大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・095『M資金・27 ラスボス・1』

2019-11-04 14:16:03 | 小説

魔法少女マヂカ・095  

『M資金・26 ラスボス・1』語り手:ブリンダ 

 

 

 宮殿は紅蓮の炎に包まれた。

 

 炎は宮殿の屋根の数十倍の高さに達し、天をも焦がす勢いで燃え盛り、見渡す限りの地上を茜に染め上げた。

「輻射熱でやられるぞ!」

 T型フォードは高機動車であり、2000度の熱に耐えられるバリアーを張っているが、それでもチリチリとボディーの塗装が焦げ始めた。

『ミラーを下向きにして……』

 ルームミラーのアリスが呟く。

 ルームミラーは、当然ながら後ろを向いているので、後方の炎の熱と光をもろに反射する。下向きに角度を付けることで反射を避けようということなのだが、もうすでに、相当の熱を帯びている。

 あ、暑い……。

「高度を下げて! 地表スレスレならばマシなはずだから!」

『りょうかい……』

 素早く反応したアリスはT型フォードを地上一メートルあまりまで下げた。

 地表の建物や木々などは、あらかた焼けてしまい、地面そのものも溶け始めて、まるで真っ赤なビロードの上を飛んでいるようだ。

「なにか見える……」

 マヂカが最初に気づいた。

「なんだ……!?」

 二人車の左右から首を出してみる。

 すると、車の下に、とてつもなく大きい模様のようなものが浮かび上がっている。

『なんなのよ?』

 ルームミラーのアリスからは、よく見えないようだ。

「もう少し上昇してくれ」

『燃えてしまうわよ』

「瞬間でいい、ほんの一二秒」

『分かった』

 高機動車は首をもたげて、イルカが一瞬水面に姿を現す感じで飛び上がった。

 これは……!?

 

 それは世田谷区ほどの大きさの黄色い『S』の字だ!

 

 赤字に黄色のSの字…………あ!?

 気が付いたのは三人同時だ。いや、高機動車自身も気が付いて、自動で回避運動に移った。

 数百メートル斜め上に回避して、全貌が見えた。

 

 それは、山手線の内側ほどの大きさのスーパーマンのマントの上だ!

 

 山手線に例えるなら、大塚と巣鴨の間くらいに黒い山のようなもの……スーパーマンの後頭部? 田端のあたりから青い半島のような……伸ばした右腕か? 

 高輪ゲートウェイと目黒のあたりからは田端のよりも大きく突き出した……巨大な脚が!

 高機動車も悟ったのか、すごい勢いで、その場を離れた。

 

 ズボボボーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!

 

 たった今まで居た空間を貫いて熱線が走った。太陽のフレアのように強力で、有り余ったエネルギーが熱線の周囲を数百条の雷のように絡みついている。

 ヒートビジョンだ!

 スーパーマンの眼光系のウェポンで、両目から数百万度の熱線を発射して、あらゆるものを瞬時に燃やしてしまう。あのフレアに触れただけで、高機動車は制御を失うだろう。

 

 シュビーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!

 

 今度は口から吐き出されるスーパーブレスだ!

 スーパーブレスは、逆に絶対零度まで冷却してしまう。

 燃え盛る宮殿は、とっくに地平線の彼方。大地の曲面の向こうに回ったで、さしもの火炎も届かなくなっているのだ。

 

「アハハハ、今のは、ほんの挨拶代わりさ。ここからが本気モード、そのクラッシックなフォードもろとも粉々にさせてもらう!」

 アハハハ アハハハと歯磨きのコマーシャルに使えそうな笑顔で付いてくる。

「こんなにデカイ図体なら、逆に接近してやった方が逃げ切れるんじゃない?」

 もっともだ、今度はこちらの意思で接近し、死角に回り込んだところで一気に引き離せばいい。

 アハハハ アハハハハ アハハハハハハハハハハハハハハハハハ

 笑い声が耳につく。こいつの笑い声はクラクションのようなものだ。無機質でデカイだけ、なんの情感もない。完全なる騒音、地震の鳴動、雷(いかづち)のきしみ、ゴジラの咆哮、ピエロの哄笑、 巨大なワライカワセミ。

