せやさかい・092
当たってるかも!
太宰のロリコン趣味を話したら、頼子さんは、釣鐘饅頭に伸ばしかけた手を止めて賛意を表した。
「『女生徒』って作品があるんだけど、女生徒の一人称で語られる生活小説みたいなんだけど、まるで女の子が書いたみたいだし、女の子がとても魅力的なんだよ」
「『朝、目が覚める時の気持ちは面白い』って書き出しで始まるんですよね!」
「あ、食パン口にくわえて、学校へダッシュ!」
「アハハ、それはラノベの定番だよ」
「パチって目覚めるんじゃなくて、濁った意識の底から引きずり出されるみたいな。あの感覚は本物です!」
太宰ファンやとは思てたけど、留美ちゃんの読み込みも大したもんやと感心。
「ロリコンはともかく、太宰の心の中には何人も女の人が住んでるわね。その女生徒だったり天下茶屋の女の子だったり、お見合いの相手だったり、月見草のお婆ちゃんだったり」
「あ、カチカチ山のウサギも居ますよ!」
「そうそう、タヌキが中年のオッサンで、泥船が沈む時に叫ぶんだよね『惚れたが悪いか!』って」
「それを少女のウサギは櫂で叩いて沈めるんですよね! で、最後に」
「「ホ、ひどい汗」」
アハハハハハハ
頼子さんと留美ちゃんはハモって大爆笑。
チリンチリン
ダミアが詰まらなさそうに尻尾を振ってキャットハウスに潜りに行く。
日ごろはグータラな文芸部やけど、いったん興が乗ると、二人ともスゴイ。
「でもね、『富岳百景』って、昭和十三年でしょ。1938年。太平洋戦争の始まる三年前で、国家総動員法とかができるし、中国との戦争は激しくなっていく一歩だしなんだよね」
「ですよね。天下茶屋はお上さんと娘さんなんだけど、ほんとはお父さんも居て、お父さんは兵隊にとられて中国で戦っているんですよね」
「そうだよ。女だけで旅館とお土産屋を回して、大変だったんだよね」
「そんな暗さは、どこにも無かったような気がするんですけど」
わたし的に『富岳百景』は、読後感のええ小説。富士山をバックに秋空が大きく広がった的な、爽やかで面白い小説。
「富士に戦争とか社会不安とかは似合わない。太宰のコンセプトなんだろうね」
わたしにも、隠して触れないところがある。
口にもせえへん。
太宰治のように文学的なことと違う。
口にしたら、不安の底なし沼に沈んでしまいそうでね……。
エディンバラから帰ってからお母さんの話はせえへんでしょ。
お母さんも、あの時期、仕事でイギリスに行ってる。
むろん、わたしと前後して帰国してるんやけど、ちょっと触れたくないんです……。