人力でGO

経済の最新情勢から、世界の裏側、そして大人の為のアニメ紹介まで、体当たりで挑むエンタテーメント・ブログ。

厳戒態勢の中の「株高」・・・出来高は半減している

2012-08-28 16:48:00 | 時事/金融危機
 



■ どこが景気回復期待なんだろう? ■

世界経済の失速が明確になる中で、
NY株式市場は、1300ドル台を維持しています。

中古住宅市場が底を打ったとか、
失業率が幾分改善したなどと、
景気回復を印象付ける報道がされていますが、
ダウの出来高に注目して下さい。

1年前に比べて、出来高は半減しています。

要は薄商いの中で、買いが入って株価が維持されているだけ。

■ 厳戒態勢で資金の動きが鈍化しているのでは? ■

8月はバカンスシーズンで順当に行けば大きな混乱は起こらない。
だから、金融市場は、とりあえず厳戒態勢ながら、
積極的にリスク資産を処理する事も無く、
とりあえずは模様見を決め込んでいる様子。

秋からはユーロ危機も又再燃しますし、
中国経済の足元が相当怪しい。

とりあえず、皆さん、逃げる用意だけはしながら、
市場の動きを固唾を呑んで見守っている所でしょう。

期待は唯一、アメリカのQE3。

FEBもここに来て、QE3の実施に含みを持たせています。

オバマは大統領戦を前にして、経済回復をアピールしたい所ですが、
経済的に明るい話題は一切見当たりません。

やや先行指標的な住宅販売が上向いても、
これが景気の下振れで、直ぐに下落に転じるのは
リーマンショック以降、何度も繰り返された事。

オバマは景気回復を印象付ける為には、
QE3の実施を大統領戦後まで、引き伸ばしたいのでしょうが、
どうやら、それを待たずにアメリカの景気が先折れする予感がします。

FRBはQE3を匂わせる事で、景気を繋ぎとめ様としていますが、
市場は、かなり敏感になっています。

■ サムソンの敗訴は政治的思惑? ■

世界的需要の減少からiPhoneの売り上げも半減しています。

アメリカ経済復活の象徴とも言えるアップルの株価低迷は
株価全体与える影響も大きいはずです。

そこで、スマートフォンを巡る特許でアップルの勝訴が用意されたのでは無いでしょうか?
判決後、アップル株は持ち直しています。

アップルとサムソンの訴訟合戦は全世界で繰り広げられていますが、
今後、アメリカ連邦地裁の判決の与える影響は少なくないはずです。

一方、今年の7月にiPadのデザインを巡って」
アップルがサムソンを訴えたイギリスの裁判の判決は傑作です。

英高等法院は「サムスンの商品はアップルほど格好良くない」として
サムスンの特許侵害を認めず、訴えを退けた。


こちらはアップルの訴えをイギリスの裁判所が退けた訳ですが、
サムソンとしては、デザインの裁判で「格好良くない」と言われたら
立つ瀬がありません。

サムソンの資本の多くは欧米の資本です。
韓国の企業だからといって、サムソンを一方的に排斥出来ない裏事情があります。
だから、「格好悪い」とチクリとやる・・・。
そんな、イギリス人らしいブラックな所がステキです。

一方、アメリカ連邦地裁に判決は、明らかにアップルを擁護しています。
アメリカを代表する企業に成長したアップルを守る事は、
アメリカにとっての正義となっているかの様です。


■ 作られた株価に釣られるとイタイ目に逢う ■

本来ならば

Sell in May and go away and never come back.
But remember to come back in September.

という事で、9月には米株式市場は上向くのが通例ですが、
今年はその前にピークを迎えてしまった感じ。

はたして、9月に戻る人達に訪れるのは、幸運か不幸か?

見かけの株高に釣らて下手に手を出すと、身ぐるみ剥がされるかも知れません。
ご注意を!!

