大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・101『しらす丼のしらすって?』

2019-11-17 14:16:18 | 小説

魔法少女マヂカ・101  

 
『しらす丼のしらすって?』語り手:マヂカ 

 

 

 しらすが旬だね

 

 百メートル走のタイム測定の順番を待っていると、サムが呟く。

「え?」

 ボーっとしているノンコが聞き返す。

「ほら、あの雲、ざるに盛られたしらすみたい」

「「「「ふぇ~」」」」

 調理研の四人が間の抜けた声をあげる。

 たしかに、消えかけのイワシ雲が、そう見えなくもない。雲が食べ物に見えるのは、今が四時間目で、お腹が空いているせいだろう。

 健康な女子高生は、秋の空を見てもメランコリックにはならずに食い物を連想するのよ。

「つぎ、レーガンと渡辺!」

「「ハイ!」」

 お尻の土を掃ってスタートラインに付く。

 

 よーーーい スタート!

 

 先生の掛け声でスタート。

 十七秒後、揃ってゴールすると、本日の調理研のメニューが決まっていた。五十メートル付近でサムが提案したのだ。

 

「しらす丼作ろうよ!」

「しらすは?」

「昼休みに買いに行く!」

 

 他の三人に持ちかけると異議なし、早めにお昼を済ませ、外出許可をとってスーパーに向かった。

 

 しらす 万能ねぎ 揚げ玉 かつ節 白ごま 卵ワンパック チャチャっと買って調理室の冷蔵庫にぶちこむ。

 いつもボンヤリ過ごす昼休み、目的持って動くと気持ちがいい。

「なんか楽しみ~」

「ノンコ、よだれ垂れてる」

「清美、教科書ちがってるよ」

「そういうサムの机はなんにも出てないけど」

「調理のダンドリ考えてんの」

「ご飯は、休み時間に仕込まなきゃ!」

 放課後を待って、昼からの授業も楽しい。

 

 ノンコ 清美 : 万能ねぎを小口に切って、しらす、揚げ玉、かつ節、白ごま、を混ぜる。 

 サム  友里 : しょうゆ、みりん、ごま油、ワサビを混ぜる。

 その間に、炊き上がったご飯を人数分の器によそうわたし。

 ご飯をよそって混ぜたのをぶっ掛けるだけだから、あっという間。

「メインはしらすだから、スピードが第一だもんね」

「「「「「いっただきまーーす!」」」」」

 卵をぶっ掛け、熱々のところをいただく。

 

 四時間目に思い付き、昼休みに特急で買い物、五時間目と六時間目の間にご飯を仕込んで、放課後の調理は三分間。

 

 調理研の新記録ができた!

「しらすって、なんの稚魚だか知ってる?」

 おいしいものを食べて幸せいっぱいのノンコに聞いてみる。

「え、しらすって名前のお魚じゃないの?」

「ちがうよ、他の人わかる?」

「え?」

「えと?」

 あんがい知らないものだ。

「うなぎ?」

「さんま?」

「おきあみの一種でしょ!」

 トンチンカンな答えが返ってくる。

「日本人なら知っといてよね、イワシの稚魚だわよ」

「ああ、外人にバカにされたあ」

「イワシだったら食べれないとこだったよ」

「脂ぎってるところが苦手かも」

「イワシは、骨がねえ」

「ハハハ、みんな現代っ子だ」

「なによ、年寄りみたいに」

 

 そう、わたしは年寄りなのだ。見かけは十七歳の女子高生だが、中身は数百年生きてきた魔法少女なのだ。しらすがイワシだってことは、豆腐のもとが大豆だってくらいの常識なのだ。

 しかし、まあいい。休戦状態とはいえ、M資金を巡ってカオスとの戦いが続いている。横に座っているのが、そのカオスのスパイだったりもするんだが、楽しめる時には楽しんでおかないと。

 そもそも、わたしは、休養のためにこの時間軸にいるのだしね。

 

「しらすはともかく、自分たちが特務師団のメンバーなのだという自覚は持たせた方がいいわよ」

 

 後片付けをしながらサムが言う。

「そうだな」

「戦局が厳しくなってきたら、ほころびが出てくるわよ」

「うう、スパイが言うかあ」

「ハハハ、今度は生卵じゃなくて温泉卵でやってみよう、いっそう美味しいわよ」

「温泉卵、大好きーー!!」

 ノンコが上機嫌で手を挙げて、秋の簡単料理その一が終わった。

 

