大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・090『富岳百景・1』

2019-11-10 13:20:19 | ノベル

せやさかい・090

 

『富岳百景・1』 

 

 

 あら、月見草。

 部室に入るなり、頼子さんが気が付いた。

 

 実は、コトハちゃんからもらった。

「わ、かわいい花!」

「よかったらあげるよ。授業で余ったやつだから」

 もらって、小さな花瓶に生けたんやけど、部室に飾ることを思いついた。

 

 部室は本堂裏の和室で、ちゃんと床の間もある。

 

 床の間には、古い掛け軸が掛かってるんやけど、彩りに欠ける。

 花瓶のまま置いたら、なんや床の間にはそぐわない。

 伯母さんに言うて、花器と剣山を借り、ちょっと自己流に活けてみた。

 我ながら美しく活けられて、部活が始まったら気ぃつくやろかと、ちょっと楽しみ。

 そして、頼子さんがノッケに気ぃついてくれたんで嬉しい。

「富士には月見草が、よく似合う……だよね」

 こんどは留美ちゃん意味深なことを言う。

「富士山?」

「ほら、掛け軸。狙ったんじゃないの?」

 言われて初めて気ぃついた。掛け軸は富士山の水墨画。

「最初から、この掛け軸やけど」

「うん、なんか軸が掛かってるのは分かってたけど、富士山だったのは気づかなかったなあ」

 頼子さんは腕を組んで感心する。

「なんかあるんですか、この組み合わせ?」

「太宰治よ」

「手塚治虫やったら知ってますけど」

「『走れメロス』とか、習わなかった?」

「ああ、習いました!」

「その『走れメロス』書いた人だよ」

 六年の国語で習った。習ったけど、作者までは憶えてへんかった。なんや、オッサンがブツブツ言いながら走る話やった?

 頼子さんも留美ちゃんも、さすがは文芸部!

「けど、『走れメロス』に花なんか出てきた?」

「ううん、『富嶽百景』って小説に出てくる」

「ふがくひゃっけい……」

「あ、うん、こんな小説だよ」

 留美ちゃんが手際よくパソコンのウィキペディアを開く。

「二人とも『富岳百景』読んだんですか?」

「「うん」」

 

 かくして、あたしは『富岳百景』を遅ればせながら読んでみることになった。

 

「それなら、あるわよ」

 晩御飯で、その話をしたらコトハちゃんがお箸をおいて本を取りに行ってくれた。

「ほら、これ」

 コトハちゃんがお箸を伸ばしかけてたエビフライを――とったら悪いなあ――と迷ってるうちに持ってきてくれた。

「うわ、分厚い本」

「表題になってるからね、他の小説も載ってるから『富岳百景』は四十ページほどだよ」

「あ、それ、オレが詩(ことは)にやったやつやな」

 テイ兄ちゃんがエビフライをかっさらいながら言う。

「アハハ、わたしも『富岳百景』しか読んでないんだ」

 パラパラとめくってみる。

 

―― 昭和十三年の初秋、 思いを新たにする覚悟で鞄一つ下げて旅に出た…… ――

 

 最初の書き出しでビックリした。

『富岳百景』の表題からのイメージは時代劇、ビジュアル的には永谷園のお茶漬けのり。

 ほら、パックの中に浮世絵のカードが入ってるでしょ。

「それは『富岳三十六景』やで」

 そうなんや!

 と思ったら、目の前のエビフライが無くなってしもてた。

 

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真夏ダイアリー・67『再びのワシントンDC』

2019-11-10 06:36:03 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・67 
『再びのワシントンDC』     


 
 気が付いたら、ワシントンD・Cのマサチューセッツアベニューに、ボストンバッグを提げて立っていた。

 西にポトマック川と、川辺の緑地帯が見える。関東大震災救援のお礼に日本から送られた桜が並木道に寒々と並んでいた。急ごう、今度は気後れもない。ぐずぐずしていては、後ろからジョ-ジがやってきて、不審尋問をされる。今度はジョージを巻き込むわけにはいかない。
 そう思って、道を急いでいると、前から警官が歩いてきた。ナニゲに歩いていればいいだろう。そう判断したが、近づいてきて分かった。その警官は、ジョージ・ルインスキだった。
――そうか、ジョージは日本大使館の警戒をしてるんだ。そのために、大使館の前の道を行ったり来たり……どうやら、前回とは、タイミングが五分ほどズレてしまったようだ。懐かしさと緊張感がいっぺんにきた。

