大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・094『M資金・26 ハートの女王・7』

2019-11-02 13:46:06 | 小説

魔法少女マヂカ・094  

『M資金・26 ハートの女王・7』語り手:ブリンダ 

 

 

 ヤバくないか?

 

 不可抗力とはいえ、宮殿の壁に穴を開けてしまったのだ。融通の利かない衛兵長や、まだ見たこともないお役人なんかに見つかったら、どんな災厄が降りかかるかしれない。

「なにか埋めるものは無いの?」

 マヂカも同じ発想のようで、キョロキョロと探し始める。

「ロウソクばかりだな」

「無いよりましかも」

「ロウソクは柔らかいから、押し込めば馴染むかもしれない」

「「やるか!」」

 意見が一致、マヂカと百本入りのパッケージを開けまくる。そして、両手に持った数十本のロウソクを穴にあてがおうとした。

 ヒューーーーーースポン! ヒューーーーーーースポポン!

 壁の外で風が吹いているようで、穴まで持って行ったロウソクはスポポポポンと吸い出されてしまった。

「低気圧が接近しているのかもしれない、早くやろう」

 気を取り直して、次のロウソクに手を出そうとすると、ロウソクの箱が次々に開いて、ロウソクたちは次々と吸い出されていく! 

 スポポン スポポポポン スポポポポポポポポン スポポポポポポポポポポポポポポポポン

「どうしようもないわね」

「ん……なにか聞こえないか?」

「風の音しか……」

「いや、人の声……大勢いるぞ」

 

 異変には気が付いたが、さっきの穴しか外に通じていない。穴は一階との境目なので、夕暮れの空と空の底の黒々とした木々のシルエットしか見えない。

 しばらくすると、木々のシルエットが仄かに染まり始め、風に揺られているせいか、燃え盛る炎のように見え始めた。衛兵たちが、わらわらと駆け巡り、衛兵長の怒鳴り声がする。

「なにか異変があったんだ!」

「外に出てみる?」

「しかしなあ」

 マヂカも同じ気持ちのようだ。あの無意味な上り下りを繰り返してみようという気にはならない。

 

 ゴーーーゴーーーーーーーーー

 

 風と人々のどよめきが大きくなって、なにか禍々しい魔物が咆哮しているようになってくる。

 

 グゥアッシャーーーン!!

 

 何かがぶつかって、穴が大きくなった。一人ずつなら通れる。

「行くぞ」

「うん」

 マヂカを押し出して、そのあとにつづく。

 宮殿の内庭は衛兵たちが右往左往している、かなりの人数がフェンスを乗り越えて敷地に侵入しようとしていて、それを防ごうとする衛兵たちとの間でもめているのだ。かれらは手に手に火のついたロウソクを握っている。フェンスの外には、その何百倍もの民衆が続いていて、彼らの持つロウソクが揺らめき、まるで始まったばかりのラグナロクの戦いを見ているようだ。

『こっちよ!』

 声に振り返ると、穴の開いた壁の側にバンパーの歪んだT型フォードの高機動車。

 どよめきのする方にばかり気をとられていたので、すぐ脇にいたT型フォードの高機動車には気が付かなかったのだ。

『早く乗って!』

 声の主は、ルームミラーに映った鏡の国のアリスだ。どうやら無事に高機動車に戻れたようだ。

「どこに行っていたんだ!?」

『文句は後で! 穴を広げて救助してあげたのはわたしなんだからね!』

 ブオーーーン!

 高機動車は、数メートルの助走をつけただけで空中に舞い上がった。

 舞い上がって凄さが分かった。

 宮殿の周囲は、何百万人いるか見当もつかないデモ隊に取り囲まれ、彼らが手にしたロウソクは、低きに集まる溶岩の流れのようになっている。

「あのロウソクは……」

『そうよ、あんたたちがばら撒いたロウソクを持った民衆が百万人のロウソクデモを始めたのよ』

 あれは不可抗力だったのに。

『もう、全てを打倒するまでは終わらないでしょうね。議会も女王も、これで終わりかもよ』

 

 ニャハハハハハ!