 

 

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永遠女子高生《Etenal feemel highschool student》・1

2019-11-17 06:40:23 | 時かける少女
永遠女子高生
《Etenal feemel highschool student》・1 
 
 
 
 
 悔しい そして心配だった。

 死の淵に立った人間には相応しくないほど生々しく強い感情だった。
 あたしは、十七歳の若さで死んでいこうとしている。
 枕許には、両親と弟、そして、親友の三人がいる。

「あと三日で誕生日だ、がんばれよ、結(ゆい)!」

 お父さんが言った。そう、あたしは、三月三日生まれ、まもなく十八になれる。
「明日は卒業式なんだよ。がんばって、四人で卒業しようよ」
 久美が言う。
 そう、明日は我が乃木坂学院の卒業式……せめて卒業証書を手にして死にたい。
「姉ちゃん、来月はプレステ2の発売だよ。いっしょにやるって言ったじゃないか……」
 ベソをかきながら弟が言う。
 そう、ファイナルファンタジー・Ⅹをやるのが楽しみだった。
「そうよ、四日には先行予約したのが届くから、お母さんといっしょに……」
 年甲斐もなくゲーマーのお母さんが、あたしの未練を刺激する。
 一月二十九日の発表には驚いた。
 きれいなグラフィック、シリーズ初めてのフルボイス。PVのユウナが「できた……!」と言って気を失いかけ、階段を転げ落ちそうになったとき、ティーダが助けようとして、ガーディアンのキマリが抱き留める。あの時のユウナの顔は最高にいい。
 あたしは、まだ人生で、あんな達成感に満ちた気持ちを味わったことがない。あたしもゲーマーだけど、それを超えて女の子として、あの達成感には羨望だ。

「結。ごめん……ごめん。だから死なないで!」

 ありがたいけど、瑠璃葉に言われたくはない。
 
 あたしが死にかけているのは、瑠璃葉に原因があるのだから。

 前の年、夏休みに瑠璃葉の強引な計画と誘いで、湘南に四人で旅行に行った。
 発展家の瑠璃葉の計画なので、危ないなあという気持ちはあった。
 初日は、湘南の海で、他の海水浴客に混じって遊んでいるだけだったけど、二日目に飛躍した。
「ちょっと、離れたとこで泳いでみようよ!」
 瑠璃葉の言葉に乗って、遊泳禁止区域ギリギリのところで泳いでいた。

 そこに、あの男達が、カッコよくサーフボードを滑らせてやってきた。

 ヤバイと思ったけど、案外キチンとした話し方で、サーフボードの初歩を教えてくれたりした。
「どう、今夜ボクのコテージで焼き肉パーティーするんだけど、来ない?」
 の誘惑に乗ってしまった。
 コテージなどと言うよりは、立派な別荘だった。あたしたちも瑠璃葉の別荘に泊まっている。規模は同じぐらいだったけど、こちらの方が、趣味が良い。その雰囲気にも流されたのかも知れない。
 三杯目のドリンクからアルコールが入っていることに気づいた。
 あたしは気づかれないように、ソフトドリンクに替えた。だけど瑠璃葉、久美、美鈴の三人は知ってか知らでか、グラスを重ねていた。
 十一時を回った頃、部屋の照明がFDして、なんだか雰囲気が変わってきた。あたしの肩に男の腕が絡んできた。
「あたし、そういうことはしないの」
 冷たく突っぱねて、庭に出た。本当は、そのまま帰ってしまいたかった。でも三人を残して帰るわけにもいかない。

 何分たっただろう、男が庭にやってきた。

「なあ、おれ達も……いいじゃないか」
「あの三人になにをしてるの!?」
「尖るなよ。みんな、あの通りさ」
 男が顎をしゃくった先のリビングは明かりが落ちて、二階の三つの部屋が薄明るくなっていた。
「リビングのソファーは、エキストラベッドにもなるんだ」
 酒臭い息と共に絡みついてきた手に爪を立ててひっかいた。
「イテテ、なにするんだよ!?」
 あたしは、フェンスを乗り越えて道に出た。男が欲望むき出しの荒い呼吸で追いかけてくる。で、海岸沿いの大通りまで飛び出した。

