大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・093『はじめてのおつかい』

2019-11-16 15:09:33 | ノベル

せやさかい・093

『はじめてのおつかい』 

 

 

 今日は文芸部の活動は無い。

 

 お祖母さまが来日する件で頼子さんが学校を休んでる。

 来日されるのは来月やけど、準備やら打合せやらで東京の大使館に行ってる。

 なんちゅうてもお祖母さまはヤマセンブルグの女王陛下、頼子さんは二重国籍の状態とは言えヤマセンブルグの王位継承者、つまり王女様。「やあ、お祖母ちゃん!」「あら、頼子!」てな具合にはいかんのんやそうです。

 じゃ、あたしも……留美ちゃんは病院の定期検診に行ってる。

 残ったわたしは、一人で部活やっても仕方がない。なんせ、部室はうちの本堂裏の和室やし。頼子さんと留美ちゃんが不在の部室におっても、自分の家でボサーっとしてるだけやし。それに、ダミアも居てるさかいに、一人でおったら絶対遊んでしまう。

 

 それで、放課後のあたしはお使いに出てる。

 

 天王寺にあるお寺に届け物。

「明日、部活ないよって、用事あったら手伝うし」

 お祖父ちゃんに言うといたから。

「そんなら、届け物頼めるかなあ」

 おなじ浄土真宗の専光寺に持っていく落語会の資料をあれこれ頼まれた。久々に大和川を超えるんでお小遣いに五千円もらったし(^▽^)/。

 五千円も出すんやったら、宅配で送った方が安いし確実やねんけど、身内のもんが運んだ方が念が届くし、孫に小遣いを渡す口実にもなるとお祖父ちゃんは言う。

 ほんまは、わたしに気晴らしをさせたいという優しさやねん。

 三月の末から酒井の家の子ぉになって、むろんお母さんの実家やさかいに遠慮もなんもいらんねんけど、折に触れてお祖父ちゃんは言う。

「もっと我がまま言うてええねんで」

「うん、ありがとう。でも、たいがい好きなようにやらせてもろてるよ」

 ダミアも飼わせてもろたし、本堂の裏を部室に使わせてもろてるし。

 たぶん、お祖父ちゃんはお母さんのこと気にしてる。仕事ばっかしで、ほとんど家に居てへん。一回だけやけど、お祖父ちゃんがお母さんに説教してるのを見てしもた。

「なんにも言わん子やけど、さくらは、いろいろ辛抱しとんねんで。いちばんの辛抱は親が傍に居らへんことや。十三歳は、まだまだ親が、母親が必要や。仕事も大事やろけど、さくらのことも考えたりや」

 真正面から言われると、お母さんは黙って聞いとくしかない。

 うちの親は忙しいのが当たり前思てたから、平気のつもりでおった。

 平気のつもりやのに、立ち聞きしてた廊下で、零れる涙を持て余してしもた。

 顔洗いに行ったら、伯母さんが居たので気づかれたと思う。話は、きっと家中に知れ渡ってたと思う。

「専光寺は、ご本尊がユニークやさかい、行ったついでに手ぇ合わせて拝んどいで」

 お祖父ちゃんは五千円といっしょに数珠をかしてくれた。

 

「ご本尊を拝ませていただきたいんですけど」

 

 頼まれものを渡したあと、坊守さん(ぼうもりと読む、ご住職の奥さん)にお願いする。

「それはそれは、ほんなら、本堂へ」

 あたしも坊主の孫「おもしろいご本尊見せてください」とは言わへん。

 

 手を合わせて、ビックリした。

「『見返り阿弥陀』さんて言いますのん。お浄土への道すがら、はぐれた者はおらへんかと、後ろに続く衆生を気遣っておられるんです。同じものが、言うても、向こうの方が有名ですねんけど、京都の永観堂に居てはります」

 なるほど……。

 ありがたく手を合わせておいたけど、正直な第一印象は、これや。

 

 顔背け阿弥陀!