 単に、横隔膜が痙攣し、痙攣によって圧縮された空気が気道や口蓋を震わせているに過ぎない。笑いの元になる情感が欠落している。 

 スーパーマンというのは、こういう作り笑いだけで、本当に笑ったことなどないのではないかという気がした。

 

 

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真夏ダイアリー・60『あいつのいない世界』

2019-11-04 07:03:33 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・60
『あいつのいない世界』   



 ショックだった。

 学校に行ったら、省吾がいなかった。早く来ていた玉男に聞いてみる。
「省吾は?」
「……だれ、それ?」
 わたしは、あわてて省吾の席をチェックした。机の中にオキッパにしている教科書を見て、息が止まった。

 井上孝之助という名前が書いてあった……。

 教卓の上の座席表もチェック……省吾の席は「井上」になっており、座席表のどこを見ても省吾の苗字である「春夏秋冬(ひととせ)」は無かった。
「どうかした?」
 玉男が、ドギマギしながら声を掛けてきた。
「ううん、なんでも」
 友だち同士でも、これは聞いちゃいけないような気がしてきた。
「な、なにかお手伝いできることがあったら言ってね」
「うん、その時は。友だちだもんね」

 そう返事して、下足室に行ってみた。

 やはり、そこは「井上」に変わっていた。諦めきれずに、学年全部の下足ロッカーを見て回ったが、あの一目で分かる「春夏秋冬」の四文字はなかった。
 そのうち視線を感じた。必死な顔で、下足のロッカーを見て回っているわたしが異様に見えるようで、チラホラ登校し始めた生徒達が変な目で見ている。
――真夏、なにかあったのかな――
――アイドルだから、いろいろあるんじゃない――
 そんな声が、ヒソヒソと聞こえた。
 そうだ、わたしはアイドルグループのAKRの一員なんだ……そう思って、平静を装って教室に戻った。
 玉男からも、変な視線を感じた。友だちなんだから、言いたいことがあれば直接言えばいいのに。そう思っていると、後ろの穂波がコソっと言った。
「真夏、玉男に『友だち』だって言ったの?」
「え……うん」
「どうして、あんな変わり者に……本気にしちゃってるわよ」

――まさか!?

 悪い予感がして、C組に行ってみた。
「うららちゃん、誰かと付き合ってる?」
 由香(中学からの友だち)は妙な顔をした。
「真夏、うららのこと知ってんの?」
「え……なんでもない。人違い」
「気をつけなさいよ。下足でも、あんた変だったって。アイドルなんだから、なに書かれるか分からないわよ」
「う、うん、ありがとう。ちょっと寝不足でボケてんの」
 その日は、自分から人に声をかけることはひかえた。どうも省吾は、この乃木坂高校には進学していないことになっているようだった。そして、もう一つ悪い予感がしたけど、怖くて、共通の友だちである由香にも聞けなかった。

 放課後、省吾の家に行ってみた。用心してニット帽にマフラーを口のあたりまでしておいた。

 で、もう一つの悪い予感が当たった。省吾の家があった場所には似ても似つかぬ家があった。むろん表札も違う。
 省吾は、この世界では、存在していない……。
 
 気がつくと、公園のベンチに座って泣いていた。わたしは、自分の中で、省吾の存在がどんなに大きかったか、初めて気づいた。
 中学からいっしょだったけど、こんな気持ちになったのは初めてだ。どこか心の底で分かっていたのかもしれない。あいつは未来人で、どうにもならない距離があることを。でも、でも……。