 ……あたしは車に跳ねられて、頭を打った。脳内出血だった。

 大手術で二か月入院した。瑠璃葉たちは乱暴され、男達は警察に捕まったが、瑠璃葉のお父さんが動いて、学校には知られずに済んだ。
 瑠璃葉たちは、心身共に傷ついたが、目に付いた怪我はしていない。ただ、女の子が女になっただけ。時間と共に傷は癒されていった。

 あたしは、そうはいかなかった。

 秋には一時回復して学校に戻れたが、年末に頭の別の血管が破れて再入院。そして、今に至っている。正月には、もう右手と、首から上しか動かなくなった。そして、今は喋るのがやっと。

「お願い……が……あるの」

 みんなの顔が寄ってきた。
 
 意識が切れかけているので、お医者さんが注射をしてくれた。僅かな時間だけど喋れるだろう。
「なんだい、結?」
「なんでも言って、ユイ!」
「……あたしのことで自分を責めたりしないでね……そして、みんな幸せになってね、亮介も」
 弟は、ケナゲにも歯を食いしばって泣くまいとしている。
「お父さん、お母さん……なにも親孝行できなくて……ごめんなさい」
「結……!」
 お母さんが、気丈な声で、あたしの魂を引き留めている。お父さんは、もうグズグズだ。

「あたし、みんなが……幸せに……なるまで……天国に行かないから……」

 そこまで喋るのがやっとだった。

 一瞬みんなの顔が見えなくなると、明るい光に包まれた……明かりの向こうからきれいな女の人が現れた。
「お疲れ様でした結さん。これからの貴女のことを説明しにきました」
「あ、あなたは……?」
「……大天使ガブリエルとでも思ってちょうだい。人によっては観音さまにも見えるけど。貴女の知識ではガブリエルの方が分かり易い」
「ガブリエルって、受胎告知の……」
「そう、通信や伝達が主な担当」
「あたし、これから、どこへ?」
「天国……と言ってあげたいけど、貴女は誓いをたててしまった」
「誓い……?」
「みんなが、幸せになれるまでは、天国には行かないって……」
「あ、あれは……」

 言葉の勢い……とは言えなかった。

「人間死ぬ前はピュアになって、クールな言葉を言いがち。そこらへんは、あたしたちも分かっている。だから、いちいち末期の言葉を証文のようにはしないわ」
「だったら……」
「日が悪かったわね、2000年2月29日。400年に一度のミレニアムの閏年。この日にたてた誓いは絶対なのよ」
「じゃあ……」
「みんなの幸せを見届け……言葉は正確に言いましょう。幸せになる手伝いをしてあげてください」
「死んじゃったのに?」
「その時、その時代に見合った体をレンタルします……あ、貴女って、まだ卒業証書もらってないんだ」
「あ、多分卒業式で名前呼んでもらえると思います」
「そういう演出じゃダメ。実質が伴わないとね……結さん。貴女にはEtenal feemel highschool studentになってもらいます」
「え、エターナル……?」
 舌を噛みそうになった。

「永遠の女子高生っていう意味。せめてカッコヨク言わなきゃ。まあ、魂の修行だと思ってがんばって。わたしも力になりますから!」

 そう言うと、ガブリエルは光に溶け込んでしまい、あたしは永遠の女子高生になってしまった。

 ああ、Etenal feemel highschool student! 


※ 1.西暦年が4で割り切れる年は閏年 2.ただし、西暦年が100で割り切れる年は平年 3.ただし、西暦年が400で割り切れる年は閏年

  この三つの条件を満たす閏年は400年に一度しかない
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乃木坂学院高校演劇部物語・38『……九人しかいない』

2019-11-17 06:15:48 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・38   
『……九人しかいない』 


 
 部活の場所になっている視聴覚教室に向かう。思わず急ぎ足になる。

 ――まず、みんなにお礼とお詫びを言わなっくっちゃ。
 わたしは、二十七人の部員一人一人に言葉をかけようと、夕べはみんなからのメ-ルをもう一度見なおした。
 忠クンへのお礼ってか、想いは昨日伝えた。これでほとんど終わったつもりでいたんだけど、あらためてみんなのお見舞いメールを見ると、それぞれに個性がある。アイドルグル-プのMCの子がコンサートの終わりでやるような全体への挨拶じゃいけない。一人一人に言葉をかけなくちゃ……って、ついさっきも言ったよね。
 緊張してんのよ、わたしって……そうだ副顧問の柚木先生……ま、普段の部活には来ないから、あとで教官室に行けばいいや。お礼は、それまでに考えればいい……。