 

 あの高笑いがとどろいたかと思うと、茜の空に上り始めた三日月が口になり、目玉が二つ見えたかと思うと、チェシャネコになった。

―― いやあ、予想外の展開だったのニャ! おもしろいから、ベースアップするニャ! ――

 チェシャネコの横に1000000000!!の数字が現れた。

「「十億円!?」」

―― まだまだM資金の1%にもならないのニャー! そんで、まだボス戦がのこっているのニャー! ――

 賞金に驚いている間に、デモ隊は宮殿構内の侵入に成功、そして、だれかのろうそくの火が燃え移ったのだろう、宮殿は紅蓮の炎を上げて燃え始めていた。

  

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真夏ダイアリー・58『ジーナの庭・3』

2019-11-02 07:04:26 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・58
『ジーナの庭・3』    


 
 姿が見えるやいなや、わたしはジーナさんの胸に飛び込んだ。

「とんでもないことしてしまった!……ジェシカを原爆ごとテレポさせてしまった。なんの関係もないジェシカを!」
 ジーナさんは、わたしをしっかり抱きしめて、しばらくじっとしていた。頬に暖かいものを感じた。ジーナさんが泣いている……ジーナさんも泣いている。
「ごめんなさいね、辛い選択をさせて……」
「どうにかならないんですか……!?」
「テレポした直後、真夏がテレポさせたネバダ砂漠に着く前に、時空の狭間で原子爆弾が爆発した……ジェシカは、時空の狭間で蒸発してしまったわ」
「……そんな」

 そのとき、庭の向こうから、省吾がヨボヨボのおじいさんを車椅子に乗せてやってきた。

「省吾……あんた!」
 わたしは省吾につかみかかり、庭を転げ回った。
「すまん、すまん、こ、この通りだ!」
 省吾は、地面に頭をすりつけるようにして謝った。
「ばか、ばか、ばか……!」
 わたしは、泣きながら、省吾の背中を叩いた。
「その人は、省吾のお父さん。省吾は、その車椅子よ」
「え………」
 車椅子には、ドンヨリと虚ろに濁った目をした、百歳ぐらいの老人が収まっていた……。
「これが……省吾……?」
「無理なタイムリープをしたんで、老化が止まらないの。影響を受けて、お父さんまで老け込んでしまった」
「すまん、真夏さん。この通りだ……省吾は、あと二十分もすれば死んでしまう。どうか勘弁してやってくれ」
「死ぬんですか……」
「限界を超えたタイムリープ。そして……持ってはいけない憎しみを抱いことで、症状が加速してしまったの」
 わたしは、ダグラスの中で正体を明かしたときの省吾の驚きと憎しみを思い出した。空港にテレポしたあとは、トニーの良心と省吾の憎しみがせめぎ合っていた。あれでこんなことに……。
「わたし、もう一度ダグラスの中に戻ります。レーザーで鎖を焼き切って、省吾がショックを受けているすきに、省吾とトニーを分離させ、それぞれテレポさせます」
「たった三秒よ。三秒のうちに二人を分離させ、原爆と省吾とトニーを別々にテレポ……無理よ」
「でも、それしか無いから……!」
「真夏さん、もういい。失敗すれば、君も死ぬし……君の大事な人にも影響が出るんだ……このわたしのように」
 
 一瞬、お母さんの顔が浮かんだ。

「……大丈夫。このラピスラズリのサイコロがあります」
「それは……」
 ジーナさんとお父さんの声が同時にした。その瞬間、わたしの手を離れたサイコロは空中で回転し、閃光を放った!


