大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・098『クソ坊主と阿弥陀さん』

2019-11-28 15:58:12 | ノベル

せやさかい・098

『クソ坊主と阿弥陀さん』 

 

 

 発見はあった。

 留美ちゃんは中島みゆきが好き、お酒が入ると歌が上手くなる。

 

 この発見から導き出される結論は。

 歌のテストには、お酒を飲んで中島みゆきの歌を唄えば合格間違いなし。

 しかし、中島みゆきの歌を唄うのはともかく、学校でお酒を飲むわけにはいかへん。

 それに、間違ってテイ兄ちゃんのコークハイを飲んでしもたとは言え、お酒を飲んでしまったことにショックの留美ちゃん。

 

「ああ、もうこの世の終わりだよ~( ノД`)」

 嘆くのもむべなるかな……。

 

 この件について、いちばん反省、もしくは落ち込まならあかんのはテイ兄ちゃんや。

 不可抗力とは言え、未成年、それも十三歳の女子中学生にお酒を飲ませたんやから!

「留美ちゃん、意外とお酒に強いねんなあ」

 留美ちゃんは、ほんの十分ほど気絶と言うか寝てしもたんやけど、目が覚めてペットボトルのお茶を一気飲みしたら、だいぶマシになって、帰りの車に乗ってもヘッチャラやった。

 なんも考えんとコークハイ作ってしもたテイ兄ちゃんやったけど、帰りの運転を考えて飲むのんはやめてた。やめてたからこそ、留美ちゃんは自分のコーラと間違うて飲んだんやけどね。

 それに、留美ちゃんのヘッチャラいうのは体調のことで、ほんで、心配かけたらあかんという健気さからやからし。

 せやから、あとで電話した時の留美ちゃんは、正直に落ち込んでたんや。

「まあ、音楽のテストやろ、なんとかなるで」

 他人事みたいに言いながらおっぱん(仏さんに供えるごはん、おぶくさんともいう。夕方にお供えして夜にはお下げする)を片付ける。

「もう、気楽に言うてさかいに」

 これが留美ちゃんと違て、頼子さんやったらテイ兄ちゃんの反応は違てたと思うぞ。

「まあ、心配やったら、阿弥陀さんにお願いしとくんやなあ」

「阿弥陀さんが受け合うてくれはるんは極楽往生だけや、世俗の願い事は効き目ないやろが」

「いやいや、ここ一番は別やと思うで。檀家のお年寄りなんか、みんなお願いしていかはるで」

「そんなん……」

「ナマンダブ ナマンダブ ちょっとさくらの願い事を聞いてってください」

 ご本尊に手ぇ合わせるテイ兄ちゃん。

「ほら、阿弥陀さんにこっち向いてもろたから、お願いしとき」

 それだけ言うて、テイ兄ちゃんは庫裏のほうへ戻っていく。ええかげんな坊主や。

 こないだの見返り阿弥陀さんが思い出される。

 うちの阿弥陀さんは、最初から前向いてはるけど、なんや、あたしのことを見てくれてはるような気がしてきた。

 座って手を合わせる。

「クソ坊主が、へんなこと言うてすみません。せやけど、できることならお願いします……ナマンダブ ナマンダブ……」

 

『わかった、なんとかしたげよ』

 

 え!?

 阿弥陀さんがしゃべった。

 

 

 

 

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乃木坂学院高校演劇部物語・49『メリークリスマス……』

2019-11-28 06:49:38 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・49   
『メリークリスマス……』 


 

「わたし、八月に一度戻ってきたじゃない」
「うん、あとで聞いて淋しかったよ。分かってたら、クラブ休んだのに」
「あれは、わたしのタクラミだったの。だれにも内緒のね……旅費稼ぐのに、エッセーの懸賞募集まで応募したんだよ」
「さすが、はるかちゃん!」
「でも、わたしって、いつも二等賞以下の子だから」
「乃木坂でも準ミスだったもんね。じゃ二等賞?」
「フフ……三等賞の佳作。賞金二万円よ。これじゃ足んないから、お母さんがパートやってるお店のマスターにお金貸してもらってね。むろんお母さんには内緒でね」

