大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・せやさかい・031『今日から期末テスト』

2019-07-03 12:30:17 | ノベル
せやさかい・031
『今日から期末テスト』 
 
 
 
 こういうことだけダンドリがええ。
 
 
 登校すると、田中さんの机が無くなってた。
 あたしみたいに気にしてるもんにしか分からへん巧妙なやり方で。
 
 というのは、今日から期末テストで、座席は出席番号順。
 
 初めての期末テストいうこともあって、みんな、そっちのほうに頭がいってる。メモ用紙に単語やら用語を繰り返し書いてるもん、単語帳をめくりながらブツブツ言うてるもん、蛍光ペンでノートや教科書に線ひいてるもん、アッと声をあげて勉強できる子ぉになにやら確認してるもん、もうあきらめて机に突っ伏してるもん。
 
 やってることは様々やけど、テストモードに入ってて、転校した田中さんのことなんか無かったことのよう。
 
 ひょっとしたら、田中真子なんて子は始めから存在せえへんパラレルワールドに来たみたいや。
 しかし、パラレルワールドではない。教室の後ろに貼ってある座席表には田中さんの名前が残ったままや。やっぱり、菅ちゃんのやることは、どこか抜けてる。
 
 答案用紙に答えを書きながらも考えてしまう。
 
 もし、外階段から飛び降りようとした田中さんを助けてなかったら、助けたんは頼子さんやけど、あたしも留美ちゃんも心臓がねじ切れるんちゃうかいうくらい驚いた、ショックやった。
 でも、あれで吹っ切れたんか、田中さんは平気な顔して、あたしに水泳を教えてくれた。菅ちゃんは露骨に安心した顔になってたしぃ。
 イジメられてる中学生なんて、学校に十人はおるやろ。大阪の中学校は500ぐらいやと聞いた。掛けたら5000人。
 その中の、ほんの二三人が自殺する。二三人いうのは、ニュースとかで生徒が自殺して取り上げられるのが、大阪では二三人いう印象やから。田中さんは、この二三人に入るはずやと思う。
 学校は、田中さんが死のうとしたん知らんさかい、こんなフェードアウトみたいにしたんや。
 
 あ、あかん。答案用紙の半分も埋まってない!
 
 慌てて答えを書いて、最後の一マスを埋めたとこでチャイムが鳴った。見直すヒマもあらへんかった。
 
 テスト中に部活はあれへん。そやけど――三時くらいまでは居るから――という頼子さんの言葉を思い出して部室に向かう。
 
「あら、ちょうどお茶淹れるとこよ」
「ラッキー! 頼子さん、大好きいいい!」
「フフ、その明るさは凹んでるパターンね」
「え? ええ!?」
 正直、あたしはピョンピョンとジャンプまでして喜んだんやけど、なんで分かる?
「伊達に三年生やってません」
「なるへそお~」
 
 なるへそと言いながら分かってません。ただ、今は頼子さんの自然な明るさに甘えてみたかっただけです。
 
「ねえ、夏休み、合宿しない?」
「合宿!? いいですねえ! やりましょやりましょ!」
 沸騰するヤカンの勢いで返事をする。
「で、どこで合宿するんですか?」
「留美ちゃんにも聞いてからだけど、京都の姉妹都市よ」
 京都の姉妹都市? 奈良かなあ?
「いいですねえ!」
「じゃ、決まりね! この夏はエディンバラだ!」
 
 え、エディンバラ……!?
 
 ビックリしてると救急車の音、わざわざ見にいくほどのイチビリやないんで、静かにお茶にした。
 エディンバラ……どんなとこやろなあ。
 
 

☆・・主な登場人物・・☆

  • 酒井 さくら      この物語の主人公 安泰中学一年 
  • 酒井 歌        さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。
  • 酒井 諦観       さくらの祖父 如来寺の隠居
  • 酒井 諦一       さくらの従兄 如来寺の新米坊主
  • 酒井 詩        さくらの従姉 聖真理愛女学院高校二年生
  • 酒井 美保       さくらの義理の伯母 諦一 詩の母
  • 榊原留美        さくらの同級生
  • 夕陽丘・スミス・頼子  文芸部部長
  • 瀬田と田中(男)       クラスメート
  • 田中さん(女)        クラスメート フルネームは田中真子
  • 菅井先生        担任
  • 春日先生        学年主任
  • 米屋のお婆ちゃん
 
