大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・せやさかい・044『エディンバラて……?』

2019-07-30 13:34:50 | ノベル
せやさかい・044
『エディンバラて……?』 

 

 

 魔法使いになれるかも!

 

 廊下を隔てた部屋から詩(ことは)ちゃんの陽気な声。

 わたしに向けられた言葉やと気ぃつくのに一瞬の間が開く。

 詩ちゃんは、落ち着いたベッピンさんで、廊下を挟んだ部屋から声をかけてくるような子ぉやない。一瞬の間に、わたしの後ろに来て「エクスペクト・パトローナム!」と言うまで気ぃつけへんかった。

「え、えと……」

「守護霊よ守りたまえ! という呪文。エディンバラはハリーポッター発祥の地なんよ。知らんかった?」

「え、ほんと?」

「えーー!? 明後日からエディンバラに行こっていう人が!」

「あー、頼子さんにまかせっきりから(;^ω^)」

「少しは調べな、ごりょうさん(仁徳天皇陵)だって、知らずに近寄ったら、ただの森だもんね。はい、これあげる」

 目の前に差し出されたのは、映画でも見たハリーポッターの魔法の杖、たしかニンバスなんちゃら。

 真理愛女学院はキリスト教系の学校やけど、選択科目とかに魔法の授業でもあるんやろか?

「あーー、それ違うから。魔法はキリスト教以前の土着文化の産物。だからこそ面白い。杖はUSJのお土産だから~」

 それだけ言うと、詩ちゃんはお風呂セットを抱えて一階へ降りて行った。

 

 ちょっとびっくりした。

 

 詩ちゃんは、真面目なお嬢様タイプで『けいおん!』の澪ちゃんという感じ。

 今みたいに、魔法の杖を振り回して従妹にチョッカイかけてくるような子ぉやない。

 どうも、一昨日の部活で次期部長に指名されたことが影響してるみたい。

 

 もう一つビックリしたんは、文芸部の合宿が明後日に迫ってるいうこと。

 

 頼子さんが、しっかりしすぎてるんで、わたしはお母さんからパスポートもろて、着替えとかをキャリーバッグに詰め込んだらしまいやとタカをくくってる。

 そうや、ちょっとくらい調べとかならなあ。

 パソコンを立ち上げてググってみる。

 エディンバラ……エディンバラ……と……え!?

 エディンバラて、てっきりアメリカやと思てた。イギリスなんですわ。ハリーポッターて、イギリス人やったんか!

 京都府と姉妹都市……「きょうちゃん! エディー!」 ムフフ、黒髪とブロンドの姉妹都市が萌えキャラになって頭に浮かんでくる。

 浮かぶと、ゴニョゴニョとイラストを描いてみたりする。エディーは、なんやフェイトみたいな甲冑乙女になってしまう。

 あかんあかん、もっとググっておかなければ。

 なになに……秋篠宮家の真子様がご留学になってた? 

 オオ、ロイヤルプリンセスやんか!

 エディンバラ城は、フォグワーツの魔法学校みたいに岩山に屹立してるし、これはもう、ファンタジー全開になってきた!

 

 しかし、文芸部の夏季合宿て、なにやるんやろか?

 そういえば、市の図書館に本を借りに行ったぐらいで、文芸部らしいことはほとんどやったことがないことに思い至った。

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高校ライトノベル・連載戯曲『月にほえる千年少女かぐや(改訂版)・12』

2019-07-30 06:25:09 | 戯曲

月にほえる千年少女かぐや(改訂版)・12

大橋むつお

 


時   ある日ある時
所   あるところ
人物  赤ずきん マッチ売りの少女 かぐや姫

 

 

