大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・096『留美ちゃんが暗い』

2019-11-22 12:35:47 | ノベル

せやさかい・096

『留美ちゃんが暗い』 

 

 

 二時間目が終わってから留美ちゃんが暗い。

 

 理由は音楽のテスト。

 二時間目は音楽の授業やねんけど、授業の終わりに「来週、歌のテストをやります」と音楽の池田先生が宣告。

 留美ちゃんは人前で自己表現するのが苦手。

 それも歌を唄うなんて、あたしらに置き替えたら裸になるのも同然。

 

 どうしよう……どうしよう……

 

 昼休みになっても、呪いの言葉を吐くように呟いてる。

 給食も半分食べたとこで止まってしまう。知ってる限り、留美ちゃんが給食残すのは初めて。白身魚のフライなんか、手付かずで残ってる。別に大食漢というわけとちごて―― 残したらあかん ――という義務感で食べてる。その義務感が吹っ飛んでしまうほどに気に病んでるんや。

「榊原、調子悪いんか?」

 なんと、田中が心配して聞きよる。

 田中が言うことは、たいていからかいのネタにしてやるんやけど、今日はいつになく真面目に小さな声で聞いてきよるんで「うん、ちょっとね」と答えておく。

 田中は、つかつかと留美ちゃんの横に行くと「食べへんねやったら、もろとくぞ」と宣告。留美ちゃんが「え?」と反応に困ってると、あっというまに、フライを手づかみにしてムシャムシャと食べてしもた。

「せふぁ、ウラウンドひふぞ」

 フライを咀嚼しながら瀬田を引っ張って教室から出て行きよった。

 時間にして、ほんの数秒。

 教室に残ってたもんで、気ぃついたんは、あたしと瀬田ぐらいやと思う。

「トレー持って行こ」

 普通に言うと、留美ちゃんは、何事も無かったようにトレーを片付けた。

 ほとんど瞬間の事やったし、留美ちゃんの頭は来週の歌のテストで一杯やったから、驚くとか怒るとか恥ずかしがるとかの反応をし損ねたいう感じ。

 田中がやったことは、まかり間違うとナンチャラハラスメントとか変態とか言われかねへんこと、軽くても「キモーー」とかのヒンシュクをかう行為や。

 

 田中本人に聞くのもお礼を言うのもはばかられるんで、休み時間に瀬田を掴まえた。

 

「オレもびっくりしたけど、えと……小学校でな、給食残すなあ! て、よう怒られとったんや田中。とことん食べられへんかったら残してもええねんけど、圧の強い先生でなあ、無理くり食べてリバースしてしまいよったんや。それから、ちょっとイジメ的にな……そんで、ちょっと飛躍しよったんやと思う。まあ、なかったことにしといたってえや」

「う、うん」

 昼からの授業は、いつも通りやった。

 さてさて、問題は音楽のテスト。

 簡単な方法はテストの日は学校を休むこと。

 むろん休んでも別の日にテストがある。あるけど、授業の枠ではでけへんから、放課後とかに音楽室でやらされる。先生とのマンツーマンやから、授業中にみんなの前でやらされるよりはマシやねんけど。留美ちゃんは、テスト嫌さにずる休みなんかぜったいせえへんしなあ……。

 これは、やっぱり頼子さんに相談か。

 

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魔法少女マヂカ・103『太田道灌に正体をバラされる!』

2019-11-22 07:54:53 | 小説

魔法少女マヂカ・103  

 
『太田道灌に正体をバラされる!』語り手:マヂカ 

 

 

 マヂカ殿お! 魔法少女マヂカ殿おお!

 

 こともあろうに、太田道灌はわたしの真名を叫びながら駆け寄って来るではないか!?

 いや、落ち着け。

 あの太田道灌は駅前の銅像、きっと妖の一種に違いない。妖の一種なら、サムはともかく友里たちには見えないはずだ。

 ここは知らんぷりを決めるに限る(-_-;)。

「え? え?」

「なんかの撮影?」

「大河ドラマ?」

「沢尻エリカ分の撮り直し?」

 友里たちが騒いでる。なんで? 見えてないはずなのに?

