大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・せやさかい・043『詩ちゃんの高校に行く』

2019-07-27 15:40:47 | ノベル
せやさかい・043
『詩ちゃんの高校に行く』 

 

 

 コトハの? ことちゃんの? 酒井さんの? コトの? 酒井の? コトコトのぉ? 酒井詩の? 酒井先輩の?

 

 校門をくぐって音楽室に入って、隅っこのパイプ椅子に落ち着くまで何べん聞かれたことか。

 程度の差はあるけども、詩(ことは)ちゃんはけっこうな好感度や。

 わたしは、まだ十三歳の女子中学生やけど、ひとが特定の人物の名前を言うたり呼んだりしたら、どう受け止められてるかは、しっかり分かる。

 詩ちゃんは、二年生の平部員やけど、真理愛(マリア)女学院高校吹奏楽部のホープや!

 

 今日は、詩ちゃんの部活にお邪魔してる。

 ちょっと説明。

 こう見えても、夏休みの宿題はさっさと片付ける。どうかすると七月中にやり終わってしもたりする。

 べつに優等生を気取ってるわけやない。

 七年真にお父さんが疾走してからの習慣。

 子供心にも(いまでも中坊の子供やねんけど)お父さんが見つかったら、すごい騒ぎになることは分かってた。ひょっとしたら、テレビなんかに取り上げられて、お母さんもわたしも、しばらくは日常生活なんか吹っ飛んでしまうんちゃうやろかという気持ちにあふれてた。

 それが、もし夏休み中やったりしたら、宿題なんか手に付かへん。

 せやさかい、宿題はさっさと片付けた。近所や目上の親類からは「さくらちゃんはえらいなあ!」「そんなけ勉強してたら、お父さん帰ってきたら目ぇまわさはるでえ」と褒められた。

 七年たって、失踪宣告されて、法的にお父さんは死んだことになった。わたしも、お母さんの名字になって堺の街に引っ越してきた。もう、宿題を早く仕上げる意味はない。ないんやけども、習慣で早くやってしまう。

 その宿題に『身近な人を観察して作文を書く』というのがあるんや。

 家がお寺やから、坊主の話を書いたらええねんけど、お寺のことは、ちょっと食傷ぎみ。そんな、わたしのことに気ぃついて、さり気に「じゃ、うちの学校に来る?」という詩ちゃんのお誘い。

 大和川を超えて真理愛女学院にお邪魔してるわけです。

 しびれたあ!

 足とちゃいます、心がね。

 一学期の定期演奏会もしびれたけど、音楽室に五十人余りの部員が生演奏!

 わたしでも知ってる曲がバンバン繰り広げられる。詩ちゃんはサックスのパートリーダー、スタンドプレーのときなんかは、もう涙が止まらんくらい感激してしもた。

「さすが、コトコトの従妹だ、いい感性してるねえ!」

 十八番(おはこ)の『LOVE』の指揮を終えたとき、部長で指揮者の涼宮さんが褒めてくれる。それは嬉しいねんけども、五十人の部員さんが、いっせいにわたしに視線を向けて拍手してくれはるのには困った。人生で、こんなに照れたんは初めてや。

「さあ、それでは、新部長の選出と引継ぎをやりたいと思います」

 新部長の選出!? なんや、えらい日に来てしもた。

「恒例により、現部長のわたし涼宮はるか(なんや、有名なキャラに似た名前)が指名し、意義が無ければ引継ぎを行います」

 異議なしを表明する拍手が起こる。

「新部長には、酒井詩を指名します」

 いっそうの拍手が音楽室に響き渡る。

「酒井新部長、あいさつ」

 指名された詩ちゃんは、深呼吸して答えた。

「涼宮部長のご指名を受けて、吹奏楽部第五十三代の部長を拝命いたします」

 さらに拍手! 詩ちゃんのほっぺたがま赤っかになる。こんな詩ちゃんを見たのは初めてや。めっちゃ緊張してる!