「ハイ、お嬢さん。日本大使館にご用?」
「新任の事務官です」
「パスポートを見せてもらっていいかな?」
 あの時と同じ。違う言い方をしようと思ったが、インストールされた言葉が反射的に出てくる。
「荒っぽく扱うと、中からサムライが刀抜いて飛び出してくるわよ」
「優しく扱ったら、芸者ガールが出てくるかい?」
「それ以上のナイスガールが、あなたの前にいるわよ」
 わたしは、帽子を取って、真っ正面からジョージをを見上げてしまった。紅の豚のフィオが空賊のオッサンたちと渡り合っているシーンが頭に浮かんだ。これも前回といっしょだ。
「へえ、キミ二十二歳なのかい!?」
「日本的な勘定じゃ、二十三よ」
「ハイスクールの一年生ぐらいにしか見えないぜ。それもオマセでオチャッピーのな」
「お巡りさんは、まるで生粋の東部出身に見えるわ」
「光栄だが……まるでってのが、ひっかかるな」
「お巡りさん、ポーランド人のクォーターでしょ」
「なんだと……」
「出身は、シカゴあたり」
「おまえ……」
「握手しよ。わたしのお婆ちゃんも、ポーランド系アメリカ人」
「ほんとかよ?」
「モニカ・ルインスキっての」
「え、オレ、ジョ-ジ・ルインスキだぜ!」
「遠い親類かもね? もう、行っていい、ジョ-ジ?」
「ああ、また会えるといいな」
「そうね、楽しみにしてるわ」
「……緊張してんな?」
「だって、ハイスクールの一年生にしか見えない新米なんだもん」
「だれだって、最初はそうさ。オレもシカゴ訛り抜けるのに苦労したもんさ。でも今は……ハハ、マナツには見抜かれちまったがな」
「ううん、なんとなくの感じよ。同じ血が流れてるんだもん」
「そうだな、じゃ、元気にやれよ!」
「うん!」
 ジョージは、明るく握手してくれた。やっぱり気の良い人だ……そう思って大使館の方に向いた。その刹那、イタズラの気配を感じた。
「BANG!」
 ジョージは、おどけて手でピストルを撃つ格好をした。わたしは、すかさず身をかわし反撃。
「BANG!」
「ハハ、オレのは外されたけど、マナツのはまともに当たったぜ!」
「フフ、わたしのハートにヒットさせるのは、なかなかむつかしいわよ」
「マナツの国とは戦争したくないもんだな」
「……ほんとね」

 こないだは、口から出任せだと思っていたが、この対応は、インストールされているマニュアルなんだ。もどかしかった。今度会ったらただではすまないのに……。

 そして、大使館に入り、野村大使に会った。これも前回と同じ。
 ただ、来栖特任大使が来たところから、前回と展開が変わってきた……。
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乃木坂学院高校演劇部物語・31『ん……まだ違和感』

2019-11-10 06:30:22 | エッセー
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・31   

『ん……まだ違和感』 


 
 ……薄暗がりの中、ぼんやりと時計が見えてきた。

 リモコンで明かりをつける……まる三日眠っていたんだ。
 目覚めると自分の部屋。当たり前っちゃ当たり前なんだけど、なんだか違和感……。

「あ」

 小さな声が出た。目の前に倉庫から命がけで持ち出した衣装が掛けられている。
 わたしと潤香先輩の舞台衣装。セーラー服と花柄のワンピース。ベッドから見た限り、傷みや汚れはなかった。四日前の舞台が思い出された。なんだかとても昔のことのように思い出された。潤香先輩もこうやってベッドに寝ている。もう先輩は意識も戻って……何を考えているんだろう。わたしはもう起きられるだろう。二三日もしたら外出だってできるかもしれない。しかし先輩はもう少し時間がかかるんだろうなあ……よし、良くなったら、この衣装持ってお見舞いにいこう。そう思い定めて、少し楽になる。