 

 そやかて、外陣のこっちから見たら―― おまえなんか見たない ――と、顔を背けられてるような気がする。

 ヘーーホーー

 あたしもヘーホー組になってしもた。

 

 帰り道、意外な人を見かけたんやけど、それは、次回にね。

 

 

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乃木坂学院高校演劇部物語・37『火事の痕跡』

2019-11-16 06:23:44 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・37   
『火事の痕跡』  

 
 
 
 あの火事騒ぎから一週間。わたしは久々に学校へ行った。

 久々という感覚は人によって違うんだろうけど、なんせひいじいちゃんの忌引きで小学校のとき二日しか休んだことのないわたしは、本当に久しぶり。
 地下鉄の出口を出て、百メートルほど歩いて
「え?」
 斜め向かいのお店が並んだ一角が工事用シートで囲まれていた。シートに隙間があって、中が見える。シートの中は……更地になっていた。更地……つまり何もない空き地。

 こないだまで、ここには何かのお店があったはず……はずなんだけど、思い出せない。駅の出口を出ると、ちょっと行って乃木神社。道路を挟んで乃木ビル。ブライダルのお店、飲み屋さん、コンビニと続いて……あとはそんなに意識して歩いているわけじゃないから記憶もおぼろ……パン屋さん。うん、あそこは覚えてるってか、時々お弁当代わりにパンを買っていく。で、その隣り……へー、建築事務所だったんだ。その上は五階までテナントの入ったビル。ビルの名前は街路樹に隠れて見えない……で、その隣りが、シートで囲まれた更地。
 一週間前には、何かがあった。もう半年以上この道を通っているのに思い出せない。
 気になるなあ……と、思っているうちに通り過ぎてしまった。
 コンクールの明くる日は、ここをダッシュで走ったんだ。三百メートルを五十秒。
 思えば、あれで汗だくになり、オッサンみたいなくしゃみ……あれがインフルエンザの始まりだったのかもしれない。


 学校に着いて、そのままグラウンドに行ってみた。

 焼けた倉庫は、きれいサッパリ片づけられていた。
 土まで入れ替えられたようで、火事の痕跡は、コンクリ-トの塀と、側の桜の木が半身焼けこげて立っているだけだ。
 知らない人が見たら、ただの更地だ。そこに戦争の空襲からもGHQの接収からも逃れた古ぼけた倉庫があったなんて想像もできないだろう……。
 わたしは、この倉庫とは半年あまりの付き合いしかなかった。でも、その思い出の中には、潤香先輩への憧れ。マリ先生の厳しい指導。里沙や夏鈴とのズッコケた失敗なんかが……そして、なによりわたしはここで死にかけた。それを救ってくれた忠クンのことといっしょに、思い出というには、まだ生々しい記憶がここにはある。

「まどか、もう予鈴鳴ったよ!」

 中庭から、わたしを呼ばわる里沙の声がした。夏鈴が横にくっついている。
 わたしは予鈴が鳴るのにも気づかないで二十分近く、そこに立っていたようだ。


 里沙がノートをパソコンで送ってくれていたので助かったけど、やっぱり授業というのは受けてみないと分からないものなのだ(受けていても、分かんないこといっぱいあるんだけど) 休み時間も昼休みも、友だちや先生に聞きまくり。
 最初にも言ったけど、わたしってひいじいちゃんの忌引きで、小学校で二日休んだだけ――授業分かんないのは休んだからだ……と、思いこんじゃうわけ。もともとそんなにできるわけじゃない、だから、ちゃんと授業受けていても結果的には変わんないんだけど。潜在的には「わたしは、デキル子」という、身の程知らずのオメデタイとこがある。だから、コンクールのときでも潤香先輩のアンダースタディーに手を上げちゃうし、先週の倉庫の火事でも、半ば無意識とはいえ、飛び込んじゃうわけ……で、結果は意気込みほどじゃないことは、みなさんもよくご存じの通りってわけなのです。

 やっと放課後になって、クラブ……に直行したかったんだけど、掃除当番。それに担任の鈴木先生に、狸の薮先生からもらった登校許可に関する意見書(インフルエンザは法定伝染病なんで、登校するのには、正式には診断書。これだとお金かかっちゃうので、意見書でいいことになっている)を渡さなければならない。朝ドタバタして渡し損ねたのだ。
 鈴木先生は女バレの顧問。体育館に行くと、練習前のミーティング。それを終わるのを待って、ようやく手渡し。先生も朝、言葉がかけられなかったので、慰労と励ましのお言葉をくださる――はしょってください――とも言えず、神妙に聞いていると、もう四時二十分。とっくにクラブが始まっている。
 
