Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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誤診の撲滅に向けて -その原因とAI導入の影響-

2024年02月09日 | 医学と医療
Science誌に標題のタイトルで,スクリップス研究所のEric Topol教授が寄稿しており興味深く読みました.以下,要約です.
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◆毎年80万人近くの米国人が誤診によって死亡または後遺症を負っている(図).これは年間で成人の5%が診断ミスをされ,ほとんどの人が生涯で少なくとも1度は誤診を経験する計算になる.



◆誤診の一番の原因は,その診断を考慮しなかったことである.診療時間が短く,思考する時間があまりない.そのため医師の直感に依存した診断プロセスが取られるが,そこに問題がある.

◆心理学で,思考には「早い思考(システム1思考)」と「遅い思考(システム2思考)」の2つのモードがあるという理論がある.誤診は反射的で,直感的なシステム1思考に伴って生じる.もし医師が考える時間をもっと持ち,文献検索や検討をして,患者データをすべて分析するシステム2思考をすれば,誤診は減らせる.

◆このシステム2思考に,AI技術の発展が大きく寄与する可能性がある.とくに医療画像(放射線画像,内視鏡画像など)の解釈においてAIは誤診を減少させることが示されている.

◆さらに,ChatGPTのような言語モデルは,診断がつかない症例において正確な診断を提供することで,医療診断の精度を改善する新たな可能性を示している.ネット上には複数の医師が診断できなかった疾患をGPT-4に入力したところ診断にたどり着いた例が複数紹介されている(例:Caspr2抗体陽性辺縁系脳炎など),

◆AIが診断精度を向上させる可能性は非常に高いが,AIを盲目的に信頼してしまう自動化バイアスや,逆に自分自身の診断能力に強い自信を持ち,AIの解釈を信用しないバイアスが生じうる.

◆あと数年で,より有能で医療に特化したAIモデルを構築されれば,AIがシステム2の機械的思考でセカンドオピニオンを提供するという貴重な役割を果たし,誤診の根絶という価値ある目標に向かって前進する一助となる可能性が高まる.
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おそらくこの数年で医療は激変すると思いました.誤診を減らせることは,医療者にとっても患者さんにとっても非常に良いことです.ただ領域によっては医師の仕事が激減したり,AIの出した結論をただ承認してAIのできない診療を行うというやりがい乏しい仕事を行う事態になるように思いました.若い医学生や研修医は,人口のさらなる高齢化やAIの医療への影響を真剣に考えて,自分の進むべき領域を考える必要があるように思いました.
Topol EJ. Toward the eradication of medical diagnostic errors. Science. 2024 Jan 26;383(6681):eadn9602. (doi.org/10.1126/science.adn9602

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Ma2抗体の標的抗原は進化の過程でウイルスから取り込まれ,いまだにウイルス様粒子を産生することで傍腫瘍性症候群をきたす

2024年02月07日 | 自己免疫性脳炎
最新号のCell誌の驚きの論文です.傍腫瘍性神経症候群(PNS)は,担癌患者に合併する神経障害のうち,免疫学的機序により生じる多様な症候群です.さまざまな自己抗体が出現しますが,そのなかでMa2抗体は精巣腫瘍,非小細胞肺がんに認めることが多く,細胞内抗原を認識しています.その抗原は「傍腫瘍性Ma2抗原(paraneoplastic Ma 2 antigen;PNMA2)」と呼ばれます.その遺伝子は中枢神経系で主に発現していますが,上述の腫瘍でも異所性に発現します.この米国ユタ大学からの論文では,PNMA2は進化の過程で,ウイルスがコードする分子がヒトの生理機能として組み込まれてできたこと,そしてそれがいまだに自己として認識されずに免疫の攻撃の対象となりPNSをきたすことが報告されています.