 そうか、詩ちゃんは、これを見せたかったんや。

 覚悟を決めるためか、おちゃらけたわたしで空気を和ませて、ちょっとでも気楽にしよと思たんか、はたまた、それでも緊張して泣きそうになる自分をありのまま見せようとしてか……そのどれかは分からへんけども、わたしもいっしょになってメッチャ拍手をした。

 そのあと、マネージャーと副部長の指名もあって、引継ぎのパーティーになった。

 部長の引継ぎが、真理愛女学院吹奏楽部には夏一番のイベントになってるのかも。

 詩ちゃんの一大イベントに立ち会えてラッキーでした。

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高校ライトノベル・連載戯曲『月にほえる千年少女かぐや(改訂版)・9』

2019-07-27 06:31:29 | 戯曲

月にほえる千年少女かぐや(改訂版)・9

 

大橋むつお

 

時   ある日ある時
所   あるところ
人物  赤ずきん マッチ売りの少女 かぐや姫

 

かぐや: さ、またお茶の続きをしましょうか(三人、家の中へもどる)赤ちゃんさん、おばあさんお元気?
赤ずきん: うん、元気。あたしが世話をしてるからね。このごろはオオカミも手伝ってくれるし、ばあちゃんもオオカミさんに字の読み書きとか教えていて、今はとってもいい関係だぞ。
かぐや: そうね、誰かの役にたっていると思えることは大切なことね。
マッチ: かぐやさんは、どうして学校へ来ないの?
かぐや: さあ……
赤ずきん: 学校にいじめっ子とか?
かぐや: いいえ……
赤ずきん: 勉強いやとか、つらいとか?
かぐや: さあ……
赤ずきん: 勉強ってつまんないもんだからね。勉強ってもともとは「嫌なのに、無理に努力する」って意味。知ってた?
かぐや: はい、強いて勉めると読みますものね。
マッチ: 赤ちゃん、よく知ってたわね!
赤ずきん: B組の孫悟空が、補習で残された時に、そう言ってボヤいていた。
かぐや: 勉強にかぎらず、人生ってそういう強いて勉めることですものね。それは厭いません。そうではなくて……
赤ずきん: そうではなくて……?
かぐや: さて……わたし、うまく言えなくて。
赤ずきん: ……うまく言えなくてもいいからさ。ちょっとしたことで嫌だなってこととか、変だなってこととか……
かぐや: そうね……学校のかまえ……
赤ずきん: かまえ?
かぐや: ええ、英語でファサードってもうしますの、正面入口のたたずまい。ピロッティーの吹き抜け……開放感というより、ガランドーな感じで……その上にスローガン書いてございますでしょ「みんなかがやけ!!」 みんなかがやいたら……まぶしくってしかたないでしょ……ほほほ。それに「かがやけ!!」というわりに汚れてくすんでますでしょ……その脇には運動部のなんとか大会出場の懸垂幕……
赤ずきん: ああ、あの大売り出しみたいな。
かぐや: ほほほ、昔の源氏や平家のノボリなんかシンプルでよろしゅうございましたよ。赤とか白とか一色……ただそれだけで……でも、あの懸垂幕は、それはそれで無邪気でよいのです……
赤ずきん: それじゃ……
かぐや: 授業中、みなさんが無意識でなさる……指先でシャープペンシルなどをクルクルおまわしになる……
マッチ: ああ、あれわたしも!
かぐや: 最初は、すごい芸だと思ったんですけど……
赤ずきん: ほかに?
かぐや: そうね……携帯の着メロ……らぬきのお言葉……語尾をあげる疑問形、体言止めの言い方……枯れ木のようなお茶髪……ずり落ちたおズボン……子供にはダメと言いながら、平気で街角に立っているお酒やおタバコの自販機……先生が首からぶらさげてらっしゃるわけのわからないカード……どこでもチョキの平家蟹の呪いみたいなニコニコ写真……ほほほ、きりがございませんわねえ。
マッチ: どこでもチョキ?
かぐや: ほら、こういうの……いつもじゃんけんで赤ちゃんさんが二番目にお出しになる。
マッチ: それってピースサインっていうんだよ……って、わかった。いつもわたしがじゃんけんで負けるの!
赤ずきん: いつもパー出すマッチがぬけてんだよ。
マッチ: ぐやじい~!
赤ずきん: ははは…… 
マッチ: 自分こそプリクラとかでピースサインがくせになってんじゃないよ!
赤ずきん: あたし、ピースサインなんてしないぞ。こうやって、胸の前で手を組んでニコってすんだよ。
マッチ: それって、すっごくブリッコだ。
赤ずきん: なんだよ!?
マッチ: 中味とぜんぜんちがう。不当表示だよお! 消費者センターに言っちゃうからね。
赤ずきん: なんだとお!?
マッチ: なによ!
赤ずきん: やろうってのか!?
マッチ: やるときゃ、やるわよ! いつも負けてばっかじゃないんだかんね!
かぐや: おほほ……
赤ずきん: いくぞ!
マッチ: こっちこそ!
ふたり: さいしょはグー、じゃんけんポン。
マッチ: うう、三回しょうぶ!
赤ずきん: おうよ!
ふたり: じゃんけんポン! じゃんけんポン!
赤ずきん: あはは……
マッチ: おっかしいなあ、どうして負けるかなあ?
赤ずきん: あいかわらずパーしか出さないからだよ。
マッチ: え、じゃんけんポン……ほんとだ?
かぐや: おほほ……おふたりはいいコンビね。
赤ずきん: え?
マッチ: そっかなあ?
かぐや: とてもファンタジーでいらしてよ。(三人のどかに笑う)