 

「おお、間に合った! 一瞥以来でござる」

 

 たしかに五百年前に会っている。

 まだ駆け出しのころ、このあたりに庵を結んでいたときに、俄かの雨に遭って、太田道灌が蓑を借りに来たことがある。

 若かったわたしは(今だって若いんだけど)ちょっとした悪戯の気分で一枝の山吹を差し出してやった。

「いや、俄かの雨に出遭うて難渋しておる、蓑があれば拝借したいのだが」

 わたしは、いっそう頭を下げて枝を捧げ持つ。

「え、いや、だから、蓑が借りたいのじゃが……」

「…………」

「ええ、要領を得ん。是非もない、濡れていくか……邪魔をしたな」

 城に帰った道灌は老臣にたしなめられた。

「殿、それは『後拾遺和歌集新釈 下巻』の古い歌に事寄せたナゾにござりまするぞ」

「なんじゃ、それは?」

「後拾遺和歌集新釈 下巻には、こうありまする『七重八重花は咲けども山吹の実のひとつだになきぞ悲しき』 この山吹の『実の』と『蓑』をかけておりまする」

「ん……そうか、お貸しする『蓑』が無くて悲しいというナゾであったか!」

「ご明察!」

 実は、可愛そうになったので、道灌さんより先に城に行って、昼寝していた老臣に睡眠学習させておいたんだけどね。

 いや、わたしも詰まらない悪戯をしたもんだ(^_^;)

 素直な殿様だったんで、その後の妖怪退治で素性を明らかにしたんだけど、この律義者は、憶えていてくれたんだ!

 

 いや、感動してる場合じゃない。あっさりと、わたしの素性を叫ばれてはたまらないわよ!

 

「双子玉川に竜神が現れて、暴れておりまする! おそらくは、先般の台風で力を得たものでござろう。捨て置けば鎌田・玉川・等々力あたりに害をなすと思われる、よって、身は郎党どもを引き連れて成敗に向かいまするが、マヂカ殿にも御助勢願いたい!」

「あ、えと、えと……」

 おたつくわたしを押しのけて、サムが前に出た。

「心得た! 異世界の住人ではあるが、わたしも魔法少女のサマンサ・レーガン! すぐに装備を整え、マヂカ共々御助勢に向かいましょう!」

「おお、それは心強い! では、それがしは先に!」

 

 クルリと馬首を巡らして、太田道灌は西を目指して駆け去った。

 

「え、えーと……」「どーいう……」「こと……?」

 

 戸惑う友里たち。

 くそ! もう誤魔化しがきかないぞ!

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乃木坂学院高校演劇部物語・43『そのボール拾って!』

2019-11-22 06:52:33 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・43   
『そのボール拾って!』 


 
 ここらへんまでが、竜頭蛇尾の竜の部分。

 考えてもみて、たった三人の演劇部。それもついこないだまでは、三十人に近い威容を誇っていた乃木坂学院高等学校演劇部。発声練習やったって迫力が違う。グラウンドで声出してると、ついこないだまでの勢いがないもんだから、他のクラブが拍子抜けしたような目で見てる。最初はアカラサマに「あれー……」って感じだったけど、三日もたつと雀が鳴いているほどの関心も示さない。
 わたし達は、もとの倉庫が恋しくて、ついその更地で発声練習。ここって、野球部の練習場所の対角線方向、ネットを越した南側にはテニス部のコート。両方のこぼれ球が転がってくる。
「おーい、ボール投げてくれよ!」
 と、野球部。
「ねえ、ごめん、ボール投げて!」
 と、テニス部。
 最初のうちこそ「いくわよ!」って感じで投げ返していたけど、十日もしたころ……。
「ねえ、そのボール拾ってくれる!?」
 と、テニス部……投げ返そうとしたら、こないだまで演劇部にいたA子。黙ってボ-ルを投げ返してやったら、怒ったような顔して受け取って、回れ右。
「なに、あれ……」
「態度ワル~……」
「部室戻って、本読みしよう」
 フテった夏鈴と里沙を連れて部室に戻る。

 わたしたちは、とりあえず部室にある昔の本を読み返していた。
「ねえ、そのボール拾って!」
「またぁ……違うよ、それ夏鈴のルリの台詞」
 里沙の三度目のチェック。
「あ、ごめん。じゃ、夏鈴」
「……」
 夏鈴が、うつむいて沈黙してしまった。
「どうかした……ね、夏鈴?」
 夏鈴の顔をのぞき込む。
「……この台詞、やだ」
 夏鈴がポツリと言った。
「あ、そか。この台詞、さっきのA子の言葉のまんまだもんね」
「じゃ、ルリわたし演るから、夏鈴は……」
「もう、こんなのがヤなの」
「夏鈴……」
 演劇部のロッカーにある本は、当然だけど昔の栄光の台本。つまり、先代の山阪先生とマリ先生の創作劇ばっかし。どの本も登場人物は十人以上。三人でやると一人が最低三役はやらなければならない……どうしても混乱してしまう。
 じゃあ、登場人物三人の本を読めばいいんだけど、これがなかなか無い……。
 よその学校がやった本にそういうのが何本かあったけど、面白くないし……抵抗を感じる。

 竜頭蛇尾の尾になりかけてきた……。

「ね、みんなで潤香先輩のお見舞いに行かない。明日で年内の部活もおしまいだしさ」
「そうね、あれ以来お見舞い行ってないもんね」
 里沙がのってきた。
「行く行く、わたしも行くわよさ」
 夏鈴がくっついて話はできあがり。
 そしてささやかな作業に取りかかった……。

 三人のクラブって淋しいけど、ものを決めることや、行動することは早い。数少ない利点の一つ!