赤ずきん: わっ!……いてて……
マッチ: 大丈夫、赤ちゃん?
赤ずきん: おう、大丈夫……ここ……?
マッチ: さっききたとこみたい……
赤ずきん: また鳥取砂丘?
かぐや: ……
マッチ: うさぎさん……?
赤ずきん: とっくに、花火見物にいっちゃったんだろ。
マッチ: ……波の音がしない。
赤ずきん: 営業時間終わったんじゃないか?
マッチ: そっか……
赤ずきん: んなわけないだろ。
かぐや: ……(じっと「月」を見つめている)
赤ずきん: 月……少し大きくなってない?
マッチ: ……ほんと、さっきは一円玉くらいだったけど。
赤ずきん: ……五百円玉くらいの大きさだよ。
かぐや: ……あれ、月じゃありません。
二人: え?
かぐや: あれは……地球。
赤ずきん: え……あれが!?
マッチ: でも……地球って、青いんじゃなかった?
かぐや: そのはずなんだけど……今の地球は、なつかし色の月にそっくり。
赤ずきん: じゃ、ここは?
かぐや: 月よ。月にもどってきてしまったみたい……月から見たら、地球はあんなふうに見えるのね……
マッチ: じゃ……ここ、本物の……
赤ずきん: しゃれじゃなくって、月の砂漠? でも、この家には月までもどる力はないんだろ?
かぐや: はい、鳥取砂丘へ行くのが関の山……
赤ずきん: ……それじゃ……
かぐや: 神様のおぼしめし……それとも……
赤ずきん: それとも……
かぐや: わたし……月にもどりたかったのかしら……
赤ずきん: そんな……帰ろう、地球に帰ろうぜ! こんなところでひきこもっていちゃだめだ! たとえずっこけても、前むいて歩かなくちゃ!
かぐや: ほほほ、金八郎先生みたいよ、
マッチ: あ、金八郎先生のカードだ。
赤ずきん: あ、またなくしたんだ。
マッチ: ほんとだ。
かぐや: わたし、にがて。で、これは、なににつかいますの?
赤ずきん: IDカードっていってね。首からぶら下げて、学校入るときと出るときに機械をとおすんだよ。で、校長とかがいつもこれで監視してんだ。
マッチ: 金八郎先生よくなくすんだよ。いつも校長先生にしかられてる。
赤ずきん: 犬の首輪みたいなもんだ。
マッチ: でも、これが先生の証明になるんだよ。
かぐや: こんなものがね。おいたわしい……あ……いま、オオカミ男さんがお吠えになったわ。
マッチ: ほんと?
かぐや: ええ、わたしには聞こえましてよ……お手紙間にあわなかったけど、よろしくお伝えくださいな。
マッチ: よろしくって……
赤ずきん: かぐやは元気にひきこもってますってか!? こんなの、どうやってよろしく伝えられんだ。
マッチ: かぐやさん……
かぐや: また千年ほど眠ります。千年たったら、またお会いしましょう。
赤ずきん: かぐや……
かぐや: 大丈夫。赤ちゃんさんやマッチさんなら……千年たっても生きてるわ。
マッチ: でも千年たって、あの地球は残っているかしら、あんなになつかし色で……(赤ずきんと並んで地球を見つめる)
かぐや: ほほほ、それほどやわじゃございませんでしょ……たぶん、このかぐやも……あ、星の王子さまの宅配便……(トラックの接近音と停止とアイドリングの音)オーイ、星の王子さまあ! ほーら、お気づきになった。お二人は、星の王子さまのトラックにのせてもらって、おもどりなさいな。ね、王子さま、このお二人どうかよろしく。
赤ずきん: かぐや……
マッチ: かぐやさん。
かぐや: ほら、おいそぎになって、王子さまもおいそがしい方ですから(クラクション、かわいく鳴る)さ、早く。
二人: う、うん。

 

下手に去る二人、続いてトラックの発進音。

 

二人:(声) かぐや、かぐやさ~ん!
かぐや: みなさんによろしくお伝えくださ~い。ごきげんよう……!