 急がなくっちゃ!
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ファルコンZ・13『陽子ちゃん』

2019-11-16 06:14:06 | 小説6
ファルコンZ・13
『陽子ちゃん』        
 
 
☆……三丁目の星・1

 400年前の地球に似ていた……。
 
 無人の人工衛星を飛ばすほどの科学力しか持っていなかったが、一応銀河連邦の一員である。
 代表者は、国連事務総長でもなくアメリカやソ連の指導者ではなく、まして日本の総理大臣などという小粒なものでもなかった。
 この三丁目の星には、五人の代表者がいる。
 
 全員が庶民である。
 
 ファルコン・Zを奥多摩の山中に隠し、ホンダN360Zは、大胆にもそのまま(ただし、エンブレムは外してある)で、代表者の一人がいる蕎麦屋に向かった。
 平屋や、せいぜい三階建てのビルしかない街に、出来て間もない東京タワーが神々しくそびえている。
 
「お、大将、久しぶり!」
 暖簾をくぐると、船長は気楽に声をかけた。
「おう。ヒトツキぶりだね、マークの旦那」
 オヤジが気楽に返事を返した。と言って、このオヤジが代表者というわけでもない。
「陽子ちゃん、帰ってるかな?」
 分かっていながら、船長が聞く。
「それが、あいにく……けえってきたところだよ。おい、陽子。マーク社長がお見えだぞ!」
 ハーイ!
 元気な声と共に、まだ制服姿の陽子が元気よく降りてきた。
「年頃の娘なんだから、も少し、おしとやかに降りてこいよ」
「家がボロなのよ!」
「言うじゃねえか。そのボロ家のおかげで、おまんま食えて、学校にだって行けてるんだぞ」
「だから、今度はあたしの力で……」
「社長、ほんとにこんなオチャッピーで大丈夫なんかい?」
「保証するよ。陽子ちゃんは、何十年に一人って逸材なんや。大事に育てさせてもらいます」
 
 船長は、この星では関西の芸能プロの社長ということになっている。社名も「松梅興業」から「マークプロ」と関東受けするように改名。そのイチオシのタレントにすることを、十数回通ってオヤジの了解を得るところまでもってきた。それについては涙ぐましいマーク船長の努力があるのだが、本人の希望で割愛する。
 
「紹介しとくよ、陽子ちゃんの仲間になるコンビや。入っといで」
 ミナコとミナホが色違いのギンガムチェックのワンピで入ってきた。
「よろしくお願いします。ミナコとミナホです!」
「おー、双子なのかい?」
「まあね。最初は陽子ちゃんのソロと、この二人のデュオで押していこうと思てんねん。そのあとの企画は、まだ内緒やけどな。ほな、夕方まで陽子ちゃん借りまっせ」
「なんだよ、蕎麦ぐらい食っていけよ」
「いや、食うか食われるかの世界なんでね。陽子ちゃんも早く帰したいし。またゆっくり伺うよ」
 
 外に出ると、ホンダN360Zの周りは子供たちが群がっていた。無理もない、もう四半世紀もたたなければ、現れないような車なのである。
「ごめん、ごめん。車出すよって、のいてくれるか」
 優しく手厳しく子供たちの輪を広げると、四人は車に乗り込んだ。
「こないだ、ソ連がスプートニク2号を打ち上げました」
 陽子は、事務所で、紅茶を飲みながら話し始めた。
「データ送ってくれるか」
「はい……送りました」
 腕時計のリュウズを二度押し込んで、データを送ってきた。むろん腕時計に見せかけたハンベである。
「こらあ、もうじき核弾頭載せるぐらいの能力になりよるなあ」
「ソ連とアメリカの戦争になるんですか?」
「五分五分やなあ……オレ、ちょっと他の代表に会うてくるから、あとは、この二人と相談して」
 船長はドアの向こうに消えた。文字通りテレポしたために消えたのであるが、ここの社員は、誰も驚かない。全員がアンドロイドとガイノイドで、チーフとサブのディレクターがバルスとコスモスである。
 
「わたしたち、音楽で、この星の運命を変えようと思っているの」
 
 ミナホが切り出した……。
 
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スーパソコン バグ・9・『昔の写真なんか見て』

2019-11-16 05:59:19 | ライトノベルベスト
スーパソコン バグ・9 
『昔の写真なんか見て』       

 
 麻衣子は、商店街の福引きで、パソコンを当てて大喜び。そこにゲリラ豪雨と共にやってきた雷が直撃。一時は死んだかと思われたが、奇跡的にケガ一つ無し。ダメとは思ったパソコンが喋り始め、実体化したパソコン「バグ」は、自分は、麻衣子の妹で琴子だと言い出した!