 一ヶ月ぶりの病院……なんだか、ここだけ時間が止まったみたい。
 いや、逆なのよね。この一カ月、あまりにもいろんなことが有りすぎた。泣いたり笑ったり、死にかけたり……忙しい一カ月だった。
 病室の前に立つ。一瞬ノックするのがためらわれた。ドアを通して人の気配が感じられる。
 おそらく付き添いのお姉さん。そして静かに自分の病気と闘っている潤香先輩。その静かだけど重い気配がわたしをたじろがせる。
「どうしたの……まどか?」
 花束を抱えた里沙がささやく。その横で、夏鈴がキョトンとしている。
「ううん、なんでも……いくよ」
 静かにノックした。
「はーい」
 ドアの向こうで声がした、やっぱりお姉さんのようだ。
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ファルコンZ:19『☆………コスモス星・2』 

2019-11-22 06:41:40 | 小説6
ファルコンZ 19
『☆………コスモス星・2』        
 
 
「コスモンド抽出開始。アブストラクター(抽出機)インサート」
 
 軽い衝撃があった。不安な顔をしていたんだろう、マーク船長が説明してくれた。
「大昔の注射針刺すようなもんや。コスモンドっちゅう鉱石が、この船のエネルギーでな。そのコスモンドをミクロン単位のサイズに砕いて、船の燃料庫に備蓄するんや」
「アブストラクターには、何重にもフィルターが付いているから、ソウルなんかは、入ってこないわ」
 ミナホが答える。
「ソウル?」
「アブストラクトチェック」
「オールグリーン」
「スタート」
 微かに音がしたが、それもすぐに消えた。作業は、とても静かに流れている。
「ソウルというのは、このコスモス星の精神のようなもの」
「星の精神?」
 星に精神があると話が飛躍したので、ミナコは思わず声をあげた。
「そうや、この星には心がある。えらい寂しがり屋でな。この星に降りた船の多くが逃がしてもらわれへん。せやから、パッシブは全て切る。関心があると思われるさかいな」
「船長、重量に微妙な変化があります」
「……僅かに減っとるなあ。船体の熱膨張との差し引きは?」
「まあ、誤差の範囲です」
 船長は安心した顔になったが、ミナコは不安だった。
「どのくらい、違うんですか?」
「1グラムちょっとやな……気になるか?」
「なんだか胸騒ぎ……」
 
 それは、突然やってきた。
 
「アブストラクター停止……あ、再起動しました」
「船長、重量マイナス47キロ。異常です!」
「47キロ……コスモスのキャビンの閉鎖解除。モニターに出せ!」
「やられました、コスモスさんがいません!」
「星に取り込まれたか!?」
「解析……最初の1グラム減少は、コスモスさんを分子分解したときのものです。今アブストラクターが緊急停止したときに、分子分解したコスモスさんを一気に取り込んだようです」
 
「そんなことって……」
 ミナコは愕然とした。そして、ミナコの家に迎えに来てくれてきてくれたときから、今までのコスモスの思い出が、懐かしさと共に蘇ってきた。
「全員、コスモスに関するメモリーをブロックせえ!」
「あ……!」
 ミナコは怖気が走った。自分の指先が透け始めてきた。
「ミナコ、火星のコンサート記録のチェックと解析をしろ! 観客一人一人のデータまでな!」
「なんで、今!」
「言うこと聞け!」
 船長は、古典的なヘッドマウントアナライザーをミナコに付けさせ、火星ツアーのデータバンクに直結させた。奔流となってデータがミナコの頭に流れ込んできた。
「あと何分かかる」
「アブストラクト、80%。あと一分です!」
「アブストラクター緊急停止!」
「アブストラクターから、何かが上がってきます。圧縮情報のようです。フィルターが破られます!」
「ミナコ、目えつぶれ!」
 コックピットにコスモスの3D映像が現れた。ニコニコ笑いかけながら、みんなに近寄ってくる。
「ミナコちゃん……」
 ホログラムは、実体化して、ミナコのヘッドマウントアナライザーに手を掛けた。
「アブストラクト完了」
「アブストラクター引き抜きました!」
「緊急発進!」
 