「好いていてくれたんだね、省吾のことを」

 背中合わせのベンチから声がした。

「……(省吾の)お父さん!?」
「振り向かないで……今朝の下足室のことを動画サイトに投稿しようとした奴がいるけど、アップロ-ドする前にデータごと消去しときました。省吾は、もう高校生で通用するような年齢ではなくなってしまったので、この世界には存在しないことにしました」
「もう会えないんですか……」
「高校生の省吾にはね……でも、いつか、あいつの力になってもらわなきゃならなければならない時が来る。その時は、また力になってやってください。今度は、あんな無茶はしないはずです。それまで、真夏さんは、ここで、アイドルとして夢を紡いでいてください」
「お父さん……」
「じゃ、わたしは、これで」
 立ち上がる気配がしたので、わたしは振り返った……そこには八十歳ほど、白髪になり、腰の曲がった老人の後ろ姿があった。
「わたしも、省吾のタイムリープのジャンプ台になっているんで影響がね……じゃあ」
 
 後ろ姿はモザイクになり、数秒で消えてしまった……。
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まどか乃木坂学院高校演劇部物語・25『寝過ごしてしまったのだ』

2019-11-04 06:57:00 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・25   
『寝過ごしてしまったのだ』 
 
 
 
 
 教師になって、こんなことは初めてだった。

 寝過ごしてしまったのだ。

 子どもの頃から自立心の強かったわたしは、大学で要領をカマスことを覚えるまで、無遅刻、無欠席だった。大学もおおやけには無遅刻、無欠席なんだけど、個人的心情では、代返の常習者。文学部演劇科に籍を置き、教職課程をとりながら、キャンギャルやら、MCのバイトに精を出していた。これくらいの要領はカマシておかないとやっていけない。
 え、その歳なら忌引きの一つや二つはあったろうって?
 わたしの家系は、みんな元気というか、長生き。今年メデタク卒寿を迎えたお祖父ちゃんは、まだピンピン。
 この祖父ちゃん、孫娘のわたしに構い過ぎる。大学のときも勝手にわたしの口座に、学費と称して、多額のお金を振り込んでくれた。でも、わたしは、そのお金にはいっさい手を付けなかった。
 意地もあったけど、そういうバイトやら、要領カマスことまで含めて勉強だと思っていたからだ。
 お祖父ちゃんのことは、訳あって、部長の峰崎クンしか知らない。
 で、わたしは乃木坂をスカートひらり……バサバサとはためかせながら、百メートルを十一秒で走れる脚で駆け上っていた。

 緩いカーブを曲がると、正門まで三百メートル。

 あと四十秒、さすがにキツイ。しかし目の前を走る遅刻寸前の女生徒を見て、俄然闘志が湧いてきた。
――ガキンチョに負けてたまるか!
 正門が軋み、閉め始められたところで、その女生徒を鼻の差で抜いて一等賞!

 チラっと追い越しざまに見えた女生徒は、わが演劇部の仲まどか。

 昨日のコンクールでは大活躍のアンダースタディー(主役の代役) 疲れたんだろうなあ……そう思いながら中庭を抜けて職員室へ。
「貴崎先生、遅刻されるんじゃなかったんですか?」
 教務主任の中村先生が声をかけてきた。
「なんとか間に合いましたから……今から行きます」
「そうですか、一応、自習課題は渡しておきましたんで」
「ありがとうございます……」
 と、返事をして、自分が汗みずくであることに気がついた。
 膝丈のチュニックの下はいつもコットンパンツなんだけど。走ることが頭にあったので、家を出る寸前に薄手のスパッツに穿きかえた。
 でも、この汗……ラストの三百メートル全力疾走がきいたようだ。
 ロッカーからタオルを出し、顔と首を拭き、チュニックの胸元をくつろげて、胸から脇の下まで拭いた。
 われながらオヤジである。
 なゆたも今頃は……と、粗忽ながら、カワユイわが生徒のことを思う。
 どこかで、オヤジのようなクシャミ……が聞こえたような気がした。
 教頭と目が合った。ちょうど、オヤジよろしく脇の下を拭いていたときに。
 ただのスケベオヤジのようにも、教育者の先達として咎めるようにも見えるまなざしだ。
 目線をそらし、ツルリと顔を撫でたところを見ると前者のようだ。
 クルリと背中を向けて、思い切り「イーダ!」をしてやった。