 ん……まだ違和感。

 あ、パジャマが新しくなっている……新品の匂いがする。着替えさせてくれたんだ、お母さん。
 ……まだ違和感。ウ……下着も新しくなっている。これは、お母さんでも恥ずかしい。

「あら、目が覚めたの?」

 お母さんが、薬を持って入ってきた。
「ありがとう、お母さん。着替えさせてくれたんだね」
「二回ね、なんせひどい汗だったから。シーツも二回替えたんだよ。熱計ろうか」
「うん」
 体温計を脇に挟んだ。
「お腹空いてないかい」
「う、ううん」
「そう、寝付いてから水分しか採ってないからね……」
「飲ませてくれたの?」
「自分で飲んでたわよ。覚えてないの?」
「うん」
「薬だって自分で飲んでたんだよ」
「ほんと?」
「ハハ、じゃ、あれみんな眠りながらやってたんだ。ちゃんと返事もしてたよ」
「うそ」
「パジャマは、わたしが着替えさせたけど、『下着は?』って聞いたら『自分でやるから』って。器用にお布団の中で穿きかえてたわよ」
「そうなんだ……フフ、やっぱ、なんだかお腹空いてきた」
「そう、じゃあ、お粥でも作ったげよう」
「あの衣装、お母さん掛けてくれたの?」
「ああ、『衣装……衣装』ってうわごと言ってたから。目が覚めたら、すぐ分かるようにね。今まで気づかないと思ったら、そうなんだ眠っていたのよね」
「ありがとう、お母さん」
 ピピ、ピピ、と検温終了のシグナル。
「……七度二分。もうちょっとだね」
 そのとき、締め切った窓の外から明るいラジオ体操が流れてきた……ちょっと変だ。
「お母さん、カーテン開けてくれる」
「ああ、もう朝だものね」
「あ……朝?」
 カーテンが開け放たれると、朝日がサッと差し込んできた。

 わたしは三日ではなく、三日と半日眠っていたことに気がついた。
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ファルコンZ・7『火星ツアーは最終テストだった』

2019-11-10 06:21:15 | 小説6
ファルコンZ・7 
『火星ツアーは最終テストだった』 
 
 
 
 コクピットに行くと、ちょうどマーク船長が寝癖の付いた頭を手櫛で撫でながら出てきた……そして、その後ろから、ミナホがトレーナー風の上着を「いま着たとこ」という感じで襟元から、セミロングの髪を出しているところだった。
 
「そんな、スケベオヤジ見るような目で見んといてくれる」
「ミナホちゃん動くようになったのね」
 ミナコは、二人が船長室で何に励んでいたのか想像して顔が赤くなった。
「船長、ミナコちゃんには説明してあげた方がいいんじゃないですか?」
 コスモスがフォローしてくれる。
「ああ、ジャンク屋でパーツを見つけたんで、ついさっき直したとこなんや。ガイノイドは動かなきゃ、ただのお人形やからな」
「こんにちは、ミナコ。動けなかったけど、あなたのとはずっといっしょだったのよ」
「え……?」
「ミナホの意識はポチにシンクロさせといた。せやから、ミナコのことは基礎体温から知っとるで」
「え、じゃあ、ポチは?」
 よたよたとポチが船長室から出てきた。
「やっぱ、ミナホの意識を同居させるとくたびれるわ。オレのCPUは犬用なんだから。もう勘弁してくれよな、船長。ミナホのテストも過激やったからな。ちょっとクールダウンしてくるわ。ミナコ、またな……」
 ポチは、そう言うと後脚で首を掻いて船長室に戻っていった。
「ミナホ、テストを兼ねて、ミナコに説明したって」
 船長は、専用シートに座ると、リクライニングをいっぱいに倒して目をつぶった。
「わたしを見てくれる、いっぺんで理解して欲しいから」
 わたしと同じ顔のガイノイドに見つめられるのは、気持ちの良いものではない。
「とりあえずのバイトはこれで終わり。バイト代は今振り込んだわ、確認して」
「……え、なにこれ!?」
 ハンベが教えてくれた数字は6の下に0が八つも付いていた。
「ミナホ、順序立てて説明してあげなきゃ」
 コスモスがアドバイスする。
「火星ツアーは、最終テストだったの……ミナコのね」
「あたしのテスト?」
「ええ、これからの任務のね」
「ちょっと、これからって、バイトはもう終わったはずよ」
「バイトは、今日の昼過ぎまで。そうよね」
「だけど、火星ツアーは終わった……」
 