 はるかちゃんは、二つ目のミカンを口にした。さっきより顔が酸っぱくなった。

「帰ったお家に黄色いハンカチは掛かってなかった……」
「じゃ……」
 わたしもミカンを頬ばった。申しわけないほど甘かった。
「機械と油の匂いが……うちは輪転機とインクの匂いだけど、しなかった。その代わりに……あの人がいた」
 はるかちゃん、遠くを見る目になった。その隙にミカンをすり替えてあげた。
「あの……その……」
「今は、うまくいってるよ……当たり前じゃない、そうでなかったらここに戻ってこられるわけないでしょ。今は秀美さんのこと東京のお母さんだと思ってる」
 はるかちゃんは涙目。でも、しっかり微笑んでる。
「ところで、まどかちゃん。あんた演劇部うまくいってないんだって?」
 すり替えたミカンは、やっぱ酸っぱかった。
「二十九人いた部員……四人に減っちゃって」
「乃木坂の演劇部が、たったの四人!?」
「潤香先輩は入院中。で、残りの三人はわたしと、二階で寝てるあの二人……」
「そうなんだ……やっと、おまじないが効いたみたい。甘くなってきた」

 はるかちゃんのミカンが甘くなったところで、ここに至った経緯を、かいつまんで話した。相手がはるかちゃんだったので心のブレーキが効かなくなって、涙があふれてきた。

「そう……まどかちゃんも大変だったのね」
「マリ先生は辞めちゃうし、倉庫も焼けて何にも無しだし……部室も、年度末までに五人以上にしなきゃ出てかなきゃなんないの」
「そうなんだ……でも、やってやれないことはないと思うよ」
「ほんと……?」
「うん。だって、うちのクラブね、たった五人で府大会までいったんだよ。それも五人たって、二人以外は兼業部員と見習い部員」
「ん……兼業部員?」
「うん。他のクラブや、バイトなんかと掛け持ちの子」
「じゃ、見習い部員てのは……?」
「わ・た・し」
「はるかちゃん、見習いだったの?」
「うん、わたしは夏頃から正規部員になりたかったんだけど、コーチが頑固でね。本選に落ちてやっと正規部員にしてもらったの」
「なんだか、わけ分かんない」
「でしょうね。語れば長いお話になるのよ……ね、これからはパソコンとかで話そうよ。カメラ付けたらテレビ会議みたく顔見ながら話せるし」
「うん。やろうやろう……でも……」
「ハハ、自信ないんだ。ま、無理もないよね。天下の乃木高演劇部が、実質三人の裸一貫だもんね」
「うん、だから今日はヤケクソのクリスマスパーティー」
「でも、まどかちゃんのやり方って、本質外してないと思うよ」
「ほんと?」
「うん。今日みんなで『幸せの黄色いハンカチ』観たのって大正解」
「あれって、さっきも言ったけど、テーブルクロス洗って干してたら、理事長先生に言われて……」
「意味わかんないから、うちのお父さんからDVD借りて……で、感動したもんだから。あの二人にも観せようって……でしょ?」
「うん、景気づけの意味もあるんだけどね」
「次のハルサイの公演まで、五ヶ月もあるんでしょ?」
「うん、上演作品決めんのは、まだ余裕なんだけどね。それまで何やったらいいのか……」
「今日みたくでいいんだよ。お芝居って、演るだけじゃないんだよ。観ることも大切なんだ……お芝居でなくてもいい、映画でもいいのよ。いい作品観て自分の肥やしにすることは大事なことなんだよ。だって、そうでしょ。野球部やってて、野球観ないやつなんている? サッカーの試合観ないサッカー部ってないでしょ」
「うん、そう言われれば……」
「演劇部って、自分じゃ演るくせに、人のはあんまり観ないんだよね」
 コンクールでよその学校のは見てたけど、あれはただ睥睨(へいげい=見下す)してただけだもんね。
「芝居は、高いし。ハズレも多いから今日みたく映画のDVDでいいのよ。それと、人の本を読むこと。そうやってると、観る目が肥えるし。演技や演出の勉強にもなるのよ。それに、なによりいいものを演りたいって、高いテンションを持つことができる!……って、うちのコーチの受け売りだけどね」
「じゃあ、今日『幸せの黄色いハンカチ』観たのは……」
「うん、自然にそれをやってたのよ。まどかちゃん、無意識に分かってたんだよ!」
「はるかちゃん……!」