 教室へ行くと、すでに里沙が自習課題を配り終えていた。

「説明も終わりました」
 と、口を尖らすのがおかしかった。
「武藤さんの言うとおりね」
 と、あっさり自習にしてやった。
 まどかのカバンから、オヤジくさいタオルがはみ出ているのがおかしくも、親近感が持てた。

 課題は「日本の白地図に都道府県名を入れなさい」というシンプルなもの。

 レベルとしては小学校だが、案外これがムツカシイ。関東は分かっても、近畿以西になってくると怪しくなってくる。香川と徳島、島根と鳥取などで悩んでしまう。鳥取など字の順序でも悩ましい。九州など、鹿児島以外お手上げという子もいる。
 五分たった。
「地図見てもいいよ」
 と、言ってやる。

――チョロいもんよ。

 と、まどかなど何人かは出来上がったようだ。
 わたしの課題は、それからが勝負。任意に東京以外の道府県を選び、それについて八百字以内で思うところを書けというところ。
 ちなみに、わたしの教科は「現代社会」 便利な教科で、頭か尻尾に「現代」とか「社会」がつけば、なんでもアリ。
 今は、「現代青年心理学」なんか教えている。「保健」と内容的には被るところもあるんだけど、わたしのはポイント一つ。「高校時代の恋愛を絶対視するな」ということ。
「たった一度、忘れられない恋が出来たら満足さ~♪」と歌なんかにはあるけど、今の高校生は簡単に、最後の一線を越えてしまう。乃木坂のようなイイ子が多い学校もいっしょ。スレてないぶん、より危ないと言えるかも知れない。
 校長や教頭は、「いい学校=いい生徒」と思っているようだが、わたしは基本的には、どこも同じと思っている。管理職のところまでいく前に、現場の教師で、どれだけ問題を解決していることか……理事長は、さすがに経営者で、どことなくお分かりのご様子。

「できました」

 まどかが、正直な得意顔で一番に持ってきた。
「書けたら、好きなことやっていいですか?」
 などと言っていた奴らは、まだシャーペン片手に唸っている。
 まどかの得意顔をオチョクッテやろうと、読み始めた……。
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ファルコンZ・1《西暦2369年の目覚め》

2019-11-04 06:32:57 | 小説6
ファルコンZ 
1《西暦2369年の目覚め》          
 
 
 
 
 
 古めかしい音声メールで目が覚めた。
 
――西暦2369年3月15日 午前8時23分 音声メールを受信したよ コンタクトしていいかい――
 
 好みの小早川ユウキの設定にしてあるが、やっぱムカつく。
 このまま30秒反応しなければ、もう一度受信のアラームがして、さらに一分たてば先方にお詫びと共にリダイヤルの案内がされる。
 今朝は出ないわけにはいかない、きっと大事な電話。
 
 ノロノロと右手の肘から上だけを出してオイデオイデをする。コンタクトのサインだ。
 
――お早うミナコ、あなたのバイトが決まりました。最終確認です。引き受けますか?――
 
「も、もちろん、とっくに起きて準備してました!」
 
――それでは、58分後に迎えにいきます。経費は直ぐに振り込まれます。身軽な服装で待っていて――
 
 58分だと……朝寝坊を見抜かれている、しっかりしなきゃ!
 ミナコは、パジャマのまま浴室に向かった。
「お早う、お母さん」
「お早う、今朝は早いのね」
「うん、バイトの音声メールで目が覚めた。いや、目が覚めたらかな……」
「バイト、どのくらい?」
「一晩、明日の昼には帰ってくる」
「怪しげなバイトじゃないでしょうね?」
「ぜんぜん、ギャラ安いし……」
 あとの言葉は浴室の中で、母親には聞こえなかった。
 
