師団機動車北斗(大塚台公園に静態保存されているC58)は、始動と同時に降下した。
十メートルほど降下して発進すると、大塚台公園の地下をSの字に助走したあと、空蝉橋通りの地下を直進。
空蝉橋北詰の街路樹に似せた加速機でブーストをかけられ、降りしきる雨の中を一気に東京の空に駆け上がった。
発進中は次元転移が働いているので地上の交通の妨げになったり衝突したりすることは無い。
「ブースト完了、第二戦速で九州を目指します。ブースト閉鎖、赤黒なし」
「ブースト弁閉鎖、赤黒なし、機関オートに切り替え」
「上空にエニミーの痕跡を認めず」
「警戒レベル3、前方にシールドを張りつつ対空警戒」
「フロントシールド展開、対空スコープ異常なし」
友里の発声をノンコと清美が復唱して、女子高生とは思えない手際で、キビキビと操作する。
「いつの間に三人を……」
「三人は傀儡だ」
「ウッ……」
懐かしくも忌まわしいブリンダの言いざまに、体中の血液が沸騰しかける。
傀儡とは技能抽出提供を意味する。
大戦中に、官民を問わず潜在的技能が優れた者を意識を眠らせたまま特務師団に徴発したことで、技能徴用が正しい呼称だが、意識を眠らせているため、俗に『傀儡』と呼ばれる。
「師団長、いつの間に取り込んだ!?」
『阿佐ヶ谷に自衛隊メシを食べに来た時だよ。マヂカとの相性がいいのでな、技能徴用ではなく自発的に志願してもらうつもりでいたが、緊急事態だ、了解してくれ』
「しかし……」
『大塚台の基地も未完成なのだ。基地への出入りもテディ―がいなければできない状況だったのは分かっているだろう』
「三人を使うのは今回限りにしてほしい……」
「とりあえずはブリーフィングだな」
ブリンダが現実的なことを言う。
『九州地方の梅雨前線に紛れて霊魔が侵入している』
「「霊魔だと?」」
ブリンダと声が揃う。
『ああ、七十四年ぶりの復活だ』
「霊魔に間違いは無いのか?」
霊魔というのは、魔法少女にとって宿縁の敵だ。七十四年前、裏大戦で辛うじて撃破したが、我々魔法少女も眠りにつかざるを得ず、休息するだけの健康を取り戻すのに七十四年を要したのだ。
「霊魔が相手なら、司令も乗っていなけりゃおかしいだろ」
そうだ、指揮官先頭は軍隊の常で特務師団とて例外ではない。師団長が同行しないのは中隊規模の威力偵察か少数軽装備の敵の排除と決まったものだ。
『機動車も万全ではない。私が乗れば積載霊能力を超えてしまう』
「それなら、須藤公園の河童が居るのはどういう訳だ?」
『ブリンダのジェネレーターだ』
先日、千駄木女学院でのことを思い出した。ブリンダが目をやられたのを河童が助けた……いや、目を痛めたことそのものが、ブリンダも万全ではない証拠でもある。横を見ると、ブリンダはソッポを向き、河童がバツの悪そうな顔をしている。ジェネレーターということは、ブリンダの魔力そのものも減衰しているのだろう。
「それで、霊魔の情報は」
『乙一の水ドラゴンだ。打撃力はそれほどでもないが、水性攻撃能力は相当だ。やつの影響で九州地方は最大の警戒態勢で百万人に避難勧告が出ている。かならず裏次元でせん滅し現次元に越境させないよう、二人共同して事にあたれ』
事にあたれとは、なんともアバウト。文句の一つも言ってやろうと思ったら、清美の声が響いた。
「二時方向に次元断裂を確認、距離5000、水ドラゴン突っ込んでくる!」
考える前に体が動いた……。