 

去りゆくトラックに手をふるかぐや。月の沙漠のオルゴールの音、かぐやの姿フェードアウト。ややあって赤ずきんあらわれる。
  
赤ずきん: あれから十年、あたしはファンタジーの国で老人介護の仕事をしてるんだよ。いま、こぶとりじいさんの世話をしてるんだ。出ぶしょうの運動不足で、すぐに太っちゃうので、大ぶとりじいさんになるなア! とハッパをかけてるんだ。マッチは、花火の職人さんになり、あちらこちらで大きな花火を打ち上げては、「かぐやさん、見えるかなあ……」と言ってる。昨日ひさびさに、天体望遠鏡で、月をのぞいてみたぞ。そしたら、かぐやの家のドアには……

 

かぐや(声): あと九百九十年眠ります。おこさないでくださいね。

 

赤ずきん: ……と、ふだがかかっていたぞ。そのドアの前では、オオカミ男さんからのプレゼントを届けにきた星の王子さまが伝票片手に「置き配はいやだしなあ……」と、小さくため息をついておりました。オオカミ男さんは、今日も月にむかって吠えておりました……とさ……

 

オオカミ男の遠吠え、マッチの花火の音がして、オルゴールの音が重なる。赤ずきん、最初と同じようにクルクルと回り始める。顔が正面を向いたとき、バイバイと手をふりニッコリと笑う。その姿きわだつうちに幕。

 

 

 

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高校ライトノベル・高安女子高生物語・41〈有馬離婚旅行随伴記・6〉

2019-07-30 06:07:08 | 小説・2

高安女子高生物語・41
〈有馬離婚旅行随伴記・6〉
   


 パーーーーーーーン

 え 銃声?

 めったに旅行なんかいかへんうちは、いっぺんに目が覚めてしもた。
 殺人事件やら、明菜のお父さんが逮捕されたりで、興奮してたこともある。
 明菜は、当事者やから疲れがあるのか、旅慣れてるのかグッスリ寝てる。

 やっぱり、うちは野次馬や。
 顔も洗わんとGパンとフリースに着替えて、音のした方へ行ってみた。
 旅館の玄関を出ると、また鉄砲の音がした。

「やあ、すんません。目覚まさせてしまいましたか」

 旅館の駐車場で、番頭さんらが煙突みたいなもん立てて鉄砲の音をさせてる。
「いや、うち旅慣れへんさかい、早う目ぇ覚めてしもたんですわ。何してはるんですか?」
「カラス追い払うてますんや。ゴミはキチンと管理してますんやけどね、やっぱり観光客の人らが捨てていかはったもんやら、こぼれたゴミなんか狙うて来よりまっさかいな」
「番頭さん、カースケの巣が空だっせ」
 スタッフのオニイサンが言った。
「ほんまかいな!? カースケは、これにも慣れてしもて効き目なかったんやで」
「きっと、他の餌場に行ってますねんで。昨日の事件のあと、旅館の周りは徹底的に掃除しましたさかいに」
「カースケて、カラスのボスかなんかですか?」
 単なる旅行者のうちは気楽に聞いた。
「めずらしいハグレモンやけど、ここらのカラスの中では一番のアクタレですわ。行動半径も広いし、好奇心も旺盛で、こんな旅館のねきに巣つくりよりますのや」
 スタッフが、長い脚立を持ってきた。
「カースケ居らんうちに撤去しましょ。顔見られたら、逆襲されまっさかいなあ」
「ほなら、野口君上ってくれるか」
「はい」
 若いスタッフが脚立を木に掛け、棒きれでカースケの巣をたたき落とした。

 落ちてきた巣はバラバラになって散らばった。木の枝やハンガー、ポリエチレンのひも、ビニール袋、ポテトチップの残骸……それに混じって大小様々な輪ゴムみたいな物が混じってた。
 輪ゴムは、濃いエンジ色が付いて……うちはピンと来た。

 これは手術用のゴム手袋をギッチョンギッチョンに切ったもん……それも、事件で犯人が使うたもん。そう閃いた。

「オッチャンら触らんといてくれます。これ、殺人事件の証拠やわ!」

 うちは知ってた。殺人にゴム手袋を使うて、そのあと捨てても、内側に指紋が残る。うちのお父さんが、それをネタに本書いてたさかいに。幸いなことに、指先が三本ほど残ってた。

