大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・連載戯曲『梅さん⑧』

2019-07-02 06:37:20 | 戯曲
連載戯曲『梅さん⑧』       



 暗転、商店街の環境音して明るくなる。
 物陰(ポストや電柱など)から、下手の袖奥にあると想定してある八百屋の店先を見まもる二人。


: あれが渚の彼氏?
: うん
: ……ねじり鉢巻に前垂れかけて、なかなかしぶいわね……真面目そう……でも、渚って意外にオジン趣味なのね?
: ち、ちがうよ、あれはお父さん。奥の方でしゃがんで背中見せてる方。
: 道理だ……あ、こっち向いた!
: (想いとは逆に背を向けて)進……
: 思ったよりいい男じゃない……でも、渚の情報の中に彼の事無いよ、進(しん)というのは……
: (桓間見ながら)進一……
: 進一……暴走族の遊び仲間に、そう言う名前があったようだけど……
: その進一。
: え?
: もう三ヶ月近くも話らしい話していない……
: どうして?
: 近寄りにくくて……三ヶ月前、デートのかえりにバイクで事故ちゃって……
: 頭でも打ったの?
: わからない、さよならして帰る途中だったから。
: でも、怪我したでしょう?
: 雨でスリップして転倒。バイクはグシャグシャ……でも、進は放り出されて、
 生け垣がクッションになって怪我一つしなかったって……
 それからだよ、族もやめちゃって、この春から、夜間大学にいくんだ……
: やっぱ、何処か打ったんだよ。
: CTとかも撮りに行ったんだけど、異常なしだったし……
: 話しに行ったら?
: だめ、仕事中に声をかけると叱られる。
: (ノートを見ながら)進一はただの遊び仲間の一人にすぎなかったのにね……渚、いつもこうやって見てるだけなの?
: 今日は梅さんがいっしょだから。ほんとうは、もうこれで別れようと思ってた。
 五六人いるオトコの一人だったから……でも、こうなっちゃって、進一のこと愛してたの……初めてわかった。
: だったら、しばらくあっち行ってようか?
渚: だめ! 梅さんがいっしょにいてくれるから、ここから見ていることもできるの。チラ見が精一杯……
: 電話とかは?
: 進一、スマホもやめちゃった……時々手紙は出すの、返事はこないけど……
: 一度も?
: 一度だけ、年賀状「あけましておめでとう。元気でいますか?」そう書いたら「元気です。その時が来たら会います」
 ……それっきり。
: あ!? ひょっとしたら……わたし、会ってくる。
: 梅さん……
: 大丈夫、お客で行くの。大根でも買ってくるわ……チャンス! お父さんが裏にまわった。

 梅、下手袖中へ、物陰からそっと見守る渚

: 梅さんいつの間にか買い物カゴ持って……進一が振り向いた……驚いた顔、どうして ……!? 
 なつかしそうな顔してる……笑った! 頭かいた! あんな顔あたしには見せたこともないのに……
 何を話してんだろう……ヤバイ、こっち見た(身を隠す。ややあって、臆病そうに再びのぞく)
 大根選んでる……場合じゃないでしょ……楽しそうに……笑った。
 どーして? まるでずっと昔からのおなじみさんみたいじゃん……あ、進のやつ、ジャガイモでお手玉して、梅さん笑いころげてる。 どーして、どーしてあんなに親しげ?……あ、急に真面目な顔……なにかたずねあって……どうせあたしの悪口だ。
 へそ出しルックにへそピアス。わがままで自分勝手で、めんどうくさがり屋の自己チューで軽薄でおしゃべりで、
 きれやすいくせににぶい奴だとか、どうせコネでなきゃ就職もできないパッパラパーだとか……
 想像しすぎて落ちこんじゃう……なにうなずいてんのよお、なに話してるのよゥ……あ、肩触った! 
 トントンて二回も気やすく触りやがった!……又々笑った……ほほえましいぞ、うらやましいぞ、グジョー……!