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高校ライトノベル・高安女子高生物語・38〈有馬離婚旅行随伴記・3〉

2019-07-27 06:24:11 | 小説・2

高安女子高生物語・38
〈有馬離婚旅行随伴記・3〉        


「キャー!」と叫ぶ明菜の口を塞いだ。

 覗き見男と思われたのは、よく見ると、芝垣の向こうの木の枝に引っかかった男物のジャケットだった。
「危うく、ドッキリになるとこやったなあ」
「……あの上着……?」
 明菜は、まったく無防備な姿で湯船をあがると芝垣に向かって歩き出した。同性のうちが見てもほれぼれするような後ろ姿で、お尻をプルンプルンさせながら。
「上の階から落ちてきたんやろなあ……」
「あ、あれ、お父さんのジャケットや!」

 見上げると、明菜のお父さん夫婦の部屋の窓が開いてた。

「なんかあったんちゃうか!?」
「ちょっと、あたし見てくる!」
「ちょっと待ち、うちも行くさかいに!」

 うちらは大急ぎで、旅館の浴衣に丹前ひっかけ、ろくに頭も乾かさんと部屋を飛び出した。

 正確には、飛び出しかけて、手許の着替えの中に二枚パンツが入ってるのに気づいた。なんと、うちはパンツ穿くのも忘れてた。
「ちょ、ちょっと待って」
 明菜は聞こえてないんか無視したんか、先に行ってしもた。
「くそ!」
 慌てて穿くと、こんどは後ろ前。脱いで穿き直して、チョイチョイと身繕いすると一分近う遅れてしもた。

「どないしたん、明菜?」

 明菜は、呆然と部屋の中を見てた。

 続き部屋の向こうの座敷から、男の足が覗いて血が流れてる。
 そして、明菜の手には血が滴ったナイフが握られてた……。

「なんや……今度も、えらい手ぇこんでるなあ」
「うん、あれ、多分お父さん。今度のドッキリはスペシャルやなあ……この血糊もよう出来てる。臭いまで血の臭いが……」
「……これ、ほんまもんの血いやで!」
 明菜は、ちょっとだけいやな顔をしたが、ナイフは持ったまま。
「まあ、鳥の血かなんかだろうけど……お父さん」
 そう言いながら、二人は部屋の中に入っていった。
「エキストラの人やろか?」
 血まみれで転がってたのは見知らぬ男やった。

「キャー!」

 振り返ると、仲居さんが、お茶の盆をひっくりかえして腰を抜かしていた。
「あ、あの、これは……」
「ひ、人殺し!」
 なんだか二時間ドラマの冒頭のシーンのようになってきた。

 そして、これは、ドッキリでは無かった。

 数分後には、旅館の人たちや明菜のご両親、そして警察がやってきた。
 ほんでからに、明菜が緊急逮捕されてしもた……!
 手ぇにはべっとり血が付いて、明菜の指紋がベタベタ付いたナイフが落ちてるんやから、しょうがない……。

「え、うちも!?」
 
 うちも重要参考人ちゅうことで、有馬南警察に引っ張られていくハメになった!

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高校ライトノベル・里奈の物語・37『美姫といっしょに』

2019-07-27 06:15:42 | 小説3

里奈の物語・37
『美姫といっしょに』 



「「…………………………………………ゴックン」」

 同時に生唾を飲み込んだ。

 ヒロインの綾香は、援交なんかで気持ちよくなってたまるか! 援交をやっているのは、あくまでも友だちのためなんだ!……と決めていた。
 でも、お金をもらってやっている限り——お客の男には満足してもらわなきゃならない——という気持ちになる。綾香は真面目なのだ。
 だから気持ちよさそうなフリをしていた。じっさい最初の三回は苦痛でしかなかった。お客は、綾香がビギナーなので、その苦痛に感じている表情や姿を見て楽しんでいた。回数をこなすと苦痛な反応ではすまなくなる。お客は自分も綾香も同時に気持ちよくなることで満足する。だから綾香はフリを続けた。
 それが七回目、お客に引きずられるようにして絶頂に達してしまった。
 その背徳的な快感をダイレクトに感じたので、あたしと美姫はいっしょゴックンしてしまったんだ。