 番頭さんに言うと、直ぐに警察を呼んで、お客さんらのチェックアウトが始まる頃には、見事に鑑識が指紋を採取した。

「出ました、椎野淳二、前があります!」

 今の警察はすごい。指紋が分かると、直ぐに情報が入って現場でプリントアウトされる。写真が沢山コピーされて、近隣の警察に配られ、何百人という刑事さんが駅やら観光施設を回り始めた。

 そして、容疑者は有馬温泉の駅でスピード逮捕された。

 椎野淳二……杉下の仮名を使てた。そう、明菜のお父さんの弾着の仕掛けをしたエフェクトの人。表は映画会社のエフェクト係りやけど、裏では、そのテクニックをいかして、その道のプロでもあったらしい。

 明菜のお父さんは、お昼には釈放され、ニュースにもデカデカと出た。
 たった一日で、娘と父が殺人の容疑をかけられ、明くる日には劇的な解決。

 この事件がきっかけで、仮面家族やった明菜の両親と明菜の結束は元に……いや、それ以上に固いものになった。

 春休み一番のメデタシメデタシ……え、まだあるかも? あったら嬉しいなあ!

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高校ライトノベル・里奈の物語・40『猫の恩返し・6』

2019-07-30 05:59:13 | 小説3

里奈の物語・40
『猫の恩返し・6』


 


 大阪に、こんなところが……。

 車窓のガラスに頬っぺを付けたのは子どもっぽ過ぎると思ったけど、大阪離れした街並みから目が離せなくなった。
 阪堺電車(今時珍しいチンチン電車)に乗って、五つほど停留所を過ぎたあたりから街の景色が変わってきた。
 阿倍野区に入ったあたりなんだろうけど、街並みが……描写するんで改めて街並みに目をやる……高級住宅街というわけじゃないけど、なんとなく……。

 ゆかしい。

 昭和の頃の文化住宅でも――おお、レトロ!――って感じになるのに、このあたりの家は長屋から一戸建てまで戦争前の雰囲気。
 玄関の前に一坪足らずのアプローチがあり、防犯的には何の意味も無い屋根付き格子の門があったり、玄関わきが木製の出窓になっていたり、屋根は重そうな瓦屋根、どうかするとゴミ箱が重厚なコンクリート製だったりする。
 道路の真ん中に巨大な楠なんかも見えて、その幹には神寂びてしめ縄が巻かれていたりする。

 ゆかしいというよりも、街そのものが、時代に対して一言ありげな雰囲気がある。

 顔を洗って部屋に戻るとスマホが「メールでござる」と呟いていた。拓馬のお祖父さんが「おもしろい着信音があるよ」と教えてくれて切り替えた。ちょっとお侍さん風な着信音。

 阿倍野区――町――番地―番と住所があって、『お待ちしています、鈴野宮悦子』と結んであった。

 鈴野宮悦子……ウズメの飼い主。五十年前に葛城骨董店でトワエモアの指輪の片っぽを買った女の人。ウズメに持たせた指輪のケースの二次元バーコードと店の記録に残っているシリアスで、ビデオメッセージを見せた人。
「あれから一週間なんだ……」
 そしてスマホで検索して、このチンチン電車に乗っている。
 地図では阪堺線としか分からなかったので、チンチン電車だとは思わなかった。
 そして着いたところがが、こんな一言有り気な町なんだ。

 あたしは、いつもサロペットパンツなんだけども、鈴野宮さんに失礼があってはいけないと、サロペットだけどスカートにした。

 もう半年ぶりくらいのスカート。内股が擦れあうのがくすぐったい……というか、女の子であることがこそばゆい。
 この半年余りで、女であるということからも……離れていたんだと思った。