 
 
 
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高校ライトノベル・連載戯曲『梅さん⑨』

2019-07-03 06:54:50 | 戯曲
連載戯曲『梅さん⑨』 


 
 
 暗転。
 
 梅の鼻歌におでんの材料を切る音や仕込みの音が重なって明るくなる

: ……ねえ、梅さーん。
:(声) もうちょっと、待ってて……
: ……お料理しながらでも話しできるでしょう……いったい何があったのよォ、進一とォ? 
 えらく楽しそうに話したり、肩さわられたり、じゃが芋のお手玉とかしてニコニコしちゃったり、
 そうかと思うと急に真剣な顔になっちゃって、幻だって言われたってスネちゃうよー。
:(声)もうすぐだからね、今仕上がるとこ。
: 最初の「もうすぐ」から二十分はたってるわよ、明治時代の人って気が長いんだからもう。
 ……でも、いい匂い……つまみ食いしちゃおっかな(小声で)
:(声) いけません、つまみ食いは。
: 聞こえてんだ……もう、早くしないとお母さん帰ってきちゃうよ。

 上手から、襷をほどきながら梅あらわれる

: 大丈夫だよ、わたしたちの用件が済むまでは、お母さんは帰ってこないから。
: もう、びっくり、また幻? あ、ひょっとして……?!
: 今度は進一じゃないよ。
: なんだ……え、じゃ誰と!?
: 元締め。ちょっとこみいった話しをね。
渚: あたし、もう覚悟はできてる……でも、進一のこと、最後に聞かせてほしい。
: うん、わたしも……あんまり時間がないから、手短に言うわね。
: うん。
: 最初は頭を打ったのかと思った。次に……魂が誰かと入れちがったんじゃないかと疑った……
: 梅さんとあたしみたいに……?
: うん。ところが、進一は剪定される寸前だったんだ。
: ……?
: わたしの受持外だったからわからなかったけど、その剪定の直前にあの子は事故を起こしてしまった。
 めったにないことだけど、〇・一パーセントの誤差。担当の剪定士が出向く一時間前。
 ほんとうは、ほとんど即死に近い状態だった。あのバイクの壊れ方を見ればわかるでしょ?
: じゃ……
: あの子は進一のままよ。
: え……どういうことよ?
: 進一のままだけど、あの子の心の中には同居人がいる。間垣平四郎という守護霊みたいなお兄さんがね。
 その平四郎が、自分の支配を受け入れることを条件に命をたすけた。だから無傷なの。
 予定通り一時間後に来た剪定士は、もう手が出せなかった。
: それで、進一は?
: がんばってるわ、平四郎にしぼられながらね。
 でも、がんばれるのは進一がもともとは素質のある子だから、目標を持てばがんばれる子。
 あそこも、親がほったらかしでグレちゃった口なんだけどね……進一は、今でも渚のことが好きなんだよ。
: (恥じらってうつむく)
: ただ、今は修行中の身だから、平四郎が会うことを禁じている。
: 大事なときなのね、進一にとって今は……あたし、やっぱり……(ポロリと涙がこぼれる)
: 今の渚のままでいたい……だろ?
: うん……(とめどなく涙が流れ落ちる)
: 平四郎、渚のことも認めてた。顕微鏡レベルのひとのよさを……懐の広いというか、わからん男よ。
: ……(泣きながらも、梅の言葉を真剣にうけとめようとしている)
梅: 平四郎さん、人を剪定することには反対なの……ほら、この源七の盆栽。
 大きな蕾たちの中に一つだけ小さい蕾が残してあるでしょう……ほら奥の方にちょこんと……。
 わたしも平四郎さんに言われて初めて気づいたんだけど。
: ……ほんとだ、こんな目立たないところに……。
: 近くの蕾の障りになるかもしれないけれど、その蕾はわざと残した。
: どうして……
: 剪定者の勘。白い花たちの中で、それ一つだけが、ほんのり紅梅……うすい桃色になる可能性があるんだって。
 蕾を支えている枝の流れ方や色つやまでみなきゃわからないことらしいけど、
 咲くと意外に大ぶりで、梅の木全体に締まりが出ていい景色になるって。
 ……たとえ〇・一パーセントでも可能性があるのなら、そのままにしておいて、観察してみた方が良いって……。
 その責任は僕がとるよって言ってた……この蕾は渚のことだよ。
: ……あたし……。
: 今のままだよ。
: ほんと?……ほんとにほんと?……うれしい、梅さーん!(梅に抱きつき、梅は母親のように渚を包むように抱き留める)
梅: よかったね、進一がもう少し安心できるようになったら、そう思えたら時々様子を見に来るってさ、
 「チワー」って御用聞きを兼ねて。そして二人とも安心できるようになったら、そう思えたら……
 進一の支配も解いて自由にしてやるって……元締めには叱られた。罰として、しばらくはこっちの世界には来られなくなる。
: ええ、せっかく……。
: やっぱり、わたしの娘にうまれたかった?
: その……友だちになれたのに……。
: ハハハ、ひいひい婆さんを友達にしちゃったんだ……さあ、そろそろ行かなくっちゃ!
: 今度いつ来るの?
: 百年くらい先。
: ひゃ、百年……!
: 元締め怒らしちゃったから。でも、あっという間よ百年なんて。
: じゃ……がんばって百二十歳まで生きる。
: その前に渚の方がこっちに来ちゃうよ。いいお婆ちゃんになっておいで……
: アハハ……そうだね。なんか嬉しいような悲しいような……一つ聞いていい?
: うん、あんまり時間はないけど。
: 平四郎さん……生きてたときに、その……かかわりのあった人?
 (この会話の終わり頃、上手奥に目立たぬようにふくがあらわれている)
       