 ファルコンZは、磁石が同極同士で反発しあうような早さで、コスモス星を離れた。
 実体化していたコスモスは3Dに戻り、星の重力圏を離れる頃には消えてしまった。
 
「ミナコ、ヘッドマウント外してええぞ」
「ああ、頭パンクするかと思った」
 ミナコは、解析情報を振り払うかのように頭を振った。
 
「コスモスの情報、各自インストール。バルス、コスモスのバックアップデータ復元」
「船長、コスモスさんは?」
「再生する。ちょっと時間はかかるけどな」
「船長、コスモスの外見は以前のままでいいですね」
「ああ、あれが完成形やさかいな」
 そして、十時間ほどして、コスモスがキャビンから現れた。
「ああ、よく寝た。船長、異常はなかったですか?」
「全て、順調。次いくぞ」
 
 ファルコンZは、次の宇宙を目指した。
 
 
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永遠女子高生・6《Etenal feemel highschool student・瑠璃葉の場合・2》

2019-11-22 06:34:19 | 時かける少女
永遠女子高生・6
《瑠璃葉の場合・2》         





 楠葉は、左の手足を骨折した。

 エミの役は降りざるを得なかった。代役には同じAKRのチームAから矢頭萌が出ることになり、瑠璃葉は、引き続きエミの姉の役で残り、『ラ・セーヌ』の撮影は続けられた。

 楠葉の怪我は、不幸な事件として処理された。

 舞台挨拶が終わり、一同が袖に引っ込むとき、直接の原因になった三島純子という女優が袖のマネージャーに声をかけられ、足許に注意がいっていなかった。そのために、たまたま瑠璃葉の足が引っかかり、そのまま楠葉を押すように倒れ込んだ。勢いが付いたまま舞台の下に落ちた楠葉は、左半身を強打、そのまま救急車で病院に搬送された。

 楠葉の中味は結なので、真相は分かっていた。だが、なにも言わなかった。

 しかし、怪我が取り返しのつかないものであるとまでは思っていなかった。並の骨折なら三か月もあれば完治し、映画はともかくAKRには復活できるものだと、楠葉もみんなも思った。
 リハビリに時間が掛かりすぎるので、理学療法士が「もしや」と思って、精密検査が行われた。

「神経が切れている」

 医者の診断であった。普通に歩くことに目立った支障はないが、踊ることができなかった。
 歌って踊ってなんぼのAKRである。卒業せざるを得なかった。
 プロディューサーの光ミツルは、せめてモデルかソロ歌手として残る道を考えてくれたが、それも楠葉は断った。
「わたし、歌って踊って、なんとか半人前なんです。きっぱり卒業します」
 ミツルの前で、その覚悟を伝えた。

 卒業は、皮肉にも『ラ・セーヌ』の初日であった。

 楠葉は固辞したが、AKRシアターで楠葉の卒業式が行われた。

「小学校の運動会で、こんなことがありました。100メートル競走のゴール手前で転けちゃって、それまで先頭を走っていたのが、ビリになってしまいました。膝を痛めて、そのあとのリレーも出られなくなってしまいました。わたしって、ほんとドジなんです。でも大玉転がしでは一等賞でした。人間一つのことがダメになっても、きっと他に開ける道があります。怪我のために、もうみんなのように踊ることもできません。歌は、自分で言うのもなんですが、うまくありません。だからAKRは卒業します。でも、人生の大玉転がしは……きっと、どこかにあります。それを信じてがんばっていきます。それから、この怪我は、楠葉のドジが原因です。誰のせいでもありません」

「そんなこと、ありません。あたしが悪いんです!」

 三島純子だった。

 映画の初日挨拶を終えて、シアターに直行。楠葉の言葉にいたたまれなくなったのだ。

「三島さん……違います。絶対違います。みなさんも信じて下さい。そして、また、どこかでお目に掛かります。人生の大玉転がしで。そして、これからも、みなさん、AKRの変わらぬファンでいてください。お願いします!」
 楠葉が頭を下げると、三島純子も舞台に上がり、メンバーのみんなも一緒になって涙々の卒業式になった。

「フン、一晩だけの悲劇のヒロイン。明日になれば、世間は忘れてるわよ。大玉を転がして一等賞になるのは、あたしよ。ざまあ見ろ」
 
 そう毒づいて、瑠璃葉は、テレビのスイッチを切った。

 テレビの前のテーブルには、次の映画の台本が置かれていた……。

 
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小悪魔マユの魔法日記・102『オモクロ居残りグミ・2』

2019-11-22 06:26:41 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・102
『オモクロ居残りグミ・2』     