 その時、コクピットから見える地球が、だんだん小さくなっていくことに気づいた。
 
「地球が……」
「この船の動力は、通常反重力エンジンだけど、火星でチュ-ンしてコスモエンジンにしたの」
「ちょっと、バイト代、こんなに要らないから、地球に帰して!」
「もちろん、昼過ぎには帰してあげる」
「だって、地球時間じゃ3月12日の午前5時よ。あんなに地球が遠くなって……」
 地球は、もう月ほどの大きさになってしまった。
「船長、月の管制局からコース離脱の警報です」
 バルスが落ち着いて言った。
「よし、テスト兼ねて、ちょっとジャンプするか」
「では、冥王星まで」
 一瞬目の前が真っ白になった。
「各部異常なし。冥王星の60度200万キロです」
「これって、ワープ……?」
「時計を見てご覧なさい」
 ハンベが地球時間を教えてくれた。
 3月11日午後11時半……5時間30分戻っている。
「これは、ミナコの知識にあるワープとはちがうの……#&%*@@*:*|¥##?」
 ミナホが、たかがH系ガイノイドが、あたしの知識をはるかに超えたことを喋った。かろうじて最後の一言が「分かった?」というニュアンスであることだけが分かった。
 
 船長が眠そうな顔でニヤリと笑い、ミナコのスタートラックが始まった。
 
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スーパソコン バグ・3

2019-11-10 06:13:24 | ライトノベルベスト
スーパソコン バグ・3
『進化系共同生活』       


 
 麻衣子は、商店街の福引きで、パソコンを当てて大喜び。そこにゲリラ豪雨と共にやってきた雷が直撃。一時は死んだかと思われたが、奇跡的にケガ一つ無し。ダメとは思ったが、麻衣子はパソコンに未練たっぷり……で、電源を入れたら、なんとパソコンがしゃべり出した!

 
 ええー、なんでソフトボールができなくなったの!?

 麻衣子は、思わず叫んだ。落雷の明くる日は念のため学校を休んだが、二日目には登校した。
 で、ソフトボールができなくなってしまった。

 ボールやバットを持つと手がしびれるのである。我慢してボールを投げると激痛が走り、ボールは五メートルも飛ばない。

 他のスポーツはなんでもない。サッカーボールでも、バレーボールでも平気で、体育の授業に差し障るようなことはなかった。ただ、ソフトの親類である、野球をしても、同じ症状が出る。
「こりゃ、落雷に遭った精神的なショックがもたらした一時的なアレルギー症状でしょう」
 市民病院の医者は、気楽に決めつけた。

 麻衣子は、違うと思った。

 そりゃあ、落雷したのがソフトボールの最中なら納得もできるが、麻衣子が落雷したのは、パソコンを福引きで当てて、ルンルンのときである。ショックでアレルギーになるのなら、パソコンでなければ理屈が合わない。
 で、パソコンは、女の子のお友だち風にしゃべり出すし、もう麻衣子の頭は、スクランブルエッグであった。

「これって、どーいうわけよ!?」  

 病院から帰るなり、パソコンにぶつけた。
「声大きい! あたしにも、分かんないわよ。なんでしゃべれるのか? 自分で考えるのか? 麻衣子がおかしくなっちゃったのか!?」
 パソコン自身も訳が分からず、ご機嫌が悪い。
「あんた、お婆ちゃんのお年玉だって見つけたじゃん。特殊な能力だよ。ちょっとは、あたしのために考えなさいよ!」
「考えてるわよ。もう三億二千十一万回も演算してみたわよ」
「もう、そんなにやって分からないなんて、あんたパチモンじゃないの!?」
「言ってくれるじゃない。じゃあ、暫定的な結論言ってやるわよ!」
「なんだ、一応の答はあるんじゃないよ。で、その暫定的結論って、なんなのよさ?」
「バグよ、バグ。雷によるショックで、あたしと麻衣子の両方に起こったバグよ!」
「なによ、それ。まるで病院のお医者さんが言うみたいに曖昧じゃんよ」
「少しはポジティブに考えてもいいと思うの。このバグって、けっこうクールだと思うんだけど!」
「いったい、どこがクールなのよ?」
 麻衣子は、無意識にキーをいくつか押した。
「ああ……」
「なによ!?」
「こうやって、お互い話ができるじゃん」
「はあ、これがいいこと。今時スマホでも喋るじゃん!」
「でもさ、あたしみたいに主体的にお喋りするって、ドコモのCMのスマホぐらいだよ……ちょっと、そんなにフテってないで、話聞きなよ」
 パソコンは麻衣子の関心を引くように点滅した。
「勝手に、しゃべってろ!」
「もう!」
「もうやだ、お兄ちゃんとでも話してなよ!」
 そう捨てぜりふを残して、ドアを開けようとすると、アニキが立っていた。