「有馬温泉、銀泉」
 そう呟くと、瞬間で浴槽は有馬温泉の銀泉で満たされた。
「この春休みは、本物の温泉に入りたいなあ……」
 浴槽に入ると、本物の温泉の感触はした。でも、これはバーチャルで、本物の湯ではない。今世紀の初めに開発されたバーチャルウォーターで、五感に働きお湯と感じさせる。指定をすればレーザー滅菌もやってくれ、昔のように、髪や体を洗う必要がない。
「シャンプー、リンス、オート」
『朝寝坊ですか?』
 バスが余計な事を言う。ミナコはバスを寡黙に設定しているのだが、その寡黙なバスが声を出すのだから、ミナコには、かなり珍しい。いつもはバーチャルで時間を掛けてシャンプーをする。
「バイトが決まったの、あと42分で迎えが来るの」
『なるほど』
 寡黙設定のバスは、それ以上余計なことは言わなかった。
 
 地球の水の使用量は300年前の1/5ほどに減っている。火星の地球化が大幅に遅れている。特に、大気の完成が遅れ、いまだに満足に雨も降らない。だから人間の飲料水、作物や家畜に必要な本物の水は地球から輸出している。
 もう火星の人口は30億になろうとしている。反重力エンジンのタンカーが毎日莫大な量の水を送っている。だから地球は生活用水の大半をバーチャルウォーターに頼らざるをえない。本当は水の感触なんかなくとも、体も食器も洗えるし、学校のプ-ルだって、重力コントロールで、水無しで泳ぐこともできるが、人間は感覚の動物なので、あえてバーチャルウォーターにしている。
 オートにしたので、髪を乾かすという女性ならではの楽しみもないが、まあ、バイトのためだ、仕方がない。
 創業400年を超える永谷園のお茶漬けに野沢菜を載っけて流し込み、レーザー歯磨きに2秒、トイレに5分、スエットジーンズに、ブラ付きのキャミ、その上にルーズブラウスを着て出来上がり。メイクは迎えの車……と、思ったら、きっちり迎えの車が来た。
 
「お早う、乗って」
 犬が喋った。
「わりと可愛いじゃん。膝に乗っかってもいい?」
「だめ、ポチは助手席。どうぞ、後ろに乗って。あたしコスモス。ボスのアシスタント、よろしくね」
 あの音声メールの声だ。350年以上前のアイドルの声に似ている。
「ドッグロイドですか?」
「ええ、ボスが好みで。ちょっとニクソイ設定になってるけど、意識的じゃなくて育て方の問題なんで、ごめんなさい。あ、あたしはガイノイド(女性型アンドロイド)いずれ分かることだから」
「そうなんですか。わたし林ミナコです。ミナコはカタカナ。この4月から大学なんで、それまで小遣い稼ぎしようと思って。あ、メイクしていいですか?」
「ええ、どうぞ……いい人ねミナコちゃん。履歴データでわかってることなのに」
「喋ることで、差別意識をごまかしてんだ」
「これ、ポチ。彼女の優しさよ。ポチもあたしも言わなきゃ本物と区別がつかない。びっくりして当たり前。あたしたちの方が違法なんだから」
「いえ、そんな……」
 コスモスとポチの頭にロイドリングが回り始めた。
 自分のせいかと思ったら、交差点を曲がったところにお巡りさんが立っていた。ロイドがロイドリング無しで戸外に出るのは違法である。
――でも、どうして、お巡りさんが居るって分かったんだろう――
 かすかな疑問を持ったが、直ぐにメイクに集中した。反重力車とはいえ揺れる車の中でメイクするのは集中力がいる。
 気が付いたらポチがルーズブラウスの下から潜り込み、大きく開いた襟元から顔を出していた。
 