 ……気づくと、ダグラスの中だった。窓の下には粉雪のようなビラが地上に舞い落ちている。


「同じ内容をラジオの電波でも流している。できるだけ、人の命は損なわないようにしている」
「爆弾はダミー……本体は、そのトランクの中でしょう?」
 機体が一瞬揺れた。トニーにはショックであった。
「ミリー、どうして、そんなことを……」
「わたしは真夏。IDリングはミリーの頭に付けてきたわ」
「真夏……!」
「さあ、そろそろ、戻りましょうか。後ろにグラマンが貼り付いているわ」

 わたしは、ラピスラズリのサイコロを投げた。

 一の面からレーザーが出て鎖を焼き切り、くるくる回る六面体には、驚くトニーの顔――分離!――そう念じると、他の面に省吾の顔、原爆のトランク、わたしの顔が次々に写った。わたしは、その一つ一つにテレポの行き先を念じた。
 そして、勢いで、最後の一面が見えた。なぜだかジェシカの顔が写った。
 
 しまった!

 そう思った瞬間、わたしは再びジーナの庭に戻る自分を感じた……。

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まどか乃木坂学院高校演劇部物語・23『地下鉄で三駅行ったY病院』

2019-11-02 06:56:16 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・23   
『地下鉄で三駅行ったY病院』 

 
 
 
 
「そりゃ、君たちの気持ちも分かるがね……」

 予想通り、教頭先生はバーコードの頭を叩いた。教頭先生が機嫌のいいときのクセなんだ。
「でしょ、わたしたちも深夜帰宅しなくてすむし。いえ、わたしたちはかまわないんですけど、このごろ、ここから青山にかけて変質者が出るって噂ですし……親が心配しますでしょ。それに、生徒は、まだだれもお見舞いに行ってないんです。先輩のご両親もきっと喜んでくださると思うんです。なにより、わたしたち先輩のことが心配で、いてもたってもいられないんです」
「「そうなんです」」
 里沙と夏鈴が合いの手を入れる。
「よし、君たちの先輩を思う気持ちは、まことに麗しい。ぜひ行ってきなさい。付き添いは……」
「「「貴崎先生が空いていらっしゃいます!」」」
「それはいい。なんと言っても、芹沢さんにとっても、君たちにとっても顧問の先生なんだからな!」
 職員室の向こうで、マリ先生が怖い顔をしている。そんなことは意に介さず……。
「ちょっと、すみません貴崎先生!」
 教頭先生が、頭を叩きながらマリ先生を呼んだ。


「こんな手、二度と使うんじゃないわよ」

 校門を出ると、マリ先生は怖い横目で、そう言った。
「でも、教頭さんに直訴するなんて、だれが考えたの?」
 二人が、黙って、わたしの顔を見た。
「まどか~!」
「すみません。でも、スケジュールなんか考えると……あ、そもそも考え出したのは里沙」
「分かってるわよ、最初に頼み込んできたんだから。でも、こんな手を思いつくとはね」
 先生、声は怒っていたけど、踏みしめるプラタナスの枯れ葉は陽気な音をたてている。

 潤香先輩が入院している病院は、地下鉄で三駅行ったY病院だった。
 駅を出ると、蒼空といわし雲のコントラストが美しく。少し先の冬を予感させてくれた。
 面会時間には間があったけど、ナースステーションで訳を言うと、笑顔で通してもらえた。
 マリ先生は集中治療室を覗いたが、看護師のオネエサンが、今朝から一般の個室に移ったと教えてくれた。

 ショックだった。

 あのきれいな髪を全部剃られ、包帯にネットを被せられた頭。
 点滴の他にも、体のあちこちに繋がれたチュ-ブ。かたわらでピコピコいってる機械。
 なによりも、あんなに活発にきらきら光っていた目が閉じられたまま……これは、わたしの憧れ。希望の光だった潤香先輩なんかじゃない……そう信じたかった。

