特務師団への出向を打診されているんだ。
女子高生に会ったかの返事も待たずに話題が飛ぶ。
ソファーに浅く座って、投げ出した脚を気ままに組んだ姿は、いかにも小悪魔的な魔法少女ぶりなんだが、眉間に寄せた皴が、心底から悩んでいる様子がうかがわれる。
「なんで、ブリンダが特務に?」
わたしも、内心ではブッタマゲテいる。
アメリカの魔法少女が日本の特務に入るなんて前代未聞だ。
「魔物たちが千年に一度の活動期に入ったんだそうだ。それも、国や民族の垣根を超えたインターナショナルのものになっちまってる。流行りの言葉ならグローバル化とも言える。とにかくかさにかかって人類社会に挑んでくるんだそうだ。G20が大阪であったろう……あれの本当のテーマはグローバル化した魔物への対応だったのだ。結果は、特務師団の強化と国際的な支援。そんで大統領の鶴の一声で『ブリンダの出向』が決まったというわけさ」
「トランプの指示?」
「魔界のアメリカ大統領ロナルド・レーガンさ」
「レーガン!?」
魔界のアメリカ大統領は、ずっとF・ルーズベルトがやっていたはずだ。
「ああ、空母レーガンが横須賀を基地にしたときにな。二十一世紀、魔界の脅威は極東にあるという判断からだ。むろん依り代は空母レーガンだ」
「あんたといっしょにやるのは気が進まないわね」
「わたしもだ」
「危なくって、おちおち戦っていられないか?」
「いいや、いちど戦友になってしまったら、戦いにくくなる。マヂカは永遠の敵(かたき)だからな」
「そういう言い回しは、屈折した友情を現わすもんだが、ブリンダのは心底のヘイトだもんな」
「神田明神の横やりが入らなかったら、今ごろは、そこの石膏モデルの代わりにマヂカの首がおったっているところだ」
コツコツ……窓ガラスを叩く音がした。また、ガーゴイルか? 違った、窓の外には、さっきの女子高生がいて、しきりに美術室の奥を指さしている。
部屋の奥……そこには石膏モデル……と思ったら、強烈な殺気を感じた!
「「敵だ!」」
いっしょに叫んだかと思うと、体が動いていた。
グワッシャーーーン!
ブリンダと二人、ガラスを突き破って、突き破った勢いのまま空高く舞い上がった。
連携したわけではないが、上空で二つに分かれる。敵の勢力を分散させるためのセオリーだ。
モリエールが、ヴィーナスが、ヘルメスが、サモトラケのニケが、ラオコーンが、アポロが、ブルータスが、マルスが、男の足が、女の手が、唸りを上げて追いかけてくる。
バシッ! ベシッ!
こんなものに後れを取る魔法少女ではない。わたしもブリンダも、またたくうちに数体の石膏像を撃破する。
「気を付けろ! こいつらは破片で目つぶしを食らわせてくるぞ!」
「イェイ!」
右手でピースサインをつくり、横ざまに目の前をスライドさせる。いわゆる――イェイ!――の横ピースサインだが、カワイコブリッコを狙っているわけではない。目を保護するためにバリアーを張っているのだ。
トリャー! セイ! アチョ-!
百体はあろうかと思われた石膏像は、数分で粉砕することができた。
大した敵ではなかったが、ブリンダと共同でやっつけたことが気持ちい。
残敵が居ないことを確認して地上に降りる。
ウ……!
ブリンダが顔をしかめた。
「かけらが目に入った! 気を付けろ、地上付近に滞留してるぞ」
バリアーを早く解除しすぎたのか、奴らの手なのか、ブリンダは両目をやられてしまった。
「ブリンダ、わたしが!」
件の女子高生が駆け寄ると、ブリンダの首をホールドし、舌を伸ばして石膏の欠片を舐めとる。
可愛い顔をしているが、その舌は、人間のものとは思えないような動きで舐めとってしまった。
「わたしでも役に立ちます……ごいっしょさせてください」
「ちぇ、仕方がないなあ……マヂカ、こいつ、須藤公園の河童だ。こいつも仲間にするから、よろしくな!」
河童こみで、ブリンダの特務入りが決まってしまった……。