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小悪魔マユの魔法日記・84『期間限定の恋人・16』

2019-11-04 06:20:18 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・84
『期間限定の恋人・16』     

 

 
「その婚約指輪……返してくれないかな」

 クロマキー用の貸しスタジオに行く車中で、黒羽がサイドブレーキを引きながら言った。
 M坂の交差点にかかったところで、信号にひっかかった。ここの信号は長い。
「……どういうことなの?」
「それは、会長が用意した、とりあえずのものだ……これ、オレが自分で買った」
 黒羽は、ポケットから指輪の箱を取りだした。
「英二さん……」
「もう親父のためじゃなくて……オレと結婚してくれないか」

 この行動に移るまで、黒羽は三時間半かけた。
最初の三十分は、美優の寝顔を見ていた。そして自分の気持ちに確信が持てると、すぐに行動を起こした。

――近所の宝飾堂なんかじゃだめだ。

 黒羽は、父が亡くなった母のための婚約指輪を作った銀座のT宝飾店まで足を伸ばし、開店前にもかかわらず、シャッターを叩いて、この指輪を用意した。
 指輪ができると、会長のマンションに向かい、必要な話をし、会長を説得するのに、四十分の時間と二リットルの水分を費やした。会長の日課のジョギングに付き合いながらの話になったからだ。
 それから、会長のマンションでシャワーを借り、スポーツドリンクの二リットルボトルをもらって、区役所に寄り、踊る心臓をなだめながら、車で美優を迎えにきたのだ。

「……やっぱり、それはだめ」

 長い間をおいて、美優は大粒の涙を流しながら言った。
「どうして……こんなオッサンじゃだめか」
「そうじゃない、そうじゃない。わたし英二さんのことは大好き」
「だったら……」
「わたし……英二さんに秘密があるの」
「それは……」
 ちょうど信号が変わった。
「なんの……どんな秘密なんだ。愛してるって気持ちを殺さなきゃならないほどの秘密なのか……」
 美優は、スタジオにつくまで、ずっと黙って涙を流していた。

 黒羽は、スタジオの駐車場に車を止めて、静かに言った。

「その秘密って……美優ちゃんの命が……あとわずかってことか……」
「……どうして、そのことを」
「今朝、お母さんから聞いた……」
「同情からなんか、まっぴらよ!」
 美優は、ドアを開けて、逃げようとした。黒羽は、美優の右手をしっかりとつかまえて離さなかった。
「似たようなことは、お母さんにも言われたよ。親父のためのガセ婚約なら止めてくれって……オレ、しばらく美優の寝顔を見ていたんだ。そして確信が持てた。オレは黒羽英二は吉永美優を愛してるって……」
 それから、黒羽は、ここにいたるまでの、今朝の慌ただしい行動の説明をした。
「じゃ、二週間後には香港に行くの?」
「ああ、AKR47HONGKONGを立ち上げるためにね。いっしょに行こう。新婚旅行を兼ねて」
「そこまで……わたしの命はもたないわ」
「人生には奇跡がある。ガンで死を予告されて、その後ずっと生き続けている人だっているんだから。オレが、きっと美優のガンを治してやるから、きっと治して……」
「……英二!」
 美優は、黒羽の胸に飛び込んだ。

「ここからは、十八禁!」

 早めにスタジオに来ていたメンバーの何人かが、植え込みの陰から、この様子を見ていた。唯一成人の服部八重が、知井子や萌を植え込みに引っ張り込んだ。マユの体を借りている拓美は、こう思った。
――バカな交通事故で死んでなきゃ、わたしの命の半分もあげるのに……。
「みんな、今日の仕事が終わったら、明日の準備。黒羽さんたちに気づかれないようにしっかりね!」
「おお!」
「バカ、声が大きい」
 知井子は叱られてしまった。

 マユは、二千二百五十万個めのガン細胞を殺していた……。
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