 いつの間にか上手から梅がやってきて下手の様子にヤキモキしている渚を楽しげに見ている

: 済んだわよ。
: え! どうして……(梅が、側に立っているので驚く)だ、だって……今の今まで……
: あれは幻よ。
: ま、まぼろし?
:  進一の顔を見て、お互いびっくりしたところまでは二人とも実態……その後は幻を残して、別の次元で話していたのよ。
 ……大根と男爵芋まけてもらっちゃった。他にもおでんの材料買ったから、記念に梅さん特製明治時代のおでん作ってあげる。
: あの……
: さあ、詳しくは家へ帰って……ん、誰かいなかった?(気配を感じて、見回す)
: え?
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高校ライトノベル・高安女子高生物語・13〔小野田少尉の死〕

2019-07-02 06:30:27 | 小説・2
高安女子高生物語・13
〔小野田少尉の死〕        


 お父さんが元気がないことに気ぃついたんは昨日やった。

「お父さん、どないかしたん?」
 久々の休日で、あたしはスゥエットの上下にフリ-スいう定番のお家スタイルで朝ご飯食べてた。
「小野田さんが亡くならはった……」
「オノダさん……どこの人?」

 あたしは、お気楽にホットミルクを飲みながら、お父さんのいつになくマジな視線を感じた。うちは佐藤で、お母さんの旧姓は北野。オノダいう親類はおらへん。淡路恵子やら中村勘三郎が亡くなったときもショボクレてたから、古い芸能人かと思た。

「明日香には分からん人や……」

 お父さんは、そう言うて、一階の仕事部屋に降りていった。
「誰やのん、オノダさんて?」
 同じ質問をお母さんにした。
「戦争終わったんも知らんと、ルバング島いうとこでずっと一人で戦争やってたけったいな人。それより明日香、家におるんやったら、洗濯もんの取り込み頼むわ。お母さん、友だちと会うてくるから、ちょっと遅なるよって」
「うん、ええよ。551の豚まん買うてきてくれる?」
「店が、近くにあったらな。それより、家におんねんやったら、もうちょっとましな格好しいよ。ちょっとハズイで」
「へいへい」

 三階の自分の部屋に戻って、ストレッチジーンズとセーターに着替えてパソコンのスイッチを入れる。

 なんの気なしに、お父さんが言うてた「オノダ」を検索した。候補のトップに小野田寛郎というのが出てたんでクリックした。

 で、ビックリした。

 穏やかそうな笑顔やのに目元と口元に強い意志を感じさせるオジイチャンの写真の横に、みすぼらしい戦闘服ながら、バシっときまって敬礼してる中年の兵隊さん。一瞬で芸能人やないことが分かった。
 十六日に肺炎で東京の病院で亡くならはった。思わずネットの記事やらウィキペディアを読んだ。

 1974年まで、三十年間も、ルバング島いうとこで戦争やってはった。盗んだラジオで、かなりのことを知ってはったみたいやけど、今の日本はアメリカの傀儡政権で、満州……これも調べた。中国の東北地方、そこに亡命日本政府があると思てはったみたい。日本に帰ってからは、ブラジルに大きな牧場とか持ってはったみたい。細かいことは分かれへんけど、画像で見る小野田さんは衝撃的やった……1974年の日本人は、今のあたしらと変わらへんかった。せやけど小野田さんはタイムスリップしてきたみたいやった。

 あたしの好奇心は続かへん。昼過ぎになってお腹が空いてくると、もう小野田さんのことは忘れてしもた。

 で、コンビニにお弁当を買いにいった。お父さんは粗食というか、適当にパンやらインスタントラーメン食べて済ましてるけど、あたしはちゃんとしたもんが食べたい。

「アスカやんけ」

 お弁当を選んでたら、関根先輩に声をかけられた。心臓バックン!
「美保先輩はいっしょやないんですか?」
 と、ストレートに聞いてしもた。
「美保はインフルエンザや」

 で、二人で高安銀座の喫茶店に行ってランチを食べた。

「アスカと飯食うなんて、中学以来やなあ」
「そ、そうですね(;'∀')」
 そこから会話が始まった。喋ってるうちに小野田さんの顔が浮かんできた。無意識に先輩のイケメンと重ねてしまう。