「どうも、わざわざすみません。姉の紀香です」

 潤香先輩によく似たお姉さんが振り返った。少し疲れた顔ではあったけど、一瞬で元気な顔を作って挨拶された。
「ほんとうに、今回は申し訳ないことをいたして……」
「もうおっしゃらないでください。先生のお気持ちは母からもよく聞いています。潤香も子どもじゃありません。自分が承知で参加したんですから。それに、母も申し上げたと思うんですけど、原因は、まだはっきりしていないんですから」
「ありがとうございます。でも、わたしも潤香さんの熱意に甘えていたところもあると思います」
「先生、そこまでにしてください。それ以上は大人の発言ですから……先生のお気持ちとしてだけ、承っておきます」
「はい、ありがとうございます。あ、この子たち後輩の……」
「えと、まどかさんに、里沙さん。あなたはオチャメな夏鈴さんね」

「「「え……!?」」」

 同じ感嘆詞が、三人同時に出た。
「いつも潤香から聞かされてました。潤香、机の上にクラブの集合写真置いてるんですよ。ほらこれ」
 枕許の小型ロッカーの上に乗った額縁入りの写真を示してくださった。その写真はアクリルのカバーの上から、小さな字で、部員全員の名前が書かれていた。
「先輩……」
 夏鈴が泣き出した。
「泣かないで、夏鈴ちゃん。意識がもどった時に泣いていたら、潤香が驚いちゃうから」
「意識もどるんですか!」
 頭のてっぺんから声が出てしまった。
「はい、お医者さまが、そろそろだっておっしゃってました」

 ホッとした。

 しかし窓から見えるスカイツリーが心に刺さったトゲのように感じたのは気のせいだろうか。
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宇宙戦艦三笠・49[そして、トシとみんなの決意]

2019-11-02 06:33:13 | 小説6
宇宙戦艦三笠・49
[そして、トシとみんなの決意] 


 
 物理的にも心理的にもトシは自分の居場所を見失っていた。

 ピレウスは、人類が滅亡してから数百年がたつ。みんなからはぐれてしまうと、もう元の場所が分からない。
 生体反応を示すモジュールは、駆けだすと同時にオフになった。これは、仲間同士位置を見失わないための測位システムで、身に危険が迫ると自動でオフになる。敵に位置を知られないためのセキュリティーでもある。
――もどせ――と思いさえすれば、いつでも復帰できるのだが、トシはその気にはならなかった。
 そのくせ、心のどこかで発見されたい気持ちもある。引きこもりの弱っちい気持ちだ。
 
 自分が嫌になる。

 自分としては、誤解される恐れがありながら勇気を出して言ったつもりだ「オ、オレも残ってもいいです……」
 樟葉のことは密かな憧れだった。だから樟葉が「残る」と言った時、ドキッとした。でも樟葉だから自分も残るのではない。美奈穂が言っても同じだったろう。いや、だれも言いださなくても自分は申し出た。
 
 その自信はある。

 だが、自分がクローンだとレイマ姫に言われてパニックになった。たった今の決心も、自分の存在さえコピーのイミテーションのように思われた。まるで自分はピエロだ……そう思う気持ちさえ、イミテーションの夢のようにおぼろで寄る辺ないものに感じられた。

 ふと血の味がした。

 木の枝か、するどい葉っぱで切ったのだろう、頬が切れ、そこから流れた血が口の中に入ってきたようだ。手で頬を拭うと、少し多めの血が手のひらに乾かずに残った。
 妹が車に跳ねられた直後のことを思い出した。
「お兄ちゃーん!」
 ホームセンターで買ってもらったばかりの自転車をもてあまし、幼い妹は信号を渡り損ねた。それでも通行量が少ないので、自転車を押しながら、点滅しかけた信号を強引に渡ってきた。そして、前方不注意のトラックに人形のように跳ね上げられた。目立つ怪我は無いようにみえたが、耳から血が流れていた。
 クローンと言われ、自分の存在がひどくバーチャルなような気がしたが、この鉄のような確かな血の感覚だけは本物だった。