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高校ライトノベル・高安女子高生物語・14〔スターとの遭遇〕

2019-07-03 06:49:31 | 小説・2
高安女子高生物語・14 
〔スターとの遭遇〕         


 偶然目ぇが合うてしもた。

 一瞬メガネを取った顔は、若手女優の坂東はるかやった!

 あたしは、稽古の後、桃谷の駅まで来て台本を忘れたのに気ぃついた。で、振り返ったときに至近距離で遭遇した。
 なんかのロケやろか、ちょっと離れたとこにカメラとか音響さんやらのスタッフがいてる。休憩やねんやろな。スターは駅前の交差点で、ボンヤリと下校途中の高校生を見てた。で、あたしは、そのワンノブゼム。
 当然、声なんかかけてもらわれへんし、掛けてる間ぁもない。はよせなら、また南風先生に怒られる。

「あなた演劇部?」

 無事に台本を取って、駅に戻ったとき、なんとスターの方から声かけられた。
「あ、はい。OGHの演劇部です」
「OBF、そこの?」
「あ、あれは大阪市立の方です。あたし府立のOGH、元の鳥が辻高校です」
「ああ、そうなんだ。それなら、隣の学校だから覚えてる」
 あたしも思い出した。坂東はるかは、東京の女優やけど、一時家の都合で大阪に引っ越して、府立真田山高校に転校してきたんや。
「そう、その真田山高に行くんだけど、いっしょに行く同窓生が仕事でアウト。どうだろ、よかったらお供してくれないかな?」
「え……!?」

 心臓が、口から出そうになった。スターの一言でスタッフが集まってくる。

 最初に、勝山通りのお勝山古墳に行った。前方後円墳なんやけど、勝山通りで前方部と後円部に断ち切られてる。このあたりの地名の元になってるわりには、かわいそうな古墳。
「大阪に来て、編入試験受けるとき、西と東を間違えて、ここまで来て気づいたの。なんだか東京と大阪に絶ちきられた自分の人生と重なっちゃって、ハハハ、情けないけど涙が出たの思い出しちゃった」
「テストは間に合うたんですか?」
「うん、時間一時間勘違いして早く来ちゃったから」
「あたしら、意識したことないけど、初めての坂東さんには、そない見えるんですね」
「そうよ。この歩道橋が前方部と後円部を結んでるでしょ。なんだか、わたしの人生を結んでる架け橋に見えてね。実際この歩道橋渡って向こうに回って桃谷駅まで戻ったの」
「ええ話ですね。人と状況によって、モノて違うて見えるんですね。いつもコーチの先生に言われてます。物理的な記憶や想像で感情を作っていけて」
「本格的ね。わたしも気が付いたら演劇部に入れられて、コーチからみっちりたたき込まれたわ」