夜空を焦がす大松明・・・吉田の火祭り

2012-08-28 15:30:00 | トレッキング/旅行
 



■ 「日本三大奇祭り¥」の一つ、富士吉田の「火祭り」 ■

さて、昨日の続きとなります。

3時半頃に浅間神社の境内に戻って来ると、
既に、観光客が大勢集まっていました。
その間を、ザルを持った子供達が、お賽銭を集めて回っています。



ビシっと祭り装束で身を包んだ男達が大勢境内に集まって、
神輿の宮出しを待っています。

神輿は、普通の形をした大神輿が一基と、
赤富士を模した丹塗りの神輿が一基。

ところで、「日本三大奇祭り」の一つにも数えられる吉田の火祭りは、
実は「北口本宮冨士浅間神社」と境内社である「諏訪神社」の「鎮火祭」です。

「富士山の山仕舞」を意味するこの祭りで、
夏の富士登山のシーズンが締めくくられます。

祭りの特徴は、浅間神社境内と、参道に高さ3メートルもある大松明を多数設置して、
それらに次々に点火してゆきます。

■ 先ず、宮神輿2基が、街に繰り出す ■

祭りの始まりは午後4時半頃。

宮神輿二基が、浅間神社から街に繰り出してゆきます。



1基は普通の神輿ですが、結構な大きさです。
浅草の三社の宮神輿にも引けを取らない、堂々たる風格です。

結構太い担ぎ棒に、大勢の担ぎ手が取り付いていますが、
担ぎ手は決まっているらしく、飛び入りをする事は許されないようです。(当然ですね)

江戸の喧嘩神輿の様に、上下に神輿を揺する事無く、
「ヨイヨイ」の掛け声と共に、スルスルと神輿は進んで行きます。
神輿に乗っいるのは「神様」ですから、本来神輿担ぎとは、こういうものなのでしょう。



赤富士を模った神輿も、同様にスルスルと担がれて行きます。
宮出し後、2基の神輿は、参道の一番上に設置され、
街中に繰り出す事はありません。

比較的静かに、祭りは日暮れの時間を待ちます。



参道の正面にそびえる富士山が茜色に染まる頃、
観光客達がぞろぞろと集まって来ます。
松明の点火は、日がとっぷりと暮れる6時半頃だそうです。

■ いよいよ松明に火が灯る ■



参道の上に置かれていtが神輿が動き出したのは、午後6時頃。
参道中ごろにある、コミニュティーセンターに神輿が設置されるのを待って、
いよいよ6時半頃から松明に火が灯ります。





それまで参道脇に寝かされていた大松明が
10人ほどの男達によって、道の真ん中に次々に立てられて行きます。



そして、参道の上の松明から点火されて行きます。
点火には、長い竿の先からぶら下げられた種火を用います。
小さな木片を集め、火を付けた種火を慎重に松明の上に載せると、
やがて松明に引火します。





火は次第に勢いを増し、炎と火の子が富士山を背景とした夜空を焦がします。





7時を回る頃には、日も完全に暮れ、
松明の炎は、いよいよ勢いを増し、
「熱い、熱い」と言う観光客の姿を、赤々と照らし出します。


もう少し見ていたかったのですが、
帰りの電車が無くなるので、7時を過ぎた所で、祭りを後にします。


朝5時に急に思い立った富士山への日帰りですが、
山頂こそ到達できませんでしたが、
永年の念願であった「吉田の火祭り」が見れて、
満足の一日でした。


これで、今年の夏も終わりだな・・・・。

そう思いながら、降り立った浦安駅は、
高原の涼風に慣れた体には、ウダル様な暑さでした。

今年の夏は、まだまだ終わらない。
次はどこへ行こうかな・・・・。

走って行けるかな④・・・富士山

2012-08-28 00:04:00 | 自転車/マラソン
 



■ 富士山は「日帰り登山」の山 ■

男子たる者、日本最高峰の富士山には毎年でも登らねばならぬ!
ジョギング愛好者たる者、走って山頂へ到達せねばならぬ!


毎年、この時期になると、私の中の日本人のDNAが騒ぎ出します。

この魂の叫びに突き動かされて、過去2回、
富士吉田の駅から、富士山頂まで、駆け上がった事があります。
今から、7年程前になるでしょうか?