「すごいね……こんなんあるんや……」

 美姫の「こんなん」には三つの意味がある。

 エロゲの存在そのものに感心したことと、ヒロイン綾香の背徳的な快感、そして凄い(としか言いようがない)性的な描写。
「あたしも拓馬も、エロゲって……春画と同じだと思うの」
 コーラのプルトップを開けながらフラグを立てた。エロゲを観た後は、断然コーラがいい。
「コーラの溢れ方って……綾香の絶頂に似てるなあ」
「ハハ、今度はカルピスソーダにしようか!?」
「もう、里奈もすごいこと言うなあ!」
 エロゲを観て、いっしょにゴックンしたことで、いっそうの友情を感じる……て、変かな?
「で、春画て何?」
 コーラを一気飲みして、美姫が聞く。こういうチグハグも楽しい。
「えと……百聞は一見に如かずだね……ほら、こういうの」
 パンフレットをバサリと広げる。

「えー、なにこれ!?」

「どーよ」
 あたしが開いたところには北斎の有名な春画が載っていた。
「タコとオネーサンが絡んでる……」
「江戸時代のアダルトだけど、浮世絵の主流って春画だったんだよ。北斎も歌麿も、春画が仕事の大半だったんだ」
「へー……なんや、男も女もアソコが巨大……それに、身体がありえへん方向に曲がって……女の人のアソコて、こんなふうには見えへんのんとちゃうかなあ?」
 美姫の視線を感じる。
「ちょっと、あたしのマタグラ見つめないでよ」
「あ、ごめん。いっかいいっしょにお風呂入って研究しよか?」
 コーラにむせそうになった。
「春画はね、一枚の絵に読者が観たいものをてんこ盛りにするから、シュールになるのよ。ま、ピカソなんかと同じ」
「そうか、江戸時代に3Dは無いもんな」
「エロゲもそうだよ。いまの主流は2Dだもんね……だから、ほら……」
 パソコンに取り込んでおいた名場面集を開く。
「……なるほど、そこだけ取りだしたらアクロバットみたいやなあ」
「そう、それがゲームの流れの中で観たら、とっても自然に見える。見えないのは駄作!」
「う~ん……エロゲ初めて見たから、そこまで分からへん」
「数観ればね、あたしも最近始めたから、拓馬なら分かると思う。ま、このエロゲの中から春画みたく評価されるものが出てくるんじゃないかな」
「けど、エロゲいう名前はなんとかなれへんねやろか?」

 言われてみて、そうだと思った。エロゲというのは、なんとも淫靡で低俗な響きだ。

「そうだね……そうだ、二人でこんなに盛り上がるんだから、善は急げ、拓馬に連絡とろう!」

 その五分後、大晦日に三人で忘年会をやることが急きょ決まった。
 

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高校ライトノベル・須之内写真館・10【ドイツのカメラ・1】

2019-07-27 06:04:40 | 小説4

須之内写真館・10
【ドイツのカメラ・1】         


「ごめんくださいまし……」

 慎ましやかな声は、店の奥に居てもはっきり聞こえた。
 だが、動き出したのは、お祖父ちゃんの玄蔵だった。

 お茶を出しにスタジオに出ると、八千草薫にどことなく似た品の良い老婦人が、祖父と向き合っていた。

「おかげでさまで、母も……こんにちは、お孫さんでいらっしゃいますか?」
「はい、孫の直子です」
「やっぱり、写真のお仕事をなさってらっしゃいますの」
 直子が頭を下げて言いかけると、お祖父ちゃんに先を越された。
「まあ、なんとか使い走りに使える程度です」
 直子は、内心ムッとしたが、普段のように文句を言ったり、生意気を言う雰囲気ではなかった。
「孫の直子です。いらっしゃいませ」

「目の輝きが似てらっしゃるわ。あ、お約束ですので、お返しにあがりました……」

 老婦人は、きれいに表装された写真帳を出した。
「拝見いたします」
 祖父ちゃんは、拝むようにして写真帳を開いた。

「役目を果たせたようで……安堵いたしました。恭子さんはよろしいのですか」
「ええ、わたくしは……とても母のようにはやってはいけません。馬齢を重ねるだけですので、どうぞ他の方に」
 柔らかいが、凛とした気持ちの伝わる声だった。
 そして、恭子という老婦人は過不足のない世間話をして、十分ちょっとで店を出て行った。