 二人同時にお盆に手を出して気がついた。

 ミカンがきれいになくなっていること。ふたりとも口の周りがミカンの汁だらけになっていること……二人で大笑いになっちゃった。
 はるかちゃんがポケテイッシュを出して口を拭った。
「はい、まどかちゃんも」
 差し出されたポケティッシュにはNOZOMIプロのロゴが入っている。
「あ、これってNOZOMIプロじゃない」
「あ……あ、東京駅でキャンペーンやってたから」
 その時、はるかちゃんの携帯の着メロが鳴った。
 画面を見て一瞬ためらって、はるかちゃんは受話器のボタンを押した。
「はい、はるかです……」
 少し改まった言い方に、思わず聞き耳ずきん。
「え……あれ、流れるんですか……それは……はい、母がそう言うのなら……わたしは……はい、失礼します」
 切れた携帯を、はるかちゃんはしばらく見つめていた。
「どうかした……?」
「え、ああ……まどかちゃん」
「うん……?」
「相談にのってくれるかなあ……」

 この時、はるかちゃんは、彼女の一生に関わるかもしれない大事な話しをしてくれた。ポケティッシュは、東京駅でのキャンペーンなんかじゃなかった。
 ひたすらびっくり。まともな返事ができなかった。
 ただ、ミカンの柑橘系の香りとともに、わたしの一生の中で忘れられない思い出になった。


 はるかちゃんが三軒となりの「実家」に帰ると、入れ違いに兄貴が帰ってきた。

「だめじゃないよ、雪払わなくっちゃ」
「あ、ああ……」
 兄貴は、意外と素直に外に出て、ダッフルコートを揺すった。いつもなら一言二言アンニュイな皮肉が返ってくるのに。
「兄ちゃん……」
 兄貴は、なにも答えず明かりの消えた茶の間に上がって、そのまま二階の自分の部屋に行く気配。
 兄貴らしくもない、乱暴に脱ぎ捨てた靴。
 それに、頬にクッキリと赤い手形……。
 兄貴は、どうやらクリスマスデートでフライングしたようだ。

 再建が始まったばかりのわたしたちの演劇部。フライングするわけにはいかない。

 一歩ずつ、少しずつ、しっかりと歩き出すしかないんだ……。
 兄貴が閉め忘れた玄関を閉めにいく……表は、東京では珍しい大雪が降り続けていた。

「メリークリスマス……」

 静かに、そう呟いた……忠クンの顔が浮かんで、ポッっと頬が赤らむ。
 それを聞きとがめたように、遠くで犬が吠えた。
 わけもなくウロタエて、わたしは身震い一つして玄関の戸を閉めた……。
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ファルコンZ:25『さよならアルルカン・1』

2019-11-28 06:34:01 | 小説6
ファルコンZ 25
『さよならアルルカン・1』     
 
 
 
 ターベの反乱は四:六で、反星府軍の旗色が悪くなったところで終わった。
 ベータ星内のもめごとは、ある程度のところまでいくと国王がタオルを投げる。けして片方を殲滅するところまではやらない。
 
 長年のベータ星の歴史の中で、ベータ星人が身につけた知恵である。
 最初は、母星のガンマ星と同じく共和制をとっていたが、争い事が絶えず、その度に多くの犠牲者を出し、星府の方針もコロコロ変わり、ガンマ星につけいる隙を与えてしまった。それが今のガンマ星との戦争になっている。
 
「ラムダ将軍。あなたが、このベータ星を思う気持ちは、わたしも星府も同じなのです。やり方が違うのです。わたしたちは、あくまでベータ星とガンマ星の共存を……将軍は、禍根を断つためにガンマ星との決戦を主張しています。そこだけが違うのです」
「わたくしは……」
「ベータ星を繁栄させることで、手を取り合いましょう。ベータ星人同士が戦って、ベータ星の若者の命を危険に晒すことは避けましょう」
「殿下……」
 
 これで一件落着である。
 
 王室という権威が間に入ることによって、敗北した者も誇りを失わずに済む。そして、いくらかの意見を勝った方が飲み、丸くおさめるのである。
 こういう権威のあり方が優れていることは、地球でも、タイや日本で立証されている。
 