「おはようございまーす」
「おはよう……」
 まばらで、元気のない返事が返ってきた。
 まず、柚木先生がいたので、面食らった。まだ、お礼の言葉考えてない……。
 で、次に目についたのが、集まってる部員の少なさ……九人しかいない。
「さあ、まどかも来たことだし、始めようか」
 峰岸先輩がポーカーフェイスで言った。
「あの、最初にみんなに……」
「お礼ならいいよ、メールもらったし。早く本題に入ろう」
 勝呂先輩がいらついて言った。勝呂先輩のこんな物言いを聞くのは初めてだった。
「いらつくなよ勝呂。まどかは、まだ何も知らないんだから。まどかへの説明を兼ねて、問題を整理しよう」

――いったい、何があったんだろう……。

「まどか」
「はい……」
「まず、座れ。落ち着かなくっていけないよ」
「立ったままだと、倒れるかもしれないからな」
「勝呂!」
 ポ-カーフェイスの叱責がとんだ。

「じつは、まどか……マリ先生がお辞めになった」
 え?
 
 足が震えた……。

「顧問をですか……?」
 恐れてはいたが、かすかに予想はしていた。
「いいや、この乃木坂学院高校をだ」
 教室がグラッと揺れた……立っていたら倒れていた。むろん地震なんかじゃない。
「今回のことで責任をとってお辞めになった」
「学校が辞めさせたんですか!?」
「少し違う……」
 峰岸先輩がメガネを拭きながら、つぶやいた。
「それについては、わたしが話すわ」
 柚木先生が間に入った。
「今から話すことは部外秘。いいわね」
 みんなが頷く。
「理事会で少し問題になったみたいだけど、潤香のことも火事のことも……本人を前に、なんだけど、まどかのこともマリ先生の責任じゃない。詳しくは分からないけど、理事会としてはお構いなしということになった」
「じゃ、なぜ……」
「ご自分から辞表を出されたらしいわ」
 柚木先生は目を伏せた。
「それは違います」
 峰岸先輩が静かに異を唱えた。
「峰岸君」
 上げた先生の目は、鋭く峰岸先輩に向けられた。

 先輩は静かに続けた。

「柚木先生のお言葉は事実ですが、部分にすぎません。大事なポイントが抜けています。学校は先週のスポ-ツ新聞が取り上げた記事を気にしているんです」
「なんですか、それ?」
「ほら、コンクールで、うちの地区の審査員をやった高橋って人。マリ先生とは大学の先輩と後輩になるんだ。この二人の関係がスキャンダルになった。コンクールが終わった後、先生が立ち寄ったイタメシ屋で二人はいっしょになった。新聞には待ち合わせてと書いてあった」
「ウソでしょ……」
「乃木坂を落とした理由を説明するために、高橋って人はイタメシ屋に行ったんだ。それは、うちの警備員のおじさんも、店のマスターも証言している。店では大論争になったらしいよ。で、店を出た二人は地下鉄の駅に向かい、たまたま通りかかったホテルの前で写真を撮られたんだ。そして『新進俳優、高橋誠司、某私立女性教師と不倫!』という見出しで書かれてしまった」
「そのホテルなら知ってるよ。六本木寄りにある『ラ ボエーム』って言うホテルだ。店の面構えですぐに分かった」
 宮里先輩が言った。
「なんで高校生のオマエが知ってるんだよ?」
 と、山埼先輩。
「そりゃあ、道具係だもんよ。日頃から、いろんなもの観察してんだよ」
「あ、その気持ち分かります!」
 これは衣装係のイトちゃん。
「それって、濡れ衣だって分かったんでしょ。先輩……」
「むろんだよ、明くる日には謝罪訂正記事が出た。隅っこの方に小さくね。で、学校の一部の理事や管理職は気にしたようだね。マリ先生にこう言った。『丸く収めるために形だけ辞表を出してもらえませんか。いや、すぐに却下ということで処理しますから』で、先生は、その通りにした。『ご本人の硬い意思ですから』と理事長を納得させた」
「うそでしょ……」
 柚木先生の顔が青くなった。
「本当です。ここに証拠があります……」
 先輩は、小さなSDメモリーカードを出した。
「これは……」
「マリ先生とバーコードとの会話が入っています。ときどき校長と、ある理事の声も」
「峰岸君、キミって……」
「こんなもの、今時ちょっと気の利いた中学生でもやりますよ。な、加藤」
「え、ええ……」
 音響係の加藤先輩があいまいな返事をした。