 それから車で桃谷の駅に戻って歩き始めた。坂東さんの通学路や。

「懐かしいなあ……そこのマックの二階」
「『ジュニア文芸八月号』 あそこで吉川先輩に見せられたんですよね!」
「よく知ってるわね!」
「本で読みましたから。あれ、ちょっとしたバイブルです」
「ハハハ、大げさな!」
「ほんまですよ。感情の記憶なんかの見本みたいなもんですから。親の都合で急に慣れへん大阪に来た葛藤が坂東さんを成長させたんですよね」
「うん、離婚した両親のヨリをもどしたいって一心……いま思えば子供じみたタクラミだったけどね。明日香ちゃんはなに演るの?」
「あ、これです」
「『ドリームズ カム トゥルー』いいタイトルね」
「一人芝居なんで、苦労してます」
「一人芝居か……人生そのものね。きっと人生の、いい肥やしになるわ」
「そうですか?」
「そうよ、良い芝居と、良い恋は人間を成長させるわ」

 あたしは、一瞬馬場先輩が「絵のモデルになってくれ」と言ったときのことを思い出した。あれて、芝居で、あたしが成長してきたから?
「なにか楽しいことでも思い出したの?」
 まさか、ここで言うわけにはいかへん。編集はされるんやろけど、こんな思いこみは言われへん。
「明日香ちゃんて、好きな人とかは?」
「あ、そんなんは……」
「居るんだ……アハハ」
「いや、あの、それはですね」

 あかん、自分で墓穴掘ってる!

「良い芝居と、良い恋……恋は、未だに失敗ばっかだけど」

 あたしも、そう……とは言われへんかった。
「あ、真田山高校ですよ!」
「あ、プレゼンの部屋に灯りが点いてる!」

 どうやら、ドッキリだったよう。学校に入ったら、本で読んだ坂東はるかさんの、お友だちや関係者が一堂に会してた。

  なんや知らんうちに、あたしも中に入ってしもて遅くまで同窓会に参加してしもた。
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高校ライトノベル・里奈の物語・13『挑戦的引きこもり・1』

2019-07-03 06:38:23 | 小説3
里奈の物語・13『挑戦的引きこもり・1』


 干し草の匂いを知っているわけじゃない。

 ラノベで、そう言う表現に出会って「素敵だなあ」と思い。DVDで見た映画に、ピッタリの情景があった。
 昨日「骨董吉村」の前でワンボックスに轢かれそうになり、とっさに拓馬が庇ってくれて……その時の彼のニオイ。

 あの後、目眩がしたのは、事故のショックかニオイのせいか……一日たった今日は分からなくなってしまった。

 あのワンボックスを運転していたのは、あたしたちと同じ不登校の高校三年生だった。
 あたしは轢かれかけただけだけど、ワンボックスは、あの後一キロちょっと走って人を撥ねた。
 撥ねられたのは、これまた同じ不登校の中学生。
 中学生は、近所のコンビニに行く途中の災難だったらしい。
 その中学生は、怪我が治っても、もうコンビニにも行けず、本格的に引きこもってしまうだろうなあ……。

 偶然が重なったんだろうけど、引きこもりや不登校はこんなに多いんだ。

「……こんな感じで倒れたんです」

 あたしに触れ合わないように身体を重ね、拓馬がお巡りさんに説明。
 ここまでやるかと思ったけど、実況見分は厳密だった。
「なるほどな、この位置でミラーにワンボックスが写って、直ぐに里奈さんを庇った。その時にワンボックスが通るのを、里奈さん見てたんやね?」
「はい」
「班長、時速50キロぐらいですね」
 バインダー持ったお巡りさんが、素早く計算して班長のお巡りさんに報告。
「車載カメラの映像では60キロは出てるから、アクセル踏んどるなあ……君らを撥ねかけたのは自覚しとおるなあ」
 どうやらワンボックスの高校生が、あたしたちを轢きかけたことを自覚していた証拠を固めているようだ。