 今回の場合、問題は、ガンマ星であった。
 
 どうやら、ガンマ星は、ベータ星の水銀還元プラントに興味があるようだった。副産物としてできる金のことを嗅ぎつけ、それを我がモノにせんと虎視眈々の様子である。
 
「先帝ご葬儀に臨席された地球の大使が……」
「承知しています、将軍。手は打ちつつあります。ほんのしばらくわたしに任せてください。そして、それがダメなら、星府と話し合い、必要な処置を講じてください」
「しばらくとは……?」
「僭越であるぞ、ラムダ」
「よいのです、ゼムラ大臣。一週間と思ってください。おそらくうまくいくと思います。成否いずれにせよ、これは国王としては越権になります。記録には残さないでください」
「殿下は、まだ女王に即位されておられません。王女の行動記録は、今までとったことがございません」
「ありがとうゼムラ大臣。では、三日は連絡をとりません。万一のときには帝室典範にのっとり妹のアンに皇位を」
「殿下……!」
 大臣と将軍が同時に声と腰を上げたが、王女は笑顔で、それを制した。
 
「本気ですか、王女!?」
 
 マーク船長が悲鳴のように声をあげた。
 
「この三日間は、ただのマリアと思って。あなたたちと力を合わせなければ、この銀河の危機は救えません。そう、たった今から、わたしは予備役のマリア中尉です」
「中尉? 王族の人間なら、訓練中に大尉にはなっているんじゃ……」
「内緒だけど、シュミレーション戦闘で、間違えて味方の一個大隊を全滅させちゃったの。で、頑固なラムダ将軍が、大尉にしてくれなかったの。成功したら大尉にしてもらうわ。みなさんよろしく!」
 ミナコたちクルーは驚いたが、マリア王女……マリア近衛中尉は、さっさと自分の荷物をキャビンに運び入れた。
 
 さよならアルルカン作戦が始まった……。
 
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永遠女子高生・12・《京橋高校2年渡良瀬野乃・4・ひょっとして・2》

2019-11-28 06:24:10 | 時かける少女
 永遠女子高生・12
《渡良瀬野乃・3・ひょっとして・2》         


 

 ホームセンターが好きというわけではない。

 ただ、芸術大学で舞台美術を教えている父に連れられて、子どものころからホームセンターには行っていたので、並の高校生よりは詳しい。
「へー、すごい、一発で見つけたなあ!」
 迷わずにドアノブのユニットを見つけると、愛華が感心した。
「ドアノブのバックセットいうたら、60ミリ厚がスタンダードやさかい、感心するようなもんとちゃうし」
「そのバックセットとか、厚がどうたらいう時点ですごいよ」

 ドアノブに感心されたことには忸怩たる思いがあったが、親友の賞賛は素直に受けておく。

 賞賛は、した方もされた方も気分がいいもので、どちらが誘うということもなくハンバーガショップに入る。
「「ハンバーガーセット、クーポン券で!」」
 と、声が重なったのに笑い転げてしまった。オーダーを受けたスタッフも笑っている。
「こういうとこは、気が合うなあ(#^.^#)」
 友情を新たにしながら、ハンバーガーに齧りつく。

「あの二人は、別れたいう噂やったんやけどなあ……」

「二人て?」
 分かってはいるけど、とぼけておく。
「一之宮さんと里中さんやんか」
「ああ、さっき校門で見かけた二人?」
「というか、一之宮さんは、ノノッチをモデルに少女像造った人やんか」
「あ、そうやったっけ」
「うん、あの話は、ビックリポンやったなあ……って、ノノッチもっとビックリしてええんとちゃう?」
「でも、一之宮さんは、そこらへんの犬とか猫とかモデルにしたような感じとちゃうかなあ」
 自分で言いながら寂しくなる。
「うーん……かもしれんなあ、ゴミとして捨てられるまでほっといたんやからなあ」
「けど、持って帰らはったんやんか」
「そやなあ……って、もしかしたら?」
 ズズーっとシェイクを啜って、野乃はごまかした。
「ノノッチ、シャンプーは、その奈菜ちゃんが買うてきたやつがええよ。香りが、とってもええさかい」
 愛華はシェイクの蓋を開けて、ズルズルと飲み干し、ガリガリと氷を噛み砕く。
――愛華は、こんなことをやっても可愛い。あたしがやったら、猿やて言われそう――
 寂しく思う、野乃であった。

