脳みそか心臓の血管が切れたんかと、ドキッとする。
歳の割に元気なお祖父ちゃんのことをお母さんはこない言う「きっと大好物のすき焼き食べてるときにポックリ逝くでぇ」と。
わたしは、お祖父ちゃんの口をこじ開けて、口いっぱいに頬張った肉やら糸こんにゃくを掻き出して、マウストウーマウスの人工呼吸をしてあげならあかんと覚悟した。
きのう学校で救急救命の講習会があった。夏休みを控えて各クラブから三名以上が出席して人工呼吸とか蘇生法とかの訓練。
頼子さんも「さくらを合宿の救急隊長に任命します!」と大真面目な顔で宣言。
その救命救急の初体験をお祖父ちゃん相手にやることになるとは思えへんかった(-_-;)。
救命救急というと、人工呼吸!
気道を確保して、直接口をつけて息を吹き込む。もう完全なディープキスやんかあああああああああ!
13歳にして人生初のキス! その相手がお祖父ちゃん!?
そやけど、救急車がやってくるまでの数分間が運命の分かれ道。
うん、しゃあない! 任せといてお祖父ちゃん!
……お祖父ちゃんのお箸が止まった数秒で、これだけの妄想が湧いてきた。
「……救急車や」
お祖父ちゃん、自分で救急車をよぶ?
いやいや、それは妄想や。もう、ややこしい!
ちゃう。遠くのほうからサイレンの音が聞こえてくる。サイレンというのはよう聞かんと、パトカーか消防車か救急車か分かれへん。
しかし、七十年以上生きてると、その違いが瞬時に分かるみたい。
「近くやなあ」
今度は伯父さんが箸を置いた。てい兄ちゃんは肉を咀嚼しながら次の肉に目を向けてる。伯母さんと詩(ことは)ちゃんはサイレンが聞こえてくるサッシのほうを向いてる。
佐伯さんの家だよ!
ちょうど帰ってきたお母さんが玄関のほうで声を上げる。
「しまった!」
ひとこと言うと、糸こんにゃくの切れっぱしをまき散らして飛び出していった。
血相を変えたお祖父ちゃんに続いて、食卓のみんなも飛び出す。わたしも、卓上コンロのガスが消えてるのを確認して飛び出す。
佐伯さんは道路一本隔てたお隣さん。やさしげなお婆ちゃんが住んではる。
つっかけ履いて、境内を突っ切って山門の外へ。
ご近所の人らも集まりかける中、救急隊員の人らは空のストレッチャーをしまうと救急車を出してしもた。
その代わりに、別のサイレンが近づいてくる。さっきとは違う、あれはパトカーや。
お祖父ちゃんは、佐伯さんの家から出てきた男の人と向き合ってた……。
☆・・主な登場人物・・☆
- 酒井 さくら この物語の主人公 安泰中学一年
- 酒井 歌 さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。
- 酒井 諦観 さくらの祖父 如来寺の隠居
- 酒井 諦一 さくらの従兄 如来寺の新米坊主
- 酒井 詩 さくらの従姉 聖真理愛女学院高校二年生
- 酒井 美保 さくらの義理の伯母 諦一 詩の母
- 榊原留美 さくらの同級生
- 夕陽丘・スミス・頼子 文芸部部長
- 瀬田と田中(男) クラスメート
- 田中さん(女) クラスメート フルネームは田中真子
- 菅井先生 担任
- 春日先生 学年主任
- 米屋のお婆ちゃん
- 佐伯さんのお祖母ちゃん