 
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ファルコンZ・14『音楽革命』

2019-11-17 06:06:44 | 小説6
ファルコンZ 14
『音楽革命』             
 
 
 
☆……三丁目の星・2
 
「とりあえず、アメリカンポップスでいこうと思うの」
 
 ミナホが、そう言ったとき、陽子の方がピンときた。
「あー、コニーフランシスの『VACATION』とか!?」
「そうそう、アメリカでも流行りだしたばっかり。それを先取りして、まずブームを作るの」
 ミナコはハンベからロードして、すぐにアメリカンポップスを理解した。陽気でテンポが良くて、なによりハッピーになれそうなミュージックスタイルが気に入った。
 
 三丁目星の日本では、当時は歌とは、じっと立って、美しい歌声をみんなで静かに観賞するものだった。一方ではロカビリーが流行り、一部の若者には絶大な人気があったが、当時としては過激すぎるスタイルに、大方の大人は眉をひそめ、これにのめり込む若者は不良のように見られていた。
 そこで、少しお行儀がよく、普通の若者でもスッと入ってこれて、テレビを通してお茶の間に流れても違和感が少ないアメリカンポップスに的を絞ったのである。むろん考えたのはマーク船長。ミナホは、それをロード……するのでも、プログラムされたわけでもなく、共感してリードしているのである。
 
 陽子は、実家の蕎麦屋からやって来たままのセーラー服である。しかし、そのリズム感や音楽の感性の良さは顔に出ている。
 小顔で、目がパッチリとして、ポニーテールがよく似合っている。
 
「あなたは、本名の伊藤陽子、ニックネームはヨーコ。わたしとミナコは……ザ・チェリーズの双子デュオでいくわ」
 ミナホの言葉の十分後には、プロダクションのスタジオで選曲に入るという、ハイスピードな展開になった。
 
 その週末、土曜の昼下がり、新宿の駅前に中型のトレーラが荷台同士でドッキングした。
 トレーラーのドテッパラにはマークプロ、ステージキャラバンと電飾付きで書かれ、それがパカっと開くと、十メートルほどの間口のステージが出来上がった。
 なんだ、なんだ?
 土曜を半ドンで終わった、学生やサラリーマンBG(当時はOLという呼称ではなかった)が、歩を緩め、やがて立ち止まり、ステージを取り囲んだ。
 トレーラーの中には、ステージのセットや照明、PAの機材が組み込まれていて、あっと言う間にライブの用意が調う。
 このトレーラーステージは二十一世紀に本格化したもので、この時代には存在しない。
 むろんマーク船長やバルスが、ジャンクから作り上げたものである。音響はトレーラー自体にパネルスピーカーが張られ、タイヤのホイールが重低音のウーハーになっている。
 LEDの照明に、ドライアイスがモクモク。エフェクトスモークにレーザーが幾筋も際だって、ペチコートたっぷりのストライプの衣装で、陽子が『VACATION』を歌い出す。
 二番になると、トレーラーから四メートルほどの花道が延び、陽子は花道を囲む観衆の中に入っていく。
 ステージには、ホログラムのバックダンサーが現れ、観客の度肝を抜く。
 陽子は、それに負けない歌唱力と、魅力で観客を引きつける。
 陽子の次は、ミナコとミナホのデュオ。陽子とは交互に歌って観客を飽きさせない。
 新宿の駅前は、またたくうちに一万人以上の観客で満たされる。一応警察には駅前の使用許可はとってあるが、急遽出動した交通整理の警官隊はいい顔をしない。
「それでは、みなさん、最後の曲です『ソレイユ・デ・トウキョウ』聞いてください」
 くだけたポップス系の曲で、歌詞とフリが覚えやすく、三番に入ったころには見よう見まねで、体を動かす子どもたちも出てきた。
「それじゃ、みなさん。次は渋谷に行きます。新宿にも、また参りますので、よろしく!」
 三人が手を振ると、満場の拍手。
 ステージは一分ほどで、元のトレーラーに戻って、渋谷を目指した。
「こんな興奮生まれて初めて。NHKの素人喉自慢の百倍楽しかった!」
 陽子は目を輝かせた。
「アイドルチップの力ってすごいわね!」
 ミナコも感心した。ミナコは古典芸能としてのポップスには強いが、自分が歌って、こんなに楽しいとは思わなかった。
 アイドルチップとは、昔は脳に埋め込んだアイドルスキルのチップだったが、今はハンベを通して、脳神経そのものを、アイドルに向いた因子に組み替える。
「ふん、こんなの地球でやったら、違法行為だぞ!」
 ポチが、不満げに言う。
「あら、ポチだって、違法ロイドのくせして」
「そういうコスモスだって!」
 その日は、そのあと、渋谷、池袋を回った。
 