「よし、ドア直ったよ」

 家に帰ると、ジャージに着替えて、直ぐにトイレのドアを直した。
「けど、お母さん、ユニットの中のバネが錆びて、折れてた。たまたま、あたしが触った時に壊れたんやさかいにね」
「いや、ほんま。やっぱりバブルのころにできた家やから、手抜きやったんやろか?」
「念のために、油スプレーしとくわね」
 しゃがみ込んで、スプレーオイルを吹きかけておく。
「なんや、そうやって作業してる姿はお父さんそっくりやねえ」
「…………」
 野乃は凹んだ。
 
 父は好きだが、まるで男のようだと言われたのと同じ。
 むろん母に悪気はないが、無意識であるからこそ凹んでしまう……。 
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小悪魔マユの魔法日記・108『その後のAKR47・2』

2019-11-28 06:17:52 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・108
『その後のAKR47・2』    



「わたし、付いていきます!」

 有無を言わせぬ力で拓美は宣言した。潤の魂と体は、まだ完全には重ならず、二重にぼけて見えた。予断を許さない状況であった……。
 

「心臓の僧帽弁に異常があるので、緊急手術をおこないます」
 医師は冷静かつ真剣な表情で告げた。
「こないだの健康診断では、問題無かったんですが……」
 駆けつけた黒羽ディレクターは、呆然として呟いた。
「並の検査では分かりません。負荷心電図をとらなきゃ分からないしろものです。おそらく今まで自覚症状がないんで、本人も気が付かなかったんでしょう。いま心臓外科の先生にきてもらっている最中です。到着次第オペにかかります」

 三十分後に緊急手術が始まった。
 
 黒羽ディレクターの他に、会長の光ミツル、潤のご両親もあつまり、手術室の前で固唾を呑んで待っていた。
 オペが始まって、一時間ほどしたころに、なんと潤が、ボンヤリと手術室から現れた。

――潤……!

 拓美には分かった。その潤は肉体から抜け出した魂である。

 潤は、しきりに父や母に話しかけているが、むろん反応は返ってこない。潤は困った顔で、黒羽や会長にも声をかけるが、結果は同じである。
――潤。
 拓美は、心で呼びかけた。
――あ、マユ先輩!
 潤は、マユのアバターに入った拓美をマユだと思っている。
――ここじゃ話せない、わたしに付いてきて。
――はい。
「ちょっと、外の空気にあたってきます。なにかあったら、すぐに呼んでください」
「ああ、ここまで、がんばってくれたんだからな、マユ、少し休んでこい」
 黒羽ディレクターが優しく言った。黒羽は、もともと気の付く優しいディレクターであったが、新妻の美優に死なれてからは、仕事の上の優しさではなく、人間として、本当の意味で優しくなった。

 マユは、潤を空いている倉庫のような部屋に連れていった。

――え、外に行くんじゃないんですか?
「驚かないで聞いてね……潤、あなたは死にかけてるの」
――そんな、冗談言わないでくださいよ。こんなに元気にお話してんのに。
「スタジオで倒れてからのこと、覚えてる?」
――あ……気が付いたら、ここに居ました。廊下にお父さんやみんながいるのが分かって……でも、みんな真剣な顔しちゃって、気づいてくれなくて……で、マユ先輩が声をかけてくださったんです。
「落ち着いて聞いてね」
――……はい。
「潤、あなたは死にかけてるの。ここにいる潤は魂。体の方は、手術室にいるのよ。あっちの方を見てご覧なさい」
――手術室……。
「壁を何枚も素通しで見えるのはなぜ?」
――ほんとだ……。
「魂や幽霊になってしまうと、見たいものや意識したものしか見えなくなるの」
――あの手術台の上に寝てるのは……わたし!?
「そうよ、残酷だけど、これが現実。今の潤は、生と死の間をさまよっているの。潤は自覚も無かったんだけど、心臓に欠陥があったの、それがレッスン中に出ちゃったの。で、救急車で運ばれて緊急手術の最中」
――そんな、わたし死んじゃうんですか……。
「言ったでしょ、今は、その境目だって。放っておけば、潤の魂は体から離れすぎて、戻れなくなって死んでしまう。だから、わたしが呼び止めたの」
――あ、ありがとうございます……でも、マユ先輩は、どうして分かるんですか。そんなことや、わたしのこと?

「それは、わたしが……」
 
 拓美は、言い淀んでしまった……。
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