――覚悟をしないで生きられる時代は、いい時代である。だが死を意識しないことで日本人は、生きることをおろそかにしてしまっているのではないだろうか――

 ネットで見た小野田さんの言葉がよみがえる。憧れの先輩の顔が薄っぺらく見えた。
 その時店に入ってくるお客さんがドアを開け、その角度で一瞬自分の顔が映った。しょぼくれてはいてるけど、先輩と同じ種類の顔をしていた。
「なんや元気ないけど、身内に不幸でもあったんか?」
「みたいなもんです。遠い遠い親類」
「そうか、そらご愁傷さまやな」
「ええんです、ええんです。さ、食べましょ、食べましょ!」
 それから、互いに近況報告。二月の一日に芝居する言うたら「見に行く」て言うてもろた。ラッキー!

 家に帰ってパソコンを開いたら、蓋してただけやから、小野田さんのページが、そのまま出てきた。
――もういいよ。少しだけ分かってくれたんだから――
 小野田さんに、そう言われたような気がした。

 小野田さんは、ルバング島に三十年いてた。偶然やけど、お父さんが先生やってたのも三十年。お父さんは昭和二十八年生まれ。小野田さんが帰ってきはったときは大学の二年生やった。想いはあたしよりも大きかったんやろなあ。

 一階の仕事部屋に籠もってるお父さんと、無線ランで、ちょっとだけ通じたような気ぃがした。

 しかし、お父さんの元気がない顔に三日も気ぃつかへんかったんは、やっぱり今時の女子高生なんかな。

 
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高校ライトノベル・里奈の物語・12『似た者同士』

2019-07-02 06:21:27 | 小説3
里奈の物語・12『似た者同士』




「危ない!」
「キャ!」

 拓馬に引き倒されるようにして、アスファルトに転がった。
 それまで立っていたところをワンボックスカーがかすめていく。
 砂っぽいのと干し草みたいなのと二つのニオイがした。
「大丈夫か!?」
 伯父さんの声が降ってきた。

 車載カメラがワンボックスを捉えていた。

「ナンバーも車種も分かってるから、すぐに捕まえますよ」
 駆けつけたお巡りさんが眩しいくらいの頼もしさで言った。
 パトカーを見送ると、とたんに目眩がしてしゃがみこむ。
「病院に行こう」と言われたけど「いい、少し休めばいいから」と返事。
 拓馬の家のリビング、ソファーで横になる。
「ごめんな、つい力が入ってしもて」
 ティーロワイヤルをテーブルに置いて、目の高さで拓馬が言う。やっぱ干し草の匂い。
「ううん、ちょっとビックリしただけだから……」

 ほんとうはちょっとなんかじゃない、あの時の感覚が蘇ってしまったんだ……あの時の。

 たいしたことじゃないと思ってたけど、あたしが、こうなっていることにはいろんな原因がありそう。
 拓馬が心配し過ぎるので、身体を起こす。
「ありがとう……助けてくれなかったら轢かれてた……おいしい」
 二人称を省略してお礼を言う。不自然さをティーロワイヤルでごまかす。
「おばさんが着替え持ってくるて、電話で言うてはったよ」
「え、あ……うん」
 おばさんまで来たら、今里の店は臨時休業……申し訳ない。
「……オレ、拓馬、吉村拓馬。お祖父ちゃんの孫」
「うん……あ、あたし里奈、葛城里奈。伯父さんの姪」
 互いに芸のない挨拶。
「里奈って……引きこもりやねんやろ」
 いきなりの直球に、返事も表情も間に合わない。
「キ、キミも……でしょ」
 相手の足の下に地雷を置くような物言いになる。
「ハハハ、似た者同士、よろしくな!」
 元気よく伸びてきた手に、企まずして笑顔で握手。

 なんで、こんな奴が引きこもり? ってか、あたしも拓馬って二人称が喉まで出てるし……。 


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高校ライトノベル・時かける少女BETA・46≪国変え物語・7・秀吉のアクロバット≫

