つれづれなるままに 1591 講演

2012-09-07 10:41:54 | Weblog

昨日は福祉大会表彰式典に参加しました。長年福祉の推進に貢献された方々の感謝の意を表す為の表彰、全道の福祉関係者が一堂に会し、福祉の在り方を考えるための大会でもありました。、私も福祉に関わって20年、表彰を受けました。

厳しさを増す経済情勢と福祉をめぐ動向も目まぐるしく変化します。福祉の面だけでも、高齢者、子育て、虐待、生活貧困、知的障がい者の対応と多くの課題を抱えています。誰もが安心して心豊かに暮らすことが出来るよう、公私協働による支え合う地域社会づくりをとこれからも少しでもお手伝いできればと思います。

講演会も同時におこなわれました。「こころがフッと軽くなる瞬間の心理学」 名越康文氏 精神科医専門は思春期精神医学。

幸福は絶対に過ぎ去るもの、 それを覚悟しておかないと、 一度つかんだ幸福に固執するあまり、 「あぁ、あの時は楽しかったのに・・」と

心が弱っていると思った時うつに向かわないために 気分転換は日常の中で見つける。

健康者の心も、うつ病の人の心も実は地続き、幸福に執着せず過ぎ去るものだと認識する。

ストレスから逃げるために集中力を高める目の前のことにちゃんと取り組。

心のバランスが悪い時は身体に無理を生じる。

これは「こころがフッと軽くなる瞬間の心理学」の本の引用です。興味にある方はネットで読むことができます。

50歳、ストレッチのジンズを見事にはきこなし、自信ありげに等々と語る姿は・・講演慣れしているように思いました。殆ど講演、テレビ出演で明け暮れているようです。生活の匂いはしませんでした、


つれづれなるままに  1590    お伊勢さんへ

2012-09-05 09:22:27 | 旅行

「第九」の練習も終盤を迎えます、あと6回で本番、汗だくの練習会場、もう スタンバイ OK。

100年ぶりの連日4日間暑さ更新だそうですが、空は秋のいわし雲、更新記録もそろそろ終わりでしょうか。

旅の話、続きをやっと書くことができました。

伊良湖からフェリーで鳥羽港、途中「神島」漁師の青年と海女の女性のせつない恋の物語を描いた三島由紀夫の小説の舞台となった所、また御木本幸吉が世界で初めて真珠養殖に成功した場所でもあります。

               

                     時間に押されながら真珠博物館は見て行こうと立ち寄りました。ミキモトパールクラウンⅡ世

                 

伊勢神宮・・お伊勢さん、一生に一度はお参りしたいと誰しもが思っているそうです。伊勢市とその周辺に点在する摂社、末社、所管社など合わせて125社の総称で全てを合わせて神宮といいます。その中心が天照大御神は日本人の総氏神様です。

外宮「豊受大神宮」衣食住のすべてを司る暮らしと産業の神様で天照大御神のお食事を司る神様、朝夕の毎日、神々にお食事を奉ります

                  

火除橋、参道の入り口にかかる橋、ここでボランティアの方と待ち合わせました。この鳥居の形は他の神社と異なります。鳥居の2本目の横柱縦の柱を突き抜けていません。これは女性の神様、突き向けているのは男性の神様だそうです。

        

                お手洗い場・・参道の途中から五十鈴川の川岸へ清らかな水で手を清めてから内宮に入れます。

                  

20年に1度の大歳、神様はお引越しと1300年以上も続けれれています。来年25年がこの年に当たります。右の建物から左の建設中の建物に移ります。鳥居も全て新しい物、壊された建材は、全て使いきる、表札やお正月用のお札のなるそうです

                   

          山びわ、非常に硬い木で、火おこしのために使います。        お相撲横綱の神社奉納相撲の場所。

                 

ゆったりとしてカーブ、巨木に覆われた神宮内、玉砂利を踏みしめて歩きました。伊勢神宮の起源は2000年前に遡ると言われているが、伊勢参りが盛んになってのは江戸の元禄以降のこと「伊勢に行きたい伊勢路が見たい、せめて一生の一度でも」とお伊勢参りは人々の憧れだったようです。わたしも御朱印も頂き念願のお伊勢参りも無事終わりました。

観光は歩きます。足腰が丈夫で無ければ旅は出来ません。みな元気でまた来年の旅を楽しみましょう・・・。

 

 

 

 


つれづれなるままに 1589 ウルトラ残暑

2012-09-03 20:43:45 | 季節感

9月に入ってもこの暑さ NHKの天気予報を聞いていると、いろいろな表現で天気を伝えています。今朝はウルトラ残暑などとこの暑さを表現していました。

このウルトラ残暑の中、各小学校周り、近隣の小学校3校の児童に敬老メツセージをお願いしています。生徒数より3杯もある高齢者の数、今年は子ども達の負担を軽くするためにお祝いのメッセージの年齢を75歳から80歳と年齢をあげました。それでも児童は一人2~3枚と短冊を書くことになってしまいます.