 
 
 部屋にもどってびっくりした。ベッドが二段ベッドになっている!

「なんか変だね、琴子のこと毎日見てるはずなんだけど、涙が出てきちゃう」
 お母さんが、実にらしくないことを言う。
「スライドショーやろうか?」
 なんと、お母さんの提案で、パソコンとテレビを繋いでスライドショーをやることになった。パソコンは、お母さんが昔から使っているノートパソコンで立ち上がりが遅い。
「昔の写真なんか見て、大丈夫?」
 バグに聞いた。バグは琴子の顔でコックリした。

 やがて、モニターにしたテレビに写真が写り始めた。どうやら、あたしの生まれたころからの写真集のようだ。
「どう、このお父さんの嬉しそうなこと」
「まだ、髪の毛一杯あるね」
「お姉ちゃん、赤ちゃんのころは可愛かったんだ!」
「赤ちゃんのころってのは、なによ!」
「まあ、今もそれなりにね」
「そりゃ、あんたは……(AKB選抜の合成)」
「麻衣子の名前は、ほんとうは、こう書くんだよ」
 お母さんは、メモに、こう書いた『舞子』
「あ、それいいよ。どうして麻の衣の子になっちゃったのよ!?」
「お父さんが、届けに行ったんだけどね、順番待ってる間に姓名判断に詳しい人に言われたんだってさ、画数とか、字の品格とかさ。で、受付の順番が回ってきて、画数だけあわせて麻衣子だって」
「だいたい主体性が無さ過ぎるんだよお父さんは、だから未だに、課長にしかなれないんだ」

「だれが、課長にしかなれないんだ?」

 気づくと、お父さんが帰ってきていた。お父さんも琴子のことを当たり前に見ている。
「ああ、これ、琴子が生まれたときだ!」
「なんだか、あたしの時より嬉しそうに見えるんだけど」
「そりゃあ、琴子は流産しかけたものなあ」
「だったわよね、洗濯物干して、転けちゃって、うまい具合に、お父さんに倒れかかったもんだから、あんまりお腹を圧迫せずにすんだのよね」
「おかげで、あれで首の骨がヘルニアになっちまって……まあ、いい思い出だな」

 それから、写真は、家族旅行や入学式、夏のプール、ディズニーランド、オヤジとアニキの趣味で付き合わされた阿佐ヶ谷のリックンランド。戦車をバックに、あたしも琴子も喜んでいる。

 なにか変だ、琴子はバグが作った、いわばアバターのはずなんだけど、写真を見てると、それぞれに具体的な思い出がある。スライドショ-が終わった頃は、バグではなくて、琴子であるという意識の方が強くなってきた。

 朝になった。

 目が覚めると、琴子が制服を変な風に着ている。なんだか初めて着るようなぎこちなさ。
「琴子、セーラーの脇、閉まってないよ」
「ほんとだ」

 その日一日で、バグは、完全に琴子になってしまった。その日は、ナプキンの使い方なんか分からないのが不思議だったが、午後になって気が付いた。
 琴子ができることは、基本的にお母さんのお腹の中にいて、お母さんがしていたことや、知っていたことである。おぼろになってきた、あたしの記憶では、お母さんは洗濯物を干そうとして流産したことがある。お母さんは羊水検査でズルをして、あらかじめ性別も知っていて名前も考えていた。それが琴子である……。

 三日もすると、完全に違和感がなくなってしまった。
 そして、二人でアニキの見舞いに行ったときも、アニキに違和感はなかった。
「一週間ぶりに見ると、琴子のほうがカワイイな。オレに似たんだな」
 と、バカを言って優奈さんを笑わせた。

 秋になって、琴子はAKBを受けて、本当に通ってしまった。研究生として忙しい毎日を送っている。
 あたしは、元のようにソフトボールができるようになった。腕はちっとも上がらなかったけど、吉岡コーチが自分のことのように喜んでくれたことが、とても嬉しかった。

 去年と同じくインターハイ二回戦で負けた。でも、一発だけ三遊間にヒットを決めることが出来た。あたしにはこれで十分だ。琴子も忙しい中、後半だけ見に来てくれて、わがことのように喜んでくれた。