2019-07-02 06:12:00 | 時かける少女
時かける少女BETA・46
≪国変え物語・7・秀吉のアクロバット≫ 


 大地震の始末も十分につかぬのに、秀吉には早急に解決せねばならない問題があった。

 徳川家康である。

 家康とは小牧長久手の戦いと、その戦後処理(家康の戦の名目であった織田信雄を降伏させたこと)で五分五分の結末に終わっていたが、世間は、やや家康有利と感じている。秀吉は、なんとしても家康に臣従してもらわなければ、関東以北や九州への睨みがきかない。

 美奈は、この1586年(天正14年)さる大名家の一人息子の心臓病を心臓移植で治してやった。たまたま型の合う少年が大名の家来の娘におり、前年の地震の怪我がもとで亡くなった。その子の心臓を移植してやったのである。
 正直、美奈は不本意であった。あの地震のあと老若貴賤にかかわらず病人、怪我人は治してやっていたが、日本国中に何十万もいる怪我人病人を治してやることは不可能だった。この大名の子は生まれついての心疾患で、この時代の医療レベルでは助からない命であった。
「せめて脈だけでも」
 と、大名の立場を超え、一人の父親として頼まれたので、結果に責任は持てないことを条件に診に行った。

 大名屋敷に入って「あ!?」と思った。

 大名の老臣の孫娘が、その時、時刻を合わせたかのようにして亡くなったのである。美奈は半径100メートルの人間の健康状態が分かる。これは後年、秀吉の健康管理をするために持たされた能力だが、そのために、美奈は苦しんだ。全ての命を助けるわけにはいかないからだ。でも、この誘惑には勝てなかった。
 いま亡くなったばかりの少女の心臓は、大名の一人息子の心臓に適合していた。最適のタイミングでドナーが見つかったのである。

「あなたのお孫さんの心の臓を若殿の体の中で生かしてください!」

 気が付いたときには、老臣の家で頭を下げていた。老臣は、心臓だけでも孫娘が生きることを喜び、娘の二人の兄妹も、それを望んだ。
 平成の時代でも八時間近くかかる移植手術を、美奈は一時間で成し遂げた。摘出した心臓を冷蔵保存できないからである。
「この成功は、どうかご内密に。いつでも、誰にでもしてやれることではありませんので」
 美奈は、関係者にきつく申し渡しておいた。

 しかし、人の口には戸が立てられない。

 あくる日には、風呂に入っているところに五右衛門が現れて感激していった。
「あ、あなたは!?」
「美奈は、天下一の大泥棒だ。人の命を盗んで救けっちまうんだからな」
「ああ、もう……」
 美奈はがっくりきたが、五右衛門は体を寄せて感動を伝えてきた。いやらしい感じはなかった。五右衛門の変装も大したもので、ドナーだった娘ソックリに変装していた。五右衛門は信じられないことに、体の細胞を自由に変化させられる特異体質だった。裸で体の姿形まで変えられるのは、そういう能力があることの証明だったが、五右衛門自身自由にコントロールはできないようで、美奈に指摘され驚いていた。

「オ、おれのナニが無くなってる!」と驚いたことが証明していた。

 もう一人知っていた人物がいた。秀吉自身である。
「美奈、わしは心底驚いた。そなたは良いことをした。跡取りが無くなる大名家を助けただけではない。親が無くなったあと祖父に面倒を掛けるだけと心苦しく息を引き取った娘の魂を救い、大名の倅の命も救った」
「畏れ多いお誉めのおことばです。でも、だれにでもしてやれることではございませんので、どうぞご内密に」
「承知しておる。この度のことで、わしは閃いた。礼を言うぞ」
 その時の秀吉の心は読めなかった。単なる閃きの段階でしかなかったからかもしれない。

 秀吉は、時代を超えた閃きの天才なのかもしれない。

 家康は、今川家の正室を失って以来正室を持たなかった。
 秀吉は、そこに目を点け、すでに嫁いでいた妹の旭を離縁させ、家康の正室として送り込んだ。
 事実上の人質であるが、婚礼という形のため陰湿さは感じさせない。ただ無理矢理離縁させられた旭の夫は、バカバカしくなったのであろう、小なりとはいえ大名の身分をかなぐり捨てて出奔してしまった。