「進化の過程でウイルスがコードする分子が組み込まれた」代表例は,神経細胞のシナプス形成に関わるArcです.これはTy3レトロトランスポゾンの Gag蛋白質(レトロウイルスのウイルス粒子に必要な構造蛋白質)と相同性があり,実際に神経細胞内に存在するRNAを取り込んだウイルス様粒子を産生し,他の細胞へ伝搬させることが知られています.ちなみにレトロポゾンとは,自己のコピーを作成してゲノム内の異なる位置に挿入することができる移動性遺伝素子のことです.そして今回の研究は,PNMA2も同じTy3レトロトランスポゾン由来であり,Arc と同じようなウイルス様粒子(=非エンベロープ型ウイルス様カプシド)を産生して細胞外に分泌し,それが一種の自己(?)免疫反応を引き起こすことを示しています.



論文ではまず進化の過程で,Ty3レトロトランスポゾンが神経系の発達と機能に関わるDPYSL2遺伝子(Dihydropyrimidinase Like 2)の近傍に挿入され,この遺伝子のプロモーターを使用することになったため,海馬など神経系で強い発現が診られることを示しています.つぎにPNMA2はエンベロープを持たないこと,HIVに似たウイルス粒子を形成すること,レトロウイルスのGagタンパクに似た20面体複合体(PNMA2カプシド)を形成することを示しています.さらにこの組換えPNMA2カプシドをマウスに注射すると,外側のスパイクに結合する自己抗体が誘導されること,つづいてB細胞とT細胞の活性化,さらにサイトカインの放出につながることも示しています(図).そして最後にマウスの記憶や学習が障害されることが示されます.ヒトMa2抗体陽性PNS患者の脳脊髄液中のMa2抗体も,同様にPNMA2カプシドのスパイク部分に結合しました.



以上より,1億年前に組み込まれ,自己とも他者とも言い難いPNMA2カプシドが抗原となって誘発する免疫反応により,神経障害が生じることが明らかにされました.この研究が正しければ,Ma2抗体は細胞内抗原抗体といえど単なる診断マーカーでなく,病的意義を持つ抗体である可能性が高いわけですが,実際に免疫療法が有効である例が多いことが知られており,実臨床とも合致する内容といえます.
Junjie Xu, et al. PNMA2 forms immunogenic non-enveloped virus-like capsids associated with paraneoplastic neurological syndrome. Cell 2024, https://doi.org/10.1016/j.cell.2024.01.009.

注)MRIはBrain. 2004;127(Pt 8):1831-44のもの.Cell論文では視床下部,皮質,海馬の順にPNMA2 RNA発現が高いことが示されているがこれに一致する画像といえます.




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多系統萎縮症に対する抗αシヌクレイン抗体第2相試験のプレスリリース

2024年02月05日 | 脊髄小脳変性症
日米の国際共同臨床試験として開始され,岐阜大学も国内3施設のひとつとして参加している多系統萎縮症治療薬Lu AF82422(図下:αシヌクレインC末端に対する抗体)のAMULET試験(第II相試験)の結果が公表されました.
Lundbeck announces supportive phase II results with Lu AF82422 in the treatment of Multiple System Atrophy from the AMULET trial

要約
◆多系統萎縮症(MSA)患者61人(Lu AF82422投与群40人,プラセボ投与群21人)を対象とした小規模な概念実証試験において,臨床的およびバイオマーカーの各エンドポイントにおいて有効性のシグナルが認められた.
◆AMULET試験では,主要評価項目であるUMSARS総スコアによるMSAの進行抑制において統計学的有意差は示されなかったが,Lu AF82422投与群ではMSAの進行が抑制される傾向が観察された.

つまり主要評価項目は達成できなかったものの,副次的な臨床評価項目およびバイオマーカーにおいて有効性を認めたため,抗αシヌクレイン抗体療法に「支持的」な結果であったということになります.とりあえずホッとしました.現在参加している患者さんに対する継続投与も決まりました.詳細なデータは後日,公開されるそうです.