夏場の走りこみが順調ならば、5時間程度で山頂に到達し、
5合目スバルライン口には1時間半程度で下山できます。
そう、富士山は私にとっては「日帰り登山」の山なのです。

■ 少々体重オーバーだけど・・・富士山にGO ■

毎年、又富士山に走って乗ろうと思いつつも、
ここ5年ほどは、夏場の走りこみ不足から、実行できずにいました。

年々増える体重に、もう富士山には走って登れないのでは無いか・・・・
そう思うこの頃です。(今年で47歳になるし・・・)

今年の富士山の天候は不順で、週末は雨の予報が続いていました。
しかし、日曜日の朝5時に富士山の天気を調べたら快晴。
これを見た瞬間、富士山行きを決意!!
やはり、日本人の魂の叫びには逆らえません。

今年新調したトレイルラン用のバックパックに
雨具と長袖のランニングウエァー、ウィンドブレーカーを突っ込んで、
家を飛び出します。

■ 「富士吉田駅」は「富士山駅」と名が変わっていtが ■



以前は「富士吉田駅」だった駅名は、知らない間に「富士山駅」に改名されていましたが、
駅前は以前と同じ佇まい。

時刻は9時。
ここからスタートして、順調に行けば5時間後には山頂です。
ただ、当時よりも5Kg増えた体重が不安だけど・・・・。

■ 本日は吉田の火祭りだった ■



駅前の通りを右に折れたら直ぐに、大鳥居が現れます。
この通りをくぐって、浅間神社に向います。



道端に大きな松明が転がっています。
本日は吉田の火祭りの日だったのです。

「日本三大奇祭」に数えられる「吉田の火祭り」は、
この参道に巨大な松明が数多く並ぶ、勇壮な祭りです。
以前から是非見てみたいと思っていましたが、
スバルライン5合目に下山すると、バスは河口湖駅に行ってしまいます。
今年も、「火祭り」は見れそうにありません。
残念・・・。

■ 浅間神社は天狗でも居そうな雰囲気 ■





浅間神社は富士山をご神体と仰ぐ神社で全国に1300社あります。
富士吉田の浅間神社は「北口本宮冨士浅間神社」というのが正式名称です。

富士吉田の浅間神社を「本宮」と思っている人も多いかも知れませんが、
全国の浅間神社の本社は、静岡県富士宮市にあります。
そして、その「奥宮」は、富士山頂にあります。

富士山の8合目より上は、浅間神社の境内です。

富士吉田市にある「北口本宮冨士浅間神社」は延暦7年(788年)に建てられました。
元々、甲斐の国は「諏訪神社」の地ですから、
そこに浅間神社が間借りしているというのが、実際的な位置付けです。

しかし、千年を超える神社の風格は、荘厳という言葉がピッタリです。
杉の巨木で、参道は昼も薄暗く、天狗が出てきても不思議では無い雰囲気です。



本殿の脇に、地元の人が集まっていたので覗いてみると、
何と赤富士の御神輿が!!

まさか浅間神社の宮神輿が、
こんな巨大な貯金箱みたいな代物だとは思っても居ませんでした。
これを、大勢の大人が真剣に担ぐ様は、何とも不思議な光景でしょう。

・・・見てみたい!!

■ 本殿裏から、吉田口登山道へ向う ■

富士山信仰は古代からありましたが、
かつては、修験者達の鍛錬の場であり、
一般の人が富士山に登り始めたのは、江戸時代からです。

江戸の各所に「富士講」が作られ、
人々は、吉田口から山頂を目指しました。
富士山に登って、その帰りに相州「大山」(伊勢原市)に詣でるのが
江戸時代の人々の、「伊勢詣で」に匹敵する、人気の観光でした。



浅間神社は、吉田口登山道の基点でもあります。
本殿裏の舗装道路がかつての登山道です。
周囲は、カラマツや赤松林が広がり、
適度な木陰を、高原の心地よい風が抜けて行きます。