 故意か過失かで責任の重さが変わってくるんだろうな……。

 拓馬のお祖父ちゃんが験直しにすき焼きを作ってくれる。
 割り下を使わないすき焼きは新鮮。関西に越してきて、数少ない好印象の一つ。
「ねえ、拓馬君」
 すき焼きの新鮮さか、二日間に渡って友だちの距離さえ超える近さ、そのせいか「君よび」が自然に出てくる。
「ん……ハフハフ……」
「拓馬君て、引きこもりだよね?」
「ホ……ヘヘハ……ヘホ……ハホ……」
 かなりの猫舌のようで、熱々のお肉が呑み込めず返事ができない。
「ハハ、ちゃんと卵で冷ましてから食べんかいな」
 お祖父ちゃんが笑いながら言う。それだけでリビングに温かさが満ちる。
「ハハ、やっぱり同類には分かるねんな」
 外国旅行で日本人に会ったら、こんな具合という人懐こしい顔を向けてくる。
「一見そういう風には見えないけどね」
「ああ、オレは挑戦的引きこもりやさかいな」
「挑戦的引きこもり……?」
「うん」

 干し草に火が付いたような気がした。


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高校ライトノベル・時かける少女BETA・47≪国変え物語・8・禁教令の裏の裏≫

2019-07-03 06:30:35 | 時かける少女
時かける少女BETA・47  
≪国変え物語・8・禁教令の裏の裏≫


 秀吉は一滴の血も流さずに家康を臣従させた。まさに人たらしのアクロバットであった。

 妹の旭を正室という形で、さらに、その見舞いという形で実の母親である大政所を家康のもとに送った。天下制覇の実績で見れば、圧倒的に秀吉が有利に立っていたにも関わらずにである。
 両者の支配領域は日本の2/3を超える、それも畿内から東海にかけての日本の中枢部である。応仁の乱以来、この地方の人々は戦に倦んでいた。

「関白殿下は大したお人や!」

 道頓は、座敷に地図を開きながら唸っていた。道頓なりに秀吉の役にたってやろうと思っているのである。
 もともと秀吉のファンなのだが崇拝するという具合ではなく、成功した兄貴分の役に立ちたいという気分で。べた付いたところが無く、そういう力の抜けた爽やかさが秀吉にも好かれている。
 脇に娘が二人座っている。一人は美奈、もう一人は五右衛門が化けた娘である。まるっきりそのままではなく、多少変えて、名前も桔梗と名乗っている。美奈の心臓移植以来、自分の細胞を自由に変える術を覚えてから、五右衛門は、しばしば心臓を提供した娘に変化(へんげ)する。五右衛門は供養のつもりでいたが、無意識に娘への変身を楽しんでいる風でもあった。
「昨日、関白殿下は、お忍びで家康様をお訪ねになられました」
 五右衛門の桔梗が感動の声で言った。
「え、ご対面は、今日の午後からやと聞いてたけどな」
「それが、関白殿下なのです」
 桔梗は、要領よくかいつまんで話した。

 秀吉は、わずかな伴を連れただけで、酒をぶら下げ、なんの前触れもなく家康の宿所を訪ねた。

「旭の婿殿はおられるか?」
 まるで親類のオッサンの気楽さである。突然の関白の訪問に、家康以下家臣たちまでも浮足立った。
「なんのなんの、構うてくださるな。前祝に猿めが嬉しゅうてたまらんので参っただけのこと。主はいずこに!?」
 家康の家臣がうろたえる中、秀吉は、ずんずんと奥へ足を運び。勝手に家康の部屋を見つけて入ってしまった。
「そのままそのまま、ご家来衆も気楽にされよ。家康殿、この度は猿のわがままを聞いてくだされ、この通りじゃ!」
 秀吉は、家臣たちが居る中で、家康に深々と頭を下げた。
「殿下、どうぞ頭をお上げくだされ」
 たまらずに家康は、そう言った。
「いや、わしは嬉しゅうてならんのじゃ。元をただせば尾張の百姓の倅。いわば土くれにすぎなかった。それを信長様が人がましい武士に取り立ててくださった。今の天下は、儂の者だとは思うてはおらん。信長様からお預かりしたもんじゃと思うております。そえゆえ、天下統一に血は流してはいかんと思うてござる。明日は、城にて正式の体面となり、家康殿に頭を下げてもらわねばならぬ。それがお気の毒で、その前に心のあるままをお伝えしておきたかった。とにもかくにも、家康殿、まことにかたじけない!」
 上げた秀吉の顔は、涙でクシャクシャになっていた。海千山千の家康の家臣たちも、この秀吉には感動した。