 あ……あたしと同じ服装。

 一瞬錯覚した。

 三叉路の角に美容院があって、そこの大きなガラス窓に自分の姿が映っていた。
 自分の姿でありながら、とても町の雰囲気に合っている。
 あたしも一言有り気な子なんだろうか。
 お正月と言うこともあるんだろう、三叉路の道に通行人はいない。あたしは自分の姿を見ながら三叉路の分岐にさしかかった。

 足許にかそけき気配……目を落とすと、ウズメがいた。

 ニャーと一声、ウズメは三叉路の右手の道に、あたしを誘った。

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校ライトノベル・須之内写真館・13【優しい水・2】

2019-07-30 05:50:25 | 小説4

須之内写真館・13
【優しい・2】        


「なんとなく、そう思っただけなんですよ」

 サキという子は、ほんのり頬を染めて、そう言った。
 ガールズバー『ボヘミアン』で働く女の子は、採用前に面接があり、そこでグラスに半分入った水を見せられる。
「まだ半分残っている」
 そういう楽観的な感想をいう子が、オーナーである松岡の好みであった。

「優しい水です……」

 サキは、意表を突く答をし、表情が少し暗かったが、採用することに決めた。
「水は、チェコのミネラルウォーターでした。杏奈のことがあったんで、チェコの友人にメールしたら、この水を紹介してくれましてね」
「ハハ、でも、あたしは全然気がつかなかったですけど」
 チェコ人とのハーフの杏奈は、実もフタもない答をする。
「うちの子は、総じて元気がいいんです。たいていのお客さんは、それでいいんですけどね。中には、自分と同じようなテンションのサキに安心するお客さんもいるんですよ」
 松岡は、タブレットを操作して、サキがシェーカーを振っている写真を見せた。
「オーナー、これはヤダって言ってるでしょ」
「まあ、専門家に一度みてもらおうよ」

 直子は、一目で、その写真……いや、写っているサキが気に入った。

「いいですよ。一見困った風だけど、女の子の健気さがよく出ています。さっきスタジオで撮ったのよりいい!」
「そうですか!?」
「いや、モデルがですよ。写真の腕は……それなりです」
「じゃ、一度、店で直子さんに撮ってもらえないかなあ!?」
 どこまでもポジティブな松岡だった。

 というわけで、営業中の『ボヘミアン』に出向き、サキや、女の子達の写真を撮ることになった。

「今時の日本の子じゃないわね。竹久夢二の感じだ……」
「ど、ども……」
 直子の呟きが聞こえて、サキはうつむきながら礼を言った。
「サキちゃん、もう決めたの?」
 お客の一人が聞いた。サキは困ったような眉のまま笑顔をつくり、顔を横に振った。
「決めちゃえばいいのに。四世だったら、話は早いよ、自分の経験からもね」
「ひい婆ちゃんがね……」
「ひい婆ちゃんなんか関係ないって。二十一世紀なんだぜ。年寄りの反対なんか聞くことはないよ」
「ううん。反対してくれたら逆に踏み切れたんだけどね」
「え……?」
「この水飲んで、感想聞かして」
 サキは、例の水を、お客に勧めた。
「……うん、なんだか優しい味だね」
「だって、杏奈。やっぱチェコの水は優しいんだよ!」
「ありがとう、お客さん!」
 杏奈が嬉しそうに言うので、お客も楽しくなり、見るからにハーフ美人の杏奈と話し始めた。サキは洗い物に専念した。

 看板近くになって、やっとサキは話してくれた。
 彼女の本名は呉美花(オ ミファ) 

 ひい婆ちゃんの賛成の笑顔に、どうしても寂しさを感じて帰化に踏み切れなかったことを。

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校ライトノベル・『はるか 真田山学院高校演劇部物語・81』

2019-07-30 05:44:19 | はるか 真田山学院高校演劇部物語

はるか 真田山学院高校演劇部物語・81
『第八章 はるかの決意4』 


 二日目の夜は、深夜になってマサカドクンが現れた。

 わたしは、リビングのテーブルで反省文を書き終えていた。
「ようし、できあがり……」
 疲れのせいか、一瞬意識がとんでしまった。
 気づくと、昨日と同じように、わたしの机でマサカドクンがカリカリと課題をやっていたのだ。