「お前、さっきから、なに独り言言ってんだよ。やっぱ、市民病院なんかじゃなくて、専門の先生に診てもらった方がいいぞ……」
 麻衣子は、アニキとパソコンを交互に見つめた。パソコンは渡辺真由のドアップの壁紙になってウインクしていた。
「おまえ、マユユなんか壁紙にすんなよ。おれのオシメンなんだからさ」
「だったらいいじゃん。少しは親近感湧くでしょ?」
「ドコモほどとは言わないけど、せめてお話でもできりゃな」

「オニイサマには、聞こえてないの……」

「あ、あの、少しストレス溜まってんの。アニキはそれより優奈さんのこと考えてて。ただし、ヤラシイコト抜きでね!」
「そんなこと、考えてねーよ!」
 アニキが閉めかけたドアを止めて麻衣子は続けた。
「優奈さんとマユユって、若い女の子って以外共通点ないね?」
「ウッセー、アイドルとリアルじゃ理想が違うんだよ!」
 そう言って、強引にドアを閉めた。

「あんた、喋れるのは……あたしだけ?」
「みたいね、アニキやお母さんとかに話しかけても通じないもん」
「これって、すてきなバグかもね……!」
「でしょ!?」

 お気楽な麻衣子は、やっとパソコンと意気投合した。

「じゃ、あんたに名前つけなきゃ!」
「もう、付いてるわよ」
 嫌そうな声で、パソコンが言った。
「え……?」
「さっき無意識に『BAGU』って打ったでしょ!?」
「あ、ああ……」

 バグと麻衣子の、おかしな進化系共同生活が始まってしまった……。


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小悪魔マユの魔法日記・90『期間限定の恋人・22』

2019-11-10 06:01:22 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・90
『期間限定の恋人・22』    


 
 マユは、もう一度美優の心に語りかけた……。

――美優ちゃん……ごめん。ガン細胞が一個だけ残っていて、魔法の効き目がきれたとたんに増殖し始めた。がんばってやっつけてるけど……ううん、がんばってやっつける。
――…………。
――美優ちゃん?
――もういいわ、マユちゃん。本当は、夕べで尽きる命だったんだもん。たった一日だったけど、十分に満ち足りていた。
――弱気にならないで。わたしもがんばるから。
――お願い。痛みと苦しさだけ、なんとかして。この番組が終わるまでは……お願い。
――分かった……。
 そのとたん、痛みと苦しさが無くなり、顔色ももどってきた。
「ね、元気になったでしょ」
「ほんとだ。美優ってあがり性なんだ」
「そりゃ、旦那様が命賭けてやった仕事だもの。自分のことよりもドキドキ」
「大丈夫だよ。会長の閃きと、メンバーのがんばり。さっきのリハでもオモクロは圧倒されてたからね」
「そうね、結果が楽しみね」
 美優は、もう一つの結果が心配になっていた。
 
 夕べも病院に行こうかと、黒羽は妹の由美子に電話したが、持ち直して、元気になったそうで、「今夜は二人で居ろ! って言ってる」と由美子は明るく言っていた。しかし、スマホから漏れてくる由美子の声が、少し明るすぎるように聞こえた。でも、自分たちの幸せの明るさにひっぱられて、すぐに忘れた。それが、自分が、こういう状態になって、また気になりだしたのである。
――お義父さんは……?
――あ、元気だよ。