「そう、本物なのよ」

 びっくりして顔を上げると、三笠の船霊(ふなだま)のみかさんがいた。
「どうして……」
「一応神さまだから。モジュールを切っても分かる……ごめんね、トシ君がクローンだというみんなの記憶は、わたしが消したの。オリジナルのトシ君のDNAから生まれたから、紛い物じゃない。その……子供をつくる能力だけはないけど、あとは全て本物のトシ君よ。今の血の味の確かさ……本物でしょ。妹のユミちゃんの記憶も」
「うん……」
「トシ君は、ユミちゃんを死なせたのは自分の責任だと思っている。だから、その償いとしてこのピレウスでアダムになろうと手を挙げたのよね」
「うん……」
 トシは涙が止まらなかった、トシは恥ずかしくて後ろ向きになったが、みかさんは、そんなトシを後ろから静かにハグしてくれた。
「この大遠征にきたことだけで、トシ君は十分に償っているのよ、もう十分なのよ……みんなそう思ってる。だからレイマ姫も、はっきり言ったのよ。トシ君に最後のハードルを越えてもらうためにも……」

 みかさんは、トシに会いに行く前にみんなに会っていた。トシは自分が連れ戻すと安心させてから。

「意見はまとまったぞ」
 トシが戻ると、修一が静かに言った。
「ピレウスには、あたしと修一が残る。寒冷化防止装置は、みんなで持って帰って……」
 樟葉が、頬を上気させながら言った。
「分かりました」
 トシの方が冷静に返事ができたので、樟葉はますます顔が赤くなった。
「寒冷化防止装置は、ソフトのような気がします。わたしのPCの容量で間に合うのなら、わたしを初期化してダウンロードしてもらってもけっこうです」
 クレアが当たり前のように言った。
「悪いけど、それでも足らねだす。っていうか、PCにダウンロードできるようなもんじゃねえんだす。トシ君と美奈穂さんに埋め込むんだす。並の人間ではダメだ。この大遠征を成し遂げて経験値がマックスになったからできることだす」
「あたしと、トシが……」
 美奈穂が、いつになく真剣な面持ちで言った。
「んだす。で、これには膨大なエネルギーと制御が必要なんだす。エネルギーは三笠とテキサスに、制御はクレアさんに……けっぱってね」
 みんなは静かに頷いた。
「グリンヘルドとシュトルハーヘンの脅威は」
 修一が、もう一つの大切なことを聞いた。
「グリンハーヘンのミネア司令……あの人がなんとかすっでしょ。あんたたちとのことで、かなり学習したし、二つの星も三笠との戦いで戦力喪失同然。地球に行ってる余裕はねえと思うず」

 そう言うと、レイマ姫の体が光り始め、目を開けられなくなってきた。
 
 みんな体が熱くなり、そして、意識を失っていった……。
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小悪魔マユの魔法日記・82『期間限定の恋人・14』

2019-11-02 06:18:57 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・82
『期間限定の恋人・14』     



 
 黒羽の父は分かってしまった。息子と美優の関係は、自分を安心させるための見せかけの婚約であることを。

 しかし、美優は、はっきり言った。
「違います。わたし、本当に英二さんのこと愛しているんです」
 でも、黒羽の父は、こう返してきた。
「……だとしたら、それは錯覚だよ。婚約者の役を引き受けたのは、俺の命が長くない……そう聞いてからだろう……二人は、まだ清いままだ」

 清いまま……古風な言い回しだが、核心をついていた。
「オヤジになに言われたの?」
 ハンドルを握りながら、黒羽が聞いた。軽い調子だったが、かなり気にしていることが美優には分かった。
「ナイショ」
「厳しいこと言ったんだろ。外面はくだけたジイサンだけど、身内にはキビシイからなあ。まあ、年寄りの繰り言と聞き流せばいいよ」
――そうだよね、お父さんは、とても優しく接してくれて、心配もしてくれた。でも、厳しく現実は見抜いていた……いや、違う。わたしは、ほんとうに英二さんを愛してるんだ。

 それから二日がたった。

 コスモストルネードは、プロモーションビデオの段階にさしかかっていた。マユの体を借りた拓美もリーダーのクララも知井子も、他の選抜メンバーも歌と振りは完成していた。
 プロモの撮影は、隣りのS県のコスモス畑でおこなわれた。