――あ、わたしも今終わったところ。
「これって……」
――難しいことは考えなくていいわ。こうやってお話ができる。それだけでいいじゃないの。
「でも、あなたのこと、マサカドクンじゃ……」
――それでいいわよ。こうやって本来の姿を取り戻して、お勉強ができて、はるかちゃんと、お話ができる。それで十分。
「だって、きちんと名前で呼ばなきゃ失礼だわ」
――わたし、代表のつもりなの。
「代表……なんの?」
――こうやって、命を落としていった仲間達の……だから、名前を言っちゃったら、わたし一人だけの奇跡になっちゃう。幸せになっちゃう。
「あなたって……カオル?」
――びっくりしたわ、わたしによく似た話だったから。おかげで、こうやって早く元の姿に戻れたけどね。
「戦争で死んだの……」
――うん、三月十日の空襲で。でも、わたしはカオルちゃんみたいな夢はなかった。十六歳で、学徒勤労報国隊に入って、毎日、課業と防空演習。考えることは、せいぜい、その日まともなご飯が食べられるのかなって……そんなんで死んじゃったから、せめて、叶えられなくてもいい。なにか、夢が、生きた証(あかし)を持ちたかった。だから五歳だったはるかちゃんにくっついてきちゃった。
「わたしみたいなのにくっついても、楽しくなんかなかったでしょ」
――ううん、楽しかったよ。特に大阪に来てからの五ヶ月あまりの泣いたり笑ったり。
「でも、わたしは苦しかった……」
――その苦しみさえ、わたしには楽しかった。
「もう……」
――ふふ、怒らないの。その苦しみって、生きてる証じゃない。青春だってことじゃない。そして、はるかちゃんは成長したわ。だから、わたしも元の姿で、出られるようになった。
「そうなんだ。でも、わたしってこれでいいのかなあ……ね、マサカド……さん」

――……もう一回呼んでみて、わたしのこと。

「マサカド、さん……」
――ありがとう。「さん付け」で、呼ばれたなんて何十年ぶりだろ。わたしたちずっと「戦没者の霊」で一括りにされてきたじゃない、あれってとても切ないの。呼ぶ方はそれで気が済むんだろうけど。わたしたちは、みんな一人一人名前を持った人間だったんだもん。泣きも笑いもした人間だったんだもん。
「だから、名前を教えてちょうだいよ」
――それは贅沢。「さん付け」で十分よ。えと、それから一つお願い。
「なあに?」
――こうやって姿現しちゃったから、わたしのことだれにもしゃべらないでね。しゃべっちゃったら、二度とはるかちゃんの前には出られなくなっちゃうから。
「うん、今までだってだれにも、あなたのことはしゃべったことないもん」
――そうだったわね。はるかちゃん、そういうところしっかりしてるもんね。例のタクラミだって、ギリギリまで言わなかったもんね。
「あ、それはもう言わないでよ。恥ずかしいから」
――そんなことないわ、あれが、はるかちゃんの本心。そして……あれで、みんなの心があるべきところに収まった。それに、あれは、はるかちゃんには、どうしても通っておかなきゃならない道だったのよ。
「ひょっとして……マサカドさん、わたしの未来まで分かってるんじゃない。あのタクラミの実行も、あなたのジェスチャーがきっかけだった」
――目次程度のことはね。でもそのページの中で、はるかちゃんがどう対応するかまでは分からない。はるかちゃんの人生なんだもの。せいぜい何ヶ月先のことまで、それもこのごろ予測がつかなくなってきた。はるかちゃんが自分の足で歩き始めたから……ほら、見て、目玉オヤジ大権現様があんなに神々しい……。
「ほんとだ、いつの間にライトアップするようになったんだろう……」

「ねえ、マサカドさん……」

 振り返ると、もう彼女の姿は無かった。

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