 マユは、つとめて平然と言ったつもりだったが、美優には分かってしまった。

――お亡くなりになったのね……。
――……昨日、黒羽さんが電話した直後。お父さんの言いつけで、この番組がおわるまでは、言っちゃいけないって言われていたらしいわ。
――そう……。
――でも、二人のことは本当に喜んでらっしゃった。このこと、黒羽さんには内緒にね。
――うん……あ、足の感覚が……立てないわ。
――ちょっと待って。
 マユは、大急ぎで、脊髄のガン細胞の半分をやっつけた。それで美優は歩けるようになり、化粧室に行った。身を整え、メイクをやり直そうと思ったのであった。
「ちょっと化粧室行ってくる」
「すぐ戻ってこいよ。もうオンエアーだからな」
「うん」

 化粧室から戻って、席についたとたん、また足の感覚がなくなった。

 いよいよ本番が始まった。

 スタジオの左右にひな壇が組まれ、それぞれAKRとオモクロのメンバーが陣取る。センターには、大きなステージが組まれ、その奥が審査員席になっている。観覧席の者にも、審査ボタンが渡され、曲ごとに投票できる仕組みになっている。そして、視聴者もテレビのリモコンで投票できる仕組みにもなっている。
 二曲ずつのメドレーで、トークが入り、投票することになっていた。
 八曲目までは、伯仲のシーソーゲーム。
 九曲目、オモクロの『秋色ララバイ』で998点のポイントがついた。1000点満点なので、ほぼカンペキである。それまで、AKRはオモクロに2点の差を開けられていたので、苦しいところだ。
 緊張とむき出しの闘志で、メンバーがステージにあがった。
――力みすぎてる。
 黒羽は、ディレクターの勘で、トチリを予感した。
 しかし、その予感は、曲が始まる前のMCとの会話のところで現実になった。
 張り切りすぎた知井子がジャンプしてバランスを崩し、ステージから落ちてしまった。それも、助けようとした矢頭萌を巻き込んで……で、結局、この知井子のドジでスタジオは爆笑になり、メンバーはリラックスして『コスモストルネード』を歌い上げることができた。

 得点は999点。オモクロとの差は1点にまで縮まった。
 いよいよラスト。
 オモクロは再結成のときの『この道を行け!』をぶつけてきた。オモクロは、この曲で路線を変更、おもしろクローバーから想色クロ-バーにグループ名を変えた大ヒットした記念の曲である。
 
 点数は998点。AKRは、次の曲で、満点を出さなければ、優勝できない。999点で、かろうじて同点である。AKRは最後に、この曲を選んだ。

『オーバーザレインボウ』

 むろんアレンジはしてあるが、古さは否めない。思い切った選曲である。この選曲は、会長が黒羽から、美優の父のオルゴールの話を聞き、急遽ラストに加えた。
 前奏はオルゴールそのままである。美優は、頭の中が、懐かしさと、愛おしさで一杯になった。
 曲の主題に入ると、とたんに曲はビビットになる。
 振り付けも激しさの中に、品の良いチャーミングさがあった。振り付けの春まゆみは、会長にドヤ顔、それを受けて会長は、方頬で笑った。

 得点は……998点……しかし、観覧席のボタンが一人だけ押されていなかった。そして、ほんの一秒遅れて、それは押された。
 999点、総合で同点。AKRからも、オモクロからも、スタジオのみんなからも歓声が上がった。黒羽も思わずステージにあがり、メンバーのみんなとハイタッチ、カタキのオモクロのディレクターの上杉とも肩を叩き合って握手した。

 ……そして観覧席……笑顔のまま美優は息絶えていた。

 美優は、最後の力を振り絞って、ボタンを押していた。
 一秒遅れで……。
 マユは、美優の中で慟哭した。とうとう美優を、やっぱり美優を、助けることができなかった……。

――よくがんばったよ、マユ。
 
 その思念は、突然飛び込んできた。それは……オチコボレ天使の雅部利恵であった。そして、スタジオの隅にいる利恵の手の上には、今肉体から離れたばかりの美優の魂が乗っていた。
 
 それは美優らしい上品なエメラルドグリーンに輝いていた……。
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