 明くる日の新聞は、このトレーラーキャラバンのことで大きく紙面が割かれ、テレビやラジオでもニュースで取り上げられた。
 
 三丁目星の、音楽革命が始まった……。
 
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小悪魔マユの魔法日記・97『オモクロヒットの裏側・2』

2019-11-17 05:52:22 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・97
『オモクロヒットの裏側・2』     


 
 足利病院は、美優が入院していた病院よりも立派だった。
 
 立派というのは、規模が大きく経営が順調だということで、中味のことではない。美優が入っていた病院は、なんともアットホームで、亡くなった美優が、結婚間近のナースの吉田にカメオを作ってやったほど、病院と患者の距離が近い。
 足利病院は、大きくて立派で、そして清潔であった。

 しかしマユには、なんだか天使に通じるような割り切った冷たさを感じた。

――安藤美紀様――と書かれた個室のドアをノックした。

「……どうぞ」
 美紀の返事がして、仁科香奈の姿をしたマユは病室に入った。
「失礼します……」
「あ、あなたは……」
 美紀は、左のほお骨を骨折していたので、大きな声が出せない。でも気持ちは、はっきりと伝わる。
 こんな真っ直ぐで、素直な美紀の思念は感じたことがなく、マユは少し戸惑った。
「わたしのために、美紀さん……こんなことになってしまって、本当に申し訳ありませんでした。そして、ありがとうございました」
「いいのよ、あなたのせいじゃないんだから。あなたこそ、無事でなによりだわ。あの位置じゃ、まともに頭に当たっていたでしょうから」
「ほんとうに、ほんとうにありがとうございました」
「フフフ……痛い……笑うと響くの」
「ごめんなさい、笑わせてしまって!」

 ゴツン!

 マユは反射的に頭を下げ、ベッドの手すりに、したたかに頭をぶつけてしまった。
「フ……見舞いに来て、怪我なんかしないでね。で、オーディションの結果は?」
「はい、なんとか合格させていただきました」
「よかった。これからいっしょにがんばりましょうね」
「はい、よろしくお願いします!」
「頭……気をつけてね」
 マユは、また危うくベッドの手すりに頭をぶつけるところだった。
「わたし、しばらく選抜メンバーからは外れるけど、カナちゃんが代わりに入ってくれるから安心」
「カナさんって……」
「桃畑加奈子。おもしろクロ-バーのころにセンターだった。ついさっきお見舞いに来てくれて……」
 頭を手すりにぶつけたドジさで、気を許して、美紀はいろんなことを話してくれた。
 オモクロに入るまでは、自分でも嫌になるほど意地の悪い子だったこと。ルリ子にくっついていればラクチンだったから。でも、こうしてオモクロのメンバーになれば、とても才能がある努力家で、今は心から尊敬できる仲間として見られることなど……やはり、美紀やルリ子は成長していた。オチコボレ天使・雅部利恵は間違っていなかったのだろうか……。

 病院の待合いを兼ねたロビーに戻ると、濁った思念を感じた。
 
 それは、あの桃畑加奈子のそれであった。
 加奈子は、ボンヤリとガラス張りを通して、晩秋の東京の街を見ていた。

「桃畑加奈子さん……ですよね」
「あなた……仁科香奈さん?」
「はい、いま美紀さんのお見舞いをしてきたところです」
「……本当は、わたしのはずだったのよ」
「え……?」
「ああやって、怪我をして、ベッドに横になっているのは、わたしのはずだったのよ」

 加奈子の濁った思念の中に、東京タワーとスカイツリーが見えた。
 たしかに、このガラス張りからは、その両方が見える。
 
 二つのシンボルが見える景色、それは何かの象徴のように思えた……。
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