 秀吉は、さんざん酒を酌み交わし、場の空気を柔らかくしてから、こう言った。

「明日は諸大名の前で、頭を下げてもらわねばならぬ。しかし、それは天下のための方便でござる。儂と家康殿は義兄弟。家康殿の心根は越前朝倉攻めのおりに、金ケ崎でわしが殿(しんがり)を務めた折、ねぎらいの言葉をかけていただき、ご家来二百をお貸しいただいたころから本物と存じてござる」

 この話題には、家康も胸が熱くなった。

 浅井の寝返りで朝倉との挟み撃ちになたっとき、信長は「逃げる」と一言言って、戦場を離脱した。
 武将たちはことごとく置き去りにされた。しかし、当時の戦は大将の首が取られなければ負けにはならない。信長配下の大名たちは、それを十分承知していたので、信長の鮮やかな逃げっぷりに驚くものはあっても非難するものはいなかった。ただ、殿(しんがり)は織田家中の者が勤めなければ、織田家としては信を失う。
 そこで、中級将校でしかなかった秀吉が名乗りを上げた。あの時の秀吉に嘘もハッタリもなかった。ただ主人信長を生かしてやりたい。その一言であった。家康は、それを思い出し、不覚にも目を熱くした。

「で、相談でござる……」

 秀吉は、明日の対面、居並ぶ大名の前で「殿下の陣羽織を頂戴いたしたく存じます」と言ってくれと言った。
「この家康が臣従いたしましたからには、殿下に二度と陣羽織をお着せするようなことはございません」
 という殺し文句まで用意していた。
 これで、天下の大名どもは「あの徳川殿でさえ」と、いっそう秀吉のもとに結束を強めるに違いない。

「えらいなあ、関白殿下は。儂も、なんかしてお役にたたんとなあ……」
 道頓は、地図を前に天井を仰いだ。
「せや、外堀の南に、もう一本掘ろ!」
「外堀の、外堀ですか?」
「いや、商いのための運河じゃ。浪速の海から直接に大坂の街に運河を掘ったら、荷運びが、ごっつい便利になる……縄張りは……」

 これが道頓堀掘削の最初であった。

 秀吉は、その年(1587年)の夏に、キリシタンの禁教令の第一号を出している。信教については寛容な秀吉だったので、意外に思った美奈は、秀吉に聞いてみた。
「キリシタンは悪くはない。どうがんばっても日本人全てを改宗させることはできん。せいぜいがんばっても、日本人の一分を超えることはない。なんせ八百万の神々の国じゃからな。しかし大友が、長崎をキリシタンにくれてしまいよった。一部の日本人が奴隷としても売られておる。ただの信教であれば何も言わん。その裏の野心を放置しておくわけにはいかん」

 美奈は、まだ秀吉は正常で偉大だと思った。
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高校ライトノベル・『はるか 真田山学院高校演劇部物語・54』

2019-07-03 06:11:44 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
はるか 真田山学院高校演劇部物語・54 