 しかし、家康は、これでも上洛し秀吉に臣従はしなかった。

「それならば!」

 なんと秀吉は、実の母親の大政所を旭の見舞いということで人質に出した。大政所自身は、秀吉の心遣いと感謝している。まことに秀吉は人たらしの名人ではある。

 家康は上洛して臣従することになった。

 旭と、その前夫には気の毒ではあったが、人の血を一滴も流さずに天下に平和をもたらした秀吉を好ましく思った。そして、そのアイデアのもとが、自分の心臓移植であったことには、気づかない美奈でもあった……。
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高校ライトノベル・『はるか 真田山学院高校演劇部物語・53』

2019-07-02 05:59:25 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
はるか 真田山学院高校演劇部物語・53 




『第六章 おわかれだけど、さよならじゃない2』

 明くる日は合評会。
 
 お菓子やジュースを並べ、観にきてくれた子も何人か交えて賑やかに始まった。

「よかったよ!」「すごかったよ!」と、みんな褒めちぎってくれた。
 ちぎって、ちぎって、ちぎり倒してちょうだい!
 しかし……。
 ちぎったお褒めの言葉を掃き散らすように、大橋先生は言った。
「合評会いうのんは、互いに批評する場所や。批評にはええことも悪いこともある」
「悪いとこなんかなかったですよ」
 由香が異議をとなえた。

「そうでもない……」

 先生は、記録に撮ったDVDを観ながら鋭く指摘した。不自然な力み。感情表現のフライング。ミザンセーヌ(舞台上での役者の立ち位置)が、稽古とは違ってしまい、かぶってしまったところ。心理的距離と物理的距離が合っていないことなど。
 やっぱキビシイー……落ち込むよぅ。
「提案が一つある。合評会は元来、言いっぱなし、言われっぱなしでかめへん。せやけど出てきたアイデアは生かしたいと思う」
「アイデアて、まだなんにも出てないと思いますけど……」
 タマちゃん先輩がおそるおそる言った。
「オレの頭には出てる。N音大からもろた譜面生かして挿入曲を増やそと思う。山中さんに譜面預けとくさかい、いけそうなん見つくろうてくれる。あんたの感覚は音大の学生並や……て、ひょっとして音大志望?」
「は、はい……一応」
 みんな驚いた。山中先輩はスーパーガールだ!
「いや、山中さんだけやない。キミらやったらいけると思う。稽古の休憩中に唄てた歌聞いてていける思た。なあ、乙女先生」
「は……はい」
 さっきから静かだと思ったら、乙女先生、顔が真っ青……。
 ズルズルっと先生が椅子からくずおれた!

 乙女先生!

 救急車を呼んで、乙女先生は病院へ行った。大橋先生と、職員室に居合わせた竹内先生が付いていった。
わたしたちは、どうしていいか分からず、そのままプレゼンに全員が残った。わたしたちは、先生達の都合なんて考えもしなかった。
 乙女先生には、要介護三のお母さんがいる。
 知識としては知っていても、その大変さを想像したこともなかった。
 先生は主婦であるとともに、要介護三のお母さんの娘であり、教師である。そして、その三つの立場には、またそれぞれわたしたちの想像もつかない様々なことがあるんだ。

 二三十分もたっただろうか、タロくん先輩のスマホが鳴った。
「オレや(大橋先生)乙女先生は大丈夫や。過労みたいやな。今は点滴やってる。で、よう聞けよ、これから一週間は部活休みにする。自分らも疲れてるやろ、オレも野暮用溜まってるさかいにな。あ、はるかと代わってくれるか」
「え、わたし?」

 先生はトコさんのケータイの番号を聞いてきた。ケータイを持たない先生だから当然といえば当然なんだけど、なんでトコさんだったんだろう……。

 幸い乙女先生は病院に一泊しただけで無事に退院。自宅療養。
 お見舞いを考えたんだけど、かえって先生の負担になるだろうと中止になった。
 われわれも、それぐらいの想像はできるようにはなったんだ。
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