コンタルスキー兄弟(decca)CD
ドビュッシーに比して作品数の少ないラヴェルにあって貴重な発掘作品で、存在は知られていたが戦後ブーレーズの蘇演(ブーレーズはオケ編曲している)まで演奏されることがなく、決定譜が出版されたのは70年代。かろうじてラヴェルを直接知るフェヴリエやタッキーノらが録音できたが、ドビュッシー晩年のように内省的で謎めいている。だいたいピアニスト二人で腕は四本しか無いのに五手というのも前衛的な言い方で、曲も野心的ということばとは違った精緻さをもって前衛的で、チルアウトしっぱなしのアピールしなさがらしくない。冒頭セカンドが入ってくる旋律は数年前初演の春の祭典のものを思わせるし、ポリリズム的に聴こえるようになってくるとますますストラヴィンスキーの世界に近づく。響きはあのような荒いものではないがラヴェル自身がつねに念頭に置いていたという「新しい響き」を重ねていく調子で、ついには単純に硬質な和音を並べていき、5本の腕で分厚い音をはっして終わる短い曲。この後半はサティのオジーブなどの概念を彷彿とさせる。感覚的な前衛者としてのサティのエッセンスの存在も否定できないと思う。そして律せられない前衛者としてのアイヴズがアメリカでやっていた世界にすら接近する静謐な叙情も漂う。母親の死去からつづく心身不調によりこのような作風となったとのことで、ラヴェルらしい隙のなさと同時にラヴェルらしくない意図の不明瞭な不可思議な断章という印象は拭えないが、この演奏は緊密で音だけ聴いていたら自然に一本の楽器のかなでるもののように感じ取れ、そのうえで数学的な抽象的な美観にとても魅力を感じる。発掘出版からしばらくたってこなれた演奏ということもあるのだろう。今は比較的演奏機会はあるようだ。