蒸し暑い東京とは別世界です。
道は緩やかな登り坂ですが、汗が滴るような事はありません。



神社から5Km程で「中の茶屋」に到着です。
昔の人は、ここで一服して、これから始まる登山に備えたのでしょう。



ここから、中野茶屋の方に進むのか、
それとも滝沢林道を通って、「馬返し」に向うのか記憶が曖昧です。

エイヤと「滝沢林道」を選んでみます。

実はこれが大間違い。
これから地獄を見る事になるとは、この段階では知る由も無し・・・。

■ 高原のワインディングロードを快走 ■



だんだんと傾斜が増してきます。
6~7%ぐらいでしょうか?
道も適度に曲がりくねって、山道らしくなってきます。

まあ、この程度は楽しい上り坂。
スピードを抑えれば、息が苦しい事もありません。





しばらく登ると、「馬返し」への分岐が現れます。
そちらに進むと、急な登りに次に、未舗装道路が現れます。

あれ、あれ???
「馬返し」までは、舗装道路だったはず。

そう思い、滝沢林道に戻ります。
尤も、滝沢林道も、記憶にある道より整備され過ぎています。
・・・なんだか不安を覚えつつ、さらに登ります。



だんだんカーブもきつくなり、
コーナーにはカーブミラーが設置されています。
カーブミラーに写るのは、青い夏空。



いつしか、周囲の木々の背も低くなり高原の雰囲気。
これは、標高が高くなって、高い木が無くなったのでは無く、
この一体の斜面が、崩落後、あまり時間が経っていない事を表しています。

富士山は、耐えず表面が崩れています。
大きな木に覆われた斜面も、何かのきっかけで崩落すれば、
地表は石ころだらけになり、
コケや地衣類から植物相は再スタートしなければなりません。

ですから、富士山では標高による樹林帯の変化の他に
同じ標高、様は水平方向での植生が様々に変化します。
それは、まさに富士山の斜面にどのように樹林帯が形成されるのかを、
ジオラマで見ている様なものです。



大規模な崩落は、道路を寸断するだけで無く、
麓にも影響を与えます。
ですから、富士山には上の写真の様な砂防ダムが沢山あります。
沢は普段は枯れていますが、
大雨の時などは、土石流が発生するのでしょう。



エ?!標高が上がり過ぎでは無いでしょうか。
さっきから、道の傾斜も10%を優に超えています。

明らかに道を間違えています・・・。
しかし、ここまで来たら引き返せません。
滝沢林道の終点は5合目ですから、もう、このまま行くっきゃ無い。

しかし、10%超えの斜度って、箱根の登りのキツイ所と同じじゃないか!!
登り始めの富士山駅が、が標高700mくらい。
滝沢林道の五合目が標高2300mくらいだから、
標高差1400mって、
エーエーエー、箱根の山登り二回分?!

斜度のキツイ道路は、踵が下がる為に非常に走り辛い。
脛やふくらはぎへの負担が、平地を走るのとは雲泥の差です。
さらに、一歩一歩が桃上げ状態ですから、疲労が溜まります。

これが、登山道ならば、傾斜のきつい所は段々になっているので、
足は平行面を支えに出来ます。
足裏が平行になっていれば、踏ん張りが利くので、
坂道よりは楽に登れます。

