■ 好きだけど嫌いなビレッジ・バンガード ■
私はビレッジ・バンガードが好きです。
80年代に青春を送った者として、価値のある物と、価値は無いけど面白い物の「ごった煮」感はたまりません。往年のLOFTが持っていたカオスが、あの空間には存在します。ゴタゴタ商品が山積になっているだけでは、文化のカオスは現れません。ドンキホーテに存在するのは、消費の掃き溜まり感です。ドンキホーテが消費の赤裸々な姿を映す「新宿系」とするならば、ビレッジ・バンガードは消費の無駄を楽しむ「渋谷系」です。
私はビレッジ・バンガードが嫌いです。
80年代に青春時代を送った者として、店では魅力的に感じていた商品の多くが、直ぐに魔法が解けてしまう物だと知っているからです。馬車はカボチャに戻ってしまうものなのです。
私はビレッジ・バンガードが好きです。
そこに並ぶマンガは、私の空想の書斎にピッタリのセレクションです。
私はビレッジ・バンガードが嫌いです。
そこには、私がかつて持っていた本と、いつか読みたい本が積まれています。その数を見ると読書の遅い私は、諦めに似た気分を味わいます。
私はビレッジ・バンガードが嫌いです。
そこにおかれた本やマンガが、いかにも自分の思考と嗜好を見透かしている様で憂鬱になります。
私はビレッジ・バンガードが嫌いです。
今日も、お金を使ってしまいます・・・。
■ 「熱病加速装置」・・・このタイトルには勝てない ■
そんなビレッジ・バンガードで、私は「それでも町は廻っている」を大人買いしそうな衝動を必死にこらえます。そして、反動で買ってしまったのが、元町夏央の「熱病加速装置」。
「熱病加速装置」ってタイトルには勝てません。表紙で微笑むナイフを手にした少女にも、やはり勝てません。パンチラぎりぎりの構図にも、男として勝てません。
こんなタイトルだから、こんな表紙だから、中身は結構バイオレンスなのかも知れないな・・・なんて思いつつ、ページをめくってビックリ。・・・あら、エッチ・・・。
冒頭の「てんねんかじつ」は短編3話からなる、異母姉弟の話。「結婚が決まった姉に劣情する弟」と書いてしまうとAVのネタの様になってしまいますが、一番身近な異性が血の繋がらない姉というのは、さかりの付いた高校男子には結構キビシイ状況です。姉とて弟を嫌いな訳でなく、一線を越えてしまいます。
私としてはあまり好きになれない展開なのですが、この作品はイヤな感じがしません。副題に「桃」「枇杷」「林檎」と果物の名前を配している様に、姉弟の関係は実に瑞々しく、柔らかな皮を撫でるような関係です。各局姉は結婚し、弟は姉との距離を取り戻して行きます。
■ 不思議な女性作家 ■
作者の元町夏央は女性作家です。しかし、男性誌のビックコミックに掲載された作品だからか、女性的な醒めた視線をあまり感じません。むしろ、肘と肘が近づいただけで、何となく伝わる熱感に、心臓がバクバクしてしまうような、思春期男子の心情を良く理解しています。この「ドキ・ドキ感」を、今最も上手に表現できる作家の一人ではないでしょうか?
「熱病加速装置」は、作者の初期短編集です。怪我に包帯を巻いてくれた担任に、ほのかな恋心を抱く男の子を描く「包帯」は、最初期の作品なのか絵も下手で、話も荒削りですが、作者の発想のルーツを見る様で興味深い作品です。
表題作の「熱病加速装置」は、反抗期の男子の破壊衝動をテーマにしています。話としてはまあまあですが、絵がイイ。決して上手い絵でも、完成された絵でも無いのですが、作家が初期の作品でだけ発揮できるマジックを感じます。黒田硫黄が使いそうな、大胆な構図が、一瞬、主人公を重力から解放します。世の中が、重くて重くてたまらないと感じるこの世代の男子が感じる一瞬の開放感を、上手く表現しています。
「橙」は学生時代に書かれた作品で、ちょっとコジンマリまとまり過ぎた感じの作品です。この作品を読むと、元町夏央の魅力が、ちょっとインモラルな関係と、微妙なアンバランスな抜きには成立しない事が分かります。
これは、初期の「桜庭一樹」作品、例えば「砂糖菓子の弾丸では撃ち抜けない」や「荒野」に通じる魅力です。
■ 「あねおと」・・・やはり血の繋がらない姉弟 ■
岡本夏央が「アクション」に現在連載しているのが「あねおと」。やはり血の繋がらない中学生の姉弟の話。
兄が事故死してから萌子の家庭は歯車が狂ってしまいます。家族は兄の死を乗り越えられずに日々を過ごしています。
そんな家族の元に、父の親友の息子の喜一がやってきます。彼の父は妻の死を乗り越えられずに、重度のアル中になってしまいます。萌子の父は中学一年の喜一を預かる決心をします。母は反対し、思春期の萌子は複雑な思いで新しい弟を迎えます。
萌子は不幸な境遇の喜一を気遣いながらも、兄の代わりにならない彼を疎ましくも感じています。しかし、軟弱でつかみ所の無い喜一を萌子は何故か放っておけません。いろいろな出来事を通して、家族の歯車がまた回りはじめます。
「あねおと」は商業誌に連載されるだけあって、絵も大分垢抜けしてきました。ストーリーもエキセントリックな面が後退し、思春期の女子中学生の複雑な気持ちを丹念に描きながら飽きさせません。
■ より磨きが掛かった「大胆な構図」と「唇」 ■
「あねおと」で元町夏央の魅力はさらに高まっています。扉絵は防波堤に座る萌子を下から描いていますが、この構図は元町夏央独特です。パースペクティブが強調されているので、21mmくらいの広角レンズで切り取った風景の様です。
続く人物のアップも望遠レンズで切り取った絵では無く、極至近距離から撮影した写真の感じがします。体温が伝わる絵です。
そして、特筆すべきは「唇」の肉感。漫画であまり厚い唇を書くと、エロくなってしまいがちですが、元町夏央の描く「唇」は実に健康的。それを言ったら、太ももも、最近の無機質なアニメ絵のマンガ家には絶対に描けない、太ももです。
・・・あんまりこんな事を書くと、少女フェチだと思われるので、この変で。
この作者の描く「青春の門」の筑豊編を読んでみたい。