『第六章 おわかれだけど、さよならじゃない3』

 その明くる日、のびのびになっていたワーナーの新作家族愛映画を由香といっしょに観に行った……でも、なぜか吉川先輩のことにはお互い触れずじまいだった。

 いつも通り、一人で夕食をすますと(確認しときますけど、大阪に来てから土日を除いて、夕食は一人なの。もっとも、材料とレシピは用意してくれている。逆に言うと、お母さんは、平日は志忠屋のマカナイで昼夜の食事をとっている。で、栄養管理にうるさく。このごろタキさんは「オカンみたいや」とぼやいている。同感って、わたしには本物の「オカン」なのだから始末が悪い)ちょっとした親孝行にと、ビールを冷蔵庫に入れた。
 そしてボンヤリと月をながめて……って、べつにオオカミ女になったりはしないのでご安心を。
 気がつくと、マサカドクンが正座してなにやらスマホを打つ真似をしている……よく見ると、マサカドクンがちょっと変だ。
 今まで、ぼんやりした凹凸でしかなかった顔立ち。そこに三つの点のようなものがにじみ出している……目と口……?
「マサカドクン」
 下の方の点が、ビビっと震えた。
――ウ、ウ、ウ……
「マサカドクン……!?」
――ウ、ウ、ウ……
「マサカドクン、ちょっと立ってみ」
――ウ
 立ち上がったマサカドクンは少し背が高く……いや、頭が小さくなって四頭身ぐらいになっている。長いつき合いだけど、こんなことは初めてだった。
――ウ。
 マサカドクンがスマホを示した。
 それだけで意味が分かった。
「お父さんにメールしろって……!?」
――ウ。
 ウスボンヤリしたマサカドクンの顔を見ているうちに心が飛躍した。
 乙女先生→乙女先生のお母さんの介護→ワーナーの家族愛映画→スミレとカオルの心の交流→失われたうちの家族→元チチ……。
 三ヶ月封印していたメールを元チチに打った。
「はるかは元気だよ」と、一言。そしてカオル姿の写メを添付した。

「ビール飲みたーい!」

 汗だくでお母さんが帰ってきた。
「冷やしといた」
 パジャマ姿に歯ブラシの娘が、顔を出す。
 ドアを開けるなり、母子の会話。
「サンキュー、親孝行な娘を持ったなあ♪」
 このシュチエーション、まんまビールのCMになりそう。

「グビ、グビ……グビ……プハー!」

 お風呂上がりに極上の笑顔!
「ゲフ!」
 色気のないスッピンでゲップ……CMになりません。
 でも、一日の終わりが機嫌良く終われるのはめでたいことであります。
「今日、乙女先生が来たわよ」
「え……」
「大橋さんと、トコちゃんもいっしょだった」
「なに、その組み合わせ?」
「乙女先生のお母さん、介護付き老人ホームに入ることになった」
「そうなんだ……」
「だいぶためらってらっしゃったけど……」
 二本目の缶ビールを、この人はためらいもなく開けた。
「そのために、先生とトコさんが来たのか」
 わたしは麦茶のポットを取り出した。
「うまい具合に、乙女先生の家の近所に新しいのができたの、で、見学の帰りに志忠屋に寄って、思案の結果ってわけ。わたしはタキさんとカウンターの中で聞いてただけだけどね。どうしても姥捨ての感覚が残っちゃうのよね」
「だろうね……オットット」
 注いだ麦茶が溢れそうになった。
「トコちゃんが言うの『介護ってがんばっちゃダメなんですよ。介護って道は長いデコボコ道なんです。がんばったら、介護って長い道は完走できません。この道は完走しなきゃ意味ないんですから。施設に入れるんじゃないんです。利用するんですよ。ね、先生』って……大橋さんもね、ご両親、施設に入れ……利用してらっしゃるの。知ってた、はるか?」
「……ううん」
 先生のコンニャク顔が浮かんだ。そういう事情とはなかなか結びつかない。
「あの人の早期退職もそのへんの事情があるのかもね……はるか」
「ん……?」
「お母さんのこと手に負えなくなったら、はるかもそうしていいからね」
 と、飲みかけのビールを置いた。
 そんな……と、思いつつ、ある意味、とっくに手に負えないんですけどね……と、麦茶を一気飲みした。
「ゲフ……」
 麦茶でもゲップは出るんだ。

 ベッドに潜り込もうとしたら、メールの着メロ。
……元チチからだ!

 心が騒いで、しばらく開けられなかった……。
 タイトルは『視界没』で……本文は無し。
 写真が添付されていた。懐かしい青空、その下に荒川。かなたに四ツ木橋、新四ツ木橋、京成押上線が重なって見える……いつも紙ヒコーキの試験飛行に付いていったポイントだった……思い出した、家族三人で最後に行ったとき……元チチは、ここで視界没をやったんだ。

 あれから、もう八年になる……。
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