「すごいだろ!」

 黒羽は、衣装のアシスタントとして着いてきた美優……を含める全員に言った。黒羽は、仕事の上では公私混同はしなかった。美優も、カメラテストの終わったメンバーの衣装の手直しを真剣にやった。
 プロモのディレクターはゲームクリエーターの岸川という、まだ二十代前半の若者であった。
「岸川君は、『アイドルチャレンジ』で立て続けにミリオンとってるやり手だからな。きっといいプロモにしてくれるよ」
 黒羽が、そう紹介すると、メンバーのみんなが騒いだ。
「え、ウソー。あのアイチャレ作ってんですか!」
「わたし、クリアーしちゃった!」
「続編でるんですか!?」
 AKRのメンバーの中にも、かなりのファンがいるようだった。そのためにメンバーとクルーのモチベーションは最初から高く、チームワークもいい。なんといっても、メンバーのほとんどがアイチャレにハマったり、知っていたりしていたので、最初から共通のイメージを持って撮影できたことが大きい。
 予定より二時間も早く撮影が終わって明くる日はスタジオ撮りである。

 週末の新曲発表は、いきなりオモクロとの対決ということになった。

 オモクロが、新曲の『秋色ララバイ』をぶちかまし、合同発表ということになった。しかし、ただの発表ではつまらないので、収録に審査員。そして会場の観客。さらには視聴者にも投票してもらい、順位を付けることになった。ただ新曲だけの勝負では負けた方が営業上のダメージが大きく、九十分の特番としては尺が余ってしまうので、AKRもオモクロも独自の選曲で、五曲づつぶつけ合い、その間にもトークなどがあって、最後に投票結果が集計され、フィナーレで結果が発表されることになった。
 この分かり易くセンセーショナルな企画は、HIKARIプロの会長が発案し、オモクロが受けるカタチで決まった。
――返り討ちにしてやる――
 AKRの会長はほくそ笑んだ。総合力でも、新曲でもAKRはけして負けない自信があった・
――まんまと罠にはまったな――
 オモクロの上杉プロディユーサー兼チーフディレクターは笑みをこぼした。

 プロモーションビデオの撮影の後は、AKRの事務所にもどって、メンバーやスタッフもいっしょになって、四日後に迫ったオモクロとの対決にむけての作戦会議になった。会長と黒羽のアイデアであった。
 二人の仕掛け人の目論見通り、AKRは事務所ごと全員の意気が高まっている。まさにマックスハイテンションである。
 黒羽は、それから明日のスタジオ撮りの打ち合わせのため、岸川と徹夜の打ち合わせに入った。

「ごめんなさい。英二さん、今夜は来れなくて……」
「いいよ美優ちゃん」
 美優が病室に入って最初の会話だった。
「由美子、ちょっとの間、この酸素マスク外してくれよ」
「……いいわ。でも十分だけよ」
「頼む」
「十分たたなくっても、顔色変わったり、モニターのアラームがなったら、そこでマスクジイサンになってもらうからね。じゃ、美優……お義姉さん、よろしく」
 年上の由美子から言われて、少し落ち着かなかったけど、気遣いは嬉しかった。

 昨日もそうだったけど、黒羽の父は、美優がかりそめの婚約者だとは言わなかった。ほんとうに息子の嫁に話しかけるように、うち解けて話してくれた。
「あいつも、なかなかやるもんじゃないか……」
 オモクロとの対決を話した時などは笑ってくれた。もう声を出して笑う力はなかったが、目はしっかり笑っていた。
 
 対決番組の収録まで、あと五日。

――わたしの命は……あと四日。神さま、お願いです。英二さんの勝利が分かるまで、一日だけ命を延ばしてください。

――違うでしょ。頼むんだったら、この小悪魔のわたしじゃないの。
 
 マユは、必死で五百万個目のガン細胞を殺しにかかった……。
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