 そして、秋の半ば頃には、もう、琴子は完全に琴子になった。

 夏の日、落雷にあって、妙な夢を見たこと……のように思った。名前は……バが付いたような気がする。
 バカ……これは姉妹で、しょっちゅう言ってる。
 まあ、いいや。琴子は琴子。ニクソイこともあるけど、正直あたしよりもカワイイ。

 でも、琴子はソフトボールなんかは、ちっともできないんだよ。


 『スーパソコン バグ』  完


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小悪魔マユの魔法日記・96『オモクロヒットの裏側・1』

2019-11-16 05:48:40 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・96
『オモクロヒットの裏側・1』     



 
 危ない!

 身を投げ出して香奈を庇いに出たのは、ルリ子の妹分の美紀であった……。

 マユのアバターである仁科香奈は無事であったが、庇った美紀は、落ちてきたベビースポットライトが左腕から顔にかけて当たって怪我をした。

 出血は少なかったが、どうやら左頬の骨が陥没骨折。左腕にも裂傷を負った。
「大丈夫か美紀!」
 マネージャーが直ぐに駆け寄り声をかけた。メンバー達も駆け寄って声をかける。
「だれか、緊急手当できる人いない!?」
 ルリ子が、美紀を抱きかかえ叫んだ。
「わたしが診る。元看護師だから」
 ヒッツメ頭のADのが、人をかき分けて美紀の側に来た。
「あ……仁科さん大丈夫……?」
 美紀が苦しい顔で言った。

 マユはグッときた。

 いつもルリ子の腰巾着というか携帯のストラップのようにくっつき、ルリ子と共に意地悪ばかりしてきた美紀が、初対面のオーディション受験生でしかないマユのアバター・仁科香奈を気遣っている。

「裂傷は大したことはないけど、ほお骨がどうにかなってる。すぐに病院へ!」
 元看護師のADさんが上杉ディレクターに言った。
「救急車じゃ、かえって混乱する。事務所の車で、二丁目の足利病院へ!」
 上杉の指示でスタッフが動いた。
 事故の顛末は観覧席の受験者やマスコミに分からないように、熟練のスタッフにより、モニターがすぐに切られ、観覧席の大きなガラスもスモークにされている。
 しかし、事故直後の様子や悲鳴は聞こえている。観覧席を通って正面玄関から出すことは不可能だ。
「裏口から出ましょう」
 気の利いたスタッフが、裏出口に通じるドアを開け、数人が付いて美紀は足利病院に運ばれた。

 オモクロは、利恵の言うとおり、白魔法の影響を脱して自律的に成長した。ルリ子や美紀も人間的に成長している。
 マユは、混乱した。
 天使のおせっかいは、どこかで必ず歪みが起きてくるものなのに……間違っているのはわたし……?
「大丈夫、仁科さんのせいじゃない。これは単なる事故なんだから」
 優しく声をかけて、パイプ椅子に座らせてくれる子がいた……どこかで、見たことがある。
「すみません……」
「あなた、歌もダンスもすごかったわ。きっといい結果が出るわ」
 その子は、そう言うと、スタジオの片づけに戻った。

――あ、あの子は、こないだまでオモクロのセンターをやっていた、桃畑加奈子!

 笑顔でマユに接し、今はテキパキと後かたづけをやっている桃畑加奈子の心は自己嫌悪で濁っていた。
――なんで、自己嫌悪……?
 マユは、加奈子の心を読もうとしたが、仁科香奈というアバターは、大石クララとマユ本来のアバターを足して二で割ったものなので、人間的な技量はともかく、魔法の効きは半分である。元々オチコボレの小悪魔、正規の悪魔のように魔法は使えない。それが半分になってしまったのだから、加奈子のように心を閉ざされてしまうと、なかなか読むことができない。

「さ、オーディションを再開するんで、控え室に戻ってくれるかなあ」
 スタッフに促され、マユは、控え室の観覧席に戻った。
 何事も無かったように、オーディションは再会された。
 ガラスの向こうで、見本の歌を唄い、踊っているのは、桃畑加奈子であった。

 微かに、濁った心が見え隠れする。マユは仁科香奈のアバターの中でもどかしく感じながらも、このあたりから調べていこうと思い始めていた……。
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