 波紋は意外なところから広がった。

 ほんとうに、オチコボレ天使の後始末は大変だ。
 香奈のアバターの中でぼやくマユであった……。

《居残りグミ》のプロモーションビデオは、東京郊外の廃校になった高校を使っておこなわれた。
 廃校といっても、この年の四月までは現役だった学校で、校舎の中などは、現役のころのまんま。
 校庭や中庭などに少し雑草が生えている。制作費が安いので、エキストラの人たちといっしょになって、草刈りをやるところから始めなくてはならなかった。

「いいウォーミングアップになったね!」

 額の汗をタオルで拭いながら、加奈子が笑った。どこまでも前向きな明るいリーダーだ。やっぱりオモクロのセンターを張ってきただけのことはある。と香奈(マユ)は感心した。
――オチコボレ天使の雅部利恵が余計なことをしなければ、この加奈子たちだけでも、かなりの線まではいっただろう。
 その元凶の雅部利恵は、美川エルというオモクロの研究生になり、抜群の歌唱力、リズム感、ルックス、スタイルで。すぐに選抜メンバーに加えられ、選抜メンバーの端っこで、オモクロをここまでにした自負心とともに。アイドルとして注目される喜びに浸っていた。
 
 マユは、本来のアバターをアイドル志望の幽霊、浅野拓美に貸してあり、そっちはAKRの選抜メンバーとして活躍中。

 マユは、香奈という臨時にこさえたアバターに入って、加奈子たち「居残りグミ」のバックとして支えていた。なんでオチコボレ天使の尻ぬぐいを、ここまでやらなきゃならないのかという怒りもあったが、加奈子たち、本来のオモクロのメンバーたちのがんばりには、正直驚いて、「居残りグミ」を売り出すことに生き甲斐を感じている。

 午前中は、草刈りを手早くすませ、エキストラの子たちといっしょに女子高生の制服に着替え、校庭で昼休み風景の撮影。

 思い思いに、グラウンドで遊んでと、エキストラの子たちにディレクターが指示するが、なかなか自然な昼休みにはならない。所在なげに突っ立っているか、不自然に騒ぐだけ。ディレクターがいちいち動きを付けるが、数が多く、なかなか全員の演技指導に手が回らない。
「あなたたち、そこでトスバレー、あなたたちは向こうのベンチで……そう、『秋色ララバイ』ハモってて。で、あなたたち三人、いや四人で、わたしたちの前をキャッキャいいながら駆け抜けてくれる……そう、走りながらジャンケンてのいいかも。それをカメラさんがおっかけて、わたしたちと重なったとこで、歌になる。どうかしら、別所さん」
 加奈子は、あっと言う間に、冒頭のシーンを決めてしまった。
「カナちゃん。監督の才能あるよ」
 ディレクターの別所は正直に誉めた。
 後ろのほうで、女先生役の仁和明宏さんがニコニコ笑って、こう付け加えた。
「そのあと、クレーンで上から撮って、その端っこに、あたし歩くわ。三分のプロモだけど、放課後の居残り担当の先生出現のいい伏線になると思うの」
「あ、それ頂きます」
 ディレクター兼監督の別所は、こういう点にプライドがないので良い物はなんでも採用。絵コンテはあっさり書き換えられてリハーサル。

 今日のテストも赤点で、予想通りの居残り学習、居残り組。
 夕陽差す中庭のベンチ、待ってるキミが大あくび、その口目がけて投げるグミ。
 見事に決まってストライク……とはいかずに、キャッチする手は左利き。

 ニッコリ笑ってグミを噛む。ゼリーより硬く、キャンディーよりは柔らかく。
 その食感に、キミが戸惑う。まるで、ボクが初めてコクった時のよう。
 あの、ハナミズキの花の下、左手だけを半袖まくり、ソフトボールの汗滲ませて、ボクをにらんでいたね。
 あとの言葉困って、ボクが差し出すグミ、キャンディーと勘違い。グニュっと噛んでキミが笑う。
 歯ごたえハンパなグミ、グミ、おもしろグミ、グミ、だけど心に残る愛おしさ。
 居残りグミ、グミ、おもしろグミ、グミ、青春の歯ごたえさ~♪
 
 リハーサルは一発でOK、一応ランスルー、カメリハをやるのは別所の良くも悪くも生真面目なところ。
 しかし、みんなのテンションは適度に上がって、冒頭のシーンワンはワンテイクでOKが出た。

 そして、次の教室でのシーンの準備にかかったころ、女教師役の仁和明宏さんが呟いた。

「なにか、変なものが混ざり込んできた……」
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