「この人は、あの恭子さん……?」

 茶器を片づけに出て、直子は写真帳を手に取った。
「いや、それは恭子さんのお母さんの英子さんだ。先週百五歳で逝かれた……」
「百五歳!」
「ああ、親父が魔法のカメラで寿命を延ばしてさしあげたんだ」
「魔法のカメラ?」
「ああ、直子も見とくといい……」

 祖父ちゃんは、キャビネットの中から黒いカメラケースに収まったそれを出した。

「……これ、戦前のライカじゃないの!?」
「ああ、このカメラ一つで、小さな家なら建ったぐらいのしろものだ」
「ひい祖父ちゃんが、これで?」
「伝説のカメラさ。引き伸ばしによく耐えるカメラでな……こいつは人の命も引き延ばすんだ」
「アハハ、珍しいね、祖父ちゃんがオヤジギャグとばすなんて」
 直子が、茶器を台所で洗っていると、何かが燃える臭いがした。

「祖父ちゃん、なに焼いてるの?」
 祖父ちゃんは、狭い庭に一斗缶を出し、その中で、枯れ葉といっしょに写真帳を燃やしていた。
「焼いちゃうの、よく撮れた写真なのに……」
「役目を果たしたからな。こうしないと、同じ目的で写真は撮れないからな……」
 一斗缶で、それを焼いている祖父ちゃんの姿は、寂寞と実りの両方を感じさせる風景で、直子は二十枚ほど祖父ちゃんの姿を写真に撮った。

 その夜のニュースに、直子は驚いた。

 戦後日本経済の牽引力になって、今でも産業界で動かぬ存在感を持っている『南部産業』の会長夫人であった南部英子の訃報を伝えていたのだ。
――享年百五歳。戦後の混乱期から高度経済社会、そしてバブル時代でも手堅い経営で傘下の各社の手綱をとり、現在の日本経済の安定に寄与した功績は……――

「朝鮮戦争のあとの不況で、ご主人が亡くなってな。英子さんは女手一つで家と会社、企業グループを支えてこられたんだ……ところが、ご主人を亡くされた後、英子さん自身がガンになってしまわれてな。どこの医者からも見放され、当時写真屋の伝説になっていたオヤジのライカで写真を撮ったんだ……」
「え……それで治っちゃったの?」
「オヤジは、戦前修業先のドイツで、このカメラと出会ってな……いや、直子にはおとぎ話だろうがな」

 その後、祖父ちゃんは、その話はしなかった。直子もどこか、かつがれたような気で居た。

 引き伸ばしに強いカメラ……命が引き延ばせる。

 まさかね。

 直子は小さく笑うだけだった。

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高校ライトノベル・『はるか 真田山学院高校演劇部物語・78』

2019-07-27 05:55:53 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

はるか 真田山学院高校演劇部物語・78
『第八章 はるかの決意1』 

 

 停学は三日になった。

 値切ったんじゃない。
 乙女先生と竹内先生が、話をつけてくれた。
 吉川先輩と、由香も「これは事故です」と終始一貫して言ってくれた。
「一方的暴力です」
 わたしは切腹の覚悟だった。
 例の細川先生などは、「停学二週間!」と言って譲らなかった。

 決め手は、先輩と由香の事故主張(今だから言えるダジャレです)そして、現場を目撃していた東亜美と、住野綾の証言。
 亜美と綾はクラスで最後まで残っていたシカトコンビだったが、この時はなぜか進んでわたしに有利な証言をしてくれた。

「調書の結果」はこうなった。

 わたしが手を上げた時には、先輩はすでに十分手の届かないところまで身体をかわしていた。その間に由香が飛び込んできて御難にあった。
 つまり、わたしが手を上げたのは吉川先輩に対してであり、これについての「犯行」は未遂に終わっている。由香が飛び込んできたのは事故である。だから、停学などの処分にはなじまない。
 しかし、衝動的とはいえ、わたしには「犯意」があったので、激論の末三日ということになった。

 この時、亜美と綾が有利な証言をしてくれたのは、わたし以上に細川先生が嫌いだったからである。しかし、このことがきっかけで二人とも仲良くなれた。
 人生とは不可解なものである。

 それから、この三日には先生達の知らない条件がついていた。
「コンクールが終わったら、NOZOMIプロの白羽さんに会うこと……ええね」
 言葉遣いで分かるようにこれは、由香がホッペを腫らして、ニッコリとわたしの耳元でささやいた条件である。

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