試しに歩道橋を階段で登るのと、
自転車用のスロープを登るのとで比べてみて下さい。
階段の方が圧倒的に負担が少ない事が理解出来るはずです。

吉田口登山道は「馬返し」からは山道です。
ですから、五合目まで一気に登っても、
足腰への負担は以外に抑えられます。

一方、この標高差を斜度を車道を走って登るのは大変です。
さらに、距離が登山道の3倍くらいになる。

さっきから、脛とふくらはぎが悲鳴を上げています。

それでも、大声で自分にカツを入れて走り続けます。
すると、道をバリケードが塞いでいます。
一般車両は、ここからは通行止めの様です。



バリケードの近くではアサギマダラ(蝶)が数頭、群れています。

■ 五合目までは後5Kmくらいか・・・ ■ 



白樺の林の下は溶岩です。
植物は、表層に形成された土壌根を張っているのでしょう。
同時に溶岩の隙間を根が押し広げ、岩を砕いてゆくのでしょう。



道路の一部が土石流の通り道になっています。



コメツガやシラビソも増えてきます。
どうやら、5合目まで後ちょっと。
でも、既に心がクジケそう・・・。



6合目への下山道が上方に見えています。
後少しですが、どうやら足は悲鳴を上げています・・・。

写真を撮ると自分に言い訳して、
足も止まりがち・・・。

そういえば、2000mに近づいて、少し空気が薄まっています。
頭もなんだかボーとしてきた。



■ 頂上は断念!! ■







最後の2Kmは歩いたり、走ったりで、
ようやく吉田口5合目の「佐藤小屋」に到着。

実は佐藤小屋の直ぐ近くの標識は2305mとあります。
しかし、GPS測定では、実際には2230m程度だそうです。
これは、ちょっと不思議??

ここまで時間は3時間を少し過ぎています。

さて、山頂目指すべきか、それとも・・・

■ 佐藤小屋で地元のトレイルランナーと談笑 ■

佐藤小屋でたまたま、地元のトレイルランナーの方と知り合いました。
今年も何度か富士山頂まで走っているとの事。

その方曰く。
「滝沢林道ってきついでしょう?ボクも一度トライしてみようと思っているんですよね。」
その方の奥さん曰く
「駅伝を5人で走った時は、喉が血の味がしましたよ」

ヤッパ、超疲れる訳だ・・・・。
これで心が決まりました。

「すみません、ビール下さい!!」

今日は充分に頑張りました!!
山頂は目指さずに、吉田に降りて「火祭り」を見てから帰るルートに変更です。

いやー、火祭り、一度、見に行きたかったんだよね。
ラッキー!!
・・・・なんて、自分を甘やかす私・・・・。


■ 吉田口を駆け下る ■

ラーメンで腹ごしらえして、ビールを二本飲んだらチャージ完了。
今度は、吉田口登山道を一気に駆け下ります。





江戸時代や昭和30年代までは、富士登山のメインルートだった吉田口登山道。
しかし、5合目まで車で登れる様になり、
5合目までの登山道は、ほとんど使われなくなりました。

かつて人で賑わっていた山小屋も、
今では、全て廃屋となっています。



五合目下は、ゴロゴロとした岩の段々が続きます。







途中、親子で駆け下ってきた方と一緒に走って、
30分で「馬返し」に到着。

しかし、7年前に比べて、吉田口登山道を登られる方が増えています。
中高年のグループが多いのですが、
装備からすると、山頂へは行かず、
5合目から、スバルライン5合目に抜ける日帰り登山の様です。

■ 中の茶屋からは、吉田口遊歩道を走る ■



「馬返し」から「中野茶屋」までは、真っ直ぐな舗装道路。
小さなバスが、「馬返し」まで運行しています。
中高年の方は、「馬返し」まではバスなのでしょう。

山頂トレイルラン組も、「馬返し」に車を駐車される方が多い様です。





昔は栄えたであろう「中の茶屋」も、今ではひっそりとしています。



ここからは、「吉田口遊歩道」を「クマに注意」の看板を尻目に進みます。
かつての登山道は、多分、現在の舗装された車道になるのでしょうが、
「遊歩道」は、かつての雰囲気を再現して整備されたのでしょう。





しばらく進むと、赤松林が広がります。
この赤松は融雪時の土石流(雪代ゆきしろ)から、
吉田一帯を守る為に、1624年から1643年に
信州から3万本の苗を取り寄せて作った人工林だそうです。

現代ではコンクリートの砂防ダムや雪代堀が街を守っていますが、
当時は、自然の力には、自然の力で対抗していたのですね。


さて、赤松林を抜けると、浅間神社に到着です。

時刻は午後3時過ぎ。

多分、「火祭り」は5時頃スタートでしょう。
「火祭り」については、明日の記事で紹介します。


本日は、「走って行けるかな」シリーズの第四弾。
富士山編でした。

それにしても・・・へタレな私。
来年は山頂目指して、少し、体重を落とすか・・・。




本日の登りのルート SUNTOの距離計で27Km(地図上で22Km)、標高差は1423m