                                                 毎年ありがとう

我が家のゴーヤいつの間にか黄色くなってしまいました。青いゴーヤは農家育て30センチもあるような大型ゴーヤ育て方でしょうか、肥料でしょうか、美味しいのかどうか、食べた方に聞いてみなければ・・・。

  

旅の続き、今日はお休みです。


つれづれなるままに  1588  旅 2日目 豊橋から伊良湖岬まで

2012-09-02 11:32:09 | 旅行

残暑か処暑か北海道もこの所本州並みの暑さが続いています。この暑さの中「クマ」騒動、1頭のようですが、夕方から外出、藻岩山スキー場から国道を渡り、私がいつも利用している地下鉄真駒内駅の裏山に入るのを目撃されました、クマは車を避けるように横断歩道を渡って行ったそうです。熊さんも都会子になり、人も車も怖くなくなったのでしょうか。毎日このニュースがトップ記事、捕まることなく早くお山に帰って欲しいと祈っています。

旅も家を空けると雑用が溜まります。夏草の手入れ、草刈、花の入れ替え、外出前の小一時間・・・これが結構身体にきます。今日も朝8時から庭仕事、シャワーを浴び一息入れてブログに取り掛かりました。夕方はお友達のお子さん、バレーの発表会とか、またカメラをぶら下げて見に行くことになっています。

 

 

本州の方は新幹線など珍しくないことでしょうが、北海道新幹線はまだまだ開通には時間がかかります。私など生きている間に合うのかどうか、10分位の間隔でホームから飛び出していきます。余りの速さに、あっと言うまに富士山が見え・・姉妹再会の挨拶もそこそこに豊橋に着いてしまいました。

 

         

豊橋から伊良湖岬まで観光タクシー、まずは豊橋一望できる蔵王山、標高250mの山頂から波静かな三河湾と太平洋を眺めました。ここはトヨタの工場が立ち並び、次々と新車が船に積まれて港から出て行きます。そう言えばわが家の新車も船済みして3日かるとトヨタの販売の方が言っていたことを思い出しました。

                                               三河湾大橋、海の上を通ります。

         

渥美半島は黒潮おどる太平洋と波静かなな三河湾にはさまれ温暖な気候にみぐまれている場所、いろいろな文化遺産があります。その一つ 奈良時代、器を焼いた窯、窯の淵にはお皿の破片がびっしりと・・建物は密閉され、レンズも熱気で曇ってしまいました。       

    

吉湖貝塚史後公園、東大寺の屋根瓦が発掘された場所です。愛知県は日本のほぼ真ん中に位置し、旧石器時代から現代まで数多くの遺跡のあるところだそうです。今度はじっくりと歩いてみたいですね。

               

                       伊良湖岬恋路が浜、どこまでも続く美しい海岸線は日本百景にも選ばれています。

               

   「ヤシの実」の記念碑です。流れ着いたヤシの実を、民俗学者柳田國男氏が親友島崎藤村氏に語り「ヤシの実」の詩が生まれたところです。

                 

伊良湖岬灯台黒潮と三河湾を望む渥美半島の先端位立っています.日の出石門、太平洋の荒波で削られ真中が洞穴となり日の出をこの穴から見ることができるそうですが、私たちはホテルに入り一風呂浴びてホテルの窓から夕日を眺めました。

   

 

 


つれづれなるままに  1587   旅行 東京スカイツリー 1

2012-09-01 16:46:06 | 旅行

羽田の気温は35度飛行機を降りた途端暑さで息苦しさを感じました。姉との待ち合わせは東京駅丸の内南口、待ち合わせの場所にモノレールに乗って東京駅へと、すれ違う人は殆どビジネスマンでしょうか、白のワイシャツに紺やのスラックス、みな同じようなカバンを肩から下げて・・長年住んでしまうとこん光景も慣れてくるのでしょうか。

3時間コースの「はとバス」に乗る約束をしていました。3年ぐらい前でしょうか「はとバス」に乗ったのも、今はコースも東京スカイツリーが開業と共に増えました、今回は隅田川川下り、浅草から東京スカイツリーを見るコースを選びました。

かつての丸の内側の赤レンガ本駅舎は1945年(昭和20年)5月、アメリカ軍による東京空襲によりその多くが破壊され、終戦後の1947年(昭和22年)、開業当初の状態より一回り規模を縮小して修復されました。現在の復元工事、駅舎の一部(1階部分)開業は今年の(平成24年)6月10日で、全面開業は今年10月1日の予定だそうです。

        

浅草は下町情緒あふれる繁華街、この暑さにもかかわらず観光客でごった返し、仲見世通りは海外の観光客のみならず日本人にとっても風情のある懐かしい街並みです。

                   

お江戸日本橋、日本川にかかる中央通りの橋で道路元標、日本道路網の始点、第19代目の橋だそうです。1663年徳川家康によって初代橋が架けられ2010年、100周年を迎えました。浅草、隅田川といろいろな角度から東京スカイツリーを眺めてきました。