が分かりやすく記憶の仕組みについて解説されています.

まず「思い出せない」原因には5パターンあるそうです.①そもそも記憶を作ることができなかった,②情動が動かず,重要な記憶と見なされなかった,③睡眠不足で記憶が整理されなかった,④抑制が働いて記憶を引き出せなかった,⑤長い間使わなかったために,記憶が劣化した,です.自分は短時間睡眠なので,とくに③が気になりますが,澤田先生も「睡眠の質が悪化してしまうと,記憶の形成だけでなく,長期記憶を正確に引き出すことも難しくなります.眠らないなんてもったいない!」と睡眠の大切さを強調されています.

関心を持ったのは「過去のことを忘れる大切さ」です.睡眠中に脳は記憶をランダムに想起して,ネットワークをきちんと作っていない不要な神経細胞の結合をみつけると,ミクログリアが現れて,スパイン(神経細胞の樹状突起にあるトゲ)を「刈り取ってしまう」のだそうです.澤田先生は「ミクログリアは記憶を食べる細胞」と仰っています.必要な記憶を残し,不要な記憶を消去する仕組みがあるわけです.

原因が分かると記憶力向上のポイントがわかります.「神経細胞を減らさないように,健康的な生活習慣を身につけること」「好奇心を持ち,心を動かしながら日々を過ごすこと」「どうしても思い出せない時は思い出すのをやめてみること」「どうしても忘れたくない記憶は定期的に思い出すこと」.いずれも科学的な説明がありとても納得できます.またとっつきにくい視床,扁桃体,側坐核,海馬,前頭前野,大脳新皮質などの記憶における働きもとてもよく理解できました(図).

さらに本書を読むと以下のことが分かります.
◆記憶が消えるとき,脳の中で何が消えているのか
◆思い出そうと頑張るほど思い出せない理由
◆お酒を飲みすぎると記憶を失う仕組み
◆思い出すたびに記憶は強化されるが必ず変容してしまう
◆なぜドラマの「記憶喪失」は重要なことだけ忘れる?
◆脳の「いい加減」さこそが人類を進化させた
◆認知機能を保持できる「認知予備能」とは何か

また各章のはじめにあるミニストーリーもなかなか秀逸です.とてもおすすめの本です!

思い出せない脳(講談社現代新書)



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湖や川の温かい淡水への曝露歴や海外渡航歴がなくてもアメーバ性髄膜脳炎は生じうる!

2023年07月01日 | 感染症
当科の大野陽哉先生らが担当した症例がNeuropathology誌に掲載されました.私も途中で「もしや!」と診断に気づいたのですが,経過は急速で救命できなかった症例です.入院時やや高血糖であった以外,免疫抑制状態はなく,湖や川の温かい淡水への曝露歴や海外渡航歴もない76歳女性でした.3週間前から頭痛を認め,意識障害のため入院しました.脳脊髄液では単核球優位の細胞増多,蛋白上昇,グルコース低下を認めました.抗菌薬・抗ウイルス薬による治療にもかかわらず,意識障害および髄膜刺激徴候は悪化,右動眼・外転神経麻痺,呼吸不全も1週間の経過で出現しました.頭部MRIで水頭症による左側脳室下角の開大,脳幹・小脳周囲に結核性髄膜炎を思わせる髄膜の造影効果を認め(図1),抗結核薬を開始しました.



この辺で脳腫瘍やアメーバが鑑別診断に挙がり,左側脳室下角周囲の白質から脳生検を行ったところ,血管周囲に空胞を伴うエオジン好性円形のorganismを認め,アメーバ性髄膜脳炎が濃厚となりました(図2).



アジスロマイシン,フルシトシン,リファンピシン,フルコナゾールを開始しましたが奏効せず,入院から42日目にお亡くなりになりました,剖検では脳はautolysisしていましたが,血管周囲の脳組織に多数のアメーバ嚢胞を認め,カンジダ感染も合併していました(図3).アメーバの16SリボソームRNA領域を解析したところ,Balamuthia mandrillarisと一致する塩基配列が検出されました.



本例より学んだのは,アメーバ性髄膜脳炎は免疫不全がなくても,かつ湖や川の温かい淡水への曝露歴や海外渡航歴がなくても鑑別診断に加える必要があること,そして脳神経麻痺,水頭症,髄膜増強効果といった結核性髄膜炎に似た所見を呈しうることです.致死率の非常に高い疾患で,救命できた症例は発症1週以内に早期診断をしていました.しかしその診断には脳生検が必要となり非常に厄介です(既報109例中88%で脳生検を要しています).それにしてもどこで感染したのか,とても気味が悪く思いました.
Ono Y, Higashida K, Yamanouchi K, Nomura S, Hanamatsu Y, Saigo C, Tetsuka N, Shimohata T. Balamuthia mandrillaris amoebic encephalitis mimicking tuberculous meningitis. Neuropathology. 2023 Jun 28.(doi.org/10.1111/neup.12932)

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