ただシンシナチ大学のAlberto J Espay教授はそのTwitterで「negativeな結果をsupportiveと言い換えている」と批判をしています.たしかに主要評価項目は達成できず,明確な進行抑制効果を認めたわけではありません.病因タンパクに対する抗体療法,とくにαシヌクレインやタウといった神経細胞内に存在するタンパクに対する抗体療法は容易ではないことを示唆しているのかもしれません.アルツハイマー病におけるAβ抗体療法の効果の程度を考えても,単純に病因タンパクを除去すれば済むということではないのだと思います.





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第3のアルツハイマー病『医原性アルツハイマー病』 の発見!!

2024年02月02日 | 認知症
最新号のNature Medicine誌の論文です.英国から,小児期に頭蓋咽頭腫や特発性成長ホルモン欠損症などのために,屍体由来(ヒトの死後)の脳下垂体から抽出した成長ホルモン(c-hGH)による治療を受けた8名のうち5名が早期発症のアルツハイマー病(AD)を呈したという報告がなされています.孤発性,家族性に加え,第3の病型として医原性が加わることになります.

まず背景ですが,1959年から1985年にかけて,英国では少なくとも1848人の患者にc-hGHが投与されました.じつはこの一部がプリオン蛋白とアミロイドβ(Aβ)に汚染されており,比較的若い成人において医原性クロイツフェルト・ヤコプ病(iCJD)を発症したため,この製品は使用中止となりました.そしてこのiCJD患者の病理学的検討で,アミロイド病変(脳アミロイド血管症)を認めたことも明らかになっています.しかしCJDの徴候が目立つため,これらの患者が生前にADを来したのかは不明でした.ちなみに現在も保管されているc-hGHは,いまだに測定可能な量のAβを含み,マウスに投与するとアミロイド病変をきたすそうです.

さて上記の報告後,c-hGHの使用歴のある8名の患者が特定され,その検討結果が報告されたのが今回の論文になります.全例がWilhelmi法もしくはHartree-modified Wilhelmi法を用いて大量に調整されたバッチを使用していました.上述の通り,5名がADを発症,1名がMCIでした.ADの発症年齢は38, 46, 48, 49, 55歳と若く(c-hGHは数年間にわたって複数回投与,投与後30~44年経過),他の疾患は否定され,c-hGHに起因する可能性が示唆されます.症候的には健忘に加えて,行動異常,遂行機能障害,さらに言語障害が早くから出現し,重症で,進行が速いという特徴もみられました.ADに関連する遺伝子検査はいずれも陰性で,ApoE4もヘテロが1名のみでした.画像・生化学バイオマーカーではADとして矛盾は認めませんでした(図1:MRIとアミロイドPET).



病理学的検索は生検1名!(図2),剖検も1名で行われ,病理変化は非常に広範で,高度のアミロイド血管病変も認めました.以上より,c-hGHによりアルツハイマー病は伝播し得ることが分かりました.



ただし日常の医療でADが感染し伝播するかは分かっていません.著者はc-hGHは既に使用中止となっていることから,ADが医原性に伝播する可能性は非常に低いと述べています.ただしADは非常に多い疾患であるため,今後,外科的な診療行為を介した伝播が本当にないのか,予防策を講じる必要はないのか議論が必要だという意見がネット上多くみられます.ちなみに日本でもc-hGHは使用された時期があるようですが,抽出法を含め詳しい情報は見当たりませんでした.

あと関連する内容として,屍体硬膜移植に伴う脳アミロイド血管症は複数の報告がなされています(Neurol Sci. 2019;399:3–5).ブログ「若年者の繰り返す脳出血で確認すべきこと ―屍体硬膜移植に伴う脳アミロイド血管症―」で紹介しておりますのであわせてご覧いただければと思います.
Banerjee G, et al. Iatrogenic Alzheimer's disease in recipients of cadaveric pituitary-derived growth hormone. Nat Med. 2024 Jan 29.(doi.org/10.1038/s41591-023-02729-2

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